Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
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 笑顔のゆくえ
 LOLLI-POP CANDY

 
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 御覧あれ!


LOLLI-POP CANDY
<<Part:11>>


この小さき者が、あの女王候補なのだという。
厚いビロウドの帳を張り巡らせた執務室は、扉が閉じると、入り込んでいたかすかな光さえ部屋から立ち退いた。
クラヴィスは組んだ手の上に額をのせて、彼女の様子を探った。
ちいさな娘は薄暗い部屋をぱたぱたと駆けてくる。
このこどもは、闇を恐れる様子を見せぬ。
部屋には、オブジェともバリゲードともとれる帳が幾重にもかけられている。アンジェリークと呼ばれた娘は、あぶなかしい足取りで駆けてはときどき立ち止まり、床まで垂れ下がっている帳を摘まみ上げ、奥を少し覗き込んではまたぱたぱたと駆けてくる。
まるで、宝物を探す様に。
楽しんでいるようだ。
アンジェリークはそうして、決まってクラヴィクの足元までやってくる。
アンジェリークは少しはにかんで、クラヴィスの顔を見上げた。
「…くらびすさま、こんにちは」
クラヴィクはいつも席を立とうとはしないから、ちいさなアンジェリークにはふたりの間にある机が邪魔で、部屋の主の顔が見えないのだ。だから机をまわり込んで、彼の足元までやってくる。
長いローブの裾が床に溜まっている。アンジェリークはその裾をつんつん、と引っ張り、自分を見上げてくる。
少し照れているような表情で、軟らかそうな頬を赤く染めている。
裾を握る、そのちいさな手にそっと触れる。
「…よく来たな」
クラヴィスは、そこでようやくアンジェリークを膝の上へ抱き上げた。

「お前はよく…ここへ来るな」
クラヴィスは、アンジェリークの髪を指先で梳きながらそう呟く。闇の守護聖の膝の上で、アンジェリークは机の上に置かれている
物珍しい道具たちに目を輝かせていた。
「がらすのボール?」
「…それは水晶球だ」
「すいしょう」
アンジェリークはそう呟いて、そのちいさな指を伸ばしてこわごわ水晶球に触れた。ちょっと触っては、すぐに手をひっこめる。
クラヴィスの目は、アンジェリークの指がふれるたび水晶球にあたたかな色彩の光があらわれるのを見た。
間違いなく、この幼子があの娘なのだ。
あの亜麻色の髪の娘も、同じ光を放ったものだ。
クラヴィスは、膝の上の幼い娘を見る。
彼女の栗色の髪も、緑青の瞳も、薄闇を吸って精彩を欠いてしまう。しかし闇の中でこそ、瞳に踊るちいさな光の煌めきや、髪の艶は際立って見えた。
闇は姿形の輪郭を溶かして境界を曖昧にするが、その分、膝の上にあるやわらかな存在感は直接クラヴィスの魂に訴えかけてくる。
暖かな、娘。この世の汚れ、苦しみを知らぬ故に純白に輝く魂。
「女王候補よ、お前はここが恐ろしいとは思わぬか」
「ここ?」
アンジェリークは内緒話をするような声で、答えた。
ちょっと首をかしげてから、執務室を見渡す。クラヴィスの胸のあたりで、アンジェリークのさらさらの髪が跳ねる。
「こわくないよ?」
そう言ってにこっと笑い、クラヴィスにぴたりと張り付いた。クラヴィスは指の間をすりぬけていくアンジェリークの髪を梳きながら、くっと咽の奥で笑った。
「気丈な娘だ…闇を恐れぬか」
「やみ?やみって? 」
ちいさな女王候補は不思議そうに彼を見上げた。
「闇とは、影。光の裏側にあり、人の背後にひそみ、偏く隙間に滑り込み侵すもの」
「わかんない…」
幼子は長い睫を伏せ、眉をひそめる。クラヴィスは目を細め、アンジェリークの頬に長い指をあて、そっと上向かせた。
この幼子は内気であるのかと思えば意外に強情で、自分の理解が及ばないことを悔しがって静かに泣くのだ。
そしてクラヴィスは、彼女が、相手の言葉を理解できないことを申し訳なく思って泣くことも知っていた。
大きな瞳はすでに涙で潤んでいる。
クラヴィスは、ただ黙ってその軟らかな髪を撫でてやる。
「…わかった。もう聞かぬ。それでお前は、今日は何をしに来た…?」

