Shangri-La | 12Kingdom
  
 
Angelique
12Kingdom
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Mobile sutie Gundam
finalFantasy
Shortstory
 いつもあなたのそばに
 あなたとわたし
 爪月の夜
 呆れた男
 懲りない男
 手習い
 胸にある、あたたかい光。
 肩たたき
 ひなたぼっこ
Illustrator






 
 
 
Attraction
 十二国記とは?
 主要人物紹介
 海客のための十二国事情

爪月の夜


夢を見た。

景麒は静かに身を起こし、寝台から足を下ろす。
薄闇の部屋を窓に向かって歩いた。繊細な仏蘭西窓の向こうには、夜の闇に白光る雲海がたゆたい、爪月がか細く輝いている。
月の光は、景麒の肌を、髪を、青白く染めあげた。
最近は見なくなっていた夢。その余韻は景麒の体を覆い、心を搦め取って離さない。呼吸することも億劫になる。
今晩はもう眠れそうもない。
窓を開け、露台に出る。ひんやりとした感触が足に伝わってくる。手すりに身をあずけて、雲海の底を覗くと、そのまま下に吸い込まれそうになる。
景麒はぼんやりと細い細い月を見上げ、両手で顔を覆う。ぎゅっと目を閉じ、胸の中の息を絞り出すように呟いた。
「予王…」


景麒が選んだ王は静かに微笑む女だった。ごく普通の幸福を願い、華やぎではなくただ穏やかな一生を願う、凡庸な女性だった。
その女は景麒を失道に追い込み、自ら王位を退き果てた、景麒の最初の王。
決して悪い人間ではなかった。ただ、彼女が欲しかったのは敬意と名誉ではなく、真実、素朴の暖かい言葉だったのだ。
王宮にはそれがなかった。
あのころの自分は予王が何を欲しているのか、それがわからなかったのだ。
予王に向けられる言葉は侮りと失望に満ち、それ以外は見返りを期待する故の見え透いた世事ばかりだった。
薄汚れた甘言。見苦しい諍い。横行する賄賂と、足を引っぱり合うだけの士官に、舒覚は目をそらすことで自らを守ったのだ。
彼女を、自分は追い詰めることしかできなかった。
彼女が逝った後も、景麒は時折、目の前に彼女の痩せこけた首筋を見た。
誰もいない広いだけの部屋で一人、俯いて首筋をあらわにして泣いていた彼女の後ろ姿を、閑散とした金波宮の至る所で見つけるのだ。


景麒は冴え冴えと光る髪をかきあげ、露台に座り込む。
彼女の夢を見て目を覚ますのは、久しぶりだった。
いつも、同じ場面を繰り返し繰り返し見せられる、景麒の病床で、泣きながら退位すると告げた彼女の顔を、声を。
自ら道を断つことで、景麒ひとりを残して去っていった予王。失道の自分を救うために彼女が選択した道は、玉座から去ることだった。
共に戦おうとは、言ってくれなかった。逃げるようにして、自分ひとりを残して逝ってしまった。
瞳を閉じて、舒覚の幻影を見つめる。泣き顔の女。
そして、青白い彼女の幻影を塗り替えるように、烈火の赤が眼裏に蘇る。
拳を握りしめ、何か怒鳴っている顔を見た。
主上はいつも、怒っていらっしゃる。
景麒はそっと目を開けて薄く笑った。射抜くような眼差しで、立ち向かっていく少女。戦うことで変えてゆこうとする少女。
私の主上。
彼女なら、私が失道したとき、なんと言うだろうか。
共に戦ってくれるだろうか。
投げ出さずに、共に困難に立ち向かってくれるだろうか。私ひとりを置いて、またこの手から去ってしまわないだろうか。
景麒はゆっくりと立ち上がり、体から力を抜く。次の瞬間には夜着を落とす衣擦れの音を立てて、雌黄の毛並みの獣に変わっていた。
景麒は一角の頭を振り上げ、ひとつの窓を目指して跳んだ。
主上。
麒麟の蹄は空を蹴り、風を受けて音も無く駆け上がっていった。


寝台の上の、赤い髪の少女が目を覚した。景王は起き上がりざま寝台の横に置いてある剣を掴む。覚め切らない意識で月明かりを頼りに見れば、触れるか触れないかのすぐ横に麒麟がうずくまっている。
薄闇に佇んでいる獣の背がしなって、ゆっくりと首を上げた。
「…けいき…?」
王は明らかに気抜けした様子で息をついた。
「どうした、何かあったか」
麒麟の影は静かに首を横に振る。その度に背がまだらの光沢を淡く放った。
滅多に獣型をとらない景麒が麒麟の姿で、しかも何故か自分の寝台の中にいるのだから、陽子でなくても驚くというものだ。
景麒は答えないまま、鼻先を、剣を握っている王の腕にすりよせた。剣を取る必要はないという意味かと、陽子は国宝である刀を離す。
「…どうしても、」
景麒が口を開く。麒麟の姿であってもその声は景麒そのもので、相変わらず感情を表さない。
「どうしても御前に参上したく思い、…御無礼とは存じましたが、お休みでいらっしゃったので…お側に控えておりました」
訳がわからない。何故御前に参上したいと思ったのかは、景麒の目を見て聞かずにおいた。聞いてくれるな、と瞳が訴えている。
陽子は、景麒の首に手を載せて、眠た気な声で囁く。
「…それはいいけど、なんだってこの成りなんだ」
「人型で御寝所に忍び込むような…下衆な真似など」
景麒のいつもの憮然とした声。陽子はわらってぽんぽんと景麒の首筋を叩いてやる。景麒はその首をふせて、横になっている陽子の肩に頤をあずけた。


あたたかい。
おやすみ、と呟いてさっそく寝息をたてはじめた王に、景麒はもう一度だけすりよって、瞳を閉じた。
御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申し上げる。
だから、共に歩んで欲しい。一人で苦しんで逝ってしまった予王のように、私をおいて行かないで欲しい。共に戦い、生き抜いて、最期の瞬間まで、共に。
小さく寝返りを打った王の腕が自分を首を抱き込んだ。
麒麟は、心地よい重さと体温に包まれて、いつしか眠りに引き込まれていった。



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