陽子がこちらに流されてきた本編とは離れ、番外短編集といった体裁の「華胥の幽夢」です。本編で触れる程度に紹介されてきた国を舞台にして、5つの物語を読むことができます。
「冬栄」は戴国の黒麒麟、ちいさな泰麒が漣国へお使いをするお話。
小さな泰麒が相変わらす人懐っこく愛らしく描かれていて、泰麒好きにはたまらんお話です。初登場の廉王が意表をつくキャラクターとして登場します。勝手にフラフラ王宮を出て行く延王もすごいですが、この廉王も相当すごい(笑)。なぜ十二の国があまり他国と交流を持たないのか、原因は国土の広さなどより王の個性が皆強すぎるからじゃねーのかと思ったりしました。とはいえ廉王と廉麟の仲睦まじさは和ませていただきました。
「乗月」は、芳が舞台。「風の万里 黎明の空」の冒頭で起きた芳の大逆の後、朝廷を統べる決意をするまでの物語です。
月渓が「何故玉座につこうとしないのか」という思いが、語る本人にもよくわかっておらず、語っても語ってもどこかおかしい、何かねじれている言葉にしかならない。その話の通らなさが読者にもそのまま投げられてくるので、途中、読んでいるこちらもすっきりせずに、国官たちと同様「なんでお前がやらないの?」と思ってしまうこと請け合い。上手いです。
「書簡」は陽子と楽俊の手紙のやりとりという形式で、二人の状況を描いています。慣れない王宮で右も左もわからない王という使命に立ち向かう陽子と、雁の大学に入学し新しい環境で生活をはじめた楽俊。こっちはなんとかやってるよ、と互いに報告しあうけどホントはね…というお話。
陽子の手紙に、日々どれだけ景麒から注意を受けているのかがよーく表れていて面白い。楽俊も前途洋々ではなく、シビアな悩みを抱えているのに、それでも前に向かって、笑って生きていこうとする二人がほんのりと勇気をくれるお話です。
「華胥」はこの短編集で最も長いお話。この本の表題にも登場する「華胥華朶」という采国の宝重を絡め、傾きかけた王宮を舞台にした物語です。
失道した采麟、ゆがみじめた王朝、ひたすら理想だけを追い求める王。その王を登極する前からずっと支えてきた仲間たち。一体なぜ失道する事態になったのか解らずに、混乱する官たちに訃報がとどく…
麒麟の失道にはいろいろなタイプがあるのだなと怖くなった話でもあります。この失道のタイプはもっとも哀しい形かもしれません。
さすが推理作家の旦那がいるだけある、小野主上風「王宮ミステリ」といったところでしょうか。十二国記の舞台で推理ものが読めると思いませんでした。探偵役の下男が無邪気な雰囲気なのがこの物語の唯一の救いです。
「責難は成事にあらず」、まさに今の日本にも通じる言葉です。是非野党に聞かせたいですね。
「帰山」は十二国記を代表する二大風来坊の夢の競演です。傾きかけた柳を視察中、大国出身のお二人が偶然出会う。そこで語られるのは国の起こりとその「山」。この「山」が超えられれば国はある程度もつだろう。そう統計が取れてしまう程この二人は長く生き、まわりの国は多く潰えてきたということなのでしょう。あいかわらず宗のご家族は仲良しです。それでもどんな王朝も今まで必ず潰えてきた。それがまた事実でもあるのです。
短編集とはいえ、本編では紹介されていない国が登場したり、知らないエピソードが読めたりとファンならうれしい一冊です。願わくはこの調子でどんどん発刊しますように!主上が途中で筆を折りませんように!
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