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LOLLI -POP CANDY
<<Part:4>>


聖地にはめずらしい雨が降っている。
ルヴァは雨の日の心地よいけだるさに包まれて、相変わらず本を読んでいた。
分厚い装丁の古惚けた本を丁寧にめくって、時折お茶をすする。
あー、こうしているときが一番幸せですねえ。
面白い本とおいしいものがあればそれで幸せ、とは誰の言葉だったか。ルヴァもまったく同感だと、独り頷いていた。
でも、とルヴァは思う。
ときどきでいいから、かわいらしい訪問者が来てくれると、もっと幸せなんですがねー。
そんな風に思うようになった自分が不思議で、ちょっと困ったように笑う。
今日はアンジェリークは、来てくれるでしょうか?
ルヴァは本を閉じ、ふうと背を伸ばす。
いや、今日はエルンストが来る予定になっていた。
雨にゆがむ窓の外を見ると、ちょうど一台の馬車が宮殿の前に止まったところだった。馬車の横に、王立研究院のエンブレムが見える。
エルンストだろう。
懐中時計に目をやると、指定時刻の1分前。
彼にしては飛び込みだなと思いながら、ルヴァもいそいそとお茶の準備をはじめるのだった。


「初めに申し上げておきたいのは、このような事態には前例がないということです」
エルンストは、きっちりとファイリングされた書類に目を通しているルヴァにそう切り出した。
「王立研究院としましても、データのない今度の件にはお手上げというのが正直なところです。これらの書類は憶測の域を出ないもので…」
それでもこれだけの書類をそろえてくるのだから、この若き主任は大したものだと言わざるを得ない。ルヴァはとりあえずお茶でも飲んでいてくださいねーと言って、文書に没頭していく。エルンストは眼鏡をはずし、長い指で目頭を押した。
エルンストはこの頃睡眠不足である。
自己管理を完璧にこなし、体調を万全に整え責務に臨むのがエルンストの日常であり、そうでない者の社会的信用は疑うべきであった。にも関わらず、エルンストが頻繁に目頭を押さえ、常についてまわる睡魔の囁きに耐えなくてはならなくなったのには、もちろんアンジェリークの一件がある。
突然幼児に戻ってしまったアンジェリーク。
「あー、あなたも大変なようですねー、エルンスト」
文字から目を離す事なく、ルヴァが言った。エルンストが顔を上げる。
「通常の仕事にくわえて、今回の件に対する王立研究院としての見解をまとめて、陛下に提出するのでしょう?ロザリアはあれでなかなか、人を使うのがうまいですからねー」
はあ、とエルンストはそぞろな変事を返して、眼鏡をかけなおす。
「ひょっとして、今日のことも負担になってしまいましたかねぇ」
ルヴァはファイルをテーブルの上にそっと置いて、申し訳なさそうに笑んだ。
守護聖に詫びられては立つ瀬のないエルンストである。慌てて、首をふった。
「い、いえ!そんなことはございません。私といたしましても、ルヴァ様の御意見を聞かせていただければありがたいと思っておりました」
ならばいいんですがーと、ルヴァが胸をなでおろす。エルンストは、眼鏡の縁に手をもっていき、言い出しずらそうに視線を泳がせた。
「それに、わ、私個人としてもその…ルヴァ様の御相談に乗っていただきたいことがありまして」
ルヴァがぱちぱちと瞬きしている。
「あ、あの。とりあえず、レポートのご意見をお聞かせいただきたいのですが」
エルンストはポーカーフェイスを保つ事ができず、汗をかきながらそう言った。


