Shangri-La | angelique
  
 
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LOLLI-POP CANDY
<<Part:13>>


「あはっ、とてもよくできましたねアンジェリーク」
ティムカがそういうと、桃色の頬をした女の子はぱあっと顔を明るくした。
学芸館の一室、品位の教官ティムカのもとに「お勉強」に来ていたアンジェリークである。
弱年にして品位の教官をまかされているティムカにお誉めの言葉を頂いて、アンジェリークははにかむようにして笑うと、弾むようにぺこりと頭をさげた。
その仕種はいかにも子供のみせる未完成な動作そのもので微笑ましい。つい、つり込まれるようにしてティムカも微笑んだ。
この小さな女の子が、本当にアンジェリークなんですよね…
自分よりも年上の、姉のようにも思っていた女王候補アンジェリークがすっかり妹のようになってしまってからどれだけ経ったのだろう。
原因を解明できないまま(地の守護聖には持論があるようだが)、女王試験は引き続き行われている。
試験のシステムを少し変更したり融通をきかせたりしながら、幼い女王候補にも続行可能な環境を整えて、一時は上を下への大騒ぎだった聖地もようやく落ち着きを見せ始めたところだ。
ティムカ自身、彼女にどうやって接してよいものかずいぶんと思案したものだった。
目の前にいるアンジェリークは幼い姿をしていても、本来彼女は年上の女の子なのである。割り切ってしまえばいいものを妙に考えてしまうから、ティムカはアンジェリークに対して年上のようにも年下のようにも振る舞えなくなっていた。
教官という仮面を被って、教官としての立場を貫けば楽なのかもしれない。けれど、それが最善の結果に繋がるとは思えなかった。
幼い頃から王位を継ぐ者として教育を施されてきた自分には、それは一番よくわかっているはずだった。
結局、小さな彼女には教官ではなく、歳の近い兄として振舞うことを決めた。そう思った瞬間に、肩の力がふっと抜けたことを覚えている。
先生よりも家族として接してあげたい。だって、僕は守護聖様たちよりアンジェリークに近い所にいるのだから。
年令的にも身長的にもだけど、と呟いて、あはっと独りで笑ったものだった。


