Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
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 笑顔のゆくえ
 LOLLI-POP CANDY

 
 剣とお嬢さん
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 いつの日か君のとなりに
 羽化
 嘘とお嬢さん
Illustrator
 
Attraction
 カトチャでGO!
 御覧あれ!


ワインとお嬢さん



すっかり遅くなってしまった。
ヴィクトールは制服の胸元を指で押し広げながら、庭園を急いでいた。
聖地はすでに日が落ち、人陰はない。紫紺の空に、今日も星が小さく瞬いている。明日も晴れか、とヴィクトールは息をついた。
聖地のはずれにある小さな酒場で飲んだ帰りだった。
今朝、女王試験のため召喚されたとき自分についてきてくれた軍の部下たちが、やっと酒を飲ませてくれる場所を見つけたとわざわざ報告にきたのだ。
誇り高い女王陛下のおわす聖地には、歓楽街にあるような施設はない。今日の店も、昼はおとなしい喫茶店である。
置いてある酒も、軍の男達を満足させるような強い物はなかった。それでも、ひさびさの酒場の雰囲気とアルコールに部下たちは全員浮かれ気味で、皆気持ちよさそうに酔っていた。こうなると上官の自分はいない方がいいな、とヴィクトールは先に店を出たのだ。
それでも、こんな時間である。
ヴィクトールは足早に学芸館の自室に向かう。
明日の朝起きられるか少し自信がなかった。軍部独特の堅いベッドならまだしも、ここは寝心地が良すぎる。
それに明日の朝は、一番にアンジェリークが来るかもしれない。今日は彼女を追い返したから。
アンジェリークは熱を出していた。
「私、割と発熱しやすいんです」
彼女は申し訳なさそうに笑って言った。彼女の熱に気付いたのもヴィクトールだった。瞳の色がすこしおかしい、とヴィクトールが言って、アンジェリークははじめて自分が熱っぽいことに気が付いたのである。
「慣れてますから、気にしないでください」
そういうアンジェリークを無理矢理寮まで送って、きちんと寝ているように言い付けた。彼女はやわらかく微笑んで、わかりました、と頷いていた。
ひょっとしたら、うるさい男だと思われたかもしれない。だが、構ってはいられなかった。心配で、仕方ないのだ。アンジェリークも、こんな自分をきっと分かってくれているだろうとは思う。あの子は優しい娘だから。
だから、熱がひいたら一番に自分のところへ来る、と思った。
熱がひかないようなら、見舞いに行こう。
だから、早く帰らなければ。
そう思った時、遠くから、声がした。
「今日は随分と遅いんだな、ヴィクトール」
視線を向けると、闇の中に白いシャツの男がぼんやりと浮かんで見えた。
月の明かりにしっとりと輝く髪は、深紅。
「オスカー様…」
炎の守護聖である。
ヴィクトールはゆるめた首元に思わず手をやって、姿勢を正した。そんなヴィクトールにオスカーはにやりと笑い、
「今はもうプライベートな時間だ」
そういって髪をかきあげる。
白いワイシャツをラフに着崩したオスカーはいつもの剣を帯びてはいない。
執務と自分の時間とをきちんと区別できる男なのだ。ヴィクトールも二重人格と揶揄されるほどけじめをつける方だが、この炎の守護聖が相手になるとなぜか構えてしまう。
やはり、どこかで意識してしまうのだろう。
この男を相手にして気を抜けない理由。
それを思うとどうにも可笑しくて、ふと笑った。
ヴィクトールは静かに笑んで首元をゆるめなおした。
お互い笑いあって、そうしてゆっくりと歩き出した。

「…今日はお一人ですか」
どう言う意味だ?とオスカーはくつくつ笑う。
「俺だって一人で外を歩くこともあるさ」
「…いえ、そういう意味ではなくて。守護聖様がお一人で歩いていらしゃるのが」
「教官殿もお一人で夜歩きのようだしな。飲んだ帰りだろう?」
「わかりますか」
アルコールの匂いがつくほど飲んではいないつもりだったのだが。
「酒場の空気が体にまとわりついてる。それも、まだ満足したりないようだな」
オスカーはそう言って笑った。
夜の庭園を歩く。昼間は隠れて見えなかったが、植え込みに設置されたライトが柔らかく点り、足元を照らしている。
なぜかアンジェリークを思った。
ふと見ると、手に何か下げている。ヴィクトールの視線に気付いて、オスカーは、ああこれかと腕を上げて見せた。
「ワインだ。なかなかいい銘を見つけてな。館にもどってすぐ買いに出たんだが、知った顏に捕まっちまってこの時間だ」
知った顏というのは十中八九女性だろう。
しかし、彼の私邸にはワインセラーがあると聞いている。オスカーがわざわざ出向いて求めた品なのだからかなりの年代物なのだろう。
それとも、単に女性に会う口実なのかもしれない。
そんなことを考えてはっとする。オスカーが、その薄い色の瞳で自分を見ていた。少々敵意を含んだ視線。
「どうやら疑われているようだな。炎の守護聖のこの俺が」
すっかり読まれてしまっていた。
そんなことは、と否定してもオスカーは口の端に笑みを浮かべて首を振った。
「身の潔白を証明させてもらおう。つきあってくれるな」
「どちらへ」
「カフェテラスへ」
はやく帰りたかったが、ヴィクトールには否とは言えない。
彼は守護聖という貴い身分の者だし、自分は今その守護聖を愚弄するような想像をしてしまった。そして、極めて個人的なことではあるが…彼にはいろいろと言いたいこともある。良い機会かもしれないと、
ヴィクトールは頷いた。

