Shangri-La | 12Kingdom
  
 
Angelique
12Kingdom
OgreBattle
Mobile sutie Gundam
finalFantasy
Shortstory
 いつもあなたのそばに
 あなたとわたし
 爪月の夜
 呆れた男
 懲りない男
 手習い
 胸にある、あたたかい光。
 肩たたき
 ひなたぼっこ
Illustrator






 
 
 
Attraction
 十二国記とは?
 主要人物紹介
 海客のための十二国事情

肩たたき


暁天、金波宮の内宮で慣れぬ執務に追われている陽子である。
王宮の人事が上を下への大変革を終え、ようやく人心地つけるようになったころ、ふと気がつけば天は青葉の時期を迎えていた。
慣れない文字をしどろもどろ読み下し、慣れない毛筆で慣れぬ花押を書き、何度見ても自分のものとはおもえない御璽を捺した。
ふう、と息をつく。どうもこの御璽を捺すのは緊張する。まだまだ文字もうまく読めないし、書くとなれば見様見まねでしかないから、こちらの者からみたらきっと子供が落書きしたような稚拙な筆跡であるだろう。
せめて御璽くらい奇麗に捺したい。あちらの世界でも三文判を枠内にまっすぐ捺すのは下手だったのだが。
花押に重ねるように捺印し、それが文書に対して垂直であることに安堵の息をついた。
これで、今日の仕事はおしまい。
陽子は御璽と筆を置き、窓の外に目を投げた。
この部屋はちいさな庭園に面して、繊細な細工のほどこされた窓をひらけば季節の移り変わりを木々が教えてくれる。
少し休憩しよう、と陽子は席を立った。
空は日暮れの色を写して高く澄み、力に満ちた若葉ををゆらす風はさわさわと柔らかい。
袍の腕をうーんと伸ばして、大きく息を吸い込んだ。
いくぶん温みをおびてきた風は夏の訪れを予感させる。季節が変わろうとしていた。
春が過ぎるのは、あっという間だったな。
陽子は首を回しながらそう思う。故郷の国には四季がしっかりあったが、慶はどうなのだろう。こちらに流れ着いてからというもの、ゆっくり季節を愛でるような時間は持てなかった。そんなことをしている場合でもなかったし、余裕もなかった。
だが、夏が来ようとしている。
陽子はもういちど伸びをして、手で肩の凝りをほぐす。一日中文書と向き合っていれば肩も凝るというものだ。

そのとき、ぞろりと背を這う気配があったと思うと、陽子の手がきゅっと肩の筋をおした。
____お疲れでいらっしゃいますか、主上。
「あ、冗祐?」
陽子は彼の動きを察して、そういえば今日も冗祐が憑いていたのだということを思いだした。
それほど常態では、彼の存在を知ることはできない。なぜなら彼は陽子の中にあるから。
姿無い声の主は冗祐という。戦場にあらわれるという妖魔、賓満。景麒の使令として彼に仕え、陽子のように剣に触ったことすらなかった者に憑き、一騎当千の働きをさせるよう身を貸してくれる。
冗祐は陽子にとって特別の使令だ。登極までの泥水のなかを這い回っていた数ヶ月、彼は陽子の命を守りきってくれた。
先の内乱でも、陽子は彼の助けをかりて戦陣に臨んだ。たとえそれが麒麟との誓約の上になりたっている忠誠でも、文字通り血と剣檄をかい潜ってきた冗祐は大切な戦友のように陽子には思える。
その彼が、いまは陽子の肩を揉んでくれている。正確には、陽子の手を操って、的確にツボを刺激してくれている、と言うのが正しい。
「ひゃー、そこ。そこ。冗祐、上手だね」
____恐れ入ります。
はたから見れば、陽子はひとりごとを言いながら自分で肩を揉んでいるようにしか見えないが、見えないだけで賓満は主の体の中にいるのだ。
陽子は凝り固まった筋を冗祐の右手にほぐしてもらいながら、窓枠にもたれかかった。
____御無礼とは存じましたが、何かお役にたてればと思いまして。
「御無礼どころか、うれしいよ。女官がマッサージしてくれようとするけど、私にはあれはどうも気恥ずかしくて」
陽子は妙に人間臭い気の回し方をしてくれる、この無口な使令を面白いなと思いつつ笑った。
「剣をとらせれば敵なしの冗祐が、こうやって縁側で肩もみっていうのも、ちょっと情けない姿だね」
____世が平安な証です。
声無き声が淡々とそう答えた。右手が左肩の筋から二の腕へ、二の腕から肩を通って首筋へ移動している。
くー、と心地さに唸りながら陽子は笑った。
「そうそう、なんでか首の筋がかちかちなんだ」
____恐れながら、主上は筆をかまえるのに要らぬ力を込めすぎかと。
賓満という妖魔の性質なのだろうか、人体の構造を把握しているからこそ可能だと思わせる技である。思いのほか肩が凝っていたようで、陽子はその彼の見事な按摩技におかしいやら気持ちいいやら笑いが止らなかった。
____何をそのようにお笑いですか。
な、なにをって、と陽子はその硬質な問い掛けにも思わず吹き出す。
「い、いや。でも慶が平穏になったら冗祐の仲間は皆廃業だな。集団で慶に按摩就職する?喜ばれるぞ」
その言葉には冗祐の返答はなかった。人と妖魔のもつ、根源のへだたりはこんなときふと顔を出す。
どんな軽口でも己の種族のことは話さない。陽子はそれを少しだけ寂しいことだと思う。だが各々が各々に与えられた責務を精いっぱい果たしている上においては、そういう割り切った関係というのも悪くないかも知れないと最近は思えるようにもなった。それは人と妖魔の間でも、人と人との間でもまったく同じなのではないだろうか。

