Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
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SPY
[06]

オスカー様に、憧れている。


「‥‥は?」オスカーは思わず聞き直してしまう。間抜けな音を漏らしてしまったオスカーは、間抜けに口を開けたままの間抜けな顔をした。
瞳はおろおろとジュリアスを探り、言葉を探して手を泳がしてみたが、その成果は得られない。
ジュリアスは忠実な部下のうろたえるさまを見、ほんの少し吹きだして、
「レポートの提出はもうよいと言ったのだ。御苦労だったな」
と彼なりのねぎらいの言葉を繰り返した。
オスカーはさきほどから、何度めかに聞くこの言葉が理解できないでいる。

確か先程までジュリアスに定期レポート検査を受けていたはずだったのだ。
いつもならどんな自信作にでも的確に穴を見付け指摘する、ジュリアスの厳しい視線を感じながらひやひやしているはずなのだが…。
このリアクションはなんだ?
肩の荷がおりたような、穏やかな表情をしている。口元の小さな笑みは彼の上機嫌の印だ。瞳を伏せがちにして、完璧に悦に入った表情。
オスカーはどうこれを尋ねたら良いのかわからない。何を聞いても同じ返答がかえってきそうな予感がする。
それに、理解しやすい返答を得るためにどう尋ねればいいのか分からない。
もう一度、上司を見上げる。
機嫌がいいのは確かなようだった。

「……、ジュリアス様、それはどういう…」
意を決しておそるおそる尋ねてみる。
何故だろう、こうも嫌な予感がするのは。
なんだ、この、詳しく聞きたくないような、はっきりさせなくてはいけないような、煮え切らない使命感は。
不愉快な予感ばかりが先立って、ジュリアスの顔色ばかりを見てしまう。
当のジュリアスはちょっと視線をあげてオスカーの複雑な感情の入り交じった表情を見、不思議そうに眉を寄せた。
「どういう、とはどういうことだ?言った通りの意味だ」
「いえ、ですから…その」
オスカーは上手く説明できない。言葉を選ぶオスカーの間に耐えられずに、ジュリアスは受け取ったレポートを暇つぶしに再読しはじめた。
「オスカー、もうよいのだ。そなたはよくやってくれた。」
「もう、よい…?」
言葉尻をくり返すしかできない。口の中で呟いて、
「…その、もうよいというのは…、例の件、ですよね」
「例の件だ」
ジュリアスはオスカーとは視線を合わせようとはしなかったが、口元には自然な笑みが刻まれている。
それがなんとなくオスカーには怖かった。
「…何が、いいんですか?レポートがですか?それとも…」

「もうよいのだ。すべてが」


すべて?


「すべてとは…」
オスカーは目を見開いた。ジュリアスはこちらを見ようとしない。昨晩私邸でしあげたレポートをめくって、その文面を面白そうに眺めたままだ。
「全てだ。スパイまがいのことはもうよい。常務に戻り、この任務のことは忘れてくれてかまわない」
「な、」
オスカーは身を乗り出す。

スパイを、やめていいと言うことなのか?

「ジュリアス様…」
ジュリアスはオスカーの呼び掛けに答えることなく、視線はレポートを眺めたままだ。
「そなたのレポートの情報で、あの少女のだいたいを掴むことができた。考え方の根本さえ分かれば、資質を見い出すのはこのジュリアスにも容易。ごくろうだった」
口元の笑顔は、誇りを司るものに相応しく、優位に立ったものだけが刻めるあざ笑いに似ている。
「何故ですか…!?」
「何故とは、どういう事だ」
「何故、こんなに急に……ッ」

そこで、オスカーは詰まる。


この任務は、とても不名誉な事ではなかったか。
いつでも任務任務とくり返して、嫌がる自分を強引なまでに奮い立たせて、演技してまでアンジェリークを探ったのではないか?
ジュリアスの笑顔が見たくて、自分の汚名を雪ぎたくて、この任務を必死に…。
全部自分のためだったのだ。
全部自己満足のために、がんばっていたのだ。

アンジェリーク。
ターゲットの名前。
少しも興味のなかった娘。
子供で、なんにも分かっていない、ただ気が強いだけの娘。
任務だから、つきあってやった。
「つきあってやった」。
そのつきあいが、今切れようとしている。
(喜ばしい事のはず)
ジュリアスの笑顔も見れた。
(目的達成だ)
厄介な娘とも縁がきれる。
(これをずっと待っていた)
急だろうがなんだろうが、辞めるべきだ。
自分の待ちわびた結果ではないか!


