Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
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 笑顔のゆくえ
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笑顔のゆくえ
<<Part:5>>


「とりあえず、これでも飲んで落ち着いてくれ。俺は着替えてくるから」
目の前に差し出されたカプチーノが湯気を立てている。赤くなって潤んだ目に湯気は美しく見えた。
その温かい飲み物に手を伸ばし一口すすると、気持ちの何かが押し流されるような気分になった。
執務室の中にこんな部屋があるなんて知らなかった。まるで隠し部屋みたいな場所にドアがあって、そこに入ると休憩室みたいになっている。
きっとどの守護聖様の執務室にも同じ構造であるのだろうが、アンジェリークはこのような部屋に入ったのは初めてであった。
重厚な木目のテーブルに向かい合わせにおかれた二つの椅子、簡単な茶箪笥と簡単な本棚が置いてある。
あまり広いとはいえなかったが、一人の人間が落ち着くには十分の広さである。
(おいしー‥‥)
香りの優しいカプチーノの温かさが、アンジェリークの涙を止めた。
学校帰りに喫茶店があったけど、こんな気取った飲み物はたのんだことがない。
パフェとかジュースとか甘い物ばかりを安易にたのんでいた自分を思い出した。
(あのひとはいつもこんなの飲んでるんだ‥‥)
あのひとというのは、もちろんオスカーの事である。
涙をあわてて拭いてくれたオスカーは、どうやらアンジェリークは抱きつかれたのがショックで泣いていると思ったらしく、責任を感じてか態度を180度変えてしまって甲斐甲斐しく気を使ってくれる。今は着替えに執務室のほうに戻ってしまったが‥‥。
(ちょっと、イメージと違う)
ひょっとしたら泣いたときにまた馬鹿にされるかと思ったのに。
たぶん『こんな事で泣くなんて、お嬢ちゃんもウブだな』とか言うだろうと思っていたのに、あんなに親切で優しいオスカーは見たことがない。とりあえず、罪悪感という感情も持ち合わせているらしい。
(女の子だったら誰でも優しいのかな‥‥)
(‥‥‥‥‥‥‥‥)
アンジェリークは、リボンに触れた。


「待たせたな、お嬢ちゃん」
ばたん、という扉の閉まる音を振り返ると、いつもの正装を着たオスカーが立っていた。
‥‥でも、いつもと印象が違うように感じるのはどうしてだろうか。
涙で視界が霞んでいるせいなのか、いつもより、赤が優しく見えたのだ。
「‥‥座っていいか?」
ここはオスカーの部屋なのに、腰の低い態度に驚いて、アンジェリークは思わずカップを置いた。オスカーは苦笑を浮かべてアンジェリークの向かいの椅子に腰掛けた。
「あの‥‥すいませんでした、とりみだしてしまって」
「いや、俺も、‥‥考えなしすぎたぜ」
そう言うと、深いため息をもらした。それがどういう意味なのか解らなかったが、抱きしめたという行為に対して謝っているらしかった。
「悪かったと思っている。できれば忘れてくれた方が有難い」
恋愛経験の未熟なアンジェリークにそれは不可能に近かったが、とりあえずうなずいた。
「‥‥少しは、落ち着いたか?お嬢ちゃん」
異様に優しいオスカーに疑念を抱きつつ、アンジェリークは、はいと答えた。
なら心配ない、と笑顔になるオスカーを眺めながら、カップの飲み物をすする。
‥‥さっそく話題が途切れてしまった。
何度も繰り返すが、アンジェリークはオスカーとほとんど会話を交したことがなかった。相手の趣味や行動を少し知っていれば何か話しを振ることも出来るのだろうが、アンジェリークは一体オスカーが何をしてどう生活しているのか全く知らなかったし、知ろうとも思わなかった。むしろ知りたくなかった。
きっとそれはオスカーも同じことなのだろうと思うと、沈黙はどんどん気まずくなって、カップの中味を一気に飲み干すと、いそいで立ち上がった。
「ご迷惑を掛けました。‥‥その、‥‥ありがとうございました」
たどたどしく、かつ他人行儀に挨拶すると、この雰囲気から逃げ出そうと椅子を引いく。それをオスカーはまた止めて、席に座るよう勧めた。
「お嬢ちゃんが忙しいのは重々承知だが、もうすこしだけ時間をくれないか」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
忙しい事なんてないが、ここにいても多分会話は途切れて苦しいお茶会になるのは目に見えているのに、どうしてこの男は必死に私を止めるのだろうと不思議になる。しかしあの不遜な態度しかとらないと思っていた人物に下手に出られると断わるに断われなくなってしまった。アンジェリークは気前悪そうに席に付いた。オスカーはそれを見て、安心したようにため息をつく。
(何か話したい事があるのだろうか)
そんな様子に見えた。
「‥‥コーヒー、注ごうか」
「‥‥‥‥いえ、もう結構です」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
ぎこちなく時間が過ぎる。
出会った時はあんなに雄弁にクッサイ台詞をはいていたのに、こんなにオスカーが言葉を選んで沈黙するのは初めて見た(というより、何もかもが初めてであるが)。
オスカーはテーブルの上で指と指を叩きあわせて、何かにいらいらするような仕草をしている。
状況がまったく飲み込めないアンジェリークはその長い節ばった男の人の手をじいっと見つめるしかする事がなかった。


