Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
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Shortstory
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 笑顔のゆくえ
 LOLLI-POP CANDY

 
 剣とお嬢さん
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 いつの日か君のとなりに
 羽化
 嘘とお嬢さん
Illustrator
 
Attraction
 カトチャでGO!
 御覧あれ!


いつの日か君のとなりに



そよそよと涼しい風が頬をなでてゆく。オスカーの頬を通り過ぎた風は、アンジェリークの素直な髪をゆらしていった。
ちょっと目を離すとこれだ。
オスカーは小さく苦笑した。
木漏れ日が光の雨のようだ。光は頭上で鮮やかな緑に葉を輝かせ、眠っている少女の上に降りそそぐ。
風がそよぐたび、アンジェリークの白い肌を木漏れ日がすべっていった。
オスカーは、小首をかしげるようにして眠っている少女の傍らに腰をおろした。
繋いでおいた馬の様子を見に行った隙に、彼女は夢の中へ遊びに行ってしまっていたのだ。オスカーは取り残されてしまった。
しかたのないお嬢ちゃんだな。
オスカーは髪をかきあげて、ふうとため息をつく。デートの最中に、それもこのオスカーを相手にして眠りこけてしまうとは、大した度胸であるといえよう。
それでも、不思議と不快ではなかった。オスカーは苦笑しながらも、穏やかな視線でアンジェリークを見つめた。
幼さの抜けきらない女王候補に、もう少し娘らしい艶やかさを覚えて欲しいと思い、恋人達の囁きの場をデートコースに選んだのはオスカーである。
彼女の耳元に、優しく、そして熱に熟れた声で囁きかけたら、いくらお嬢ちゃんといえども少しは頬を染めるのではないだろうか。
恋に潤んだ瞳で自分を見つめるようになるのではないだろうか。
しかしそれは、実にオスカーにとって都合のよすぎる展開だったようだ。
森の湖に行こうという誘いに、アンジェリークは笑顔を見せてくれた。
が、それは、胸に秘めた想い人と同じ時間を過ごせるという甘やかな笑顔ではなくて、めったに遊びに来ない叔父さんに動物園に連れていってもらえると喜ぶ姪のようなはしゃぎかた。
実際、アンジェリークのオスカーに対する懐き方は、身内の男性に見せるそれとよく似ている。
仲のいい兄妹がそうするようにじゃれてくるアンジェリークに、初めは戸惑ったものだ。なにしろ、百戦錬磨のオスカーにとって、それははじめて経験する信じがたい非常事態であった。
信頼されているといえば聞こえはいいが、要は、彼女にとって自分は異性の枠組みには入っていないということだ。
オスカーは予選落ちしている状態なのだ。戦わずしてすでに負けている。
隣で眠っている少女も見て、独りで笑った。
アンジェリーク。
もどかしいとは思うが、そんな関係を心地よいと思っている自分が、オスカーは不思議だった。
今までの恋の相手は狡知に長けた大人の女だった。
身体だけでいいと思うような割り切った関係を持ったこともある。
熱に浮かされたような激しい恋をしてみたこともあった。
相手から求められることも、自分から求めることもあった。
だが、結局どれも続かなかった。だからオスカーはいつまでたってもプレイボーイでしかなかったのだ。相手は掃いて捨てるほどいたが、オスカーはその誰にとっても最愛の人間にはなれなかった。
どんな「恋」も、激しさの違いはあれ、結局「恋愛」という型から外れることのない関係でしかなかった。
満たされたいから求める、享受のはっきりとした愛情。
では、今、俺が抱いているこの思いは、何だろう?
風にそよぐ栗色の髪を、ゆっくりと梳いてやる。
アンジェリークがオスカーに向けてくれる感情は、家族に抱くような種類の愛情に近い。
兄や父親、従兄弟の伯父さん…
伯父さん、か。
自嘲めいた笑みがもれてしまう。でも…
でも、ひょっとしたらオスカーはずっと、この穏やかで暖かい愛情を探してきたのかもしれない。
激しさや駆け引きめいた刺激はないが、ただそこに、当たり前のようにある穏やかな愛情。
いつまでも腕の中に抱いていたい。暖めていたいと思う、穏やかなぬくもりを。
自分の欲しかったものに、気づかせてくれた少女。
この娘が好きだ。
妹のようなアンジェリークが。
母のような、従兄弟の姪のようなアンジェリークが。
思いながら、オスカーは喉で笑った。
柄じゃない。
髪をかき上げる。もれてくる忍び笑いをオスカーは止められなかった。どうしようもなく幸福だ、と思えた。
長い睫がぴく、と震えた。
眠り姫が目を覚ますのを、オスカーは髪を梳いてやりながら、じっと見詰めた。
霧にむせぶ湖のような、やわらかな色の瞳が、白い瞼から覗き、ぼんやりとオスカーを写している。
唇が、オスカー様、と呟く。
「目が覚めたか?お嬢ちゃん」
そう問い掛けると、アンジェリークは半ば眠っている状態で、しかし首を縦に振った。
「…まだ眠ってるみたいだな、俺のお嬢ちゃんは」
オスカーは笑いながら、目をこすっている少女を抱き寄せた。
完全に信用されてしまっているから、オスカーの抱擁もキスも、単なる挨拶程度だとアンジェリークは思っているようだった。
アンジェリークは抵抗もせずに、簡単にオスカーの腕にすっぽり包まれてしまう。
オスカーは少女を胸に抱いて、栗色の髪に口付けを落としていく。いくつも、いくつも。沸き上がる暖かい思いの数に追いつくように。
しばらく目をこすっていた少女は、そのうち、再び頭をオスカーの胸にもたれさせて瞼を閉じてしまった。
閉じられた瞼にキスをする。すべらかな頬に、かわいらしい鼻梁に、やわらかな唇に。
やさしい愛情を思い出させてくれた、無垢な天使。
オスカーは腕の中で眠る少女を抱く腕に、そっと力をこめる。
できるなら…
くす、と笑って少女の髪に、もう一度唇を落とした。
いつかは兄ではない存在になりたいと、願わないではないオスカーであった。


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