Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
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Shortstory
 SPY
 笑顔のゆくえ
 LOLLI-POP CANDY

 
 剣とお嬢さん
 ワインとお嬢さん
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 つぼみ
 先生
 いつの日か君のとなりに
 羽化
 嘘とお嬢さん
Illustrator
 
Attraction
 カトチャでGO!
 御覧あれ!





外では雪が降り始めたようだ。寒さが部屋までつたわってくる。
ヴィクトールはカーテンを引き寄せてみた。
白い小さな粒がはらはらと外を舞っている。厚い雲が被いかぶさって外は拍車をかけるように真っ暗で、ヴィクトールはため息をついた。
ガラスが曇る。
(あれほど傘を持っていけと言ったのに。どうするんだ、風邪でもひいたら‥‥)
アンジェリークは、ヴィクトールがどんなに説得しても傘を持っていこうとしなかった。濡れてかえったら大変だとあれ程諭したのに、
『ヴィクトール様は心配し過ぎです』
と笑って言った。自分でも少しだけ自覚がある分、そう言われると言葉につまる。彼女はそんな自分を見てまた笑う。
『買い物のとき荷物になっちゃうから今日はやめときます。こんなに良いお天気だし。それに、ほら、ヴィクトール様の天気予報はあたった事ないもの。大丈夫ですってば。なるべく早く帰ってきますから。』
それでも心配で、荷物は自分が持つから傘を持っていけ、と言ったらアンジェリークは急に頬を染めて『ダメですっっ!』と主張した。
どうしてそんなに否定するのかわからず、もう一度ついていくと言っても『絶対だめっっ!』と聞かなかった。
ヴィクトールは、『下着のバーゲンセールにでも行くのだろうか』と安易な想像の結果、しかたなくアンジェリークを一人で行かせる事にした。
(あの歳になれば、いろいろ男に言えない買い物があるのだろうな‥‥)
例えば‥‥。いや、考えるのは止めよう。
しかしあまりに帰りが遅い。こんなに遅くなった事はなかった。遅れるにしたって電話の一本でも入れるべきではないのか。
(一人で行かせたのは失敗だったな‥‥)
こんなに心配かけて。
女王試験の時と何にもかわってない。
あいつは自由に駆け回って、俺ばかりが心配して。
変な奴等に絡まれちゃいないか。事故に会っていないか。どこかで自分の助けを呼んでいるようなシーンばかりが頭を巡る。
ひょっとしたら今だってそうかもしれない。アンジェリークが俺を必要としているかもしれない。
一瞬、ヴィクトールの中で、過去の映像が駆け巡った。
助ける事のできなかった人たちと、後悔。
ヴィクトールは目を臥せる。アンジェリークの名前を、呼んでみる。

雪が強くなった。
ヴィクトールはケジメをつけるようにわざと大きくため息をついた。
(帰ってきたら叱らないと)
怒ったような演技でカーテンを閉めると、キッチンに向かう。
帰ってきたら、長い長いお説教をしなくてはならない。お茶の用意ぐらいしてやろうではないかという計らいである。
なれない手付きであまり触った事のない棚を開ける。小さなカップを二脚ほどとりだすと、テーブルにおいた。
なんだか、テーブルがひどく広く感じる。
ヴィクトールは、その二組のティーセットの前にアンジェリークの帰りを待っていた。

『ごん』
「?」
外から変な音が聞こえた。
もしやと思ってドアを開ける。ヴィクトールは案の定の展開にため息をもらした。雪につっぷせたアンジェリークが、大の字になっていた。

