Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
12Kingdom
OgreBattle
Mobile sutie Gundam
finalFantasy
Shortstory
 SPY
 笑顔のゆくえ
 LOLLI-POP CANDY

 
 剣とお嬢さん
 ワインとお嬢さん
 目覚めの君
 つぼみ
 先生
 いつの日か君のとなりに
 羽化
 嘘とお嬢さん
Illustrator
 
Attraction
 カトチャでGO!
 御覧あれ!


SPY
[04]


自分のことは自分でするって言うと、必ず誰かが無理するなっていうの。
馬鹿じゃないの?何が無理なのよ。
「皆は君のように強くないんだから」
あなたたちが弱いだけよ。
「周りの事も考えて」
あなたこそ私の事を考えたら?
「弱さをみせるのは決して恥ずかしい事じゃない」
それは軟弱者の言い訳だわ。
自分と意見が合わないものを排除するのが社交性なら、そんなものはいらない。
人はひとりで生きてるのよ。群れたがるのは獣だけ。
ひとりの、何がいけないの?




オスカーは、レポートに「アンジェリークは紅茶が好き」と書いた。
それをネタに、A4のレポート用紙10枚も書いた。
最後のページは余白を文字でうめることができなくなって、紅茶の由来だの産地による香りの違いなんかを書いておいた。
正しい入れ方も詳しく絵入りで書いておいた。
結果、オスカーはジュリアス様から駄目騎士の称号を頂いた。

「オスカー‥‥。そなたがこのようなレポートを出さずにおれない気持ちはわかる。だが事実を隠蔽してはスパイの意味がないだろう」
ジュリアスが、まるで自分が出来の悪い生徒のような目で見つめてくるので、自然とオスカーも教師に許しを請う遅刻常習犯のような情けない目でみつめかえしてしまう。
本当にそうだ、と思った。
スパイは事実を報告してなんぼだ。アンジェリークの実態を探らなくてはならないのにそれを隠してどうするのだ。
だが、頭で分かっていても行動が伴ってくれなかった。
「‥‥‥‥‥‥」
ジュリアスは、ふぅ、と背もたれに体重をあずけた。そしてひと呼吸置いた後に
「そんなに酷かったのか」
「‥‥残念ながら」
この一言で、全ては伝わったような気もした。彼女を酷いと表現するのはぴったりに思える。ジュリアスはくたびれたように柔らかそうな髪をかきあげた。
実際彼は疲れていた。実は、オスカーの任務の代りに、ジュリアスが少しオスカーの常務を手伝っているのだ。その見返りがこのへっぽこレポートではさすがにやり切れない思いなのだろう。
「‥‥申し訳有りません」
だが期待に答えられなかったへっぽこ騎士も同じくらいやり切れなかった。いったん真実を書き始めればまるでアンジェリークの事を個人的に恨んでいるようなレポートしか出来上がらないのだ。
できればジュリアスの心労をねぎらえるような「女王候補のいいところ」を見付けてレポートしたかった。だがそれは‥‥
残念なことにオスカーには見当たらなかったのだ。
だから、今こうしてジュリアスに謝りたおすしか術が無い。
ひれ伏すオスカーに、ジュリアスはあいまいな笑みをもらした。
「‥‥‥実を言うと、おおまかではあるが、何があったのか想像できるのだ‥‥そのようにされると困る」
「ジュリアス様」
そして少し困ったように眉をよせて、オスカーの書いたレポートに目を落とした。
「私とて陛下に女王候補を調べるよう命じられれば同じようなものを書いたかも知れんな‥‥」
ジュリアスが自嘲気味な笑みをうかべて、オスカー、と呼びかけた。呼ばれた騎士は顔をあげた。
「だが私は陛下ではない。そなたと同じ守護聖だ。それに多少の心構えは出来ているつもりだ」
「はい」
「そなたしか頼れるものがいないのだ」
「‥‥はい‥‥」
「きっとやり遂げてくれるな?」
「‥‥‥‥…‥‥はい」
ばあん、と再提出の印が押された。


