Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
12Kingdom
OgreBattle
Mobile sutie Gundam
finalFantasy
Shortstory
 SPY
 笑顔のゆくえ
 LOLLI-POP CANDY

 
 剣とお嬢さん
 ワインとお嬢さん
 目覚めの君
 つぼみ
 先生
 いつの日か君のとなりに
 羽化
 嘘とお嬢さん
Illustrator
 
Attraction
 カトチャでGO!
 御覧あれ!


笑顔のゆくえ
<<Part:4>>


少女漫画のような展開に、アンジェリークは赤面した。
温かい肌が少し湿っていて、やけに生々しい。
(な、何っ!?)
状況が飲みこめない。わかるのは、このガタイのいい、温かい身体はオスカーのものだという事だけだった。
自分の身体に巻き付くように絡められた腕。しっとりとまとわり付く体温。引き寄せられる力。何もかもが、男の、オスカーのものだった。オスカーが覗き込むように首をかしげると、燃える紅の髪が頬をくすぐる。
「抱きしめられている」のだ。
服越しに感じるオスカーの体温。シャワーを浴びた後の熱い身体の感触が、いやというほど伝わった。背中からはオスカーの息だって鼓動だって聞き取れそうだった。
(どうして‥‥、なんでーーーーっっ???)
全然意味がわかんないっ、と声にならない声で叫びまくる。
プレイボーイって名前が売れてるからって手当りしだい手をだすなんて、考えが甘かった。
お嬢ちゃんと呼ぶのは守備範囲じゃないからって言ってたくせに。
話が違う。騙された!信じられない!何なの!?全然わかんないっっ!
オスカーの筋肉の、柔らかくて弾力のある感じに赤面する。男の人に、しかも上半身裸の人に抱きしめられた事なんかないから、
アンジェリークはただ、身体を固くした。
「‥‥お嬢ちゃん、今日はリボンの色が違うんだな」
頭にのっかるように付けてあるリボンに頬ずりをするような仕草で触る。
そんな仕種にアンジェリークは金縛りをかけられ、全身を泡立たせる。きっと視線をずらせばオスカーの顔が映るのだろうが、あのアイスブルーの瞳がアップになるのを想像するだけで心臓がはねあがる。
すぐ隣で頬を寄せるオスカーの気配を背中で感じるのが精一杯。アンジェリークは張り詰めた表情でゴールの扉を凝視するほか術がなかった。現実味のない展開に、まったくついていけなかったのである。
「藍も、わるくない」
そんな様子をわかってかわからないでか、オスカーはからかう様にアンジェの耳もとに口を寄せる。びくっと、アンジェリークは顎を引いたのは、オスカーの唇が、ほんの少しだけ耳に触れたから。甘い囁きと熱い吐息とともに、柔らかくアンジェリークの耳をかすめる。アンジェリークは赤面をとおりこして、涙をうっすらと浮かべた。
喉が乾いた。心臓が破裂しそうである。
「俺にあうために、特別に‥‥?」
オスカーが喋ると背中の胸が動く。耳元にも息がかかる。喉のあたりをくすぐる濡れた髪が揺れるのだ。
これ以上密着している感じを再確認させないで欲しい。が、まずこれを否定しなくなはならない。勘違いされては困る。
勘違いされてなくてもこんなに困ってるんだから、勘違いされたら、どんな仕打ちがまってるかわからない。
「ち、違いますっ!」
「じゃあ、どうして‥‥?」
こんどは髪の匂いを嗅がれた。栗色の柔らかい髪に頬をうずめるオスカーが、大きく息を吸いこむのが聞こえたのだ。
(ああああああーーーーっ!)
「お嬢ちゃんは、アロエの香りがするな‥‥」
「‥‥‥‥っ!」
寮にはアロエシャンプーが備え付けられていた。本当は家から持参してきた旅行用のリンスインシャンプーを使っていたのだが、寮の風呂のそれのパッケージのあまりの可愛さに使うことにしていた。もちろん、アンジェリークがシャンプーを変えたのは誰も気が付きはしなかったが、アロエの甘い匂いをアンジェリークは気に入っていた。
こんな事でばれるなんて思ってなかったから、恥ずかしくてしょうがない。
どうにでもなればいい、そんな気さえする。なんでこんなに現実味のない状態にいるのか解らなかった。オスカーの腕の中で、耳もとをくすぐる声に翻弄されて、何でここに来たのかわからない。アンジェが恥ずかしさの限界に達しようとした時、
ぎゅっと強く抱き締められる。
「‥‥失恋でもしたのか?」
それは、大人の落ち着きをはらんだ低くて心地の良い声だった。
さっきまでのからかいとは違う、意志を孕んだ慈しむ声。

「リボンの色、今日はどうして違うんだ?」
「‥‥‥‥ぇ‥?」
「内気なお嬢ちゃんの事だ、何か、あったんだろ‥?」

………ひょっとして、この人の聞きたかった事は、この事だったの?

