Shangri-La | 12Kingdom
  
 
Angelique
12Kingdom
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finalFantasy
Shortstory
 いつもあなたのそばに
 あなたとわたし
 爪月の夜
 呆れた男
 懲りない男
 手習い
 胸にある、あたたかい光。
 肩たたき
 ひなたぼっこ
Illustrator






 
 
 
Attraction
 十二国記とは?
 主要人物紹介
 海客のための十二国事情

胸にある、あたたかい光。


「しばらく厄介になる」
と、あの男が金波宮にやって来て、二日。
景台輔は遠く瑛州の執務室で筆を握り締めた。力の入りすぎで、指先の色が無い。
厄介になる、と言ってきたのは延王。
言葉通り、景麒にはこの上ない「厄介」な男である。

陽子がこちらに流されてから登極までの数カ月、雁国を頼りに命がけの放浪をした彼女を自ら出向いて保護し、妖魔から守ったという延王尚隆。
先王崩御の後起った偽王軍を排除するために精鋭部隊を貸し、陽子の登極に一役買った隣国の王、延王尚隆。
新王赤子のもと開かれた新王朝において、唯一の国交をもつ雁国の王、尚隆。
今、陽子が王として在るのは、延王の助力なくてはありえなかったことだ。
さらに大国の後ろ楯があるということが、登極間もない女王陽子と、そして慶国の民にどれだけ励みを与えていることか分からぬ景麒ではない。
陽子の僕として、また半身として、慶の臣として、尚隆の来国を歓迎こそすれ厄介と思うなど、道理にかなわぬことである。
だがそれとこれとは別なのだ。
視界の端に落ちてきた色の薄い鬣を気短い動作で払う。
主上の、ひいては慶国の恩人とも言うべき延王が、一番厄介だ。

しかるべき文を先に送ってから訪問するのが礼儀にかなった方法だということは、ある程度世間を知っていれば子供にもわかる常識である。にも関わらず、延王はその文書を直接景麒に手渡してきた。
「一応形式通りに書いてある。後で読んでくれればいい」
そう笑って陽子の肩にずうずうしくも手を乗せて、景麒の目の前を通り過ぎていったのだ。
そうでなくとも突然の来国。近くに来たからちょっと寄ってみた、などと呉服屋の隠居でもあるまいに、いくら隣国とは言え「ちょっと寄る」と言えるほど国土は狭くはない。
この精神の持ち主が五百年も国を統治できるのだから、天帝の真意が解らなくなる。民を満足させられれば、国をおさめる者がどんなに常識はずれた者でも構わないというのだろうか。
自分は雁の麒麟に生まれなくてよかった。
景麒はもしも己が「延麒」と呼ばれる星の運行に生まれていたら、と想像して、胃が重くなるのを感じた。王が人道に悖る前に、性格不一致が原因であっと言う間に失道しかねない。
それならまだしも、延王は民意をくみ取るのに長け、天帝の覚えめでたい賢君であらせられるから、景麒が「延麒」として生まれたとしてものらりくらいと長い治政を敷くだろう。そうなれば私はその間中ずっと胃を押さえて泡を吹いていなくてはならないのだ。何しろ麒麟は失道以外の病では死ねないのだから!
景麒は想像で苦虫をかみつぶしたような顏をした。
そもそも雁国は何をしているのだ!
一国の王が国を抜け出してふらふらと油を売っているというのに何の連絡もよこさないとは。王が王なら臣も臣か。
いらいらとして、筆を弄ぶ。
今、慶は忙しい時期なのだ!
国土復興のため、小数精鋭の体勢で必死になって働きはじめたばかりのこの時期に、大国の王が余裕を見せつけんばかりに長期滞在するなど。それこそ政道以前に人道に悖る行為ではないのか!
その性仁にして神聖とされる麒麟は、認印を握りしめた拳で卓を叩いていた。
延王は例によってお忍び来ているようだから、雁の臣達とて尚隆が慶に来ていることなど知らないはずである。今頃関弓では臣達が自国の王の行方を悪態つきながら探していることだろう。連絡の仕様もないのだが、今の景麒にはそんな理論破綻は些細なことである。延王に関わるすべての事象に一通り憤ってから、景麒は深く息をついた。