自分はすこし彼女に対して甘くなっていたのかもしれない。彼女は部屋の探検がしたいと言いだした。
勝手にするがいい、とクラヴィスは言ってしまった。泣かせてしまったという事実が、珍しくクラヴィスの情に作用したせいかもしれない。
クラヴィスの許しが出ると、アンジェリークは張り巡らせた黒い帳を出たりくぐったりと、ひとりでかくれんぼを始めた。
帳の向こう側からくすくすと楽し気な笑い声をさせては、クラヴィスの名を呼び、突然飛び出してきて抱き着いたりしてくるのだから、
当然クラヴィスはその間水晶球に向っても集中できぬ。
だが、不思議と嫌ではなかった。
子供など、煩わしいだけかと思っていたが…
彼女の動きは、ちいさな動物を思わせる。夜の暗闇の中を走る子ギツネのように、瞳を輝かせる子猫のように、鬱蒼とした闇の中でアンジェリークはじゃれまわっていた。
闇に、守られているように見えた。
子供にとって、闇は秘密の匂いのする遊び場でもあったのだ。遥か彼方に遠退いてしまった幼い頃の思いを、クラヴィスはふと思い出したような気がした。
だから、この心地よい闇を切り裂いた不快極まる侵入者____事務的な用件で事務的に訪れる宮殿の者が執務室に入ってきたことに気付いたのだった。
「女王補佐官が…私に何用だというのだ」
「そこまでは、解りかねます」
事務的な用件で事務的に訪れる宮殿の者は、あからさまにこの闇の守護聖を畏れている。
この反応こそが普通なのだ。生きるものならば、闇の中に己の生の尽きることを本能的に見て取る。だから、闇を畏れ、嫌う。
闇を司る自分へも、その感情は向けられるのだ。
あの幼い女王候補は闇を恐れぬと言ったが…
クラヴィスは席を立ち、ゆっくりと扉を閉めた。
外界の眩しさに目を細める。回廊のやわらかな光でさえ、暗闇に慣れた目には痛いほどだった。
クラヴィスは煩わしいと思いながら、長い裾を引き摺って女王補佐官の部屋へ向かおうとした。
そのとき。
己の執務室から、信じ難い音量の泣き声が聞こえた。
「女王候補…!」


「くらびすさまああ」
引き返してきた闇の守護聖に、アンジェリークが泣きながら飛びついてきた。
クラヴィスには訳が解らなかった。困惑に眉根をよせつつ、しがみついてくるアンジェリークの背中を抱き寄せた。
「何があった。何を泣いている?」
顔を覗き込もうにも、自分の肩のあたりに顔を埋めて、アンジェリークは泣き続けている。その表情を見ることができない。
クラヴィスは溜息まじりにアンジェリークを抱き上げた。
「…あんじぇ、こわかったよう」
ちいさな紅葉の手でクラヴィスのローブをしっかり握って、しゃくりあげながらアンジェリークは言った。
「お前は、恐くないと言ったではないか。闇を恐れぬと…」
クラヴィスはそう言って執務机の席へ腰を降ろす。アンジェリークは肩に顔を埋めたまま、いやいやをするように首を振った。
「暗いところこわいの。おばけ出るもん」
アンジェリークはぐすぐすと目を擦りながら顔を上げた。薄暗い部屋の中に、やわらかな肌が白く浮かび上がるように見える。
蝋燭の灯に、頬を伝った涙が鈍く光っていた。
クラヴィスは指先で、その涙をぬぐってやる。アンジェリークは泣きながらも目をふせて、おとなしくされるままになっていた。
そうして、小さく噤んだ口で、
「くらびすさまがいっしょだもん。くらびすさまがいたら、あんじぇこわくないもん」
クラヴィスは、目を見張った。
私が、いるから…?
闇を司る自分を。世界の暗転、即ち全ての終焉である死を司る己を…
クラヴィスは腕の中にいる幼い子供を見る。アンジェリークは顔をあげて真直ぐクラヴィスを見返してくる。
「あんじぇを、おいていかないでね」
そういって、ぎゅうとクラヴィスに抱きついてきた。
アンジェリークの腕の力をぼんやりと感じながら、クラヴィスは何故か軽い溜息をついた。
そうして、己にしがみついている栗色の髪をゆっくりとなでてやった。
「…すまなかった」
その小さな体を改めて、温かいと思った。

クラヴィスの腕の中でしばらくじっとしていたアンジェリークは、そろりと顔をあげた。その表情からはもう怯えの色は消えていた。涙で頬が濡れた頬をもう一度指先でぬぐってやると、アンジェリークはくすぐったそうにくすくすと笑った。
「あのねくらびすさま」
「…なんだ?」
アンジェリークはクラヴィスの黒髪をちょっといじってから
「あんじぇがお化けこわいって泣いたの、…ひみつにしてくれる?」
躊躇いがちにそう問うてくる声に、クラヴィスは思わず笑んでいた。
こんな風に心が穏やかになったのはいつのことだったろう。
こんな他愛のないことで…自分自身の心の動きに驚きながらも、
「そうだな…秘密にしておこう」
そう答えると、アンジェリークは照れたようにはにかんで、クラヴィスの頬に自分の頬をすりよせてきた。まるで子猫がそうするように。
闇に塗り固められた己が、誰かの光となろうとは…
暗闇の中、自分にすがって泣いたこの幼い天使を抱きしめて、クラヴィスはそっと目を閉じた。


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