Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
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 SPY
 笑顔のゆくえ
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 いつの日か君のとなりに
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 嘘とお嬢さん
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Attraction
 カトチャでGO!
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SPY
[05]


聖地に来て、初めて面白そうな人に出会った。
強さを司る炎を司る守護聖オスカー様。
彼は私を見て何も言わない。嫌な顔もしない。受け入れる器があるからだ。
それが強さ。
『皆は君のように強くないんだから』
ほら、ご覧なさい。私のほかにも強い人はいた。
あなた達が弱いだけだわ。
弱さを隠すために、弱いひと達の群れに紛れ込んで当座を凌ぐ‥‥小賢しいひと達。
でも、自分を武器に戦えないひと達にあれこれ言われたって何とも思わないわ。
『あなたはかわいそうなひと。このままひとりで生きてゆくつもり?』
あなたこそ、その弱いひと達に紛れてずっと生きてゆくつもり?
自分の事も自分でできない人に、他人を気づかう余裕はないはずよ。
哀れまれる道理はないわ。弱い人間にその権利はないもの。
同情なんて、吐き気がする。
他人を見下すその感情は、強きものだけに許された特権だから。
でも、オスカー様。
あなたは強い。





「オスカーくん」
ぶっ、とオスカーは紅茶を吹きだす。慌てて口元を押さて、方眉をつり上げた。
「お、お嬢ちゃん、その、オスカーくんっていうのは」
「あれ?気に入らなかった?んー、じゃあオスカーちゃん。オスカーぴょん。オスカーっち」
「やめてくれ‥‥死にそうだ」
「じゃあ何だったらいいの? 」
日の曜日の庭園で、二人はいつもの小さなお茶会を開いていた。
いつものお茶会‥‥それは毎週日の曜日にカフェテラスで開かれるお茶会の事だった。

アンジェリークはあれからオスカーの所に通い詰め、なんだかんだとストレスを発散して帰っていった。
アンジェリークは愚痴をこぼす。聖地の人間のことや、女王試験の制度のことや、はたまた生理痛についてまでオスカーに愚痴をこぼしていった。
オスカーにとってそれは好都合だった。
アンジェリークが来なければ自分が少女の所に通うことになる。それが頻繁になればきっとアンジェリークは自分を怪しむだろう。
守護聖が見るからに自分に肩入れしている、やたら自分の事を尋ねてくる‥‥なんて悟られてしまったらオスカーの任務は格段と難しくなる。
だがアンジェリークがすすんで来てくれるとなったら話は簡単だ。
適当に相手をして話をすれば、何も不自然なことはない。女王候補がここに来て話をするのも女王候補の自由だ。
彼女が勝手にやってきているだけで、オスカーが肩入れしているのではない。
だがアンジェリークの愚痴は長い。
彼女の中で理論建てが出来上がっているから、やたら語る。
オスカーもレポートのために上手に合いの手を入れるものだから、アンジェリークのマシンガントークはとどまることを知らない。
アンジェリークが感情的に結論から語る。反対意見をオスカーが述べて、アンジェリークはオスカーを論破しようと躍起になる。
そこでオスカーが「なぜ、そう思ったんだ?」と尋ね、アンジェリークは自分の気持ちを忠実に言葉に表す。納得したオスカーは、アンジェリークの顔を立てつつ反対意見を述べたり同意意見を述べたりする。
アンジェリークはすっきりして育成を頼む。これがフルコースだった。
しかしそれだけのメニューをこなすのには、相当な時間を要した。

