Shangri-La | 12Kingdom
  
 
Angelique
12Kingdom
OgreBattle
Mobile sutie Gundam
finalFantasy
Shortstory
 いつもあなたのそばに
 あなたとわたし
 爪月の夜
 呆れた男
 懲りない男
 手習い
 胸にある、あたたかい光。
 肩たたき
 ひなたぼっこ
Illustrator






 
 
 
Attraction
 十二国記とは?
 主要人物紹介
 海客のための十二国事情

懲りない男


陽子は腕を天に向かって突き出し、思いきり伸びをする。
雲ひとつない空。
大きな荷を担いで歩く男たち、通りに店を構えている商いたちの声。
往来には未だ閑散とした雰囲気が漂ってはいるが、季節のよいこの時期、通りの人々の表情にも活気があるように思える。
ここも。いつか見た烏号の街のように、晴れやかな顔の人々でにぎわう町になるといいが。いや、しなければならない。
陽子は袍の袖をまくりあげて、僥天の街を歩いていく。
_______主上。
姿を見せない者がふいに語りかけてきた。陽子にはその者の姿を見る事ができない。何故なら、その者は今、陽子の中にいるから。
使令・冗祐は声なき声で言う。
_______重ねてお願い申し上げますが、何とぞ、お早く金波宮にお戻りになりますように。
「わかってる」
陽子は小声で答え、腰に手をやった。
「使令とは、麒麟に似るものなのか?剣も持ってきたし、冗祐もいる。何の心配もいらないと思うけど、冗祐は見かけによらず心配症なんだな」
見かけによらずっていうのはちょっと違うか、と陽子は苦笑した。
陽子はこの冗祐の姿をあまり見た事がない。ひょっとすると自分の麒麟といる時間より、冗祐といる時間のほうが長いかもしれないというのに。
陽子がこちら側に流されて登極するまでの数カ月、この冗祐は陽子の命を守り通してくれた。例えそれが麒麟の指示にしたがったに過ぎない行為だったとしても、あのとき陽子に冗祐がいてくれなければ、剣を使う事もできずに、あっというまに死んでいただろう。
だから、陽子は冗祐に深く感謝しているし、陽子のすべてを見ている冗祐に親しみを覚えていた。人と妖魔は相入れないものだと知った今でも、それは変わらない。
可笑しそうに笑んでいる王に、使令は重ねて上奏する。
_______万が一、ということもございます。それに、このようなことが台輔に知れたらわたしがお叱りを受けます。
「自分の国を見回ってなにが悪いっていうんだ。それに、絶対冗祐がとがめられることのないようにするから。もし冗祐が叱られたら、私も景麒を叱ってやる」
そう笑いながら、陽子はするりと大通りから小さな路地へ入った。
ひとつ路を脇にそれると、とたんに雰囲気が変わる。
_______危険です、主上。
この場に漂う不穏な空気を察して、冗祐は言った。
「分かってる」
何やら湿ったような、底冷えのするような空気があたりを漂う。
日が当たらないから、壁という壁に苔が生えている。もろく崩れた塀の残骸が地面にいくつも落ちて、その下に座り込んだ老婆がこちらを目で追っている。
貧しい。
僥天でも、一歩はずれればこうなのだ。もっと鄙びた村では、どんな生活を強いられているのか。
未だ屋根のないところで寝起きしている民も多くいると聞いている。
それを思うと陽子はたまらなくなる。自分が手間取らなければ、救えたはずの命もあったろう。妖魔に追われるのは、誰でも恐ろしいし、悲しい。
陽子は、しっかりと見なくては、と顔を上げる。
登極し、新しい朝廷が始まり、今は信頼できる官吏が金波宮で指揮を執っている。が、国の末端にまで政策の成果を行き渡らせるのには時間がかかる。努力しているが、まだまだ追い付かない。
そのとき、ぞろり、と背を這う気配がした。
「冗祐」
_______この角の先に、複数の人間の気配がします。お気を付けて。
陽子は頷き、ゆっくりと足を踏み出す。耳を澄ます。
聞こえて来るのは罵声と、悲鳴。物の崩れる大きな音と、その上、喝采も聞こえてくる。
妖魔ではなさそうだ。喧嘩か。
角を曲がり、目にしたその騒ぎのまん中にいる人影を見て、陽子はあっけに取られた。こちらに背を向けて、路地のまん中で暴れていたのは見間違えようもない。
延王であった。
いつもよりもずっと質を落とした袍を着てはいるが、隠しようのない存在感が彼を周囲から浮きあがらせていた。
陽子が呆然としている今も、延王はひとりの男に掴みかけられて、それを簡単にいなしていた。
彼の足下には、腹のあたりを庇いながら蹲っている男が二人。何かの間違いだろうと狼狽えている男が二人。たった今空振りして道の隅に転がったのが一人。喧嘩を売った相手が悪かったと逃げ出す者が一人。