「冗祐、ゴメン。右肩もたのむ」
____承知しております。
今度は返事があった。陽子の左手がくいともちあがって、右の肩をほぐし始めた。
「はー、そこ!そこ!痛、痛いいたきもちい〜」

主がひとりで声を上げているのを見て怪訝な顔をみせたのは慶国宰輔、執務を終えたばかりの景麒だった。
「‥‥何を、おひとりで騒いでおられる」
「あ、景麒。ごくろう…ててて」
主が肩をおさえて窓の桟にこしかけていた。いつものように鮮やかな笑顔を見せながら、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「肩をどうかされたか」
景麒は思わず歩みをはやめた。
折しも慶の王宮は異例の人事移動が行われ、この移動で職を解かれた者、失墜した者、権をとりあげられそれを逆恨みする不届き者が新王に仇なすなら官使の配置もまだ馴染んでいない今が絶好の機会だった。
王をひとり、執務室に残すことすら景麒は恐かった。だから常に使令を王に守らせているのだ。
「何があったのです。不義の輩が、なにか御身に」
王の傍らに膝を付き、手でおさえている右肩を診ようとする景麒を主は笑って止めた。
「ちがう、ちがう。何もないよ」
「私にまで隠し事をなさる必要はない。班渠、族が押し入ったか。血の臭いはないが」
景麒はそう己の使令を呼ぶ。呼ばれて、さて、と姿ない声が返答した。
その声は床から聞こえるような気がするが、床に潜っている訳ではない。主である景麒の命で、景王の陰の中に身をひそめている。
声はどこか笑い含みで、咽の奥からさもおかしそうに、
「そのような輩はみておりません。強いて挙げるなら、主上の中に」
と景麒に報告をした。景麒は柳眉をひそめる。
「何を笑うか、痴れ者が」
「ちがうんだってば景麒。班渠、お前も誤解を招くようなことを言うんじゃない」
陰からはくつくつと低く笑う声がした。この使令はどうも景麒をからかっては楽しんでいる節がみうけられる。
笑って主は立ち上がった。そうして、膝をついた景麒に手を差し伸べる。
「肩がこったから、冗祐が揉んでくれてたんだよ。あんまり上手だからひとりで叫んじゃっただけ」
差し伸べられた王の手にありがたく手を伸ばした景麒だったが。