「オスカー」
呼ばれて、顔をあげる。
ジュリアスが、極力優しい風にオスカーを見ている。
「そなたは、疲れているのだろう」
言われて、やっとオスカーに笑みが浮かんだ。
「……そうかも、しれません」
そうなのかも知れない。
ジュリアスに何故と問われなければ、自分は一体何を口走るつもりだったのだろう。
(自分で自分がわからなくなっている……)
スパイの任と解かれたと言うのに。
喜ぶべきところで喜べなかった。
ジュリアスに食って掛かって、どうするつもりだったのだ。
まるでスパイを続けたいようではないか。

……疲れているのだ。

「あの娘からこれだけの長所を暴き出したのだ。短期間ではあるが、他人とつきっきりで話していたのであろう?」
「…そう、です、ね…」
遊び人とまでは言わないが、「あの」自分が休日を返上してまで任務に没頭していたのだ。
疲れているのだ。
疲れているから、あんな訳の分からないことを…。
「オスカー」
呼ばれて、顔をあげる。
「しばらく、休暇を取るといい。ゆっくりと休み、心身ともに最適な状態で職務に戻るがいい」
「ありがとうございます」
はじめて、ジュリアスの言葉にうまく返答できた。それを見、彼もやっと安心したような表情になる。そうだ、この笑顔が見たくて俺はいままで頑張ってきたのだと、しみじみ思う。
俺のするべき事は終わったのだ。
すべてが終わって、あとはジュリアス様に任しておけばいいだけのこと。
「下がれ」
ジュリアスの威厳に満ちた声が心地よく響く。
短く返事をして、一礼しジュリアスに背中を向ける。ぱさり、とマントが翻る。
そうだ、とオスカーはくり返す。
俺はスパイで悪役で、それが今終わったのだ。ならばもうあのやっかいな娘の相手をしなくて済む。
(それだけのこと…)
相手をしなくて済む、それだけのこと。
呪文のように心で呟いて、オスカーはジュリアスの執務室に背を向ける。
「では、失礼します」
いつもの台詞。いいなれた語調。いつもの自分。
扉の閉まる音が響いて、いつも通り歩き出した。踵が床を蹴る音、自分の執務室に戻るまでの景色。
通り過ぎるドアの数。目線の高さ。体が覚えている日常。
何もかもが、日常。
執務室から出たオスカーは、もうスパイではなく、ただの守護聖になったのだ。




執務室に帰ると、なんだかどっと疲れが押し寄せてきた。
なげやりに体を椅子に投げ出してため息をつくと、目の下にクマが出来ているのではと思うくらいに疲労感が体に染み付いてきて、オスカーは固く目を閉じた。
ここ数日間、ハードなスケジュールのせいで確かに体は疲れていた。それをなんとか特殊な任務だと言う責任だけで耐えていたのだと今になって分かる。ジュリアスの笑顔を見て、無意識の内に緊張の糸が切れたらしかった。椅子に全体重をあずける、その心地よさ。
…終わった。
やっと終わったのだ。
それだけで身体が楽になりそうだった。
期間にするとたったこれだけかと思う時間だが、その密度の濃さ。3年間はたっぷり禁欲した気分だ。
そう思ったらなんだか急に女に会いたくなってきた。それも極上の。
たまった執務をさっさと片付けて、約束をキャンセルしてしまった彼女に会いに行こうか。急な仕事が入ったとろくにに理由も言わないまま連絡も取っていない。下界におりるときはうまい酒でも持っていこう。今はただただ、静かな大人のやりとりがしたい。
言葉のニュアンスの駆け引き、誘う指、ほのかな灯、いたずらな唇…。
…ああ、俺は日常に返ってきた…。
体重をさらに椅子に落とす。背もたれがぎしぎしと悲鳴を上げたが、それすら子守唄のように聞こえてくる。
目を閉ざしたまま、しばらくの間そのままでいた。

