Shangri-La | angelique
  
 
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笑顔のゆくえ
<<Part:9>>


念願が叶ってオスカーと離れられたのに、今度は孤独が苦痛に感じる。
やっかいな自分にちょっと笑って、深翠の瞳を閉ざしたアンジェリークは一人きり、ベットの端に膝をかかえた。
この中途半端な時間帯では折角のキッチンやバスルームにも用はないし、かといって館を探検するほどアンジェリークは子供ではない。
重厚な本棚にずっと読みたかった本を見つけたが、三行読んで飽きてしまった。ベランダに通じるドアも、年代物のワインも、テーブルにある珍しい果物にも気を紛らわす事はできなかった。
今、オスカーの瞳が、アンジェリークを支配している。
不快で失礼で傍若無人で色魔で淫乱で正真正銘の最低野郎だと思っていた。
見るだけで嫌だった。見られるのも嫌だった。
腹の底から嫌悪した。大嫌いっていう感情を、オスカーから学んだ気さえした。
嫌で嫌で心底どうしようもなくて、育成を頼むのも会話するのも擦れ違うのも嫌だった。
見下す瞳。自己主張の強い声。口元のあざわらい。気取った仕種。
全部をひっくるめて、丸め込んで、全部が全部嫌いだった。
なのにどうして。
(優しい瞳‥‥)
頭から離れない。きれいないろ。水色より上品で繊細。奥に秘めた何か。
不覚にも、あれは好き‥‥。
あれに見つめられるとせつなくなる。胸が締め付けられて、苦しい。
(なつかしむ気持ちに似てる)
恋愛の安易な感情じゃない。それだけは分かってる。
オスカーの瞳はアンジェをいてもたってもいられなくさせる。どうしていいのか解らなくなってただ綺麗だと思う。
何かを駆り立てられるのは確かだけど、それがどんな感情なのか解らない。
(難しい‥‥)
アンジェは枕に顔を埋めた。
(あ、)
それからはかすかに木の香りがした。木屑でもはいっているのだろうか。
(いい匂い‥‥)
なんとなく、背中越しに感じた石鹸の匂いを思いだす。
安心できる、匂い。
ベットに体を預けると気持ちが良い。重力がアンジェリークに休めといっているようだった。目を瞑れば吸い込まれる様に闇が深まる。深呼吸して、肩の力を抜いた。
間接照明のやわらかい光に包まれて、アンジェリークは眠気を覚えた。
次に扉をノックする音が聞こえた時には、すっかり時間は夜になっていた。



女官がドアをノックして、食事の準備ができたと告げるとアンジェリークは重い眠気をひきずって、オスカーとの食事をとる。
料理は予想通りのコースもので、マナーに疎いアンジェを困らせたが、見よう見まねでクリアして、食べた事のない一流料理を味わった。
おいしい、とアンジェは独り言をいうと、オスカーとオスカーのお抱えシェフは大いに喜んだ。
上機嫌になった守護聖にいろいろな話を聞かされたが、別段彼の「真の目的」の私を笑わせるような笑い系の話はなく、自分の価値観、反省すべき事、今後の自分の身の振り方、聖地の説明とごく自然なものだった。
アンジェは黙ってそれを聞く。オスカーはバカでも阿呆でもなかった。
あるていど物を考え、社会的には仕事をこなし、私的には自分のやりたいことをやる。一般的な意見に少しアンジェは驚いたが、最後の「惚れ直したか?」という台詞でその驚きも取り消しにする。

