Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
12Kingdom
OgreBattle
Mobile sutie Gundam
finalFantasy
Shortstory
 SPY
 笑顔のゆくえ
 LOLLI-POP CANDY

 
 剣とお嬢さん
 ワインとお嬢さん
 目覚めの君
 つぼみ
 先生
 いつの日か君のとなりに
 羽化
 嘘とお嬢さん
Illustrator
 
Attraction
 カトチャでGO!
 御覧あれ!


笑顔のゆくえ
<<Part:10>>


こんなに一生懸命になったのは久しぶりだ。何事も適当にうまくこなしてきたアンジェにとって、この血液の温度が久しい感覚だった。
息が吸えない。涙が溢れそう。苦しいはずなのに解放感が伴って胸がどきどきしている。
高まる鼓動がすぐ近く感じて、アンジェは立ち眩みに似た浮遊感に酔いそうになる。自分でもどうして必死になっているのかわからないけど、とにかく充実した気分。文化祭が成功したときみたいな胸の高まりが、気持ちがよかった。
嫌いじゃない、なんてこんな簡単な事を言うのに、何必死になってるんだろう、と頭の片隅でそう思ったけど、全身が痺れるみたいに血液が身体中を駆け巡るから、それもかき消されてしまう。
アンジェリークは大きな瞳の端に涙を溜め込んだまま、オスカーの一番好きな所を見つめた。
頭の中はいろいろな言い訳や言葉が渦巻いて使い物にならない。まともな形容詞が浮かばないまま、ただ、綺麗だなぁ、と見つめた。
ふいに、そのオスカーの瞳が笑った。
「‥‥そんなに必死に否定してくれるとは、嬉しくなるな」
オスカーは少し屈んでアンジェリークの頬に触れた。その手は思ったより冷たくて、まるで緊張した後のような温度だった。
興奮して真っ赤になったアンジェリークには心地よい指先に、思わずされるままにしてしまう。
長い指がそっと柔らかく頬を包みんだ。男の人の固い指の感じが、アンジェリークの心臓にさらに拍車をかける。
でも何故か良い匂いがしそうなその指を払う事はできなかった。
戸惑いがちに頬に置かれたオスカーの指を瞳で追うと、オスカーは瞳を細めて笑った。
「しかしお嬢ちゃん、もっと言葉使いには気を付けた方が良いな」
オスカーはまるでキスするみたいに顔を近付けて、アンジェの瞳を覗き込んだ。
瞳が近い。アンジェリークはぴくっと体を震わせたが、目を反らせば負けのような気がして見つめ返した。
オスカーの瞳は気持ち良いくらい透き通っている。瞳の中心の少し色が濃い所がよく目立つ瞳。光を弾いて、きらきらしている。
アンジェリークは小さく息を飲みこんだ。オスカーは緊張するアンジェリークにクスクスと笑うと、楽しそうに微笑みながら言った。

「嫌いじゃないっていうのは、裏をかえせば、好きって事だぜ?」

アンジェリークはあわててオスカーの手を払った。後ずさりをするように扉にはりつく。
さぁっと頬を染めて、アンジェリークは驚いたように目を見開いた。
オスカーもこれにはちょっと驚いたようだが、すぐにいつもの馬鹿にしたような目になってにこりと笑うと、アンジェリークを追い詰める様に、一歩、その長い足をすすめる。
するとアンジェリークはますます体をドアに擦り付けるから、オスカーは楽しそうに笑った。
「まったく、お嬢ちゃんといると飽きないな」
(‥‥‥‥っ)

絶対喜ばすような事はしないって決めたのに、オスカーを喜ばしてしまった。
(っ信じられない!)
あさはかな自分に額然とする。オスカーの言う通り、「嫌いじゃない」は「好き」ではないか。こんな小学生レベルの国語に気がつかないなんてどうかしてる。
でも今はそんな事を嘆いている場合じゃない。
だってこの男、この男‥‥
(なんでそんなに嬉しそうに笑っているのよ!)
オスカーは過剰反応するアンジェリークを見て笑っていた。いつもの彼独特の大人の笑い方で、堪える様にくすくすと声を漏らすからアンジェリークは腹がたつ。不覚をとられた悔しさでいつもの2倍くらいの眼光で睨み付けると、それすらオスカーは楽しそうに笑った。
「素直に好きって言うより、お嬢ちゃんらしくていいのかもしれないな」
そう言って、鮮やかに笑うオスカーに、アンジェリークは何も言えず、無言であてがわれた部屋に入った。
せめて、扉を閉める音を大袈裟にたててやった。
扉の向こうから、オスカーの声が笑いを含みながら何か言ったけど、いまのアンジェリークには何も聞こえなかったのも同然である。