夜の庭園の、いつものカフェテラスは、この時間である。
当然閉まっていた。昼間テーブルが置かれているスペースには、形ばかりの防犯チェーンが張られていた。が、オスカーは平然としている。
「閉まってますよ」
「当然だろ?」
オスカーはそれをさっさとまたぐと、慣れた様子でテーブルの上に上げられている椅子をおろし、手に下げていたワインを大事そうに置いた。ぽかんとしているヴィクトールに、
「いいから入ってこいよ」
と悪戯っぽく笑った。
ポケットをさぐり、幾つか束になった鍵からひとつを選ぶと、店のドアを開けにかかった。
「オスカー様、店の鍵なんか持っているんですか!?」
「野暮なことを言うな」
弁護士とウェイトレスとは仲良くなっておくべきだと教科書に載ってたろ?とオスカーは片目を閉じてみせる。
ヴィクトールは開いた口を閉めることも忘れて炎の守護聖を眺めていた。
身の潔白を証明したい、と言っていなかったかこの人は?
明かりの消えていた店に明かりがともると、オスカーは片手にグラスを二つ、片手に新しく選んできたワインを持って出てきた。
「なんだ、はやく座れ。立ったまま飲むつもりか」
そう笑ってヴィクトールの前にグラスを置き、ワインを開けると少し注いだ。
「赤でよかったか」
「…なんでも結構です」
ヴィクトールは苦笑しながら黙礼する。
「では、乾杯だ」
オスカーは軽くグラスを挙げて、視線でヴィクトールを促す。なにやら奇妙な酒席だが、これはもう、とことんつきあうしかなさそうだ。
ヴィクトールも杯をかかげる。