「何をそんなに苛々してるんだ?」
眼前に新緑色の瞳が表れて、景麒は思わず稲妻に撃たれたように固まった。
夏の草木の色を溶かしたような円の瞳は、最近景麒が好ましいと思い始めている色だった。気がつくとそんな色の帯や数珠を手に取っている景麒に、女怪だけが気付いていた。
新王の瞳の色。
突然目の前に表れ、触れんばかりに顏を近づけている新王・陽子は無表情のまま動きを止めた己の麒麟をまじまじと見つめている。
「なんだ、やっぱりばれていたのか。少しは驚いてくれてもいいのに」
「‥‥‥は」
景麒はようやくそう声を発した。驚いた。驚いているのだが、生まれついての無表情故に主にはそれが読み取れぬらしい。
心臓は、初めてこの世に生を受けたときよりも力強く脈打っている。
己の感情が面に出ないということは、いいことなのか。
そんなことを思いながら、つまらんな、と笑っている王を見つめた。
「せっかく班渠とここに忍び込んだのにな。お前の主は遊び甲斐がない」
「そうでもございませんよ」
くつくつの咽の奥で笑う声が聞こえる。班渠は隠遁しているらしかった。
景麒は息をつき、王に合わせて悪ふざけをする使令を下がらせる。愉しかった、という気配を漂わせながら班渠は完全に沈黙した。
「‥‥主上。何ゆえこのような時刻にここへおいでになられたのです?」
自分の声はいつものように落ち着いた、冷たい響きを持った声だった。
少なくとも上ずったり擦れたりはしていない。いつもなら発言した後に多少の後悔を覚えるその冷めた己の声も、今の自分にはありがたかった。
何故か心乱れている自分を、主上に気取られたくなかった。
景麒の声に景女王は少し瞬いて、悪かった、と素直に頭を下げた。
「私は謝ってほしいのではありません。訳をお聞きしている」
「‥‥悪いか?」
悪かった、と謝罪の言葉を口にしたその後の言葉とも思えず、景麒はかすかに眉をひそめ、
「良くはありません」
とだけ答えた。何故良くないか、王が一番知っているはずだ。今は金波宮で執務に当たっているはずなのだから。
「お分かりですね。お戯れになるには時期が早すぎる。そのようなことをなさるのならば五十年、善政を敷いた後にして頂きたい」
「‥‥わかってる」
景麒の言葉に景王はふいと目を逸らした。
明るかった緑色の瞳が険しさを帯びて見えた。
景麒はふいにせり上がってきた苦い空気を飲み下す。
「わかって頂ければよろしいのです。折角延王がいらしているのですから、いろいろ学ばれるとよろしい」
この期に及んで延王の名を出すなど、と自分に舌打したかったがもう口にしてしまった。景麒は話を打ち切るといわんばかりに、先刻からろくに手を付けていない書類を並べ直した。
「いいのか?」
「は」
聞きとがめて顏を上げると、主が鋭い眼光で自分を見つめている。何度見ても心臓を掴まれたような気がする、烈火の表情だった。
「主上」
「延王に、いろいろ、学ぶぞ。いいんだな景麒」
己の主が何を言っているのかわからなかった。
何故このようにお怒りなのか。何故私などの許可を得ようとするのか。
何故?何をおっしゃっているのだ?わからなかったが思わず、
「なりません!」
そう叫んでいた。

己の声が部屋の壁と天井と床を三往復もしただろうか。
反響がおさまって、ふと見ると、王は目に涙をいっぱいにためていた。
小刻みに体を震わせて立っている。
景麒はぎくりとして、再び凍りついた。
「主上‥‥!」
泣かせたか。それとも怒りのあまりの涙か。
凍りついたような体はぎこちなく、己の腕を上げて王へ伸ばすのにも恐ろしいほど時間がかかった。
「しゅ、主上」
景麒が激しい混乱と後悔に打たれているというのに、緑の瞳の少女は、
「うははははは!」
あろうことか笑い始めたのだった。

