Shangri-La | 12Kingdom
  
 
Angelique
12Kingdom
OgreBattle
Mobile sutie Gundam
finalFantasy
Shortstory
 いつもあなたのそばに
 あなたとわたし
 爪月の夜
 呆れた男
 懲りない男
 手習い
 胸にある、あたたかい光。
 肩たたき
 ひなたぼっこ
Illustrator






 
 
 
Attraction
 十二国記とは?
 主要人物紹介
 海客のための十二国事情

手習い


「…む〜」
「さっきから、何をそんなに唸ってるんだ」
仏蘭西窓の傍らに置かれた長椅子にゆったりと足を組んでいた延王が太く笑んできた。
陽子が顔を上げる。
自分の執務室――それはもちろん、凌雲山の金波宮、内宮にあるのだが――に延王がいることになんら違和感を感じなくなっていた。
それだけ彼の逗留は長い。風格からいって、自分よりも彼の方がこの部屋になじんでいるようにさえ思える。
陽子は筆の頭でこめかみをつつきながら、ため息をついた。
「どうして漢文も読めるようにしてくれなかったんだ、天帝は」
延王はくつくつと笑いながら椅子を引っ張ってきて、背もたれを抱き込むようにして陽子の隣に腰掛けた。
仕種は腕白な少年のようなのに、彼の動作には不思議と威厳が漂う。動作の一つ一つまで堂に入っていて、陽子は訳もなく恐縮してしまう。
「あちらでは、漢文を習わなかったか」
「習ったは習ったんだが…こちらと少し違う気がする」
中学、高校と、漢文の授業があったことは確かだが、定期テストをやり過ごしてしまえば忘れてしまうような程度の学び方しか、陽子にはできなかった。
なんとなく緊張しながらそう答えると、延王は頬杖をついて、そうか、と呟く。
「六太が蓬莱から持ってくる本など見ると、俺の頃とはまた違った文字だからな」
「延王も苦労なさった?」
問うと、延王は頬杖をついたまま、にっと笑って
「俺はもともと、そんなに文字を覚えてなかったからな。大した混乱もなかったが」
などと言う。陽子はその笑顔に釣れ込まれて、思わず吹き出した。
彼は蓬莱で人だったころ、一国を継ぐものとして生まれたと聞いている。そんな彼が文字を覚えないで過ごせるはずがない。
きっと何処かで苦労をしているはずである。
それを見せないだけで。
凄い人だな、と思う。
陽子の視線に気づいて、延王は頬杖をつきながら片方の腕を伸ばして陽子の顎に触れた。
ぎょっとして、思わず身を反らす。
延王はそんな陽子の反応も予想済みだったのか、悪戯っぽく片眉を上げながら、笑んで見せた。
「何か覚えている文はないか?」
「あ、えっと」
頬が赤くなっているのがわかった。押さえようと思うと余計に赤くなるのを、陽子はすでに何度も延王から身を持って教えられていた。
彼の視線を感じる。努めてそちらを見ないようにしながら、
「…国破れて山河あり…」
咄嗟に思い出すことのできた漢文を呟いてみた。
「どれ」
延王が、陽子の持っていた筆を持って、聞き取ったままをさらさらと書いてゆく。
おおらかな墨字が、白い紙の上に滑るように書かれていくのを、陽子は何か貴重な体験をしているかのように半ば引き込まれて見つめていた。
ごつごつとした大きな手。長い指。その指が暖かいことを、陽子は知っている。
「それから?」
筆をかまえたまま、延王がからかうように問う。陽子ははっとして、え、と詰まった。延王はこらえきれないというように吹き出した。
「どうした陽子。そんなに俺が文字をかくのが珍しいか」
「そんなんじゃ、」
ない、と続けようとして、かと言って手に見とれていたとは言えず、陽子はただ両手を激しく振った。延王は喉の奥で笑いながら、
「陽子のような若い王にまで仕事をしない王だと知られているのというのは、なかなか問題なのかもしれん」
と楽しそうに呟く。在位五百年の賢王に向かって誤解をしていると思われるのはとんでもなく不本意だった。
焦りで顔が赤くなる。
延王はそんな陽子を見て、そのおおきな手でぽんぽん、と頭を撫でてきた。
驚いて顔を上げる。
延王が、優しい目で見つめていた。
「陽子は、王にしておくのは勿体無い」
子供にするように頭を撫でていた手が、ふいに頬に滑り降りてきた。少し乾いた掌に、頬がすっぽりと包まれる。
陽子が状況を把握しきれないでいるうちに、その手は、名残惜しそうに陽子から離れた。
何だかわからないまま、陽子は、頬杖をついて苦笑している延王を見た。
遥か彼方に残してきた祖国の人々と同じ色の瞳が、とても懐かしくて、胸が切なくなる。
男は薄く笑って、さて、と呟いた。
「手習いはどうする?続けるか?」
陽子は黙って、うんうんと肯いた。今更顔が赤くなった。
筆を延に渡す。延王はまた、子供のような姿勢のまま椅子に座って、ゆっくり墨を磨る。
「先は長い。何事もゆっくりでいい」
硯に視線を落としたまま独り言を言うように呟いて、延王は笑んだ。
陽子は、そんな男の横顔を見て、うん、と肯いた。
やわらかな光が、窓から落ちている。

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