基本的に少女がオスカーの執務室に来るときはすでに「ブチキレ状態」というやつだった。感情的になった彼女は最初の愚痴の部分でオスカーの合いの手を許さない。ドアを開けるなり
「ああああああああ!むかつくううううう!」
と喚きだし、散々暴言を吐きだして吐きだしつくすまで、オスカーの存在すら見えてないような勢いだ。相手を罵る言葉が尽きたころにやっと、オスカーは「どうしたんだ一体」と尋ねることを許されるのである。
だがアンジェリークの罵りの語彙数はかなりのもので、なかなか尽きてくれない。
それがあまりにも長いので、オスカーはアンジェリークの話を聞きながら執務をこなすという曲芸をやってのけなくてはいけなかった。
ところがある日、冷静なアンジェリークが尋ねてきた。流石のアンジェリークも執務を妨げてはいけないと思ったのか、オスカーにひとつの案を持ち出した。

毎週週末に、カフェテラスで会いましょう。
そうしたら、毎日押しかけるのはやめてあげる。

少女はソプラノの声でそう言った。
他の守護聖が聞いたら「無茶言うな!」と一蹴されてしまいそうな提案である。
守護聖が執務づけにならないように設けられた休日に、女王候補と会い続けるなんて、正気の沙汰じゃない。アンジェリークが自分と話したかろうが、守護聖にとってそんなこと知ったこっちゃない。
女王試験を手伝うという義務があるにしたって、誰もそこまで献身的にしようとは思わない。
だが特殊任務の守護聖は違った。
毎週ちゃんとした時間を設けて会うことが出来れば、しっかり腰を据えてアンジェリークの話を聞くことが出来るし、毎週きっちりとレポートを上げれる。
通常の執務もアンジェリークが居ないときにやればいいし、その時間にレポート帰らずすむ。オスカーにとって悪い話じゃなかった。
だから、アンジェリークがそう持ち掛けた時に、即その条件を飲み込んだ。
少女はこの無茶な提案をあっさり飲んだ守護聖の顔を信じられないような目で眺めたが、『やっぱり器が大きいのね』と理解しがたい言葉を残して笑顔で去った。

