Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
12Kingdom
OgreBattle
Mobile sutie Gundam
finalFantasy
Shortstory
 SPY
 笑顔のゆくえ
 LOLLI-POP CANDY

 
 剣とお嬢さん
 ワインとお嬢さん
 目覚めの君
 つぼみ
 先生
 いつの日か君のとなりに
 羽化
 嘘とお嬢さん
Illustrator
 
Attraction
 カトチャでGO!
 御覧あれ!


LOLLI-POP CANDY
<<Part:12>>


「どうぞアンジェリーク。こぼさないように気をつけるんですよー」
そう言うルヴァに、アンジェリークはこくりと頷いた。
少女の柔らかな線の頬が笑みでほんのりと色ついているのを見ると、ルヴァは得難い充実感を手に知らず何度も頷いてしまう。
肌に温かい陽射し、若葉の落とす繊細な木漏れ日の影にしつらえた丸いガーデンテーブルには、大きな瞳を輝かせている小さな女王候補が座っている。
今日は土の曜日。
土の曜日は守護聖の中にある奇跡の力を休めるための休日であるから、守護聖たちは育成等あらゆる執務から開放される。土の曜日とは「休むことを義務づけられた休日」なのである。
ともあれ、どんな理由で設けられようとも休日は休日。
煩わしい(などと言うのは不謹慎ではあるが)執務から開放されるこの日、普段ならばルヴァは読みかけの古書を読み解いたり、論文を執筆したりと私邸の一室に篭りきりになるのだが、今日はその習癖ともいえる行動もすっかり影をひそめて、こうして庭でテーブルを囲んでいる。
今日は小さな女王候補が、ルヴァの私邸に泊まる日なのだ。丸一日が自分の時間となる土の曜日に、小さな天使を預かる当番が廻ってくるとは!
この上ない僥倖ではないでしょうか。
日付けが変わってからベッドに入ったにも関わらず、今朝はやたらに早く目が覚めてしまった。ゼフェルあたりに聞かれたら「年寄りは朝が早ぇ」などと軽口をたたかれそうだが、「年寄り」ならばまだマシだ。わくわくして寝つけなかったなど、
デートの日にはやく目が覚めてしまった思春期の少年のようでそれこそ人には聞かせられないではないか。
土の曜日に当番が回ってくる。これは実に幸運なことであるという認識が、守護聖の間にひっそりと、かつ暗黙的に確立されてきていた。
何しろ普段なら、ちょっとお話しただけで腕からぱたぱた飛んでいってしまう子を、執務を気にせず、誰にも邪魔されずに、一日中だっこしていられるのだから。
誰にも邪魔されずに。


「それにしても、今日は珍しく聖地に残ってるんですねぇオスカー?」
ルヴァはそう言いながら、ちゃっかり少女の隣をキープしている青年にも紅茶を淹れてやった。
赤い髪の青年は特に悪びれもせずに前髪をかきあげてみせる。
「下界では今、主星系の経済サミットが開かれているだろう。万が一聖地に波紋が及ぶとも限らんからな。聖地の警備に残ったのさ」
「そうなんですかー。それは大変御苦労様な事ですねー」
ルヴァは穏やかな顔におだやかな笑みを浮かべて、
「でしたらここは平気だと思いますから宮殿の警備なんかに行かれたらいかがですかー?」
と言ってやった。
「‥‥俺が宮殿に行くと途端にものものしくなっちまう。いたずらに警戒を厳しくしてもつまらんと思わんか?ま、何もないとは思うが、今日のところは大切な女王候補であるお嬢ちゃんの専属騎士を勤めさせてもらうさ」
オスカーは再び前髪をかきあげながらそう言うと、その大きな手でアンジェリークの頭をぽんぽんと叩いた。
少女はちいさな手でオスカーの手を押さえ、くすぐったそうに声をあげた。
それはそれは本当に大変ご苦労様ですねえ、とルヴァが慇懃に言い、これも仕事だ、とオスカーが笑い返す。
お互いに笑んでいるくせに背後には雷のような空気を震わせる雰囲気がある。
「ほらほらルヴァ、そんな赤頭に構ってないで、私にもお茶頂戴よ」
見事に手入れを施した長い足を優雅に組んで、オリヴィエが呆れたような声をかけてきた。
「誰が赤頭だこの三色ソーメン。大体なんでお前がここにいるんだ」
「煩いわねぇ。ここの主でもないあんたにそんなこと言われる筋合いないわよ。私はね、アンジェリークのお洋服を届けにきたの」
ふんと鼻で笑ってみせてから、オリヴィエは、ねーアンジェ、と傍らの天使に笑んだ。アンジェリークもオリヴィエを真似て、ねー、と笑っている。
今アンジェリークが着ている白い綿レースのワンピースは例によってオリヴィエの手作りだ。
完成したばかりだという綿レースのワンピースをオリヴィエが持ってきたのはちょうどアンジェリークが10時のおやつを食べていた時だった。
つまり、午前中からずっとここに入り浸ったまま帰っていないのである。
館の主である私が何を言ったところで、オリヴィエが黙って帰るわけもないでしょうがねー、とルヴァはこっそりため息をついてみた。
「土の曜日の僥倖」は、当番以外の者にも言えることだ。
当番の者に付きまとうことができれば、当番に便乗して一日中天使のそばにいられるのである。
ルヴァなど、そのタカリにはもってこいの当番役だった。アンジェリークを連れて馬で遠乗りに出かけることも、下界にお忍びで出かけていくこともない。なにしろ私邸の敷地内か図書館か釣りのポイントに、必ずいるのだから。
予想通りというか悲しい自己実現というか予定調和というか、ルヴァの「アンジェリークとふたりきりの休日」はオスカーとオリヴィエのタカリによって見事に粉砕していた。