(こうなることは分かってたさ)
オスカーは閉ざされた扉の前で肩を落した。手に持ったレポート用紙には赤で来週の日付が押されている。それは、この日までにもう一度「まともな結果を用意しろ」と言う意味だった。
(アンジェリークの実態‥‥)
それがわからないうちは、ジュリアスを満足させるようなレポートはおそらく書けない。ジュリアスは嫌というほどアンジェリークの負の部分は知っているのだ。彼は自分よりずっと前から彼女のあの性格と戦ってきている。
多分聖地で一番彼女のあの性格を知っているのではないだろうか。
(そうすると、あの手の出来事は何もかけなくなる)
分かり切ったことはもういいだろう。気が強いとか、口が悪いとか、そういう事はもういい。
必要なのは、アンジェリークの分かり切っていないところだ。
いいところ。女王に向いたところ。そして宇宙が選んだ所以。
少し話しただけで分かる良さではないのだろう。きっと奥底に隠された彼女の何かが女王にふさわしいものなのだ。
(皆目見当つかん)
オスカーは溜息混じりに目を瞑る。
(‥‥何でこんなことになったんだ‥‥)
元はといえばジュリアスが持ち込んだ厄介な任務だった。あの件については未だ納得のいかないことも有る。
だが自分を必要としているひとの期待を裏切ってしまったのは、流石のオスカーも胸が痛んだ。
ジュリアスのあの疲れ切った表情。期待と落胆の混ざった笑み‥‥。
(‥‥ジュリアス様に、報いたい)
上司に迷惑をかけるばかりで何も出来ないナイトなんて、たぬきの置物より役立たずだ。任務の押し付けの件は納得いかないが、もはやその次元の話ではなくなった。オスカーは唸る。ジュリアス様の笑顔が見たい。安心して、いつもの彼に戻って欲しい。
そしてそうするためには、レポートをしっかりばっちりやるしかないのである。
(‥‥この手は使いたくないんだが)
オスカーは、溜息をもらす。
(なりふりかまってられないんだ)
こうなったら、とオスカーは呟いた。
もう、徹底的にいいところを探すのだ。
アンジェリークと親しくなって、自分でなんとかアンジェリークのいいところを探しだす!
女性には必ずひとつくらいはいいところがあるものだ。それはオスカーのよく知っている事である。そういうよいところを探しだし、そこを褒めて口説くのはナンパの王道である。オスカーはこれのプロで、それをジュリアスに買われて今回任命されたのだ。
やはりジュリアスは賢い。
もう彼女を知るには自分しか適任はいないように思えてきた。
(アンジェリークの良いところを探り出す‥‥)
それにはやはり、アンジェリークを誘いまくって話まくるのが手っ取り早いように思われた。
オスカーは、歩きだす。
アンジェリークと会って話そう。いろんなことを。
俺のこともたくさん話して理解してもらおう。
仲よくなって彼女の事をたくさん聞こう。
(そう、最初から変な奴だと思えばどんな女も魅力半分だ)
彼女は宇宙で一二を争う女王に向いた女なのだ。
変でも素敵で惹きつけられるところがあるにちがいない。
彼女がリュミエールの事をどうしようもないアホだと思うなら思った理由があったはずだ。それを飛ばしてしまうから、自分にはきっと変な女王候補にしか見えないのだ。
(‥‥)
(‥‥そうか、そうだよな)
自分で考えて、自分で納得してきた。
そうだ。俺はあの娘の口の悪さばかりに気がいって、理由部分はおろそかにしていたような気がする。
彼女はジュリアスとクラヴィスの仲を見て、嘆くばかりのリュミエールは馬鹿と言っていなかったか。それは彼女がジュリアスとクラヴィスの仲が良くなるのを望んでいるからこそのセリフだ。
二人の仲がどうでもいいなら、リュミエールの悪口なんて言わないはずだ。
(そうだ。‥‥そうだな、うんうん)
オスカーは頷く。
悪い子ではないのかもしれない。悪いのは口だけなのだ。心根は優しくて、慈悲に満ちているに違いない。
(‥‥多分!!)