そして、これが第2回目のお茶会である。
「オスカーどん‥‥、オスカール‥‥。‥‥オスカル?」
「腰の力が抜けそうだぜ‥‥だいたいなんだオスカルって。別の名前じゃないか」
「んもう。なんだったらいいの?わかった、普通に語尾だけ変えちゃあつまんないのね。じゃあ愛の狩人?セクハラ大王?」
「なんなんだ、一体!」
オスカーが大げさに溜息をつくと、目の前の少女は木漏れ日を受けた青い瞳を細める。ゆっくりと笑顔をたたえて、
「だって、もう『オスカー様』ってあがめ奉るの嫌なんだもん」
と意味不明な事を言った。
「あがめ奉る?」
「そう。だって話を聞くと、守護聖って実力でなったわけじゃないんでしょ?」
ぐりぐりとアッサムティーの中の砂糖をすりつぶして、すする。どうやら砂糖を入れすぎたらしく、飲んだ瞬間嫌な顔をした。
オスカーは少女につきあって同じアッサムティーを頼んだが、何度か吹きだして、まだまともに味わえてない。砂糖も少女と同じ数入れてしまったが(というより無理やり入れられた)味わえないなら甘すぎても不味くても構わない。
「実力‥‥というのは」
「試験があった訳でもないし、修業してサクリアを使えるようになったわけでもないし」
ああ、とオスカーは頷く。なんとなく少女の言いたいことが分かってきた。
「先代のサクリアの衰えと同時に、自然と使えるようになる。別に修業した訳でもないし、誰から教わった訳でもないな」
先程まで、二人は守護聖について話していたのだ。
が、急にアンジェリークが意味の分からない言葉を口走ってオスカーはどうしていいのか分からなくなったのだ。
だがもうオスカーは(少しづつではあるが)この少女の言動の底にある信念をかぎ取っている。おぼろげだが、先は読める。
大きな樫の木の木漏れ日は、オスカーにも降り注いでいる。かしゃかしゃとスプーンを回した気取った仕草でオスカーは続けた。
「つまり、お嬢ちゃんは実力や努力でもぎ取ったわけではない『力』を使う俺達は尊敬できない、と言いたいわけだ」
「そう。まさにソレ!」
アンジェリークは嬉しそうに笑う。
自分が守護聖に対して失礼事を言った自覚はまるでナシだ。
「だって、守護聖って確率は低いけど必ず誰かに当たるんでしょ?宝くじみたいなものじゃん。私、宝くじ当たったひとの事、すっごいラッキーなひとだなぁとは思うけど、尊敬はしないもん」
「まぁ‥‥そうだろうな」
いままでの言動の底辺にこの考えがあるから、守護聖最高権威のジュリアスに向かって散々言えるわけだ。オスカーは過去にあった暴言の数々を思い浮かべて、少し笑った。
少女は続ける。
「宇宙を統率しているのは女王でしょ?だから尊敬するべきひとは女王だけでいいのよ。守護聖はおまけね。教官のひと達のほうがよっぽど尊敬できるわ。だって彼らは‥‥」
「実力だから、だな」
「やだオスカー様ってばどうしちゃったの?今日はすっごい冴えてるじゃない」
「‥‥普段は鈍いみたいな言いぶりだな」
アンジェリークが声をあげて笑った。まぁまぁ、と少女は手のひらをひらひらさせる。
「だから私はオスカー様もオスカー様って呼びたくないし、ジュリアス様もジュリアス様って‥‥すでに呼んでないけど、呼びたくないの。教官のひと達は事実素晴らしい技術をお持ちだから、彼らを様付けで呼ぶのは抵抗ないんだけど」
「それで、さっきのあだ名か‥‥」
「そう。ジュリアスみたいに呼び捨ててもいいんだけど、オスカー様はそれほど馬鹿じゃないし。まぁ仮にもオスカー様は年上だからね。敬意を表して可愛らしくあだ名で呼ぼうと思って」
「忘れているようだが、ジュリアス様も年上だぜ?」
「精神年齢が私より下のやつは呼び捨てる!」
「‥‥お嬢ちゃんが判断基準なのか‥‥」
「あったりまえでしょお?!」
はっきりとそう言う表情は、悪巧みをする子供の笑顔だ。一体彼女の考えているジュリアスの精神年齢がいくつなのか知らないが、オスカーはそれを尋ねるのはやめておいた。一桁の数字が返ってきそうな気がしたのだ。
それにしてもこの娘といると飽きない。突拍子もない事を言いだす彼女は、いつも子犬のような悪ガキのような戯れ付く瞳をしている。
楽しさで輝く瞳の眩しさは、いつみても新鮮だ。こんな新鮮で若い瞳をしている娘とだったら、ずっと一緒にいたって飽きないだろう。
そしてこの性格。楽観的で真直ぐでユニークな性格。口は悪いし短気で短絡だが、もうそれ程気にならなくなってしまった。
慣れれば可愛いもので、変な妹がひとり増えたような気になった。オスカーは、なんだか得した気分なのだ。
(このタイプの娘は本当に守備範囲外で、笑えてくるな)
そして何が飽きないって、この少女の真の姿だ。

(俺に、甘えている)