「本当ににこりともしないな」
オスカーが部屋まで送ってくれる途中での一言。
「俺の家、快適じゃないか?結構気に入ってるんだが」
「‥‥いえ、素敵です。私なんかを招待してくださって、身に余る光栄です」
慇懃無礼なアンジェをオスカーはチロリと見て、軽い溜息をつく。
「‥‥いや、気に入ってくれればいいんだ」
「はい」
「‥‥‥‥」
長い廊下はまだ続いた。話題は簡単に途切れて、オスカーは肩をすくめる。
「本当に笑ってくれないな。俺の家に上がるだけで、大抵のレディはチャーミングな笑顔でキスしてくれるもんだがな」
「‥‥‥そうですか。‥‥‥‥」
「お嬢ちゃんは何をそんなに意地をはってるんだ。そこまで意地をはると、俺も本気を出すぞ」
オスカーはオーバーリアクションに腕まくりをする振りをしてみせて、ウインクした。
アンジェリークは彼の芝居がかった一連の動作が好きではない。
表情を固くして、ただひたすら前を向いて歩く姿は凛としているとも見えた。
そのまま、何となく無言のまま、遠近法の道を歩く。
扉が近付いて、アンジェリークも何となく気が楽になった。


ドアの所まで、オスカーはしっかり送ると、鍵を開けるアンジェの動作をじっと見ている。
(?)
その視線があまりに執拗なので、アンジェリークは振り返った。
「‥‥何でしょう」
そこには、至って真面目なオスカーが立っていた。彼はゆっくり息を吸い込むと、棒読みのような口調ではっきりと言った。
「お嬢ちゃんは俺が嫌いか?」

一瞬、何を言っているのか、解らなかった。

驚いてオスカーを見上げる。真直ぐで、威圧感のある瞳が、アンジェを映していた。

「嫌いか?」

「‥‥ぁ」
慌てて何か言葉を紡ごうにも動けなかった。
嫌い、何度も思った。吐きそうになるくらい嫌い。存在が嫌い。アンジェリークのなにもかもが、オスカーを否定して、全身全霊をかけて嫌いといっても過言ではないくらい嫌いだった。
(嫌い)
でも、言えない。

「お嬢ちゃんは本当に笑わない。愛想笑いならあんなに可愛く天使のように微笑むのに、‥‥‥‥‥‥。そんなに俺が嫌いか?」
「っ‥ちがいます!」
アンジェリークは声を荒げた。それは、とても勇気がいる事だった。声が出るか出ないか解らないぐらいの衝撃。
胸の中で、何かが気持ちを高ぶらせて、遮らす。涙ぐみそうになった。勝手に血液の温度が上昇して、息ができないような苦しさ。
心臓が耳もとで脈打ってるみたいだった。なんでこんなになっているのか解らなかったが、とにかく、何か言いたくてしかたない。
(言葉にならない!)
嫌い。否定した自分。もっと何かを言わなくては信憑性がない。瞳が見ている。心臓の音。つばがのみこめない。言葉をさがす。
でも、何が違う?育成を頼みに行くにも、これが仕事だと思っても、どうしても自分からは会いたくなかった。
嫌い、それも大のつく。言葉に出来ないくらい。
嫌い。

(‥‥生理的に嫌いなの。親しくなりたいと思わない)

いつだか、そう思った事があった。
アンジェの中のどこかで、その言葉は鳴って消えた。「嫌い」の言葉に引き寄せられた「嫌いの言葉」。

(最低)
本当に嫌い。大嫌い。人をバカにして、見下す瞳。女と見れば誰でも口説くあきれた性格を義務と言い切る不遜な態度。最低。

(あのひとと私は違い過ぎる)
思った事を何でも言って、相手をどう受け取るかを配慮しない。
自分だけすっきりして後はお構いなし。自分を中心に世界をまわして、世界のひとに迷惑を掛けて、しかもそれを当たり前だと思っている。当たり前だと世界に強要する。何をやっても許されると思って。バカにしてる。

(嫌い)
この「きらい」の三文字にどれくらいの言霊をのせているのか解らないくらい。
嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。いや。嫌。このひとは嫌。
否定の気持ち。全身で。嫌い。きらい。
間違ってない。間違ってない。一つも間違ってない。私はオスカー様が嫌い。

‥‥でも、あってもいない。

これも本当。

「ちがいます!!」
アンジェリークは涙をこらえて、叫んだ。
どうしてか、泣けないと思った。




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