言い切れないのが悲しいが、これは実証してみなくては分からない。
ようしようし、とオスカーがつぶやく。拳を作って腰の辺りで引いてみた。
今の自分になら駄目騎士返上も出来るかもしれない。
アンジェリークと会って仲よくなろう。
オスカーの足取りが少し軽くなった。
アンジェリークのいいところを探り出して、ジュリアス様を安心させてやろうではないか!


とは意気込んだものの、再提出の印を押されたレポートを持ったままアンジェリークに会うわけには行かなかった。
少女を誘いに寮に行きたいのは山々だが、こんな『アンジェリークに関する考察』なんてタイトルが太字で大きく書かれたものを持っていったら一発で自分の立場がばれてしまう。
オスカーは素早く見慣れたドアを開けて、ずかずかと自分の執務机に向かった。そこの鍵のしまる引きだしに放り投げるとポケットから鍵を取り出して差し込み、回した。かちっという金属の音を確認すると、やっと安堵の息をこぼす。
これで無神経な極楽鳥が机をあさっても大丈夫だ。
「なぁにをこそこそやってんですかぁあ?」
「うおああああああ!」
ふいに高い声がしたと思ったら、すぐ後ろに小柄な少女が立っているではないか!
(あ、アンジェリーク!?な‥‥、いつから!)
あわてて顔をあげたオスカーをアンジェリークはくすくす笑う。
「やだ、本当に気がついてないかったんですか?オスカー様ってば騎士失格!」
無邪気に含まれた辛辣な言葉に一瞬面食らったが、こんなのはまだ序の口なのだ。焦る思考回路の片隅でそう自分を言い聞かせ、
オスカーはやっと作った大人の笑顔でその一言をはねのけた。
「まったく、お嬢ちゃんにはかなわないな‥‥流石のオスカーも、一本とられた」
「えへ、驚かそうと思って。でも本当に驚いてくれちゃうんだもん、ちょっとびっくり」
よっぽどオスカーが驚いたのが嬉しかったらしく、アンジェリークは心底楽しそうに笑った。うふふ、と可愛らしく笑うその様は天使というよりどこか小悪魔めいていて、オスカーは心のどこかでアンジェリークを警戒してしまいそうになる。そんな様子もおかまいなしに、少女はその笑顔のまま、極めて明るい調子で切りだした。
「それより、こそこそ何やってたんですか?」
オスカーは一瞬何を言われたのかわからずに呆けてしまった。少女の声は無垢なまま、楽しそうに弾んでいた。
「なんか、紙みたいのが見えましたけど」
(な‥‥)
理解するのに時間がかかる。‥‥これは、見られていたと言うことだ。
(‥‥『見られていた』‥‥?『見られていた』!? アンジェリークに!?ちょっと待て!)
オスカーの表情が固まった。いつからだ!?何を見られた!?どこに立っていた!?どうして俺は気がつかなかった!
さぁっと血の気が引くのを感じて、オスカーは後ろに倒れ込みそうになった。
任務失敗。
恐怖の四文字が、オスカーの目の前を白く染め上げる。
一瞬の内に駆け巡る映像は、ジュリアスの落胆した表情と苦笑い。後輩達のあざ笑う笑顔と、リュミエールの哀れみに満ちたまなざし。
次に浮かぶ記憶は、女王陛下に忠誠を誓った若かりし自分、そして期待と自信に充ち満ちたあのころ。
騎士としてのプライド。任務失敗。同僚失望。駄目ナイト。自信喪失。サクリア消失。強制送還、実家へGO!
(‥‥嫌だ!!)