彼女はつねに自立したがっている。理論立てて考える癖も、そんな心境のせいなのかもしれない。いつまでも子供のように感情的ではいられないと自分を言い聞かせて、理性で歩こうとして必死だ。
(ジュリアス様の件、然り)
少女はジュリアスを子供だと言う。上に立つものは、我が侭ではいけないと言う。それは分かる。
だがその思考の結末は幼稚な口げんかで、それでは折角の理論も台なしだ。たんなるこらえ性のない子供という事になる。
相手の立場になって考える事もない、自分が正しいと信じきってしまっている世間知らずのお子様だ。
(口でどんなに難しい言葉を並べても‥‥『お嬢ちゃん』から抜け出せない)
精神は幼いくせに大人ぶって批判なんかするものだから、かえって子供っぽい印象を強めてしまう。
(背伸びは、子供のする仕草だ)
そして、この少女はそれをオスカーの前で披露する。
褒めてもらいたいのだ。
ちゃんと独り歩きしている様を、オスカーに褒めてもらいたいのだ。
(大人ぶるくせに、子供のように扱って欲しいなんて、な)
褒めてもらって喜んでいるうちは、まだ子供だ。だいたい褒めて欲しいなんて考えも、子供だ。一人で立つものは自分のために立つ。誰かから見返りが欲しくて立ち上がるのは自立といわない。
甘えている子供だ。
(お嬢ちゃんと呼ぶに相応しいな、このお嬢ちゃんは)
だいたいこの少女の手厳しい批評も、悪意があるとは思えない。正しくものを見ようと躍起になっているだけだ。
彼女の中の正義に当てはまらない生き方をしている者に対して向けられる暴言は、相手に対して真に悪意を持っているわけではない。
自分との考えの違いをアピールするうちに、エスカレートして極端な言葉になるのだ。
ジュリアスが思っているように、決して訳なく怒ってわめきちらす事はない。
‥‥のだとオスカーは思う。
(だが‥‥)
ジュリアスのような者が相手になると違ってくる。
アンジェリークに「お嬢ちゃんはジュリアス様のことが嫌いか?」と尋ねれば、きっと「嫌い」と答えるだろう。しかもそれは、あくまでジュリアスが悪いのであって自分が嫌うのも当たり前だ、という一見完ぺきな理論立てで語ってくれるにちがいない。
アンジェリークは多分、自分を正当化して完ぺきを気取るだろう。非の打ちようの無い意見を述べ終わった後に、さも偉そうな笑顔でオスカーを見返すに違いなかった。
だか、結局はどんな難しい理論立ても単なる「好き嫌い」なのだ。アンジェリークはそんな主観で決めていない!と言いそうだが、どんなにへ理屈をこねたって、アンジェリークはジュリアスが単に「嫌い」なのだ。
(まぁ、好き嫌いを決めるのに主観を用いても全然問題はない。嫌いな奴がいたって構わない。人間だしな)
そもそも、好き嫌いとは直球で主観だ。フィーリングだ。馬が合うか会わないか、自分で決めるわけだから。
(難しく言い換えて、大人になったつもりでいる)
だからオスカーはアンジェリークの理論武装は「嫌いになった言い訳」と捕らえるようにしている。少女はあくまで完全に相手が悪いと糾弾するが。
とんなに理論的に述べても、理論立てが理論でない限りただの自己主張なわけで、所詮はオスカーに甘えている事には変わりなかった。
(かわいいもんだ)

