Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
12Kingdom
OgreBattle
Mobile sutie Gundam
finalFantasy
Shortstory
 SPY
 笑顔のゆくえ
 LOLLI-POP CANDY

 
 剣とお嬢さん
 ワインとお嬢さん
 目覚めの君
 つぼみ
 先生
 いつの日か君のとなりに
 羽化
 嘘とお嬢さん
Illustrator
 
Attraction
 カトチャでGO!
 御覧あれ!


剣とお嬢さん
<<Part:1>>


今朝はいつにも増して霧がたちこめている。聖地の朝はまだ早い。静寂といってもいいような中を、ヴィクトールは走っていた。
早朝のロードワークは彼の日課であり、聖地に来てからもそれは続けられている。朝には自然にその時間に目が醒め、体を動かさないとどうにも落ち着かないのである。朝の外出が禁じられているわけでもないので、聖地の散策がてら、ヴィクトールは毎朝走ることにしていた。霧深い森を抜け、小川に沿って走る。ひんやりとした空気が、熱を帯びはじめた肌に心地いい。
ロードワークのコースは特に決めていない。気の向いた方向に進路をとって走ってゆく。聖地は広く、目の前に広がる風景は毎日違う表情をみせてくれるから、どこを走っても飽きることがなかった。
今日は日の曜日。休日の早朝に起き出して働く必要もないから、人々はまだ毛布の中だろう。
静かな朝の空気を胸に吸い込み、静かに送り出す。
体の中が新しく生まれ変わっていくような、研ぎすまされていくような、鮮烈な感覚。きっと、これが欲しくて自分は走るのだと思う。
どれだけ走ったのか、木々の間から建物が見えてきた。その重厚でいて繊細な壁の細工、時代を感じさせる荘厳な雰囲気から、守護聖の私邸だと解る。
どなたの私邸だろうか、とヴィクトールは考える。学芸館から南に走って、突き当たった川に沿って走ったから‥‥
きん、とかん高い金気の音が風に乗って聞こえてきた。館の方角からである。
久しく耳にしたこの音は、ヴィクトールには馴染み深い剣と剣の弾きあう音。
オスカー様のお屋敷か。ヴィクトールは首にかけていたタオルで汗をぬぐう。剣の稽古‥ランディ様がいらしてるのだろうか。
見てみたいものだ。
そう思ったが、ふと、休日の朝から、無骨な自分などが邪魔をしては悪いかと思った。が、視界の端に門が見えてしまった。
‥少し覗かせてもらおう
ヴィクトールはもう一度汗をぬぐい、門に向かった。


「ヴィクトールじゃないか」
最初に気付いたのはやはり館の主だった。
館の前庭の、二つの人陰が二人の守護聖であることはすぐ分かった。
片方が一方的に打ち込み、片方がそれをやすやすと受け流している。
「珍しい客だな。ここまで走ってきたのか」
オスカーはランディの剣撃を受け止めながらヴィクトールを振り向いた。ヴィクトールは黙礼する。
声をかければ気を散じさせてしまう。しかし、オスカーは余裕である。
「‥ヴィクトール、さん。‥おはよう、ござ」
ヴィクトールに気付き、ランディもオスカーの肩ごしに声をしぼりだす。鍔競り合いに必死な様子である。
「あいさつする暇などないだろう、坊や?」
オスカーはランディを軽く横にいなし、一瞬よろめいたランディを後ろに押してやる。ランディは重心移動に失敗して、そのまま後ろに転がった。
「腰が入ってないからみっともなく倒れることになる。もっと走り込みで鍛えるんだな」
オスカーは言いながら剣を払って鞘におさめた。地面に尻餅をついた格好で、ランディはくやしそうにオスカーを見上げている。
「稽古の邪魔をしてしまったようです。申し訳ございません、ランディ様」
ヴィクトールが頭を下げると、ランディは慌てて起き上がり、土をはらいながら、
「俺が勝手に倒れたんです。それに、すぐ気が散るって、前からオスカー様にも言われてたし、ヴィクトールさんのおかげで思い出すことができました」
と、明るく笑ってみせた。
ヴィクトールはもう一度黙礼した。決して他人を責めないランディの明るい心根に、ヴィクトールは以前から感心していた。
まだ年若いがいずれ頼もしい青年になるだろう。
「ところでヴィクトールさん、今日はどうしたんですか?」
ランディは少し照れたように笑った。
「いや、適当に走っていたらここまで来ていたのです。剣撃の音が聞こえたので少し覗かせてもらおうかと」
「そうか、そう言えばまだヴィクトールと手合わせした事はなかったな」
オスカーは持っていた自分の剣をヴィクトールに投げてよこす。ヴィクトールは反射的にそれを片手で掴んだ。
「よければ、どうだ?」
オスカーが涼やかな瞳をヴィクトールに向けた。‘氷のような瞳’と形容されるそれはあらゆる女性を虜にし、男の闘争心を静かに煽る力を秘めているようだ。
こんな人が上官にいたら苦労させられそうだな。
「光栄ですが、ランディ様の稽古は」
「俺も、ヴィクトールさんの剣技、見てみたいです!」
そう言われては断わる理由はない。オスカーはランディの剣を受け取り、鞘から鮮やかな動作で剣を引き抜く。
何事にも華やかな方だな、と思いつつ、ヴィクトールも長剣を鞘走らせた。
ランディが二人の間に立って、腕を上げた。審判を買ってでるらしい。
「ランディ、間違っても判定を出そうとするなよ。開始の合図だけでいい」
オスカーがヴィクトールを見据えたまま、苦笑まじりに言った。ヴィクトールも苦笑しながら頷く。
判定は、たぶん本人たちにしか解らない。そういう一戦になりそうだった。
ランディも理解したらしい。頷いて、ひと呼吸おき、腕をふりおろす。
「はじめっ!」
と、同時にオスカーが素早く前にふみだした。
それにあわせるようにして、ヴィクトールが後退する。
オフェンス型か。
オスカーは相手が反応できないスピードで間合いをつかみ、剣をくりだしてゆく攻撃的なスタイルの剣士らしい。
ヴィクトールはオスカーの間合いのつめかたに付け込まれないよう、下がっていく。ヴィクトールはどちらかというとディフェンス型だ。
相手が仕掛けてくる、その一瞬に隙を見て、また隙を作るように仕向けて打ち込む。だが、お互いに隙がない。うかつに手がだせず、オスカーもヴィクトールもいつしか硬直状態に陥った。空気が張り詰める。
沈黙を破ったのは、ランディだった。
「あっ、アンジェリークじゃないか!」
「なに!?」
二人は思わず、ランディの視線の方向を振り向いてしまった。