オスカーは、腰にある剣の柄をぎゅっと握る。大丈夫だ大丈夫だ、と自分を言い聞かせて、おそるおそる尋ねてみた。
「お、お嬢ちゃん‥‥まさか字までは読めなかったよな‥‥?」
すると彼女はあっけらかんと
「は?見えなかったですよ」
と言った。とりあえず、全部はバレていないらしい。オスカーは神に感謝したい気持ちで、ぷはぁ、と溜息をこぼした。
「‥‥なんですかその『ぷはぁ』ってのは。怪しいですね」
ぎくり、と音に出そうな位オスカーは反応してしまった。それを見て、アンジェリークはくすっと笑う。
「そんなに見られちゃ困るものなんですか?重要なものなんですね?」
「何、‥‥言っているんだ?」
と言ってみたものの、自分でも笑っちゃうくらい嘘臭い言い回しだった。ひきつり笑いをしたまま机に視線をそらすと、机の上には仕事に関するものが何一つ出ていない。オスカーは自然を装って引き出しから紙やらペンやらを取り出して、自分の心の平静を保とうとする。最早やっている事は、推理小説の、探偵に追いつめられた犯人と同じである。
「なんかの秘密文書なんですか?『女王試験の背景で暗躍する炎の守護聖!』って感じ?」
「いや、あれはだな‥‥」
慌てて弁解しようとしたはいいが、言葉が続かない。
オスカーは神に祈るように、一瞬だけ視線を上にあげた。
本当に女の感というやつは厄介だ。一体どうしてこうも鋭くなれるのか。
(なんて言い訳する!?どう誤魔化す!?)
焦って「あれは何でもない」なんて安易な事を言ってしまったら、騎士失格どころかスパイ失格である。だからといって「アンジェリークに関係する事」だとはびた一文漏らせない。
(落ち着いて、怪しまれないような言い訳を考えろ!)
オスカーは一拍おいて、あー‥‥、と唸った。
「あれは、再提出のレポートなんだ」
嘘じゃなかった。
「うわぁ、嘘くさぁい。そんなんじゃ騙されませんよ」
アンジェリークはそんなオスカーなど見向きもせずに冗談半分の顔をしている。
「いや、嘘じゃないぜ。このオスカーが可愛いお嬢ちゃんに対して嘘をつくはずないだろう?」
「うわ、クサ!ますます信用ならないって感じ」
「言ってくれるな。信じるも信じないもお嬢ちゃん次第だが、本当に再提出なんだ」
「出来の悪い学生でもあるまいし、守護聖様がそんな事あるはずないでしょ」
その青の瞳を上目遣いに向けて、だいたい守護聖様がレポートなんて書くの?と問うた。オスカーは内心ほくそ笑む。話題が少しだけ本題からずれたからだ。こうなれば好奇心旺盛な娘をはぐらかすのにあまり時間はかからない。
「そりゃ、書くさ。俺達の仕事はサクリアを除けば殆どが紙とペンなんだぜ」
「え‥‥守護聖様ってこー、サインとかさらさらって書くのばっかりじゃないんですか?」
「それが大半だが、レポートだって書くさ。守護聖じゃなければわからない事もあるからな」
(たとえば、今回の任務とかな‥‥)
その言葉を、飲み込んだ。それはないしょだ。
だがアンジェリークは興味深そうに話を聞いて、ちょっと開き気味の目をぱちぱちとさせている。その事実が飲み込めないのか、自分を言い聞かせるようにゆっくりと「ふ〜〜ん」と頷いた。
「でも、オスカー様がレポート再提出?ランディ様とかマルセル様とかだったらわかるけど、オスカー様が?ほんとうに?」
アンジェリークが心底疑わしそうに眉を寄せて見上げてきたので、思わず笑ってしまった。再提出の原因はお嬢ちゃんなんだぜ、と言ってみたくなったが、やっぱりそれはないしょである。オスカーは『炎の守護聖』の演技を続けた。
「いや、本当なんだ。ジュリアス様に不許可を頂いてしまった。まぁ俺が出来の悪いレポートを出したのが悪いんだが」
「ジュリアス‥‥」
そこで、少女の顔つきが変わった。ぴくり、と眉を動かして、目つきは上目遣いというより三白眼という感じになる。それが一瞬殺気をはらんで青く煌めいた。
「ちょっとオスカー様、いいですか?」