オスカーは、またしても主観的判断を下して小難しい事を言っているつもりでいる少女を眺めた。
精神年齢なんてものは、世の中に存在しない。正しくはかることを出来ないものも、この少女は計ることができるらしい。
オスカーは、笑った。
「随分と主観的に切り捨てるな‥‥それで俺はお嬢ちゃんより精神年齢は上か?」
「かろうじてね。同い年か一個上くらいかな?」
「おいおい手厳しいな。その根拠は?」
「だってオスカー様って時々鈍いし」
「言ってくれるぜ」
二人は、同時に微笑む。
「それでね、あだ名をつけたいの。オスカー様なんてかたっ苦しいのは前から嫌だったし。尊敬も出来ないし」
ねぇ、なんて呼ばれたい?と上目遣いに尋ねた。さらり、と癖のない、子供特有のつややかな髪が滑る。
大きな海色の瞳が木漏れ日を受け止めて、さざめいた。
外見と中身が一致している。まるで幼い。
オスカーは目で笑う。
「オスカー様と呼んでくれると有り難い」
「ちょっと!話聞いてた!?」
アンジェリークがどん、とテーブルを叩いた。
「聞いてたさ。俺がお嬢ちゃんの話を聞いてなかった時があったか?」
「聞いててオスカー様って呼べっていうの?」
「呼んでもらいたいな」
アンジェリークの血液がみるみる熱くなるのを、オスカーは見て取った。
アンジェリークは汚い大人を見るような冷たい目線でねめつける。
「そう。結局オスカー様ってば大変お偉い身分であらっしゃれる訳だから、ワタクシメなんぞが気軽に親しみを込めてその御名を口にすると汚らわしいと、そうおっしゃりたい訳なのですね?やんごとなき身分ですものね、シュゴセイサマとやらは。こんなジョオウコウホなぞとは身分が違うものね!」
勢い良くまくしたてて、がたんっと立ち上がる。オスカーはこういう反応すら見越したように落ち着いて笑っていた。
「‥‥まあ、身分は違うな」
「ッ!」
アンジェリークが衝動的に何か言おうとして詰まった。よっぽど今の発言が頭にきたのだろう。
オスカーは、落ち着いた声と傷の無い微笑でアンジェリークの言葉を遮る。
「どちらかと言えばジョオウコウホ殿のほうが上だろう。なんせ未来の陛下だからな。それに女王候補は宝くじで当選してわけでもない、お嬢ちゃんの言うところの『実力』だ。どの面から見ても、身分は上だぜ」
その言葉はアンジェリークの予想していたものとは違っていたらしく、少し驚いた顔をした。そして暴言を吐くタイミングをすっかり逃してしまったアンジェリークは怒りを静めることを出来ずに食ってかかる。
「宇宙を支えるシュゴセイ殿の口から身分の話が聞けるとは思わなかったわ!いいのかしら、人類皆平等じゃないの!?」
論点のずれた少女に苦笑すると、
「そう熱くなるな、お嬢ちゃん。せっかくバニラ来たのに、帰るのか?」
オスカーが樫の木の向こう側を見た。アンジェリークも怒りで頬を染めたまま、つられてそちらを見た。
幾つもの白いテーブルにカップルやら家族連れが楽しそうにティータイムを過ごしている。その群衆とも呼べる客のテーブルを必死で避けながらこちらを目指すウエイトレスがいた。もちろん片手にアンジェリークの注文したデザートを乗せている。
アンジェリークは、肩で息をしたその状態で今度はオスカーを見る。
オスカーは微笑を浮かべたままだ。周りのテーブルからは楽しそうな声が満ちている。休日のカフェは活気がある。皆楽しそうに笑う。
子供の声が、高く響いた。天気もいい。木漏れ日は、あいかわらず優しい光を落としている。
平和を、絵に描いたようだった。
自分一人だけが勝手に熱くなっていることにやっと気がついた少女は、少し気まずそうに視線を泳がしてから、
「‥‥わかった。バニラに免じて座ってあげる」
と着席した。
それを見届けてオスカーは満足そうに笑うと、やっと到着したウエイトレスからアイスを受け取り少女の前に置いた。オスカーは淡い蒼のひとみを細めて笑ったまま、
「いいか、俺を気安くオスカー君だかオスカーぴょんだか呼ぶと、お嬢ちゃんの立場がまずくなる」
「なによ、それ」
アンジェリークは食ってかかってくる。怒りが完全に冷めきったわけではないらしい。
変わらずオスカーは続ける。
「まず第一に女王至上主義の連中が黙っちゃいない。陛下を崇拝している奴等は時々俺達を思いだしたように崇拝してくれる。まぁ、お嬢ちゃんがさっき言ったみたいにいわゆる『おまけ』だ」
そこでちらりとアンジェリークの顔を見る。自分の言葉を引用されて、むずがゆそうな表情をしていた。視線をティーカップに戻して、オスカーは、続ける。
「陛下を尊敬するのはおおいに結構だが、中には狂信している奴がいる。そいつに守護聖を馬鹿にした発言をしたとバレると面倒臭いな」
オスカーは初めて紅茶に口をつけた。冷めている上に、甘い。水が欲しくなりそうだ。