アンジェリークが少しはにかんだ笑顔を見せて、小走りにこちらへやってくるのが見える。試合の仕切りをしていたことも忘れて、ランディは少女を出迎えに門のほうに走っていった。
気まずいのは剣をもったまま呆然としている二人である。
少女ひとりが来たくらいで集中力を欠くとは。武術を修めた人間として、とても他の者には見せられない。
「…ヴィクトール」
「…はい」
「来客もあったということで、休戦するか」
「そうですね」
そう言って、二人は黙って剣をおさめる。お互いに、なにもなかった顔で可憐な女王候補を迎えることにしたのだった。


ランディと並んでこちらにやってくる少女は、いつもの制服姿ではない。
白いタートルネックのニットに深いグレイのミニタイト、ベージュのタータンチェックのショールを肩からふわりとかけていた。
8ホールの黒いブーツの堅さが、繊細な雰囲気の彼女とアンバランスでかえってかわいらしく見える。
なにより彼女をいつもと違うように見せているのは、結い上げていない髪。
リボンひとつないだけで、こんなに変わるのか。
ヴィクトールは癖のない亜麻色の髪がさらさらと揺れているのをぼんやりと眺めた。
「おはようございます、オスカー様、ヴィクトール様」
少し走ったせいか、透明感のある白い肌がほんのりと赤くなっている。すこし息をはずませて、朝の空気の中で、彼女は柔らかく微笑んでいた。
「今日は珍しく早起きだな、お嬢ちゃん。そんなに早く俺に会いたかったのか?」
オスカーが端正な顔に誘うような笑みを浮かべて言った。その上、さりげなく肩を抱かれている。
いつものことだと分かっていながら、アンジェリークは一瞬にして顔を赤く染めた。
「ち、違いますっ。今朝はなぜか早く目が覚めてしまって…それでちょっと、お散歩に出たんです」
「歩いて?寮からここまでかなり歩いただろう」
ヴィクトールが小さく驚く。アンジェリークは自分よりずっと高いところにある鳶色の瞳を見上げてはにかむように頷いた。
「途中で迷っちゃって、ちょっと困ってたんですけど、あの、…声が聞こえたから…」
「成程」
オスカーは抱いた肩を素早く引き寄せ、耳元に唇をよせて囁いた。
「お嬢ちゃんの真実の想いが、俺の所を選んだって訳か」
「ちがいますってばっ」
アンジェリークは半ばよろけるようにオスカーから離れて、ヴィクトールのスウェットの背中にしがみついた。
「お、おい」
驚いて首をひねって見ると、アンジェリークが子犬のような目をしてヴィクトールを見上げて来た。
大きな瞳が、真直ぐに自分を写して揺れている。
…何をそんなに不安そうにしているのだろう。
反射的にふりほどいてしまわなくてよかった。
「…今朝は少し冷え込んでいるから、お嬢ちゃんもだいぶ冷えたみたいだな。髪が冷たい。今、何か暖かいものを用意させよう」
オスカーはそう言って踵をかえし、館の者に手配するよう言い付けに行った。
「そうか、さすがオスカー様。だからアンジェの髪にさわったんだね!」
ひとり手を打って納得するランディに、
「そうでしょうか…」
アンジェリークは困ったように笑った。
そう言って、そっと、手が離れてゆく。彼女の手の重みが背中に感じられなくなって、そこだけが穴があいたように軽い。
…なんだろう、この感覚は
背に庇う者がいないと、後ろがどうにも寂しいような気がする。
そう思って背後を振り返る。アンジェリークが、そんなヴィクトールに気付いて、はにかむように笑った。
ああ、いるな。
アンジェリークの存在を確認して、ほっとため息をついている自分に強烈な驚きを覚えた。


PageTop
  次へ
   
Shangri-La | index Angelique | index