「今日は綺麗なお辞儀の仕方をお勉強できました。よくがんばりましたね」
ティムカは一冊の小さな手帳をちいさなてのひらに手渡した。アンジェリークはすこし緊張した様子で開かれている手帳を覗き込み、やがてその大きな瞳を輝かせた。とろけそうな頬が再び桃色に染まっていくのを、ティムカは胸の内にあたたかいものを覚えながら眺めていた。
淡い色彩で塗られているその手帳は、感性の教官セイランの手による文字で「れんらくちょう」と書かれている。
アンジェリーク用に特別に設けられた「連絡帳」システムである。
惑星を支える女王候補の教育の場として女王試験の重要な位置を占める学芸館が、実は最も彼女の幼児化に影響を受けた機関なのではないだろうか。
幼い彼女に感性やら品位やら、小難しい抽象概念を理解しろというのは酷というものである。詰め込んでも身にはならないだろうし、逆に幼い彼女の資質を型にはめてしまいかねない。そうでなくても学習という響きで、アンジェリークが学芸館を敬遠するのではと危惧する動きもあった。
対策として、まず学習内容を彼女レベルに落とすことにした。精神を道徳に、感性を音楽、図画工作に、品位をマナー一般へそれぞれシフトし、学習色を払拭した。もう一つ、アンジェ対策として教官三人が出した答えがこの連絡帳システムである。
ページ一枚一枚にセイランが色を入れたこの連絡帳(市場に出せば凄まじい値がつくだろう)に、学習の成果を教官が書き入れる。
おまけにちょっとしたメッセージなんかも書いておく。こうすれば、ちいさなアンジェにも理解できる学習記録が残る。
連絡帳から目を離さず、アンジェリークは呟いた。
「うさぎさんだ」
「そうです。アンジェリークは最近うさぎさんをもらえてすごいですね!」
ティムカの声にアンジェリークは照れたように顔を赤くして笑った。そうして、今日の学習成果のページをうっとりと見つめている。
ティムカの元で今日は丁寧なお辞儀の仕方をお勉強したのだ。たどたどしいながらもアンジェリークはお辞儀をマスターすることができた。
そのたどたどしさが逆に愛らしく、例えどんな出来であってもティムカは満点をあげたい気になってしまう。
アンジェがうっとりと見つめているページには、走っているウサギが描かれた判子が押してあった。「1」と書かれた三角の布を先端につけたポールを手に持って、ウサギが「たいへんよくできました」の文字をバックに走っている判子。
アンジェリークはこれがお気に入りなのだ。プロであるセイランは直筆でイラストを描いてあげているようだが、生憎ティムカは絵心を持って生まれてはこなかった。どうしようかと困っていたところを商人に助けられたのである。
「アンジェリークが頑張れば、うさぎさんがいっぱい集まりますからね。これからもがんばってくださいね」
「あんじぇ、うさぎさんだいすき。ありがとうございましたてぃむかさま」
手帳をぎゅっと抱き締めるように抱えたあと、アンジェリークは肩から下げたポーチに連絡帳をしまいはじめた。
連絡帳システムは彼女に気に入ってもらえたようだ。
守護聖様方が彼女をひどく可愛がっているし、学芸館から足が遠のいてしまうかなと少し不安だったけれど、どうやらうまくいっているようです。
一生懸命ポーチに連絡帳を入れているのを少し手伝ってやりながらティムカは思う。
でも…
システムはうまくいっている。アンジェリークは学芸館で資質を上げる学習をこなし、先日ランディ様の力による惑星を一つ完成させたと聞いている。これは女王試験であり、女王候補の意志の元に行われる試験であるから、本来第三者の忠告や中立の立場にあるべき試験関係者の私的な指導は禁止されている。
ティムカはこの聖地に教官として召喚されてから幾度となく教官心得を自らに戒めてきた。でも…
彼女を贔屓するわけではないけれど…教えてあげなくちゃ。僕がアンジェの立場だったら、教官としてじゃなく、お兄さんみたいな人から言ってもらいたいです…よね。
「アンジェリーク」
ティムカが呼ぶと、アンジェリークはちいさな顔をぱっと上げてまっすぐティムカを見上げた。
春の海のような色の瞳がちいさな光をたくさん踊らせている。栗色の艶やかな髪は鏡のように光を弾いていた。
ティムカはそんな彼女を見てちょっと呼吸を止めた。
なんとなく、オスカー様の気持ちもわかる気がします…
こんなかわいい子が道端で泣きじゃくっていたら、黙って抱き上げて家につれて帰っちゃいたくなりますよね…
そんなことを考えている自分に驚き、何故だか顔が熱くなっていることに気付いてティムカは首を振った。
慌てて気持ちを切り替えると、自分をじっと見つめている少女と視線をあわせるために膝をついた。
「アンジェリーク。僕やセイランさんとお勉強するのは楽しいですか?」
ティムカはそう切り出してみた。アンジェリークはしなやかな睫を数回瞬かせてから、こくりと頷いた。
たまごのようなつるつるの肌が笑んでいる。
そんな風に笑ってもらえると、本当にうれしいです。
でも、ひょっとしたらこのことに気付いているのは僕だけかもしれない。
だから、僕が言わないと…
「あんじぇ、てぃむかさまもせいらんさまもすき」
アンジェリークは小さな声で恥ずかしそうにそういうと、ティムカの肩にきゅっと張り付いた。
「!」
暖かくてちいさな体が、ティムカに寄り掛かってくる。一瞬、故郷に残した弟を思い出した。でも弟とは違う、柔らかな匂いがする。
なんでこんな小さな子に抱き着かれてドキドキしてるんだろう僕は。
妙な緊張を覚えながら、ティムカはおそるおそるアンジェリークの背中に手をまわして、彼女が怖がらないようにゆっくり抱き上げた。
聖地に来てから、自分はまだまだ子供なんだということを思うことが多かった。そんな子供の自分よりずっとアンジェリークは小さい。
僕が抱き上げられる程。ティムカは小さな女の子をしっかり抱き上げて、彼女の頭に額を乗せた。
アンジェリークは急に黙ってしまった教官の気配を感じとったのか、心配そうに顔を覗き込んできた。
「あはっ、大丈夫。なんでもないですよアンジェリーク」
ティムカは無性に照れくさくなって笑った。アンジェリークはまだ不思議そうにしていたが、やがてにっこりと笑みを返した。