ティーポットを持ったまま、ルヴァは思わず遠い目をしてため息を付いた。
思えばアンジェリークと一緒にいられたのはほんの数時間だけだったのか。
土の曜日は守護聖の休日ではあるが、女王候補には育成物視察の日となっている。
それはアンジェリークが今の姿に変わってしまってからも継続されていた。
「あるほんしやのところに行ってくる!」と元気よく出かけて行ったアンジェリークを私邸のポーチから見送りながら、柄にもなく浮き足立つような思いで、今日という一日をどう過ごそうかと考えていたのに。
やっぱり、こうなってしまうんですよねえ。
テーブルを囲んでわいわいと騒いでいる青年たちを見て、再びルヴァは長いため息を付いた。
アンジェリークも楽しそうにしているし、私と二人きりでいるより、この方がいいのかもしれないですねー‥‥

「るばさま」
ティーポットを抱えてしんみりとしていたルヴァは、舌足らずな幼い声によって底なしの思考の渦から現実へ引き戻された。
はっと顔をあげると、小さな少女がやわらかなほっぺたに肘をついて、にこにこと笑っている。ルヴァは瞼をしばたかせ、頭からどんよりとした自己嫌悪の思考を追い出した。この小さな女の子に、くよくよじめじめしているところなど見せたくない。
「な、んですかアンジェリーク?」
「るばさま、これはなあに?」
「これ?」
少々慌てながらアンジェリークの視線を追うと、彼女の春の海のような瞳はルヴァが手にしている丸いティーポットをじっと見つめている。
アンジェリークが来る度に違う種類のお茶を出すようにしてきたルヴァに、アンジェリークは毎回合言葉のようにその種類を尋ねてきた。るばさま、これはなあに?
「ああ、これですかー。これはハイビスカスのお茶ですよ」
「はいびすびす…しってる。あんじぇしってる。お花」
アンジェリークは頬を赤くして、はにかんだ笑顔でそう言った。
「そうです。よく知ってましたねえアンジェリーク。でもハイビスカスですよー」
「はいびすかす?」
小首をかしげながら反芻する少女の姿は本当に愛らしい。一瞬前まで落ち込んでいたことなど忘れ、ルヴァはつられて笑顔になった。
「ハイビスカスは大きなお花です。アンジェリークのお顔くらいの大きなお花ですよ。暑い国できれいに咲くんです」
「るばさま、あかのお花だからお茶があかいの?」
今度は反対側に首を傾げて、アンジェリークが言う。
「あかのちゅーりっぷのお花でお茶をつくったらあかいお茶ができる?」
「さあ、チューリップティーというのは聞いたことがないですねぇ。今度作ってみましょうか」
「こら!変なもん飲ませてアンジェがお腹壊したらどうするの!」
「ルヴァは、やはりマッドサイエンティストの気質があったか」
オリヴィエが慌てて立ち上がり、オスカーがアンジェリークをかばうように抱き締めた。突然抱き締められて、アンジェリークがオスカーの腕の中で「ぷぎ」と声を立てた。
「でも、おふたりとも科学は実践こそが真の理解への近道であり、唯一の道なんです」
ルヴァは分かっている、と言うように笑って頷いた。
「私はすっかり忘れていましたが、アンジェリークが思い出させてくれたんですよー」
アンジェリークと一緒にいると、ルヴァはつくづくそう感じるのだ。
ちいさな少女の見せる好奇心はささいな事柄にも惜しみなく注がれる。
アンジェリークは、子供の低い視線でしか見つけられない秘密の足跡を見つけてきてはルヴァだけにそれを見せてくれた。
るばさま、これはなあに?
世界中が、まだ知らないことだらけの頃に、彼女といるともう一度戻ることができるのだ。
小さな、些細なことがたくさんさくさんあって、その積み重ねで今の自分があるということを思い出させてくれるのだ。
アンジェリークといると、部屋の中が、小さな庭が、湖の畔が秘密をたくさん抱えた神秘の場所になる。真新しいものを探しにいかなくても、彼女のまわりはいつも輝くものであふれている。
教えてげているつもりでも、こちらが教わることの方が多い。
それどころか、ルヴァの方が彼女の見せてくれる世界に夢中になっているのだ。
だから、こうしてたかられてしまうんですけどねー。
ルヴァは苦笑してアンジェリークを見た。
少女はルヴァの淹れたお茶にちょっと口をつけて、にっこり笑った。


PageTop
前へ 次へ
   
Shangri-La | index Angelique | index