長い沈黙の後、オスカーが切り出した。
「さっきは‥‥、本当に悪かった。‥‥さっきまでお嬢ちゃんに手を出した男がこんな事を言っても信用してもらえないかもしれないが‥‥悪かったと思っている」
まるで別れ話しをもちだすようなぎこちなさで語る。
「まさか‥‥いや、‥‥‥‥お嬢ちゃんが泣くなんて思ってなくて、‥‥」
不必要に言葉が途切れる様子はまるでランディ様みたいな喋り方だとアンジェリークは思った。オスカーは必死になって言葉を紡ぐ。
「‥‥俺が悪かったから、もう純情なお嬢ちゃんを汚すようなことはしないから、‥‥‥」
そこでオスカーは上目使いにアンジェリークを見た。
きっとオスカーの瞳には、泣き疲れたお子様の顔が映っただろう。真剣なオスカーはちょっと情けない笑顔を浮かべて、
「いや‥‥、いい」
と気分の悪い独特の自己完結をした。
アンジェリークは一体何が『いい』のか聞きたくなったが、少々浸りぎみの男にそれを聞くのは思うつぼのような気がして閉口を続けた。
「‥‥お嬢ちゃんは、無口なんだな」
オスカーが話題を変えた。
「寡黙な女性ってのはミステリアスで俺の好みだが、お嬢ちゃんのは、なんていうか‥‥、無口だな」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
そんな事を言われても、『ああそうですか』としか返事のしようがない。
(『だからどーした』ってのも禁句よね‥‥)
アンジェリークはまたもや、オスカーのコメントを無視する。
まるで石のように喋らないアンジェリークに苦笑いを浮かべて、オスカーは勝手にアンジェリークのカップに『おかわり』を注いだ。
「お嬢ちゃんは、笑ったりしないのか?」
(は?)
急に何を言うのだろう(問わなくても常識で考えれば解りそうな事を)。
アンジェリークが『よく意味が解りません』と言う前にオスカーが言葉をつなげる。
「俺はお嬢ちゃんの笑顔を見たことがないんだ。‥‥解るだろ?」
それに関してはよく解る。なんせオスカーと向かいあったまま10秒維持しているのが初めてなのだから。
しかしこれは女王試験半ばを過ぎた女王候補にむかっていうのは少々嫌味の効いた台詞である。オスカーらしさを身にしみさせながら、はいと答える。
オスカーは自分のカップにも湯をそそいだ。そして慣れた手つきでコーヒーを煎れて、香りを楽しむ。
長い節張った指が小さなスプーンを器用に動かしている。かちゃかちゃと、気持ちの良い音が部屋に響いた。
「俺は女性の、エネルギッシュでピュアな笑顔が一番素敵だと思っている。笑っている女性は精神的に、内面から健康な美しさを持っていると思うんだ。‥‥たとえそれが、どんな女性であっても」
「はい」
アンジェリークは何が『はい』なのだろうと思いつつ適当な返事をする。
オスカーがまた小さく笑った。
「‥‥それと対照に、俺は女性の涙がどうも苦手でな。ほっとけなくなるんだ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
だから、優しいのか。
(でもそれって、‥‥それって、自己満足)
アンジェリークは半ば呆れながら、オスカーを眺める。いわゆる、開いた口がふさがらない、という奴である。
自分に根拠のない自信を持つ奴だ、とは思っていたけれど、まさかここまでとは。女好きは本能と種の保存の道に背いていないのでまだ理解できるとしても、涙が嫌いとは笑わせてくれる。それはただの欲張り、我儘、である。
大の男の我儘は笑えない、アンジェリークは思った。
フェミニストの成れの果てをかいま見た気がして、軽い目眩を覚えたが、オスカーの煎れたコーヒーに免じて目をつぶることにした。
湯気が泣いた瞳に優しくて心地がいいのだ。それにインスタントは違う濃い香りが幸せである。
「しかし、現にお嬢ちゃんは泣いてしまった。‥‥これがどういうことか解るか?」
アイスブルーの瞳が答えを促すようにアンジェリークを眺める。そんな気取ったシチュエーションに、ため息をはらみながら
「解りません」
と即答する。
「もっと良く考えてくれてもいいだろう、お嬢ちゃん」
オスカーは気弱な声をわざとっぽいノリで哀願した。
釘を指されてしまったので、うつむいて、考えてみる。
(『私が泣いて、オスカー様はどうか?』‥‥?)
アンジェリークは考えられる可能性を挙げてみる。
 1.彼のプレイボーイ(自称)魂が傷つけられ不愉快
 2.私にセクハラと訴えられるのが心配
 3.ジュリアス様にチクられるのが心配
 4.これをネタに脅されそうで心配
(‥‥‥‥‥‥‥‥)
自分の才能に呆れながらも、アンジェリークはここから答えを導いた。
「‥‥私が気に入らないって事ですか?」
どうやらそれは、オスカーの求めていた答えの予想をはるかに逸脱した答えだったらしく、オスカーは飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになって前につんのめった。
その後、平常心を装った顔で、お嬢ちゃんは奇抜だな、と不可解な事を言う。
「まったく、そういう事を言う時は、もっと不安な表情で怯えるように伺うのがセオリーだろう」
オスカーは楽しそうに笑った。
「お嬢ちゃんは、真の『単刀直入』『猪突猛進』タイプだな」
(‥‥‥‥‥‥‥‥)
間違ってはいない。しかし否定はしないが、肯定もしたくない感想を頂いたものだ。すくなからず、このコメントに対して良い感情は抱けない。
「それで、私が泣くと、なんなんですか?」
不愉快な話題から軌道を戻した。オスカーは思い出したように口元だけで笑うと、
「お嬢ちゃんの笑顔をますます見たくなるのさ」
と歌うように言い放つ。
「今日お嬢ちゃんが心から笑うまで、このオスカー、責任を持ってお供するぜ」
ああ‥‥、何かの間違いであって欲しい。
アンジェリークは突かれたように息を吸う。





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