そしてオスカーのついた執務机にぎしりと体重をかけると、オスカーに顔を寄せてひそひそ声で切りだした。それが異常にドスの利いた声で、思わず体を引いてしまいそうになったがアンジェリークがマントをつかんでいて動けない。
「オスカー様、なんであんなのに仕えているんですか?」
「‥‥何?」
あんなの、と言う部分がわからなかった。
「オスカー様みたいな強さを司るひとが、なぁんであんなろくでなしに付き合っているんですか?」
「ろくでなしって‥‥お嬢ちゃん‥‥」
「ろくでなしは、ろくでなしでしょう?青二才のくせに、なにが守護聖筆頭よ。馬鹿が率先して馬鹿やってるって感じで笑えてくるわ。とくにこの前のオスカー様に八つ当たりした時なんて本当に頭に来て、あの額かざりをぐいっと上げてヘアバンドにしてやろうかと思ったもの。そんでもって無防備になったあのデコッパチにマジックで『女王上等』とか書いて馬鹿みたいにしてやりたかった!あのカチカチ脳みそ!」
「‥‥‥お嬢ちゃん」
「なんでオスカー様はそこでそんな顔をするの?一番怒らなきゃいけないのはオスカー様なのに。‥‥わかった。守護聖になると女王に忠誠を誓う際に反抗心というものを奪われるちゃうのね。守護聖の反乱が唯一女王の恐れる所だもの。そんな裏設定でなけりゃここで怒らない奴は男じゃないって感じね。オスカー様は女のケツ追っかけまわしすぎて女になっちゃったのかしら」
「‥‥お嬢ちゃんが俺の事をどういう風に言おうと構わないが‥‥、ジュリアス様の事は、」
「なんであいつの事悪く言っちゃいけないの?ここにはそんな法律があるわけ?」
「法律とか、そういう事を言ってるんじゃない。お嬢ちゃんは他人に大声で悪口を言われたら嫌だろう?」
「嫌だろうがなんだろうが、言われるべき人間というものはいるのよ。特にあのタイプは。ろくでなしタイプはね!」
そこで、少女はふいっと顔を背けた。頬は怒りで上気していて、赤が透ける肌に浮きあがっていた。
それを見て、オスカーもなんとなく少女から目を反らした。それは汚いものから目を背けるしぐさそのものだった。
(あいかわらずの、口の悪さだな‥‥)
オスカーはやはり、この娘の言い出す言葉についていけなかったのだ。尊敬するジュリアスを「ろくでなし」と呼ぶこの娘と仲良くなろうなど、出来そうにない。
(絶対、プライベートでこんな娘と関りたくない)
だが、任務なのだ。ジュリアスを喜ばすにはアンジェリークと仲よくなって、この娘のいいところとやらを探さねばならない。
(冗談じゃないぜ‥‥)
不愉快な気分にさせる女と誰が好きこのんで付き合いたいと思うだろうか。オスカーは垂れ下がってきた前髪をかき上げた。
いくら女と付き合うのが慣れていると言っても、女という女すべてと付き合ったわけじゃない。許容範囲というものがある。
アンジェリークなんて年齢からしたって守備範囲外だというのに、この性格ときたら守備だの許容だのの範囲に収まりきれるものではないではないか。こんなリアクションもなにもかもが予想外の奴と話をしろというのか。
(笑わせる)
適当に仲のいい演技でもして、アンジェリークからさっさと情報をとってしまおう。
嫌悪感がいったん芽生えてしまえば、直視するのも躊躇われてしまう。オスカーはいやいや、視線をアンジェリークの方にもっていった。
しかし、目線の先には真直ぐに視線を返すアンジェリークが立っていた。
その瞳は強い意志に縁取られ、涙に濡れてちらちらと光をはじく。やわらかな春色の唇をきゅうっと噛みしめてこちらを見据える姿は、どこか若い獣を思わせた。独り立ちをしたくてしかたない、強い意志だけで自分を保とうとしている幼さがどこかにある。
自分の力を誇示して、なんとか自分と他人を区別させようとやみくもに牙をむく若いけもの。
瞳は敵意をもっている。だかそれは本当の敵意ではない。きらきら輝く青い煌めきたちは、どこか相手の反応を誘う、そんな輝きだった。
-------適当に仲のいい演技でもして、アンジェリークからさっさと情報をとってしまおう。---------
