Shangri-La | angelique
  
 
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目覚めの君
<<Part:1>>


「おはようございます、ヴィクトール様!」
と、朝扉を開けたのはレイチェルだった。
執務室の窓辺に据え付けてあるソファに座って、ヴィクトールは文庫を読んでいたところだった。
今日は日の曜日。学習はできないんだが…とヴィクトールは意外な訪問者にそう告げようとして言葉を飲んだ。
すっかり失念していた。
レイチェルはそんなヴィクトールの顔色を読んだらしい、悪戯な笑みを浮かべてきゃらきゃらと笑った。
「ヴィクトール様、忘れてましたね?どうせワタシとの約束なんて、待ち遠しいモノじゃないですもんね」
いや、そんなことはないのだが、とヴィクトールはせき払いしながらごそごそと何か言い、レイチェルはその様子に一層笑った。
「イイんです。お詫びに今日は思いっきりひっぱり廻しちゃいますから!つきあってくださいますよね」
ティーンエイジャーの少女の「思いっきり」を想像して、すっかりくたびれてしまい、内心勘弁してくれ、と呟いた。
それでもヴィクトールは、笑って頷いたのだった。

レイチェルの設定したお詫びのコースは、実にヴィクトールの想像を裏切らないものだった。まず森の湖に行って、そのあと庭園を一周、さらに日暮れの森の湖を見る。単純に考えても、標準ならば3日かかるコースであるが。レイチェルはすでに疲れきっているヴィクトールにはお構いなしに、じゃあ行きましょうか!と腕をとって歩き始めた。
ヴィクトールは苦笑いを浮かべずにはいられなかった。

「今日の降水確率は午後から30パーセントくらいだそうですよっ」
レイチェルはよく話し、よく笑う。
研究員きっての天才だというが、科学者にいがちな、己と世の流れとの間に境界線を張ってしまっている者ではない。
話題は多岐に渡り、改めてヴィクトールを驚かせた。
少々自己主張が強いようだが、彼女はまだ子供といってもいい歳だ。これから様々な経験を積めば、そんなに必死になって自己主張する必要はないのだということを知るだろう。周りの人間が、自分の存在をちゃんと認めているということに気付いたら。
この娘は、秘書に向いてそうだ。森の湖に向かう道で、ヴィクトールはそんなことを思った。
木漏れ日の道を抜け、急に視界が開ける。
明るい日射しを反射して、目の前に青い湖が広がっている。
レイチェルのブーツがさくさくと音を立てて走りだした。
ヴィクトールは苦笑して、ゆったりとしたペースでその後を歩いてゆく。
水面が日の光を反射して、ちいさく光を踊らせていた。
今日もいい天気だな。
ヴィクトールは目を細めて光溢れる森を見回した。レイチェルはもう随分と先を歩いている。
こうして歩いていると、ここが聖地で、自分が教官として召喚されていることを忘れそうになる。
今が、女王試験中であるということも。
ヴィクトールはもたれやすそうな木を選んでその根元に座る。木陰はひんやりとした風があって、心地よかった。
すこし伸びをして息をついた。
そうして、視界の端にちらりと見えたものは、見覚えのある皮靴。青い靴下の細い足。
驚いてヴィクトールは振り返る。
アンジェリークが、ヴィクトールの後方の林の中で眠っていた。

彼女は細い木にもたれて、両足を投げ出す様にして座ったまま、眠っていた。
傾げたままの首元に、ほどけかかった黄色いリボンがそよいでいる。
ヴィクトールは驚いて、思わず溜息をついた。
木漏れ日が、長い睫の先に、栗色の髪に、小さな手のひらに落ちて輝いている。風がふいて、艶やかな髪が彼女の頬をくすぐっている。
見れば彼女は手に小さな本を持っていた。風にページがめくれている。
緑の影にとけこむ様に、少女は眠っていた。ヴィクトールは、それ以上近付くことも、立ち去ることも出来ずに少女を見ていた。

呪縛を解いたのはレイチェルだった。
「あっれー、何でアンジェがこんなとこで寝てるワケ?」
その声にヴィクトールは己を取り戻す。軍服の上着を脱いで、アンジェリークの上に掛けてやった。
少女はそれに気付く様子もなく、小さな寝息をたてていた。
「アンジェ、驚くだろうね。目がさめたらヴィクトール様の上着がある〜なんて」
レイチェルは楽しそうに笑う。ヴィクトールは目覚めのアンジェリークを思って、何故か顔が赤くなっている自分に気付いた。

「現在の主星の環境絶対指数は周辺の惑星の六割に満たないんです」
レイチェルはカフェテラスでそんなことを言っていた。ヴィクトールはコーヒーを飲みながら、王立研究員としてのレイチェルの解説を聞いている。
宇宙生成学から惑星環境学から、なんでも悟戯れといった様子である。
「この前、玉子とじ作ったんですけど、砂糖入れ過ぎちゃってケーキみたいになっちゃった」
庭園の門を潜りながらそんなことを言う。ヴィクトールは笑った。
「銀行強盗するならゼフェル様と組むとイイですよね。エルンストも仲間に入れてー」
何を企んでるんだと言うとレイチェルはぺろっと舌をだした。
「あ、雨」

森の湖に行くのはキャンセルし、レイチェルは寮に戻ると言った。
「今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」
レイチェルはそう言って華やかに笑う。
「今度ワタシとデートの約束する時は、ちゃんと覚えておいてくださいよ。それになんか、ワタシばっかりお喋りしてたみたいだけど…ヴィクトール様、つまんなかった?」
そんなことはない、楽しかったと告げると、レイチェルはそう?と首をかしげて悪戯っぽく笑った。
「それじゃあ!」
レイチェルは手を振りながら、扉を閉めた。

ヴィクトールは寮の門を出て、空を見上げる。聖地に雨は珍しい。
糸のような雨を受けながら歩いてゆく。
森の湖へ。
潅木を跨ぎ、羊歯の茂る道を横切って歩く。木々が傘のかわりをしてくれるから、ヴィクトールは殆ど濡れることはなかった。
そうして、ヴィクトールは眠ったままの少女を見つけた。
アンジェリークは、ヴィクトールの上着を抱き締めて眠っていた。
ヴィクトールは黙って近付いて、その傍らに膝をつく。

「…アンジェリーク」

その名前を口にしてはじめて、ヴィクトールは自分の中の何かがやっと目を覚ましたように思えた。

「ヴィクトール…様?」
目を擦りながら、アンジェリークが目を覚ましたのは暫くの後だった。
ヴィクトールは柔らかく笑みを浮かべ、目覚めたばかりの子猫のような少女の髪を梳いてやる。
アンジェリークの方は、何故目の前に精神の教官がいるのか把握できていない様子だが、とにかく覚醒しなくてはと、瞳をぱちぱちとさせている。
「…さあ、アンジェリーク。もう帰ろう」
ヴィクトールは手を差し伸べた。アンジェリークは、戸惑いながら、その手をそっと、ヴィクトールの手の上に乗せた。
体を引き起こされながら、アンジェリークは自分がヴィクトールの上着を抱え込んでいることに気付いた。
あれ、あれ?とアンジェリークは顔を赤くして慌てている。
ヴィクトールは笑んで、その上着をアンジェリークにかぶせると、手を引いてゆっくりと歩きだした。


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