「なんとはしたない!」
「‥‥は?」
陽子は何を言われたのかわからずに思わず聞き返した。
目の前の麒麟は整った眉をゆがめ、官服の袖で口元をおさえている。白い顔は朱がさしているようにも見えたが、血が引いているようにもみえた。
「何ということをおっしゃるか!使令に‥‥、使令に」
「お、おい景麒」
景麒は今にも泣きだしそうな、憤っているような目で陽子を見る。陽子のほうはわけがわからない。
ひとしきり震えたあと、景麒は何かを振りきるようにキッと顔をあげた。
「冗祐、恐れ多くも御身と一体であることに慢心したか!使令の分際もわきまえず出過ぎたことを」
「な、何で冗祐を叱るんだ!景麒、どうした?冗祐もあやまるな、必要ない」
「冗祐ごときをかばい立てされずともよい。賓満はその武芸をもって主上をお守り申し上げるのが勤め、御身に触れるなど無礼千万、心得違いも甚だしい!」
淡い金の髪を振り乱して景麒は珍しく声を荒げた。陽子は焦る。
なんだ、こちらの世界では肩たたきはマズイことなのか?
胎果である身がもどかしいのはこういうときである。女郎宿もわからなかったし、半獣の楽俊にしがみついたときも、こちらのことをよく勉強しろと言われたものだ。勉強してはいるが、この手の事項が大綱に載っていれば陽子だって苦労しない。
いやいや、と陽子は首をふった。この前、鈴が遠甫の肩を叩いているのを見た。誰もとがめなかったし、おじいちゃんと孫みたいで微笑ましかった。別にはしたない、なんて後ろ指さされるような行為なじゃなかった、と確認する。
とにかく、普段沈着している奴がとりみだしているのを見るのは面白い反面、恐ろしくもある。
陽子はため息交じりに、唇を真一文字に結んでいる己の半身を見た。
「あのなあ、景麒。何を盛り上がっているのか知らないけど、肩揉みくらい、そんな血相かえるようなことか?冗祐の心使いはとっても嬉しかったし、体も楽になった。無礼千万なんてことないだろ?」
景麒は何かをいいたげに黙った。返事をしない麒麟に、陽子はその手を伸ばす。
拳を握っていた景麒の手をとった。
「主上」
「私はこちらのことがわからないって、言ってるだろ?景麒がそんな風におおげさに怒ったら、私はこちらのことをゆがめて覚えてしまう。それはとっても困る。景麒は私の道しるべなんだから、正しいところへ私を導いてくれなくては」
景麒の握っていた拳から、力がぬけていくのが伝わってきた。
「おおげさではございません‥‥本当に、御身に触れるなど。主上は御身を軽んじておられる」
ふい、と顔をそむけて、景麒はやっとそう答えた。
そむけた耳が、紅をはいたように染まっている。
ああ、そういういことか。

陽子は景麒の手を引いて、窓の桟に腰掛けた。
握っていた拳を解いて、景麒の手は陽子の手をそっと握っていた。
「景麒」
陽子がそう呼ぶと、いつも通り静かな佇まいに戻った景麒は音もなく主の傍らに膝をつく。
「私に触るのは、恐れ多いこと?恐れ多くて、嫌なことかな」
主の意外な問い掛けに景麒はその淡い色の瞳をすこし見開いたが、いいえ、と答えた。
「畏れ多いことではあります。ですが嫌ということではございません」
そう、と王は微笑んだ。景麒はその笑顔にまた目を見開いた。
「それじゃ、お願い」
そう言って、くるりと背中を景麒に向けた。またもや景麒は目を見開いた。
「‥‥何を」
「冗祐が駄目なら、お前しかいないもんな。ほら、肩。もんで。」
景麒は苦虫をかみつぶしたような顔をして、主の細い肩を見つめた。
「‥‥私に、按摩師のまね事をせよとおっしゃるか」
「お前が御身を軽んじるなって言ったんだぞ。この世にたった十二しかいない、尊い神獣のお前だからこそ、この景王の肩のほぐす栄誉をあたえるんだ。かなり御身大事って感じだろ?」
くすくすとかろやかな笑い声を景麒はため息まじりに聞く。
「私は今まで誰かの肩をほぐしたことがございません」
「それじゃ、やっぱり冗祐に頼んでもいい?」
景麒は、いたずらっぽくそう尋ねてくる己の主を呪う。どうしてこの方はわかっていて人を試すようなことをお聞きになるのか。
くやしいが、景麒の返答は決まっていた。
「‥‥私がいたしましょう。ですから今後、他の者にたやすく御身を任せることのなきよう」
そっと、己の半身である主の肩に手を載せた。細い肩だと思う。
やはり、他の誰かにたやすく触れさせてはならないとも思う。
なにより、触れていたいと願っていることを、景麒は認めない訳にはいかなかった。麒麟という生き物だから仕方ない、己はこういう性質をもって生まれたのだから、私の責任ではない。
それでも、王と共にあって、その傍らで彼女に触れていられることに、こんなにも安堵を感じている。
どうしようもなく沸き上がってくる幸福感。
目の前の女王はわたしがどれほどの思いでここにあるのかきっと半分も、知らないはずだ。
それでもいいと思えてしまうのもきっと自分が麒麟だからなのだろう。
誰よりも傍にいて、貴女が私を傍に置いてくれるだけで。それだけでいいのだ。
「御身を任せる、とはまた大げさな言い方だ」
くすくすと小さな忍び笑いで、王はそれでも、わかりました、と返事をした。
ああ、と景麒は思う。その声だけで、また自分は幸せになっている。

PageTop
     
   
Shangri-La | index 12Kingdom | index