案外、あっけなかったなというのが正直な感想だった。
はじめは一体どうなってしまうのかと不安になったものだ。
あんな子娘のお守なんてやってられるかと何度ジュリアスに言おうと思った事か。
それでも自分のプライドを守る為期待に答える為諦めず耐えたから、耐えたからこそ、努力は報われた。
あの子娘が思った以上にあさはかで扱いやすく、勝手に情報を漏らしてくれる事が分かったから。利用しようと思えば思っただけ利用されてくれた。後半なんて頼んでも無いのに騙されてくれてくれた。あげくこのスパイの自分に告白めいた茶番まで演じてくれた。
…たいした余興だ。
ああ、アンジェリーク。なんて馬鹿な女王候補。同情の余地もない。
優しい俺は全て幻、君が好きだと言った俺は今日限りでいなくなった。
煙りのように。霧のように。
跡形も無く。笑っちまうほど、きれいサッパリと。
恋に恋焦がれ背伸びをするアンジェリーク。
愚かでかわいらしいアンジェリーク。
大人の真似をして、自分を大きく見せる事しか自己表現のできない不器用な子供。
君はその憧れの大人に騙されていた。
いっそ本人にいってやろうか。君は騙されていたのだよ、と。
俺は仕事をしていたのだよ、と。
お嬢ちゃんがどうしようもなく候補として見込みがないから俺は派遣されたんだよ、と。

そうしたら彼女はどうするだろうか。
高いばかりのプライドを踏みにじられて、烈火のごとく怒るだろうか。
それとも泣くだろうか。子供ならではの純真を踏みにじられて、泣くだろうか。
ああ、最高の結末を君に。
最高の結末を君の前で、全部、余す所無くぶちまけてしまいたい。
誰より君を思っていたのは…。
誰より先を見据えて、誰より君の為を思っていたのは君が大嫌いで顔も見たく無いジュリアス様だったと。そして俺は彼の手先だったと。
服従と騎士道は紙一重、俺はジュリアスの言った通りに動いていただけだと。
君の嫌いな命令で。権力に負けて。
君の大嫌いな権力主義は、自分の考えのない見下すべき人間は、君が好きだと言った俺だったんだ。

オスカーは痙攣するように、くっと笑った。
最初の頃の心配は完全に杞憂に終わった。
これ以上優しい任務も無いのでは無いだろうか。

…もっと難攻不落かと思っていたぜ、「アンジェリーク」。

オスカーは気障ったらしくその台詞を頭の中で言うと、途端に面白くなってきた。
くっくっく、と痙攣をくり返し、止まらなくなった。気でも触れたかと自分でも思ったが、身体の、心の赴くままにさせておくことにした。
声を出して、腹の底から笑った。声が暴れだした。執務室に響く自分の声。反響して、小気味良い。
しかしそのうち息が苦しくなって、疲れて止めた。

背もたれに今度こそ疲れ切って、寄り掛かる。
ため息がもれる。このまま眠りに落ちてしまおうか。
意識を現実から切り離そうと、呼吸をする。身体が睡眠にとろけそうになった。

(…アンジェリーク)
柔らかい意識の中、意味もなく少女の名を頭に描く。

…意志のつよい瞳。
…白い肌。
発展途上を絵に描いたような細い腕…、胸、腰、足…。
問題児で世話をやかす女王候補。ターゲット。任務…義務。

(何を考えているんだ?)
眠りに落ちそうなこの一瞬に。俺は寝るんじゃなかったか?
(やり終えた。もういいんだ)
言い聞かせる。眠ってしまえ、…早く。考えるより早く。
(もう関係ない。俺にはあんな子供、関係ない)
だから穏やかな眠りよ、俺に訪れてくれ。もういいんだ。もういいんだ…。
(あんな子供…)

途端、想像のなかの彼女が微笑んだような気がした。






ゆっくりと目をあける。
あんまり長い間目を閉じていたせいで、目が涙に覆われているように見えない。

椅子から眺める自分の執務室は、まるで旅行から帰ってきてすぐの自分の部屋のような違和感がある。
高い天井がすべての音を吸い込んだようにそこに在る。少し目をあげると、赤い色が残像のように目に飛び込んでくる。
赤。強さの赤。…俺の色。
視線を落とす。広い空間に赤い絨毯が、真直ぐと、自分にむかって伸びている。
無駄に広い机に、空間のあり過ぎる部屋。
こんな部屋だっただろうか。
…長い間この机で仕事をしてきたが、こんなにこれは大きかっただろうか。
数々の仕事をこの机の上でこなしてきたが、こんな疲れたことはあったろうか。
(…疲れた?)
そう、疲れた。疲れてはいるのだ。
(たしかに疲れてはいる…しかし)
何なのだろう。この胸の奥に残る感触は。
(…アンジェリーク)



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