「荷物が、多すぎちゃって、ええと、転ばないように転ばないように注意してずっと歩いていたから、疲れちゃって、その‥‥」
「家の前まできたら安心して、転んだ、だな」
「‥‥えへ」
ヴィクトールはアンジェリークの傷めたしまった脚に包帯をまいてやった。細い足首だ。自分のとは全く違う。
転んだだけでねんざをしてしまう壊れやすい体。こんなに細い。
自分が側にいれば、こんな事にはならなかったのにと思うとやりきれない。
雪が積もったままのコートがハンガーに掛けてある。
はぁっ、とため息をもらした。
「アンジェリーク。傘を持っていけと言ったろう」
「‥はい」
教官時代にもどったような気がした。
「傘があったらこんな濡れずにすんだのに、お前はまったく‥‥」
「でも、傘は邪魔なんですよ、ヴィクトール様。傘があったら途中でつかれちゃったと思うし、そうだとこんなに買えなかったと思うし」
そういって紙袋の山を指差す。なるほど、総ての袋の種類が違う。
「買い過ぎだ…」
女と言う者は本当に買い物が好きなのだなぁと理解に苦しんだ。
‥‥しかし、下着というものはこんなにかさ張らないだろう。
「こんなに一体何を買ったんだ」
袋の中身をちらりと覗いた。
「っ!そーです!」
アンジェリークはその袋をひったくるように奪うと、ヴィクトールの代わりに中身を出してやった。
「見て下さい!」
荒々しくがさがさと包装紙を破く姿は、クリスマスプレゼントを開く子供のようだ。楽しそうにその包みを剥がし終わると、アンジェリークはヴィクトールの前で、じゃんっ、と掲げてみせた。
下着ではなかった。セーターだった。白の。
「この、始めて見た時、絶対これだ!って思ったんですよ。これに行き着くまでに何件も何件もお店を渡り歩いて‥‥、くたくたになっちゃいました」
色が素敵でしょう?と目をきらきらさせる。ヴィクトールが勢いにまけて相槌を打つと、アンジェリークは頬を染めて次の袋をとりだした。
アンジェリーク曰く、素敵なシャツに、素敵なコートに素敵な手袋、素敵な財布に素敵な靴。
「どうですか?」
「どうと聞かれると‥‥」
うーむ‥‥、と唸った後、
「ちょっと、お前には大きすぎやしないか?」
アンジェリークが絶句した。口をぽかんと開けて、信じられない物を見る目だ。
「‥‥ん?どうした?」
「もう一度、いってくれますか」
アンジェリークが引き攣り笑いのような、苦いような顔で棒読みにそう言った。ヴィクトールはそんな見た事もない表情に戸惑いながらももう一度言葉をつむいでみせる。
「?‥お前には大きいだろう、そのセーターも、コートも。」
おまえだったらSサイズなんじゃないのか?と付け足して、セーターの首のラベルの『LL』というのを見せた。
アンジェリークはその言葉を聞いくと、いっそう顔をこわばらせた。こわばらせると言うのか、固めたというのか。
そのアンジェリークの顔があまりに動かないので、ようやくヴィクトールは自分がなにか変な事を言ったのかも知れないと疑い始めた。
そのとき、やっとアンジェリークから小さな声がもれた。
「‥‥‥い」
「ん?」
「ひどい」
アンジェリークが俯いた。ヴィクトールは何が起こったのか分からずに、えっ、と言った。
「ヴィクトール様のために行ったのに‥‥」
ヴィクトールはもう一度、えっ?と言った。
「ヴィクトール様、全然洋服に興味ないから、私が買わなきゃ洋服全然ないから、‥‥どうせだったらヴィクトール様が一番素敵に見える洋服がいいと思って、探して歩いたのに、ひどいです」
「‥‥」
やっと自分の失態が明らかになった。馬鹿だ。
鈍感なんかでは言い表せない馬鹿だ。
最愛のアンジェリークの極上の、それも俺に向けられた、ここちよい笑顔を踏みにじってしまったのだ。
ヴィクトールが、俯くアンジェリークの頬を撫でる。
冷たかった。それで雪が降っているのを思い出した。
雪の中を、自分の服なんかのために歩き回っていたのだ。
ヴィクトールは冷たいアンジェリークを、あたためるように抱き締める。

女王試験の時から、まったく変わっていない。
人に心配をかけるところも、優しいところも、何一つ。
あの時から、この少女から目が離せなかった。何を起こすか分らないから。何を起こしてくれるか分らないから。
彼女の周りには必ず何かが起こる。彼女の周りから変わっていく。冷たいものを暖かく、暗いものを明るく変える。
つらい過去をほんの少し癒して、新しい未来を見せてくれようとするアンジェリーク。心配もさせ、安心もさせ、暖かくしてくれる。
少なくともヴィクトールにとってはそういう存在だった。
だからずっと側にいて欲しいと望んだ。ずっと側で見ていたいと思った。
この小さな少女の側で、ずっと暖かく、はらはらしたかったのだ。
腕の中にいる、小さなからだのアンジェリークを抱き締める。
ぬくもりを伝えるように。
ほんのすこしだけ、泣きたい気分になった。

ヴィクトールは腕の中の少女が緊張で石になっているのに気が付いた。
ヴィクトールは苦笑を浮かべる。ゆっくり解放してやると、頬をそめたアンジェリークが驚いた表情でこちらを見ている。
「ありがとう」
精一杯の感謝を込めてそう言った。

「うわぁっ、似合いますっ素敵ですっ」
「そ、そうか?いつもとあんまり変わらん気がするぞ」
テレながら鏡の前に立つヴィクトールに、アンジェリークはほわーっと頬を染めて言った。
「全然ちがいますぅ。やっぱり歩き回ったかいがありましたっ。あ、次、これとこれを着てみて下さい」
アンジェリークが楽しそうに指示をだす。ヴィクトールはやっぱり呆れながらも着せ替えごっこにつきあった。
ふと、テーブルの上のティーカップに目が行った。
‥‥『帰ってきたら叱らないと』‥‥
(‥‥‥)
笑顔のアンジェリーク。
(‥‥、まぁいいか‥)
これからずっと、俺が目を離さなければいいんだ。
雨の時も、雪の時も、晴れた時でさえ、ずっと。
(愛してる、アンジェリーク)
そう思って、ヴィクトールは微笑んだ。
アンジェリークも、つられて笑った。
この笑顔を、ずっとずっとみとどけよう。
俺が傘を持てばいい。邪魔なものは全部預かろう。
だから幸せに笑ってほしい。
ヴィクトールはそう思って、アンジェリークをもう一度抱き締める。


「そう言えば、出かけ際に俺が付いてくるのを嫌がったが、あれは何故」
アンジェリークがぎくりとした。えへへーと笑うと、紙袋をとりだす。
「ん?本?‥っ!お前、こんなもの買ってきたのか!」

この続きは、あなたの心の中でー‥‥(笑)。


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