「‥‥そいつらに、殺されるっていうの?」
アンジェリークはどこか怯えた声でそう言った。思わず目線を上げると、意外にも怒りを忘れて真剣な眼差しをこちらに向けている。
やはり、女王候補だ。こういう話は他人事ではないのだ。
「そんなリスクの高い事をするか。お嬢ちゃんは仮にも女王となる女だぜ」
「じゃあ、批判される?」
「まあ、そんな所だろうな。陛下を軽んじた奴が女王など勤まるか、なんて言われたりしてな。それでも十分やりずらい。きっと女王になった後にもいわれ続けるだろうな。失敗するごとに、やはり陛下のようにはなれないのだ、とか」
アンジェリークは、顔をしかめた。どうやら上手く想像出来たらしい。
「‥‥嫌なやつね。脅すオスカー様はもっと嫌なやつだわ。でも、その時私も女王でしょ?女王至上主義が女王を批判するのっておかしいじゃない」
「奴等にとって、女王とはここの陛下、‥‥元・金の髪の女王候補ただひとり」
「ああ‥‥なるほどね。他所の宇宙の事なんて関係ないって事ね。‥‥話は初歩に戻るんだけど、女王至上主義なんて本当にいるの?小説とかのネタには時々ヤクザな感じで出てくるけど」
「表にはあまり現れないし、組織もない。むしろ宗教みたいなものだな。道徳のように広く浅く根づいていて、論破するのも難しい。ここの人間も多かれ少なかれ皆『女王狂』だぜ」
「へえ‥‥そう」
そこで少女は少し考えるような仕草をした。そしてやっとスプーンを持ってアイスを口に持っていった。
「それで、オスカー様って呼べっていうのね」
やっと、少女に笑顔が戻った。オスカーの話を納得してくれた証拠だ。
「俺としては何とでも呼んでくれて構わないんだがな、お嬢ちゃんの立場を悪くしてまで無理に呼ぶこともないだろう?それにここには俺のことを大事に思っていてくれるレディたちが沢山いるからな。‥‥殺されたくなかったら、あんまり親しげに呼ばないほうが身のためだぜ?」
アンジェリークは今度ははっきりと笑う。そしてアイス用のスプーンをオスカーに向けた。
「わかった。オスカー = サマって名前だと思って頑張って呼ぶわ」
オスカーが、まずい紅茶を吹きだした。
「‥‥それはそれで嫌だな」
「ちなみにジュリアスもジュリアス = サマね。皆兄弟なの」
「嫌だぜ‥‥あんなに濃い兄弟達は‥‥俺にはちゃんと天使のように可愛らしい妹がいるんだ‥‥」
「その話はもう散々聞かされたから、自慢しなくていい!」
アンジェリークが静止をかける。思わず語りそうになっていたオスカーは、笑った。
日はまだ高い。小鳥もまだないている。空は澄み渡り、雲ひとつない。風が時折駆け抜けて、木々をゆらす。そのたび少女に降り注ぐ光もゆれて、オスカーは目を細める。
ふいに、目の前の少女が、あ〜〜〜あ、と溜息を漏らした。
「?‥‥どうした?」
「ちょっと呼びたかったな〜って思って」
アンジェリークは、少し寂しげにそう言った。オスカーは笑う。
「なんだ、お嬢ちゃんらしくない。諦め悪いぜ」
さばさばとした性格のアンジェリークは、一旦ケリの付いた話は何度も繰り返さない。それにこんな気弱な表情見たことが無かった。
オスカーは思わず、そういう顔も出来るとは思わなかったぜ、と冗談にぼかして言ってしまった。アンジェリークはそれについてはまったく無視して、あいかわらず寂しい表情のまま、
「だってさ、せっかく仲よくなったんだし、堅苦しいの嫌だもん。あだなとか形から仲よくなるって事だってあるだしょ?」
「だしょ?って‥‥言われてもなあ‥‥しかたないじゃないか」
「うーん‥‥でも」
アンジェリークがぺたりとテーブルに顔を付けた。オスカーは笑う。眉を下げたままオスカーを見上げる瞳が、本当の子供のものに見えたのだ。むー、と唸って、何やら不燃症気味の表情を浮かべている。
「‥‥こっそり、二人っきりの時に呼んじゃだめ?」
「さっきから言っている通り、俺は構わないぜ。だが何処で誰が聞いているかも分からないんだ、女王候補のお嬢ちゃん」
「そうだよねー‥‥そうなんだけど」
アンジェリークが、がばりと体をたちあげた。その振動でティーカップが高い音をあげる。オスカーはそれをとっさに押さえてやった。
アンジェリークはやっぱりどこか見つめて、考えているようだった。
「本当にお嬢ちゃんらしくないぜ?どうしたんだ一体」
「だって、どうしても呼びたいの」
「聞き分けのない子だな、心配してやっているのがわからないのか?」
「わかってるけどぉ。駄目なの。オスカー様って呼びたくない」
「‥‥困ったお嬢ちゃんだな、好きにしろ」
呆れて、冷めた紅茶をすする。アンジェリークはそのオスカーの表情をすがるように見つめた。
「だってさ、好きな人の名前ぐらいさぁ」
「‥‥」
言っていろ、とオスカーはもう一口紅茶をすすった。
「‥‥」
「‥‥‥‥?」