「なんだか延王がいらしてから景麒の気がちりちりしだしたから、気になってきたんだ」
陽子はひーひーと苦しい息の下、そう言った。
笑いすぎである。涙が溜まっていたのも震えていたのも、笑いをおさえこんでいた為だったのだ。
景麒はこれ以上ないというほど表情を凍らせてそんな主の様子を見ている。
「どうするのが一番いいかな、と、思ったんだけ‥‥ど‥‥苦し‥‥」
そう言ってまた、あははははと笑う。辛そうに腹を抱えて、それでも顏を上げて景麒の無表情を見るとさらに笑いだす。
「‥‥そのようなこと、ございません。ちりちりなどと」
景麒はそうは言ってみたものの、完全に主に己の気を読まれていることに驚いていた。
「それに、もしそのようなことがあったとしても、主上が気になさることではない。何故このように時間を無駄になさる」
「無駄なものか」
なんとか呼吸を治め、陽子は景麒を見上げて言った。
「お前のことは私の事だし、気にするなと言われても気になる」
「しかし」
「あのね、景麒。お前は私の半身なの。何度も言うけどお前のことは私の事だ。それはひいてはこの慶の事なんだよ。気にするなと言われても気になる」
景麒は、何か僥倖を見るような思いで主の瞳を見ていた。うっすらと涙で潤んだ瞳は雨を弾いた若葉のようだった。

王と麒麟は二人で一人であり、互いが己である存在であると誰もが知っている。だが、それを本当に現として知り得る者は天に並ぶ十二の玉座とそれに仕える麒麟のみだった。
景麒は先王に、それを知ることができなかった。彼女と景麒は、ある意味大家と店子のような関係だったのではないかと思うことがある。
お互いがいなければ成り立たないが、それは中身を伴わない契約であったと。
もちろん彼女と交した誓約に偽りはないし、忠誠も誠実も真実であったと言いきれる。彼女が位を返上しなければ、間違いなく景麒は消滅しただろう。景麒と先王は間違いなく一身同体だった。
だが、今目の前にいる新王が今言ったことは、それとは違う。
同じだが、違うのだ。
天帝が王と麒麟に授けられた摂理の真の意味するところは、今陽子が笑って言ったことであり、今自分がこうして感じている気持ちなのではないのだろうか。
あたたかい光が、私と、貴女の中にある。

王は、ぼうっとしている己の麒麟に笑いかけると涙を手の甲でぐっとぬぐった。
「だからね、景麒。景麒が延王を苦手だと思っているのはわかってるけど、あの方は慶の後ろ盾だ。私と、慶の為に、少しだけ我慢してくれないか?」
王はそう言って片目を閉じて見せた。その悪戯っぽい仕草に、景麒は己のかたくなになっていた何かが消えていくのを感じた。
あんなに乱れていた思があったのに、王の言葉はすとんと景麒の中に入ってきた。
「‥‥勤めましょう」
「うん」
王は鮮やかな瞳に光を瞬かせ、嬉しそうに笑った。
きっと自分も笑っているのだろう、と景麒は思った。

金波宮に王が戻ると、景麒に語る声があった。王を送って来た班渠のものだった。
「延王が雁へお戻りになりました」
「‥‥何故。すいぶんと急な」
書類に目を通しながら景麒は問う。班渠は人の悪い笑い声で主の問いに答えた。
「主上があまりに御機嫌麗しく瑛州からお戻りだったのが、延王におかれましては何やら見込み違いだったのではと推察します」
「‥‥さもあらん」
景麒はそう言いながら、その白面にゆっくりと笑みを浮かべた。
賢君で慶の後ろ盾だが、それ以上ではない。延王、恐れるに足りず!
景麒は己の胸に手を当て、目を閉じた。
主上と私にはこの光がある。
それだけで、景麒にはすべてが満ち足りているのだ。

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