Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
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 笑顔のゆくえ
 LOLLI-POP CANDY

 
 剣とお嬢さん
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 いつの日か君のとなりに
 羽化
 嘘とお嬢さん
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Attraction
 カトチャでGO!
 御覧あれ!


LOLLI-POP CANDY
<<Part:10>>


寝室に据え付けられたソファに足を組んで、オスカーは溜息を付く。目の前のテーブルには、書類が散らばって山を作っていた。
持ち込み残業である。
プライベートと仕事の区別はつける。私邸で仕事はしない。これがオスカーの信念でもあるのだが、今日ばかりはそうもいっていられなかった。
今日はこの炎の守護聖の私邸に、アンジェリークが泊まる日なのである。
一人で寂しいと泣く幼い女王候補に守護聖首座が動かされ、守護聖ほぼ全員の同意の元に始まった計画である。
なんのことはない、アンジェリークが守護聖の私邸を順番に泊まるという、ただそれだけなのだが、計画に賛成した守護聖の中には仮にも女王試験中、中立を旨とすべき守護聖がいくら幼いとはいえ片方の女王候補にばかりかまけるのはいかがなものかと、ある種の後ろめたさを訴える者もいないではなかった。
しかし、もう一人の女王候補が「別に気にしません」と、実にあっけらかんと言い切ったことにより、計画は円滑に発動している。
その当番は当然順番制である。その日アンジェリークを引き取る守護聖は、彼女を私邸へ連れ帰り、彼女の夕食、入浴、就寝、朝食の面倒をみてやることになっている。
今日は炎の守護聖オスカーのところに、ちいさな女王候補がやってくる日だった。
幼い子の生活リズムは、思った以上にはやい。なにしろ「良い子が寝る時間」には、アンジェリークを寝かせてやらなくてはならないのだ。それまでに夕食、入浴をすませなくてはならない。
「大人の時間」にあわせて生活リズムを作ってしまっている守護聖にとっては、これがなかなか簡単ではなかった。
オスカーなどはその筆頭である。いつものペースで仕事をしているようでは、アンジェリークと一緒に夕飯をとるなどとても無理な話だった。
だが、一緒に夕食を取り、一緒に湯舟に浸かって、ベッドに運んでやりたい、と思う。一緒にいてやるだけでちいさな彼女の精神が安らぐのなら、多少のスケジュールのズレなどなんだというのだろう。
だから終らない仕事をそっくり持ちかえり、彼女の寝かし付けてから、こうして残業しているというわけである。