それからは、部屋に訪れるものは女官達だけで、オスカーは姿をあらわさなかった。
女官のひとりに風呂は大浴場が素晴らしいのでそちらを使えと言われたが、もし中でオスカーと一緒になって混浴〜などと少女漫画な展開が繰り広げられると嫌なので、室内のバスルームで済ます事にした。
別の女官が好意のつもりかオスカー様の部屋までの地図や、合い鍵などを用意してくれたが、別にアイビキに来たわけじゃないので、これもパスした。
さらに別の女官が、オスカーが気に入っている娯楽室もあるから是非見ろと言ったが、それこそオスカーと出くわしそうなので、これまたパスする。
このまま、絶対部屋から出ない決心したのだ。
炎の守護聖オスカーは、いいかえれば恋愛のプロなのだ。オスカーもこんな時間もだらだらと流れている世界で退屈をかみ殺すのには、ずっとそんな事ばっかりしているのだろう。恋の駆け引きや誘ったり誘われたりで時間を誤摩化し続けているのだ。
年期が違う。相手は本当にそんな事しか考えてばっかり生活している奴なのだ。
こんなやっと体に男女の差が出てきたかどうかの小娘にオスカーをどうこうしようとか、オスカーを喜ばせるのはやめるとか、絶対無理。
何をどうやってもオスカーはアンジェリークの上を行く。もうこうなったら最後の手段である。
いままでオスカーにふりまわされるのを甘んじてきたけども、合わなければ振り回される事もない。そう、
(絶対この部屋から出ずに、このまま朝の10時まで居座ろう)
という事にしたのである。
またまた我ながら逃げ腰の決心だなぁと呆れながら、アンジェリークは、濡れた髪を拭いた。
風呂上がりに見つけた薄ピンクのシルクのパジャマで、アンジェリークはベットの上に腰掛けた。
時計を見れば今はもう夜中の11時。ちょっと早いけど今から寝てしまえば朝になっているだろうと思う。そうすればこの悪い魔法使いのお城からも解放されるのだ。
アンジェリークはそっとベットから飛び下りると、窓辺のカーテンを引っ張ってみた。
大きなガラスの向こうに見えるのは、真っ暗な森と、遥か向こうにある宮殿の光、細い爪みたいな月と沢山の星、
それと窓に反射した自分の情けない顔。ここから抜け出すためには、オスカーを避けて、精神的にも健康な状態で昼の10時をまつしかないのである。アンジェリークはてくてくと裸足でベットまで歩き、座った。
いったい何時から自分はこんな性格になってしまったんだろうと思う。
ここに来てから前よりずっと強情になった。それにずっと打算的になった。学校に行って、素直に笑っていた自分がずいぶんと遠い。
あの頃は友だちと大した話はしてないのに、馬鹿みたいに笑っていた。他愛もない事が楽しかった様な気がする。
例えば、家の台所にゴキブリが出たとか、授業中に隣の席の子が寝ちゃって怒られているとか、体育際につくるメガホンとか。
全然くだらないのに、楽しかった。いっぱい笑って、腹筋が筋肉痛になるくらい笑って、止まらなくなったて困った事があるくらい。
何で自分は今こうなんだろうと不思議でしょうがない。
解いた蒼いリボンが、妙に寒々しい。
アンジェリークは膝を抱えてみた。それだけで背の小さなアンジェリークはずいぶんと小さくなる。
(帰りたいな‥‥)
(‥‥‥‥‥‥)
(‥‥‥‥‥‥)
きゅうにアンジェリークはぶんぶんと顔を振った。
こんな事だからいけないんだ。こんな弱気だからあの男に隙をつかれる。
(頑張れっ、アンジェリーク!)
一番最初に後ろから抱き締められた。次はキスするくらい近くで顔をのぞきこまれた。
今度は何されるか解らない。あの男ならきっと女王候補なんてカモ中のカモなんだわ。こんな部屋まで用意しちゃって、絶対気をつけなきゃやばいんだから!あと数時間の辛抱じゃない!ここでへこたれちゃ女王候補の名が廃る!
こうなりゃヤケ!絶対オスカー様なんか負けないんだからっ!
絶対学校の皆に馬鹿にして言いふらしまくってスモルニィとその周辺ではオスカー様=馬鹿男の烙印を押してやるんだから!
それでそれを後輩が聞いて、代々伝説になって炎の守護聖のバカスカーとかあだ名がついて、七不思議の怪談にもしてやるんだから!
そんでもってそんでもって次の代の女王候補に「あなたがバカスカー様ですか!?」とか言わせてやるんだから!
絶対、負けないんだから!とアンジェリークは拳を握った。片足をベットに掛けて、海の男のようなスタイルでもう一度誓った。
「絶対!負けないっ!」
「何に、だ?」