今、さらりと何か言わなかったか?

「いつまでたっても上下関係なんて、いやじゃない。やっぱり、肩並べないと」
アンジェリークはいたって普通は話している。甘い紅茶に手を付けることなく、ぱくぱくとアイスを口に運んでいた。
「オスカー様は完全に私のこと『お嬢ちゃん』とか呼ぶし、進展無いじゃない」
そこで気だるそうににスプーンをアイスの皿に投げ付けた。かちゃん、と音がしても、オスカーは驚きから現実に帰ってこれない。
アンジェリークが上目遣いにオスカーを見た。
子供の目だ。きらきらしている。光をはじくっていうのは、こういうものを言うのだろう。
オスカーは、ようやく声を搾り出す。

「お嬢ちゃんは俺のことが好きだったのか‥‥」

われながら間抜けなセリフだ、とオスカーは思う。
でも、言ってしまったものは引っ込められない。
驚きが一番大きかった。セリフは二の次だった。
そんなオスカーを見て、アンジェリークも驚いた目をした。
「気がつかなかった?だから、鈍いって言っているの」
「鈍いって‥‥いや、まいったな。本当にそのようだ。全然気がつかなかった」
はは、と笑ったが、声はいつものように出なかった。
「んで、オスカー様はどう思う?」
楽しそうに、アンジェリークはオスカーに尋ねてくる。その仕草が子供だ。返答が欲しくて、思わず身を乗り出してきた。
「どうもこうも‥‥」
あったもんじゃない。

オスカーはスパイで、アンジェリークはターゲットだ。
そんな感情は一切もちあわせていない。いや、持てない、だ。
まして、アンジェリークは女王候補、自分は守護聖だし、なにより彼女は子供だ。恋愛感情なんてあってたまるか。
自分の守備範囲じゃない。守備範囲なんてものじゃない。外野もいいとこ、場外だ。
だいたい今こうやって会っているのだって任務があるからで、自分で進んでやっているわけじゃない。愚痴を延々と聞いてやったのも、話を合わせたりはぐらかしたりしてやったのも任務だからだ。
あの時ジュリアスにアンジェリークを調べろと言われてなかったら、今はないし、過去もない。未来もないだろう。
だが、任務があったから。できるだけ親身になってやった。優しくしてやった。
(‥‥だからか)
彼女にとって俺はただの男で、黙って愚痴を聞いてくれる寛大な奴に映ったのだろう。きっとあの性格じゃ、まともに男にとりあってもらえなかったに違いない。免疫のない年端の行かない女の子が惚れるには十分すぎる条件だ。
ましてやこの俺。
素材も性格も、自分で言うのもなんだが女性のためにあるような男だ。
(‥‥しかし‥‥まいったな)
それより、驚いたのはアンジェリークが自分のことを好きだと思っていたことだ。この娘と恋愛という言葉をつなげるのには抵抗がある。普段のあの性格からは考えられない。それにアンジェリークは気を引こうとする行動を一切していない。
どちらかというばガサツな所がある。さばさばしすぎて、アンジェリークと比べたら、よっぽどマルセルの方が女らしい。
(俺が、好き?)
アンジェリークは子供だ。女以前の生き物だ。
(俺が、好きだと?)
本当に好きなのか?それは父親や友達に向けられる感情じゃないのか?
(‥‥わからんな‥‥)
どこまで本気か、わからない。