「実はここは、わりとよく使ってるんだ。オリヴィエなんかと飲むときは大抵ここだな」
オスカーはそう言って、グラスに唇をつけ、軽く口に含んで、まあこんなもんか、と呟いた。ワインのことらしい。
ヴィクトールはワインのことはよくわからないから、とりあえず黙って飲んだ。
ヴィクトールはワインよりはビール、ビールよりはウィスキーの方が得意である。安酒も別に嫌いではないから味に文句は言わない。
かといって酒の味が解らないわけではない。旨い酒はやはり旨いと思うし、まずいものより旨いほうがいいと思う。
ただこだわりがないから、蒐集家のように自分から旨い酒を探して買い求めるということをしなかった。
酒は酔うために飲むものだ。
だから、ワインを少し飲んだだけで製造年と生産地を当てることのできる人間を、大道芸のようだとしか思わないし、買っても飲まずに寝かしておくのも解らない。何年物だと自慢する輩が軍部の上官にはよくいたが、飲んで酔えればそれでいいではないか、と思う。
オスカーは、どうなのだろう。
こだわりは、大いにありそうだが。
向いに座ったオスカーはグラスを弄んでいる。
オスカーと剣の手合わせをしたのは先週の休日だった。ひとりの少女の笑顔を独占したいと願っている二人の男は、勢いで剣の勝負などをして、大切な少女を泣かせてしまった。馬鹿なことをしたものだと思う。あの勝負に勝てば、彼女を得ることができるような、気がしていたのだ。そんな訳がないのに…
あの日のことがあって、ヴィクトールはあの少女が自分の中に住み着いていたことをしっかりと自覚した。誰にも渡せない、と思った。
そして、同じことを思っている男が、自分の他にもいることを知った。
その男が、目の前にいる。
ヴィクトールのもの言わぬ視線に気付いて、オスカーは顏を上げ、おそらく同じ日のことを思ったのだろう、自嘲気味に笑い、先に視線をはずして言う。
「ヴィクトール、酒は強い方か?」
「…弱くはないと思います」
「何故、強いと言わない」
「俺より強い奴など、軍にはごろごろしていましたから」
「お前はいつもそうだな。剣ができるか、と問えば、できなくはないと答えるんだろう」
オスカーは低く笑ってヴィクトールと真直ぐ見た。薄暗い中では、彼の表情の裏までは読み取れない。
オスカーはヴィクトールのグラスに、さらにワインを注ぐ。
「ヴィクトール、自分が欲しいと思っていたものを与えられるとしたら、お前はどう答えるんだ?さあヴィクトール、お前の欲するものをここに授ける。欲しいか?」
オスカーは芝居がかった声で言う。ヴィクトールは黙っていた。
「お前は『いらなくはない』と答えるのか?違うだろう」
「…何が仰りたいのですか」
「今頃は、あのお嬢ちゃんは夢の中か」
寮の方に目を向ける。ヴィクトールは静かにオスカーを見つめた。オスカーはヴィクトールの視線を真っ向から受け止め、そうしてワインを飲み干した。
「俺の館にはワインセラーがある。俺自身が買い求めたものがほとんどだが、中には前任の守護聖が残していったやつもある。前前任のもあったかな。どれも相当な年代物だ。下界の時間に直したら即歴史博物館行きの、相当価値のあるものばかりだ」
ヴィクトールはオスカーの空いたグラスにワインを注ぐ。オスカーは続けた。
「だが、俺は年代でワインを飲むような馬鹿な蒐集家とは違うからな。どんなに価値があっても不味いものは不味い。結局全部捨ててしまった」
どうやら、オスカーの酒のたしなみ方はヴィクトールの意見と同じようだ。
だが、オスカーの話が見えてこない。
「俺が酒を飲むのはそれが旨いからだ。旨くないとうまく酔えない。酔えないものはいらない」
言外の言葉で、オスカーはヴィクトールを射抜こうとしている。ヴィクトールは黙ったまま、冷たく輝き出した氷の瞳を見返している。
「欲しいものは欲しい。俺はそう答える」
ふいに風が吹いて、木々がざわ、と騒ぐ。闇の中に、ふたりの男はただその眼力だけで互いの砦を崩そうと鬩ぎあっていた。
先に視線をそらしたのはオスカーの方だった。
グラスの赤い液体をガラスの瞳に映して薄く笑った。
「…なんて、偉そうなことを言えるほど冷静ならばいいんだがな」
テーブルの上に置いてある、彼が手ずから運んでいたワインボトルに目が行く。
オスカーはそっとそれを手にとって、ラベルをヴィクトールの方に向けた。
「こいつを見つけた時、どうしようもなくてな。見るからに普通のワインだ。旨いか不味いか問われたら、はっきり不味いとわかるワインだろう?それでも、買って来ちまった」
薄汚れた白いラベルに、金の筆記文字が印刷されている。流れるような華奢なその書体の下を、黄色のリボンがほどけてねじれたアンダーラインのように転がって走っている。
『Angelique』
そう読めた。
ヴィクトールは弾かれるように顏をあげ、笑顔を浮かべている炎の守護聖を見た。自分でも戸惑っているような、それでいてどこか幸せそうな表情。
「完全にやられちまってる。もう、無条件降伏だ。あのお嬢ちゃんの前にはどんな理屈も信念も通用しないんだ。笑っちまうだろ?」
額を押さえ、可笑しそうに自分自身を笑っているオスカーは、ヴィクトールには少なからず衝撃だった。心のどこかで、この青年のことだからいつものようなノリで彼女に関心を持ったという程度の思いなのだろうと思っていた。
いや、そう思いたかったのかもしれない。
だが、そうではないのだ。
オスカーは本気なのだ。真剣な想い故に生まれる自分自身の行動を、制御できずにいて戸惑っているのだ。
こんな安そうなワイン。彼女と同じ名がついていているだけで、オスカーはそれを手にとらずにはいられなかったのだろう。
大切そうに扱っていたのもそれ故だったのだろう。
何故か、胸に鈍い痛みを覚えた。これは嫉妬だろうか?怒りか?
弱りきっているくせに、穏やかで幸せそうなオスカー。きっと、このボトルを見つけた瞬間に、彼の胸の中の少女は、彼に笑いかけただろう。
ヴィクトールは何も言わずにボトルを手渡した。オスカーも、何も言わずに受け取り、オープナーをコルクにあてがった。
「ロゼだ。どこまでもお嬢ちゃんぽいだろ?」
咽で笑って、器用に抜く。二つのグラスにそれを注ぐと、あたりにほんのりと甘い香りが漂った。
オスカーはグラスを唇に載せ、ゆっくりと口に液体を流し込んだ。
「…甘いな」
確かに、甘かった。ヴィクトールもオスカーにつられて苦笑した。二人はただゆっくりと甘いワインを味わった。
さらりとした辛口の赤よりも、どこか子供っぽい甘い甘いロゼ。しかし確実に目眩に誘われてゆく、咽に熱いアルコール。
体が暖められてゆく。
これなら、酔えるかもしれない。
ふたりの男は、一本のロゼを間に、黙ったまま杯を進めていった。


fin.

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