「そうですねー、私も大体同じ意見なんですがー」
ルヴァは再びファイルを手に取り、ぱらぱらと捲る。
「あー、アンジェリークは現在4つ。ほんの数日前までは17歳でしたから、13年分の月日が彼女の中から消えた訳ですよねー。記憶と経験と成長を13年分、17歳の彼女から引いて、今の小さな彼女になると、あなたの説の導入はまあ、こういうことですよね?」
ですが、とルヴァは腕を組む。
「化学反応式でもそうですが、質量保存の法則が適応されるのなら、引かれた分の彼女の経験やら成長やらは、どこに行ってしまったんでしょうねぇ」
「この理論の弱点はそこなのです」
エルンストは表情を堅くして頷く。
「どこかにしわ寄せがなくてはおかしいとは思うのです。育成物がその分を得ている可能性もあると、私は考えていますが、育成物との交渉は女王候補にのみ可能です。このところ聖地は混乱していますし、先週の土の曜日は謁見と緊急会議で王立研究院もオーバーワーク状態です。その上、今のアンジェリークに宇宙空間への移動が可能かどうか…」
うーん、とルヴァは唸る。
「アンジェリークに無理でも、ルーティスから、アルフォンシアの状態を知ることはできないでしょうか」
「解りました。レイチェルにそのように伝えます」
エルンストはそう言って、手帳に書き込んでいく。
ルヴァはお茶をすすり、一息つく。
「えー、私の案は二つあるんですがー、どちらも根拠が薄弱なんですよー」
と前置きをしてから、ゆっくりと語り出した。
「まず、何らかの力が働いて、アンジェリークの時空軸にズレができてしまったのではないかと考えたのです。ちょっとSFっぽいですかねぇ。つまり、4つのアンジェリークがいるべき時空軸と、17のアンジェリークがいるべき時空軸が重なってしまって、混乱した結果、こんなことになったのではないかと。電話回線の混線みたいなものですね」
それは…とエルンストが手を顎にやる。
「もしそうだとすると、生物の時空軸を変換させる新しい理論が必要です。解決は1、2年の話ではないですよ。それに、仮に時空軸交差が原因だとするなら、その理論を応用することで時間をさかのぼることが可能ということになります」
「あー、そうなんですよー。駄目なんですよねぇ」
ふたりは黙り込む。何か、決定的な根拠に欠ける。
あとは…とルヴァは言いながら、照れくさそうに頭を掻く。
「あまり参考にはならないとは思うんですが、彼女の心理状態が不安定なときに、アルフォンシアと干渉したことが原因なのではないか、と」
「それは?」
エルンストが目を向ける。
「先ほどの質量保存の法則の説に補足というか。つまりですねー、彼女と私たちの親密さの度合いが、アルフォンシアの望みの数値をある程度決定するようにですねぇ、育成物の望みはアンジェリークの意識と連動しているでしょう?あー、ですから、彼女の望みを、アルフォンシアが聞き届けたのではないかと、ちょっと、思ったんですよー」
「つまり、アンジェリークが、子供になりたいと願ったということですか」
エルンストは思わず唸る。彼女が、そんな風に思い悩んでいたなど、彼にはまったく思い当たらなかった。ルヴァならではの柔らかな視線でこそ、彼女の悩みに気付くことができたのだろう。
「結局、根拠を育成物に押し付ける形になってしまうんですけどねぇ」
力になれなくて申し訳ないですーとルヴァ。
とんでもありません、とエルンスト。
ちょっと、沈黙。
「あー、ところで、相談というのはなんなんでしょうかねー」
口にしたお茶を、エルンストは吹き出すところだった。
「あ、そ、そのことなんですが…」
少々むせながら、エルンストは必死に平常心を保とうとする。今日は、この事を打ち明けるために来たのだと言っていい。
深々と頭を下げ、声を振り絞った。
「…あの、私、この度、アンジェリークの学習係を拝命してしまったのです…!」
ぽかんとしているルヴァに構わず、エルンストはさらに続ける。
「ロザリア様に、アンジェリークの学習をみるよう言われ、私は断わろうとしたのです。私は人を導くことなどできない、私より適任の方がいらっしゃるはずだと、ルヴァ様をおいて、あの小さなアンジェリークを任せられる方はいらしゃらないと!」
そういってエルンストは頭を抱える。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよー?学習係とは、あー、教官のような、ですか?」
ルヴァは手を上げ、暴走しているエルンストを止めた。エルンストははっとして、フレームに手をやる。
「いえ、文字の読み書きや、簡単な算数程度をみるようにと…」
なるほど、確かに今の彼女にはそれが必要だろう。
「私は人に物を教えるのは苦手で…。是非ルヴァ様をと、そう申し上げたのです。ですがロザリア様は、ルヴァ様にはゼフェル様の教育係という任があるので無理だとおっしゃるのです」
あー、とルヴァは納得していた。確かに、あのゼフェルとアンジェリークの両方を見るのは骨が折れる仕事だろう。
「ロザリアの言葉は、ひいては女王陛下の言葉ですからねぇ。あー、がんばってくださいとしか言えませんねえ」
縋るような目でルヴァをみていたエルンストだったが、救済の手は差し伸べられないことが解ると、はああ、と魂のぬけるような溜息をついた。
「…お時間を取らせてしまって、申し訳ありませんでした…。わたしは、これで…」
ふらふらとした足取りで、エルンストは扉へと消えていった。
静かになった部屋に残されたルヴァも、溜息をつく。
…少し、意地悪だったでしょうか。
ルヴァは置き去りにされているファイルを見つめながら、思う。
でも、アンジェリークの教育係なんてうらやましい任につけるのだから、これくらいいいですよねぇ。
さて、と立ち上がり、ルヴァも部屋を出る。目ざすは補佐官殿の部屋。
一言相談してくれれば、喜んでアンジェリークの面倒をみたのに。
「算数はエルンストに譲るとしても、文学と歴史は、どうあっても私にまかせてもらいましょう」
そう呟いて、彼にしては珍しく、腕まくりをしたのだった。


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