(‥‥駄目だ、違う。そうじゃない)
(これは、彼女の本心ではない)
(俺を‥‥試しているんだ)
そこまで思って、オスカーははっと気がついた。
そうだ、さきほどお嬢ちゃんは多分心根の優しい子なのだと信じようと思ったばかりではないか。
会いに行こうと、もっと話そうと思っていたのに、すっかり忘れてしまっていた。しかも自分をさらけだして相手に理解して貰おうとまで思ったのに‥‥演技をしては何もさらけ出せないではないか。
確かに演技は物事を荒立てないで上手くやるのに必要だ。特に恋愛では自分を偽り相手を出方を探る事で、いくらでも恋人はつくれた。
親密になるのは相手に都合のいい男になることが、何よりも近道なのをオスカーは知っている。
だが、そういう時の相手は大抵オスカーと同じように演技している女ばかりだった。仮面をかぶっていると、仮面をかぶった女は仲間だと思ってすり寄ってくる、そんな感じだった。アンジェリークは仮面などかぶっていない。そういう相手に演技をしていると、敏感に違いを感じ取られて逃げられてしまう。
(なにより俺がそんな事したくない)
この少女の輝き。これと対等にむきあってみたい。
オスカーは慌てて首を振って、真直ぐにアンジェリークの瞳を見つめ返した。
アンジェリークには、自分のままで、ぶつからなくてはいけないのだ。少しだけ息をゆっくりと吸うと、オスカーは口元で手を組んだ。

「お嬢ちゃんの考えを聞いてみたい」

オスカーがそういうと、アンジェリークは驚いた顔になった。
「どうしてジュリアス様‥‥いや、ジュリアスをろくでなしだと思ったんだ?」
「え‥‥」
「そう思ったからには理由があるんだろう?違うか?」
「そう‥‥ですけど」
「それを、是非聞いてみたいな」
それは、アンジェリークと親しくなるためのキーワードだったようだ。
少女はオスカーがこういうふうに切り返してくるとは思っていなかったようで、きょとんとしたのだ。
そしてそれが怒りの表情をかき消して、急に考えるような言葉を探すような神妙な顔つきになる。怒りに満ちた青い瞳は、風になびく静かな海色に戻り、戸惑うようにオスカーの瞳を見つめかえす。
次に発せられた声は、非常に落ち着いたものになっていたのだ。
だって、と少女は戸惑いがちに続けた。
「‥‥だってあれは誰から見たってオスカー様は悪くなかったのに。ジュリアスは自分の地位を利用して王様になったようにしてるから‥‥私、許せない、そういうの」
「どうして」
「どうしてって‥‥だって地位って周りの人がそうさせてあげてるだけなんだもん。それに甘えるって事は周りの人に甘えてるって事だわ。自分は偉いんだからこれぐらい言っても当たり前だ、なんて甘えだもの。それを私的な事に使うなんて、人の上に立つ者のする事じゃないじゃない。それにオスカー様みたいな命令は絶対の騎士をつかまえて、八つ当たりなんて‥‥絶対駄目。誇りを司るなんて嘘だと思うわ」
少女は無垢な青い瞳をまっすぐ向けた。それが凛としていて、不思議な静けさを感じさせる。
「確かに私は感情的で、ジュリアスとは合わないわ。だけどもうしょうがないと思ってる。考え方が根本的に違うみたいなんだもん。ジュリアスは相手をねじ伏せようとしかしないから、意見の折り合いってものがないの。先に感情的になっちゃう私が悪いとは思うんだけど‥‥あいつ、私の意見なんて最初から聞く気無い感じだし。だんだん馬鹿らしくなってきちゃって、最近もう話もしなくなっちゃった」
アンジェリークは、いったんそこで目を伏せた。そしてゆっくりまぶたをあげると、苦笑いのような複雑な表情になる。
「でもオスカー様はジュリアスと仲良くやってるし、呆れるくらい忠実だし。レポートもひょっとしたらまた八つ当たりで再提出食らったのかなって。そしたらやっぱり許せないから。もしそうなら可哀想だなって思って‥‥。いいかげん主人を変えるべきじゃないのって言いたかったの。‥‥これって失礼?」