朝の気分には、藍のリボンしかなかった。
今朝、うまく結べなかったリボン。
そういえば‥‥、こんな事ですっかりわすれていたけど‥‥。
私は、間違いなくおちこんでいたのだ。
朝の気分には、藍のリボンしかなかった。身分不相応の世界にとりのこされた私の事を考えると、とてもじゃないけど浮かれた黄色なんて付けられなかった。
ここの生活はいままでとは違いすぎて辛かった。何より自分の本当を話せる人間がいないのが辛かった。神様みたいな人達が、平気でそこらを歩いている。
そんな所にこんな平凡な子が迷い込んで、穏やかに過ごせるはずがなかった。
自分を大きく見せなきゃいけない。女王候補として生活するということは、そういう事だった。
責任感をもって、間違いはしてはならない。上品に、優雅にしていなくてはいけない。軽はずみな行動はもってのほか、制限ばかりの生活があたりまえの場所。愚痴を言う相手もいなくて、落ち込むにも試験が大切で、守護聖様には敬意をはらわなくてはならないし、失礼があれば咎められる。
部屋に帰れば自分一人で、そしてあてがわれた部屋は豪華すぎて、鏡があって、落ち着けない。惨めな私がそこに映るから嫌だった。
まるで自分の嘘を見抜く真実の鏡みたいに、無情に全身を映し出す。
取り繕うような笑みを浮かべる自分。
気を使って心にもない事を言う自分。
まるで毎日が面接。嘘に嘘を重ねて自分をより理想に近づけてる自分がいる。
気持ち悪い。
自分が嫌いになる。
自分を嫌いな自分をもっと嫌いになる。
どうしてこんな所にいるのだろうか‥‥。
なんで私はここにいるの?何度も自分に問いかけた。こんなただの女の子、一体なんの必要があってこんな世界にいるのか?
私にこんな世界は必要ない。女王候補に選ばれなかったら間違いなく私はここにいなかった。私にはここは身分が違いすぎる。
ここに必要なのは女王候補であって私ではないんだ。
だから。家に帰りたい。
私が私でいられる場所に帰りたい。ここは私が私じゃない。こんなに良い子は私は知らない。自分に嘘をつくのに疲れてしまった。
私の住む世界に帰してほしい。豪華な世界にあこがれた、私の世界に帰してほしい。
‥‥急に、黄色のリボンが眩しく見えた。
自然と、藍のリボンに手を伸ばした。
別に誰かに見てもらうために変えたわけではない。ただ、自分が可愛そうになって、なんとなく変えただけなのだ。
ルヴァ様ですら気が付いていなかった事を、オスカーは気付いた。
今朝、うまく結べなかったリボン。
私が初めて出したSOS信号に、オスカーは気が付いたんだ。

アンジェリークは、初めてオスカーの顔を見あげた。

オスカーの瞳は、真摯だった。
青い、真昼の空の色。いいや、星がちらつき始めた頃の、地平線際の空の色だ。
森や建物がすべてシルエットに映る、あの優しい時間の透き通る青‥‥。
オスカーの優しそうな瞳の色。真直ぐに私の目を見ている。
誰がいったいアイスブルーなんて形容したんだろう…。
(全然‥‥ちがうよ)
(まちがってるよ‥‥それ)

彼の意思の強そうな眉が、初めて美しく見えた。
濡れた前髪が目にかかって青い瞳に影をさすのが綺麗に見えた。
長いまつげがこんなに近い。
心臓が、どきどきする。

あわてて、目を反らした。

今朝、うまく結べなかったリボン。
背中から、心地よい体温と、石鹸の香りがする。
抱きしめる、たくましい腕が、優しく包み込む。

全然話した事もなかったのに、オスカー様は私を見ていてくれたのだろうか。
庭園で偶然に擦れ違う時も、謁見の時も。
‥‥ルヴァ様と話している時も。
『‥‥どうやら、そうとう嫌われているらしいな‥‥』
オスカーの台詞。苦笑いを浮かべたオスカー。はじめて、人間臭い顔を見せたオスカー‥‥。



「ん‥‥?どうしたんだ?」
腕のなかで呆然としているアンジェリークに気が付いたオスカーは、不思議そうに覗き込んだ。
そして、やっとアンジェリークが泣いている事に気が付いた。
大きな瞳にため込んだ涙がほろほろと落ちている。白い頬を伝う涙がオスカーの腕に落ちた。温かい滴に、オスカーはあわてて掴んだアンジェリークの細い肩を放した。
「お、お嬢ちゃん?」
さすがのオスカーも驚きの声をあげた。アンジェリークは遠くを見つめたような表情のまま涙を落としている。
オスカーはアンジェリークの身体から身を引くと、アンジェリークの頬を、とりあえず自分の首にかかっている白のタオルで拭いてやった。
「まいったな‥‥、まさかお嬢ちゃんが泣くなんて‥‥」



オスカーのぎこちない手が頬にふれた。温かくて長い指が柔らかく頬をなでる。
‥‥この人は、本当は優しい人なのかもしれない‥‥
アンジェリークは初めて、オスカーの事をそう思った。


PageTop
前へ 次へ
   
Shangri-La | index Angelique | index