ソファの背もたれに背中をあずけて、オスカーはもう一度溜息をついた。グラスの中の琥珀の液体を少し口に運びつつ、手許の書類に目を落とす。
なんだってこうも書類が多いんだ。
一昔前の縦割り社会でもあるまいに、やたらとサインを必要とする書類が多すぎる。単純作業に嫌気が差し始め、ちらりと柱時計に目をやると、今やっと11時をまわろうとしていた。慌ただしくて疲れたのだろうか、随分と長い間働いているような気がしていたが本来なら今からがオスカーの活動時間なのである。
はあ、とため息をついて、まだめくってもいない書類の山を見る。
11時か。
今ごろとなりの部屋ではお嬢ちゃんが、ちいさな寝息をたてているだろう。
その光景を想像して、ふと笑みがもれた。
アンジェリークはいつもうつぶせで眠った。毛布の端をきゅっとつかんで、ちいさな口を薄くあけて眠っている姿は、見るものを幸せな気持ちにさせた。
前回の泊りのときは、アンジェリークがひとりで眠るのを嫌がって、結局一緒に眠ったのだ。
子供特有の高い体温に、やわらかな石鹸の匂いのするちいさな体。深く眠りに就いたときでさえもオスカーを探してぴったり寄り添ってくるから、下手に寝返りを打って押しつぶしてしまわないかと、苦労したものである。
ちいさな手で、オスカーの指を握って眠った愛しい子。
もし、自分に子供ができら、こんな風に愛しく思うのだろうか。
そんな他愛も無いことを思って、ふ、と自嘲する。
早いとこ片付けちまうか。
はやく隣で眠りたい。
そして、背後の気配に気づいたのだ。
「こら」
オスカーは、背後に忍び寄ってきた侵入者に、怒った声を出してみせた。
ちいさな侵入者はびくっと肩を震わせる。
「なにやってるんだお嬢ちゃん?よい子はもう眠ったはずじゃなかったのか?」
ソファの背後に、やわらかな白いネルのパジャマのアンジェリークが、寝乱れた髪に眠たそうな目をして、毛布を引きずって立っていた。
「…ねむれない」
オスカーはため息をつき、書類をテーブルへ置く。そんなに眠たそうな顔をしているくせに。
「お嬢ちゃん。ベッドへ戻るんだ」
少し強く言ってみる。アンジェリークは雷に打たれたようにびくりと身をすくませて、それでも上目遣いでオスカーを見つめた。
そういう顔されちまうと、弱いんだがな…
しかしここは心を鬼にする。夜更かしはいけないことだ。子供は眠るのが仕事なのだ。
眠れない、と嘘をついてまで自分の元に来てくれたのは、はっきり言って顔がにやけるほど嬉しいオスカーだったが、ここで甘やかすのはアンジェリークの為にならない。立ち上がって、
「お嬢ちゃん」
念を押すように名を呼んだ。そしてすぐ、しまった、と思う。
アンジェリークはみるみるうちに顔をくしゃくしゃにして泣き出してしまった。
「お、お嬢ちゃん」
アンジェリークは毛布を引きずったまま、ぱたぱたと走って部屋を出ていってしまった。
慌ててオスカーが追いかける。
甘い、と自分でも分かったが、体が勝手に動くのだから仕方ない。
廊下をあぶなかしい足取りで走る女の子を後ろから抱き上げた。
ソファに戻って、腰を下ろす。腕の中のアンジェリークはしゃくりあげている。
「困ったお嬢ちゃん、だな」
そういって、腕に抱いたまま涙にぬれた睫にキスをした。
柔らかい頬にも、ちいさな鼻にも、下がってしまった眉にも、おでこにも唇を落とす。乱れていた髪を指で梳いて整えてやる。
この栗色の髪を洗ってやったのはオスカーだ。アンジェリークはオスカーにしがみついて、その頬を肩にもたれさせている。
「お嬢ちゃん、俺はまだ少し仕事が残ってるんだ。だからまだ眠れない。わかるか?」
そう彼女の耳元に囁くように言うと、アンジェリークはぐすぐすとしゃくりあげながら、オスカーの肩から顔を上げた。
まっすぐにオスカーの瞳を見上げてくる大きな瞳は、かすみのかかった春の海の色をして潤んでいる。
奇麗な瞳だ、とオスカーは、ゆっくり唇を瞼に落とした。唇に甘い、やわらかな肌はキスをした分だけ愛おしさが込み上げる。
押さえがきかなくなりそうだ、と苦笑しつつ、いくつもいくつもキスをする。
アンジェリークはオスカーの肩に手を置いて、他の誰にも内緒にするようなちいさな声で言った。
「おすかーさま」
ん?とオスカーは瞳で先を促す。アンジェリークはその両手をオスカーの頬に添えて、じっとオスカーを見詰めた。
修行の足りない少年のように、オスカーの心臓はどくんと跳ねる。
まずい、このままアンジェリークのお願いを聞いてしまう予感がする。
「あんじぇ、ここで待ってちゃ、だめ?」
じっと、オスカーの瞳をみつめてくる無垢な瞳。涙に濡れた睫が、しなやかな陰を落としている。
…まいったな。
オスカーは天井をあおいで、苦笑気味にため息をついた。
今にも泣き出しそうな顔で、幼いアンジェリークがオスカーの返答を待っている。
オスカーは笑って、少女の鼻の頭にちいさくキスした。
このオスカーが、目で殺されるとは、な。
「まったく、お嬢ちゃんにはかなわない。…ここで待ってな」
オスカーの声に、アンジェリークはその表情を明るくする。雲間から光が射すように、少しはにかんで笑った。
こんな顔で喜んでくれるならな、とオスカーはもう一度彼女の膝の上に抱き直して、その頬に口付けた。
アンジェリークは頬を染めて、オスカーの膝から降りると、ソファの下に落としていた毛布をひっぱり上げはじめた。
オスカーがそれを拾い上げてやると、ありがとうございます、と小さな声で笑った。
「おすかーさま、おしごとたいへん?」
よいしょ、と毛布を抱え込みながら、アンジェリークが聞いてくる。彼女がソファに深く腰掛けると、足を投げ出して座る格好になった。座っているアンジェリークに毛布を肩までかけてやって、オスカーは再び書類を手に取った。
躾の為にはしっかり叱って、泣かせてでも彼女をベッドにかえしてやる方がよかったのだろうか。
しかし、こんな風に幸せそうな笑顔を見せられると、これでよかったのかもしれないとオスカーの決意など簡単に翻ってしまう。
このオスカーが、いいように操られちまうんだからな…
何だか訳の分からない自信を喪失しそうになって、こっそりため息をつき、隣で毛布と格闘している幼い子を見つめた。
この小さな天使には、敵わないような気がする。
「おしごと、がんばってね、おすかーさま」
ぴったりと寄り添うように隣に座ってアンジェリークは照れたように微笑んだ。
毛布の中で、オスカーの人差し指を、小さな柔らかい彼女の手のひらがしっかり握っているのを感じる。
…駄目だ。
ちょっとだけ、目眩を覚える。
とても敵わない。その笑顔を見て、すでに完全降伏している自分に気がついた。
「…お休み、お嬢ちゃん」
オスカーの指を握って、オスカーの腕に頭をもたれさせて眠りはじめた少女の頬に唇をよせて、オスカーは再び書類に目を落とした。

指を握られてしまって書類にサインをしづらい状態で、オスカーの残業は随分かかったという…


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