アンジェリークが部屋から帰ってしまった後、ティムカはなんとなく張り切った気分で部屋の掃除をはじめた。
彼女を抱き上げてから、あたたかな思いが胸にともったま残っている。
王太子が腕まくりして机を雑巾がけなど、故郷の者がみたら青くなって倒れるだろう。
じっとしていられなくてそわそわと嬉しいこの気分は、初めて弟が生まれたあの朝の気分に似ているかも知れない。
くすくす笑いながら雑巾を絞っていると、ドアをノックする音がして群青の瞳の教官が顔を覗かせた。
「セイランさん」
「ああ、アンジェは僕の部屋の前を素通りして帰っちゃったって訳か」
感性の教官はそうつまらなそうに呟くと、ちょっとお邪魔するよとソファに足を組んだ。
「どうしたんです、セイランさん」
ティムカは慌てて顔から独り笑いを消すと、お茶の準備に取りかかった。その動きをセイランは手を上げることで止めて、長くはかからないから、と言った。
「君、今日アンジェの連絡帳を見ただろう?何か気付いたことはなかったかい?」
セイランとの会話はいつも謎掛けに満ちていて、ティムカは何かと気を遣うことが多い。彼が求めている解答を頭のなかで用意できても、この詩人は返事をする前に訳知り顔でどこかへと去っていってしまうことの方が多いのである。
今回もそうだろうか、とティムカはためらいながら答えた。
アンジェリークにも伝えなくてはと思っていたのに、結局うやむやになってしまったこと。
「連絡帳に…ヴィクトールさんのサインが全くないことですか?」
そうなのだ。
精神の教官ヴィクトールのサインが、アンジェリークの連絡帳に一つもなかったのである。
それはつまり、彼女はヴィクトールの授業を一度も受けていないということを意味している。女王試験に口出し無用と分かっていても、アンジェリークに教えてあげなくてはと思ったのはこのことだった。
感性や品位だけじゃなく、精神のお勉強もしないと駄目だよと。
「僕の見間違いか何かの手違いかと思ってたんだけど、君も見ているのなら僕が見たのは幻じゃないってことだね」
セイランはビスクドールのような顔に人の悪い笑顔を浮かべた。
「あの御仁はちいさなアンジェリークには嫌われているようだ。確かに人見知りする子ではあるけど、この時期になってまだ一度も授業を受けていないなら、間違いなくそういうことだよね」
心底楽しいというようにくつくつと含み笑いをしながら、セイランはふらりと部屋を出ていった。
「…」
独り残された部屋で、ティムカはゆっくりと息を付いた。
また、今度アンジェリークに会ったらきちんと言ってあげないといけないですよね。
精神の授業も受けないと、安定度が上がらないよと。
教官としてならば口出し無用、妙なアドバイスは中立の立場である教官としての姿勢を問われるところではあるけれど。
お兄さんとしてならば、そんな心配もない。それにヴィクトールさんが避けられているなんてちょっと気の毒な話だ。
彼は見た目は恐いけど、心根の優しい人だし。アンジェリークならきっとわかってくれるだろう。
でも、とティムカは思う。
でももし、教官としてではなく、お兄ちゃんとしてではなく、単なる「僕」として、だったら?
学芸館に扉は三つ、そのひとつにアンジェリークが行かないのなら、彼女が自分の扉を選ぶ確率は二分の一。
僕だってアンジェリークとたくさん逢いたい。
だけど、このままじゃアンジェリークのためにならない。
「…黙っていちゃ、駄目ですよね、やっぱり」
ティムカはそう思いながら、小さな女の子が出て行った扉を見つめた。
まさかこんな風に考える自分がいるなんて、今までは思いもしなかったけれど。



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