その喧嘩を遠巻きに眺めている観客が、無責任に騒ぎ囃し立て、延王はそれに手を上げて答えている。
「延お…」
叫びかけて止める。延王は、おや、というように陽子を振り返った。
「陽子じゃないか。奇遇なこともあるものだ」
暢気なことを言う延王の声に、陽子は我に返り、慌てて駆けよる。
「一体いつこちらへ…いえ、ここで何をしておいでなのですか!?」
礼もそこそこに陽子が捲し立てると、延王は晴れやかに笑って、極めて自然な動作で陽子の肩を抱いた。
「まあ、ここでは何だ。大通りへ出ないか?」
そう言って今来た路地の方に歩きだす。
背後で観客たちが、もう終わりかと不満の声を上げた。訳も解らぬまま、陽子は茫然自失している男達と、自分をぐいぐい引っ張って歩く男の顔を交互に見やった。多勢に無勢だったにもかかわらず、延は息もあがっていない。
「延…」
陽子が未だ驚きと戸惑いで混乱しているのを、延王はおもしろそうに笑っている。陽子の唇も前に指を立てた。
「その名は呼ぶな。騒ぎになろう」
その通りだ。そんなことが分らないほど、陽子は焦っている。
「あ、あ。そうですよね。でも、何と…」
「尚隆、でいい」
背の高い尚隆に肩を抱かれたまま、陽子は延王を見上げるようにして歩いているから、彼の顔がよく見えない。でも、尚隆がこの状況を楽しんでいるのは間違いない。
「では、尚隆…さん。こんな所で、何を、なさっていたんですか?」
延王のお忍びは今に始まった訳ではないから、それについては置いておいて、陽子は騒動について問う。
さん、は余計だな、と男はくつくつ笑った。
「少し道に迷ってな。道を尋ねたら何故かあんな騒ぎになった」
延王は、口を開けたまま自分を見上げている景女王を笑って見下ろす。
「すまなかったな。慶の民は陽子の民だから、手荒い真似はしないつもりだったが」
慶の民は力がありあまっているようだ、この分なら復興も早かろうと延王は笑った。
「延麒はどちらにいらっしゃるのですか」
「六太か。雁にいるが」
「お一人でいらしたのですか!?」
「陽子もひとりで王宮の外にいるようだが?」
「…冗祐が一緒です」
「使令か。俺も宿に戻れば騎獣がいる」
それとこれでは話が違う。単身で、誰の、何の保護も持たずに荒れた国をふらふらさすらっているとは。陽子はふさがらない口をさらに開けてしまう。
それにしても、楽しそうだな。
視線に気付いて、延王は陽子に人好きのする笑みを返してくる。陽子の肩を抱いた腕にさらに力をこめて、顔を近付けてきた。
「…陽子に会いに来たのだ。六太がいては邪魔になる」
「!」
驚いて緑の瞳をむく陽子に延王は薄く笑うと、両手を頬に添えて、まっすぐその瞳を覗きこんでくる。
「ちょ、延王」
足だけ後ずさる。延王はその反応さえ楽しんでいる様だ。くつくつと笑って、さらに顔を近付けてくる。陽子は抵抗できない。
逃れようとする陽子の唇に、延のそれが触れようとしたそのとき。
陽子の腕は剣を抜いていた。
驚いたのは延王と、陽子である。ぎょっとして一歩下がる延王。
「冗祐、押さえて!」
そう叫び終える前に、冗祐は足を踏み出し、延の後ろで剣をふりおろした男の剣戟を受け止めていた。
「!」
陽子の中の冗祐はそのまま男の剣をはねあげ、男の懐にずいと入り込むと、陽子の肘を腹の中央に沈み込ませた。
男はぐう、と音を上げてその場に崩れ落ちる。
「……………」
延王と、陽子はしばし呆然とお互いを見やり、そして、声を出して笑い出していた。
「目の前に気を取られて、後ろの男にまるで気付かなかった」
見れば、先ほど延王に絡んでいた男の一人である。
「陽子に剣を向けられたのかと、焦ったぞ。冗祐とやら、助かった」
延王は笑いすぎて浮かべた涙を拭うと、再び陽子に手を伸ばす。
「あ」
陽子の足は、ひとりでに後ろに下がる。延王がさらに陽子を捕まえようとすれば、それをかわした。
「冗祐」
陽子が戸惑ったように名を呼んだ。冗祐が答える。
_______先ほどは本当に、延王に剣を抜いたのです。
あの男は間が悪かったのです、と付け足して黙った使令に、今度は陽子が吹き出した。陽子、と延王が問うと、
「私の護衛は、延王に警戒しているようです。あまりお近づきにならないように」
腹をかかえて笑いながら、景女王は言った。延王は片方の眉を上げて、立場なさそうに頭を掻く。
_______私がついていながら主上に何かあれば、本当に台輔にお叱りを受けますから。
冗祐が真面目な声音で呟くのを聞いて、陽子はまた吹き出していた。
本当に、使令は麒麟に似るものなのかもしれない。

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