十七歳の少女とは、あんなに子供だろうか? 
							  宮殿の長い長い回廊にブーツの踵を響かせながら、オスカーは思う。 
							  あらゆる女性とあらゆる経験を積んできたオスカーであるが、残念なことに女王候補はその経験を活かせる相手ではない。 
							  オスカーの管轄はあくまで女性であって、少女ではない。 
							   
							   
							  女王候補・アンジェリークは、オスカーから見れば子供でしかなかった。 
							  もうひとりの女王候補はアンジェリークより歳下であるというが、彼女の方が余程女性、である。 
							  レイチェルは男を恐れている。 
							  いや、語弊のある言い方かもしれない。警戒していると言った方がいいか。 
							  別に男が傍に寄っただけで悲鳴をあげるというような意味ではなく、彼女はきちんと男と一定の距離を取っている。 
							  それが普通だし、それができる人間が大人の男女であるとオスカーは考える。 
							  男と女は成長し、成人すると、まったく別の生物になる。だから距離を取るのは当然なのだ。 
							  野性動物の雌など、雄が近寄れば本気で牙を剥いて攻撃するほどだ。本来、成人した女性は警戒心が強いものだ。 
							  それをうまく自分の方に向かせるのがいいのだ。オスカーの言う駆け引きとは、根本のところで見え隠れする女性の警戒心をいかに自然に解くか、ということでもある。そういう意味では、アンジェリークはこちらが慌ててしまう程、子供である。 
							  彼女は男を恐れていない。警戒しない。 
							  しなさすぎる。 
							  オスカーは溜息をついて、回廊の窓に目をやる。 
							  回廊の下、光のあふれる緑庭から、透き通るような、しかしどこか甘い声が聞こえてくる。 
							  オスカーは眩しそうに目を細めた。 
							  彼女だ。亜麻色の髪が光の中で明るい金に輝いていた。細い首も、華奢な肩も、あどけなさを残す頬の線も、明るい光に白く輝いている。 
							  「お嬢ちゃん」 
							  オスカーが少女を呼ぶ。少女は、少し戸惑うようにまわりを探して、回廊の窓に立つオスカーの姿を見つけた。 
							  「オスカー様」 
							  そう言って、安心したようにやわらかく微笑んだ。人形のような小さな顔に、見る者を幸せにする笑顔を浮かべて、手を振っている。 
							  ああ、また。 
							  オスカーは、アンジェリークの笑顔を見る度もどかしくてならない。笑顔を返しながら、内心息をつく。 
							  どうしてそう、男に隙を与えるような笑顔を見せるのだろう。 
							  警戒心のかけらもない、安心しきった笑顔。やめたほうがいい。 
							  オスカーはアンジェリークにそこにいるように告げると、アンジェリークは小さな子供がそうするようにこくりと頷いた。 
							  その仕種もまずい。 
							  オスカーは表情が厳しくなっている自分に気付かないまま、足早に庭に向かう。途中、女官が驚いて道を譲ったことにも、気付かなかった。 
							  「お嬢ちゃん」 
							  オスカーが庭につくと、アンジェリークはぱたぱたと駆け寄ってきた。 
							  大きな灰青色の瞳がきらきらと輝いて、真直ぐ炎の守護聖を見つめている。そして、嬉しそうな笑顔を浮かべた。 
							  オスカーは目を伏せて溜息をつく。 
							  男と女は成長すると、まったく別の生物になる。別の種は脅威だ。だから距離を取る。本来、女性は警戒心が強いはずなのだが。 
							  アンジェリークは大人ではない。オスカーを警戒しないから、距離をとって離れたりしない。 
							  だから、こんなにも隙だらけの笑顔を見せるのだ。 
							  本当に子供だな。 
							  オスカーは少し苦い空気を胸に吸い込んでいた。 
							  彼女に警戒されないことに対する喜びと、ほんの少しの寂しさをかみしめて。
 
							   
							   
							  							  							  							  							  							  							
  |