「どうもこうも、なんなのよ」
アンジェリークが、ぷうっと膨れてこちらを見ている。
はっとした。考え込んでいたらしい。
(さて、どうするかだ)
任務があるかぎり彼女とは付き合わなくてはいけない。
嘘でも好きだと言ってしまおうか。
だが勘違いした女の厄介さをよく知っている。それに嘘をついたとしても、多分女として扱えない。
(ここは‥‥)
適当に、ぼやかして‥‥
「嫌いじゃないぜ。面白い子だと、思っている」
苦しいが、まあ良しだ。
「むう、抽象的にして逃げたわね」
オスカーの返答が不服だったらしく、アンジェリークはまだふくれている。それでも好きだと言って貰えなくて傷ついた様子はまるでなしだ。
「男って言うものはそういうものさ。逃げも恋愛の技の一つだぜ」
「男の都合なんてしらないわよ。それは単なるハッキリしない奴だわ」
「別にどうとでも言ってくれればいい。俺はお嬢ちゃんをおもしろい奴だと思っているのは事実だしな」
「ふーん、ありがと。でも好きじゃないって感じね」
「興味があるといった所だな」
「なるほど。可能性はあるわけね」
そこでアンジェリークはかたん、と席を立った。立ち上がったアンジェリークを見上げると、木漏れ日を背に受けて、凛とした真摯な表情をしていた。光を背負うと少女というものは神々しい。オスカーは目を細めた。

「私、オスカー様が好き。優しくて強いから、好き」

臆面もなく、堂々とそう言う声は、高い。
不思議と、言われて恥ずかしくなかった。どこか現実離れした情景だからか。少女にこれほど高らかに愛を語られた事はない。
「‥‥どうも」
目を瞑って軽くお辞儀してやると、立ったままの少女はこっちを見て、と言った。
「私、強くなるわ。オスカー様と並ぶぐらい強くなって、絶対好きっていわせてあげる」
「それは、楽しみだな」
「ここに、誓っちゃうんだから!」
と空を指した。聖地に、と言うことだろうか。少女は言い終わると、すぐ着席した。
そして、
「これからは口説きモードに入るから、覚悟してね」
とアイスをほお張りながら言った。

この調子で、少女とのお茶会は、夕方遅くまで続いた。
不思議と、オスカーは温かい気持ちになる。
少女を寮に送り届けて、私邸に帰るその道のりも、あたたかい空気が残っているようだった。





オスカーはペンをとる。

アンジェリークは、話せば分かる子だ。ただ押し付けられる事を極端に嫌うから、なるべく道徳にのっとった内容を丁寧に説明すればちゃんと自分の我が侭も曲げてくれる。
短気なのは、子供だからだ。喚くのも、子供だからだ。基本的には、真直ぐな子だ。
主観的で独断的だが、そんなに変な正義でもない。物事に白黒つけたがる気質も、そんなに珍しくないのではないかと思う。
慣れてしまえば、可愛い。
子供がじゃれているだけなのだ。
いつも、楽しさで満ちている。悪ふざけのすぎる、ただの子供なのだ。

‥‥ただの子供なのだ。

机に向かって、そのような事をかいた。

翌日、オスカーは、ジュリアスにレポートを提出した。
評価は高かった。

そして、オスカーはスパイの任を解かれた。
オスカーは、ただの守護聖になった。


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