時が止まった。

「ずいぶんと盛り上がっているところ失礼なんだが、ちょっといいか?」
恐る恐る振りかえると、そこには、当のバカスカー様がドアから顔を出している‥‥。
アンジェリークは間抜けなポーズのまま、しばらく固まっていなくてはならないのであった。
そして、赤くなる顔と真っ白になる頭の片隅で、「オスカーと会わないまま10時を迎える」という計画は音をたてて崩れ去ったのだった。

何でしょうか、とアンジェリークが冷静を装い、扉を開けると、オスカーは白いバスローブを適当に羽織ったままの格好で立っていた。
大きくはだけたそれは、逞しい筋肉を適当にちらつかせて、なんとも言えない異様な感情を仰ぎたてる。
男の言うチラリズムの事なのだろうけど、女のアンジェリークがこんな事を考えるのは変なのだろうか。
頬をうっすら染めたアンジェリークは何気なく意識してそこから目を反らすと、オスカーが手に何か持っている事に気がついた。
「一緒にやろうと思ったんだが、どうだ?」
お酒だった。片手に二本ずつ、つまり四本も大きな瓶をもっているのである。
はっきり言ってアンジェリークはお酒には強い。ある程度飲むと少し眠くなるが、それ以上はあんまり変わらない。
吐いた事も二日酔いもしたことがない。記憶をなくすほどいっぱいは飲んだ事はないが、泣き上戸とか笑い上戸とかそんな話のネタになりそうな酒癖もなく、ただ静かに結構飲めるタイプなのだ。
そして何より、‥‥結構好きだったりするのである。
そのオスカーの手にある瓶を改めて見ると、凄まじく高くて美味しいと有名な某銘柄入りのものだった。そして何よりラベルの年代が言葉にできないくらいソレである。アンジェリークなんかこのまま卒業して就職してOLになっても、ちょっとやそっとじゃ手に入らない極上の逸品だと言う事は間違いなさそうである。ひょとしたら一生飲めないかもしれない。
かつて母親が、何事も経験しておく事が大事なのよ、と諭した声がこういう時に限って蘇る。
飲んでみたい気持ちがどんどん大きくなってしまうではないか。
(駄目だ〜。あれを飲めばもれなくオスカー様まで入ってきてしまう〜)
いっその事あの瓶は見なかった事にしようか、それとも‥‥。
オスカーが答えを催促するようににっこり微笑んだ。
それにつられて、瓶の中身もたぷんとゆれる。
(う‥‥)
その時、アンジェリークが返事をする前に、オスカーがその間をひらりと部屋の中に入ってしまった。
「あ、‥‥」
「いいんだろ?お嬢ちゃん」
「え、‥‥はい」
まるで全てを見越したかの様にそうあっさり言ったオスカーは白いバスローブの裾が翻るのを一向に気にしない様子で、大股でごく自然に入って来てしまうあたりが館の主である。
‥‥結局入れてしまった。
(‥‥館の主がこんな小娘に部屋に入れて下さいって言ってるんだから入れてやるだけよ。これは別に‥‥‥‥別に、食べ物につられたわけじゃないんだから)
そんな言い訳を考えながら、アンジェリークは扉を閉めた。
部屋の中では完全に二人きりだということ忘れて‥‥。


PageTop
前へ 次へ
   
Shangri-La | index Angelique | index