オスカーは笑った。
彼女が懸命に絞り出した意見は意外にも練られていて、日ごろから彼女が彼女なりに考えていた事が見て取れて面白かったのだ。そして最後につけたされた自分の反応を伺う言葉が、少し弱気になっている様を隠しきれてなくて、笑ってしまう。
さらに可笑しいのは、この彼女の姿が本当の彼女なのだろうとすんなり受け入れてしまえた自分だった。可愛いじゃないか、と真剣に思ってしまったのだ。
普段は口が悪く感情的。何も考えてない、ただ気に入らない事を排除しまくる子だと思ってしまっていた。
だが実は、物事の道理をしっかり理解してるからこそ他者の至らなさを怒れてしまうという、意志の強い正義に満ちた少女だったようだ。そして同時に物事をしっかりととらえ、考え、自分なりの意見をまとめて、常にそれを守り抜く、そんな強さがあった。
だが、熱心に訴えかける眼差しはどこか相手の反応をさぐる弱気さがあって危なげで、オスカーは瞬間この少女はとても脆いのではないかと思ってしまう。いつもは横柄なくせに、一生懸命に自分の考えを説明する姿は‥‥ほほ笑ましさと儚い何かを持ち合わせていた。
どこか不安そうにしているアンジェリークに向かってオスカーは笑顔で応えた。目を細めてアンジェリークを眺める自分は、きっと眩しそうな顔をしているに違いないと思う。少女が、まるで別人のように見えてきたからだ。
「失礼じゃないさ。俺のことを心配してくれたんだろう?嬉しいくらいだぜ」
「‥‥本当にそう思う?」
「ジュリアス様にも聞かせてやりたいぐらいだ」
そう言うと、アンジェリークもほっと安心したように微笑んだ。
「なんだ‥‥、聖地にもわかってくれる人がいたのね。よかったぁ‥‥」
その笑顔はまるで溶けるようだった。
「そう言ってもらえると光栄だな。お嬢ちゃんこそ物事を深く考えるその姿勢、驚いたぜ」
「‥‥‥‥聖地に来てはじめて、褒め言葉らしい言葉で褒めてもらったかも」
すると、アンジェリークは見たこともないくすぐったそうな笑顔になる。
「あの、オスカー様?」
「なんだ?」
「‥‥また、来てもいいですか?」
少女は恐る恐るそう切りだしたのがまた面白くて、オスカーは自分でも驚くぐらい笑ってしまう。
「何言ってるんだ。俺も窮屈な事しか押し付けてこない奴らより、お嬢ちゃんのほうが何倍も歓迎だぜ」
「きゃあ、ほんと?!私、その言葉忘れませんよ。後で『もう勘弁してくれ』って言っても来ちゃいますからね、いいですか?」
「ああ、もちろんだとも。俺がお嬢ちゃんを訪ねたいくらいだ」
「うわぁ、さすがプレイボーイとか言っちゃってるだけありますね!言ってて恥ずかしくないんですか?」
「本音というものは自然と出てくるもんだぜ?」
「‥‥言いましたね? わかりました、ばしばし遊びに来ちゃいますよ」
「そうしてくれると嬉しいぜ」
オスカーがそう言うと、アンジェリークは心から嬉しそうにほんのり頬をそめた。
「うふふ〜じゃあ明日もこよっと。それじゃあ今日は育成、ばばーんとお願いします。景気付けにたくさんやっちゃって下さい。じゃ、よろしく頼みます。それじゃ!」
元気よくお辞儀して、くるりと踵を返すと、小走りにドアの向こうに行ってしまった。嘘みたいに早く出ていってしまったので、オスカーはまた小さく笑う。
台風のような娘だ。ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てて、去るときはあっというま。
そのうえその後には晴天がまっている。
「‥‥‥‥‥」
その消えていく足音が実に軽快でオスカーは微笑む。
そしてゆっくりと執務机の鍵を開け、再提出印のおされたレポートを引っ張り出す。
目に焼けつく、赤いスカート。
柑橘の香りを思わせるさわやかな笑顔。
(いいじゃないか‥‥)
オスカーが、ペンを握った。


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