Shangri-La | 12Kingdom
  
 
Angelique
12Kingdom
OgreBattle
Mobile sutie Gundam
finalFantasy
Shortstory
 いつもあなたのそばに
 あなたとわたし
 爪月の夜
 呆れた男
 懲りない男
 手習い
 胸にある、あたたかい光。
 肩たたき
 ひなたぼっこ
Illustrator






 
 
 
Attraction
 十二国記とは?
 主要人物紹介
 海客のための十二国事情

あなたとわたし


扉の向こうからくすくすと、楽しそうな笑い声が聞こえる。
陽子が扉をくぐり、衝立から顔を覗かせると、小さな円卓に娘二人が向いあって座っていた。
紺青の髪を優雅に結い、簡素な仕事着をすっきりと着こなしている娘は祥瓊、黒炭の髪をお下げに結っているのは鈴である。
陽子が声をかけると祥瓊は明るい笑みを浮かべ、鈴はおそーい、と手を振った。すまない、と苦笑しながら陽子が駆け寄る。
ふたりは、陽子にとってかけがえのない友であり、恩人である。その上、この若い娘三人はかつての戦友同志でもあった。
陽子がただの娘に戻ることができるのは、この小さな茶会の席だけ。
朝議では登極したばかりの王として苦労し、内宮でもそれは続く。慣れない生活環境、慣れない習慣の中で、陽子は気付かないうちにたくさんの圧力を自らの中に溜め込んでいた。
自分を、景王という肩書きを通して見ない仲間とささやかな時間を過ごしたい、と思っていた。王である陽子には一心同体の麒麟がいるが、『あれはぶっちゃけた話ができるような男ではない』とは陽子の言である。
二人は陽子を特別な目では見ない。友人として、仲間として接した。同年代の女ともだちがじゃれあうように、たわいないおしゃべりを、仕事の休憩時間にもつようになったのはほんの一月ほど前からである。そんなちょっとした事で、陽子の精神はずっと癒されるようだった。

陽子が椅子に腰掛けると、祥瓊が熱い茶を入れてくれた。
鈴はにこにこと笑んで、本日の茶菓子でーす、と朱色の干し柿に似たものを出してきた。端を少しかじると、とろりとした果肉が素朴に甘い。
「さっきは、何の話をしていたんだ?」
陽子が茶碗で手をあたためながら問うと、祥瓊と鈴は顔を見合わせて、くすくすと笑い出した。
「冢宰の話よ。浩瀚様、なかなか素敵な方だって思って。いかにも切れ者って感じの目元とか、しゃんとした姿勢とか。ね?」
鈴が祥瓊の顔を伺うように覗き込む。祥瓊はつんとすまして、胸を張った。
「私は違うって言ったの。あんなおじさんに興味ないわ」
陽子は苦笑して、二人の友人を見る。どこの世界でも、年頃の娘の最大の関心事は異性の話題である。一国の冢宰を好みだとか興味ないだとかの基準で善し悪しを定められては、どんなに有能な冢宰でも対処に困るというものだ。
「じゃあ、祥瓊はどんな人が好みなんだ?」
えっ、と祥瓊が顔を上げる。どこかはにかんだ笑顔は、祥瓊の肌にうっすらと色をさした。おや、と思う。
「…好みっていわれても…私、…優しい人がいいわ。賢くて、私の知らないことを見せてくれるような、目を開かせてくれるような」
「…楽俊?」
陽子が聞くと、祥瓊はばっと顔を伏せ、陽子の背中を叩いた。
「違うわ!もう、やめてよ陽子!」
鈴は楽俊と面識がないから興味津々である。楽俊てどんな人?と祥瓊を困らせる。まさかほたほたと歩く半獣の鼠さんだとは言い出せないだろう。陽子は笑い、祥瓊はちょっと恨めしそうに景王を睨んだ。
「そういう陽子はどうなの?延王とか言い出すんでしょ」
「延王!?変なこと言わないでくれ」
陽子はあせって両手を振る。祥瓊は仕返しとばかり薄笑いをつくってみせた。
「いいじゃない。あの方は五百年も善政を敷く賢王でいらっしゃるんだもの。陽子が憧れたっておかしくないわ」
「延王かあ。確かに素敵な方よねえ。頼りがいがあるし、おおらかそうだし、甘えさせてくれそう」
鈴が胸の前で両手を組んで、うっとりとした瞳で遠くを見る。
「…あの方は、きっと大変だと思うぞ」
呟いて苦笑いを浮かべる陽子に、正気に返った鈴が言う。
「やっぱり陽子には台輔がいらっしゃるもの。他の男なんて目に入らないかあ」
「え?」
言われて、きょとんとする景王に、ふたりの娘も意外そうに目を見開いた。
「えっ、て。台輔よ。一心同体の存在がいるんですもの、それ以上の人なんていないわよね」
「そうね、台輔はお顔もおきれいでいらっしゃるし。普段は冷淡そうだけど、きっと甘く囁いてくれるでしょうねえ」
再び遠い目をしだした鈴に、陽子は待ってくれと頭を抱えた。
「あれは麒麟だぞ。人の姿をしてるけど、その本質は獣なんだと自分で言っていたぞ」
「そりゃそうだけど、そんなこと言ったら半獣の人はどうなるのよ」
「でも、麒麟は神獣で…」
「私もそう思ってたけど、陽子の話を聞いてると、普通の人よりちょっと体が弱い変わってるだけの頑固ものって感じに思えるのよね」
代わる代わる言いたい事をいうふたりに、陽子は混乱しはじめてきた。
「そ、うだ。あれは、一心同体で、あれは私なんだ。だから、私は自分自身をそんな目で見る必要はないんだ!」
やっと見つけた口上を、鈴がさらっといなす。
「運命の恋人同士はよくそう言うじゃない。別れていた半身を取り戻したって。一心同体なんて理想じゃない?私が彼で、彼が私。相手が己自身。ああ、素敵な響き…」
あまりにうっとりとしながら話す鈴に、祥瓊も頷く。陽子は頭を抱えたまま、円卓につっぷした。そして、ふと、
「…でも、私が彼で、彼が私だっていうなら、相手が己自身だっていうなら、私と景麒はそんな関係には絶対ならない」
「どうしてよ」
夢を崩されて、鈴が不満そうに呟く。陽子は瞳を伏せ、小さく呟いた。
「私は、自分が嫌いだから…だから景麒も私が嫌いだし、私も景麒を好きになんかなれない。…一心同体だと、そういうことになる」
ふたりははっとした。陽子には、こういうところがある。自分に厳しすぎる。自分を信用しなさすぎる。自分を決して認めようとしないから、自分が嫌いなのだ。
「なんで…なんで陽子はそうなの!?どうして逆を考えないのよっ」
鈴が円卓を叩いて立ち上がった。陽子はすっかり気落ちした様子で、緑の瞳を曇らせている。
「台輔は陽子を好きだって言うかもしれないじゃないの!そうよ、良い機会だわ!台輔に直接聞くのよ、陽子のこと。もし台輔が陽子のことを好きだって言ったら、陽子、あなたも景麒を好きってことになるわ! 」
「そんな無茶苦茶な理論があるか!」
陽子も思わず立ち上がる。自分より背のひくい鈴だが、拳を握って立つ姿はなかなか手強い相手である。
「あら、あなたがさっき言った事はこういうことよ」
「…く」
陽子は思わず唸る。鈴は得意げに顎を上げ、腕組みして言った。
「ついでだから聞くけど、陽子は台輔のことをどう思ってるの?」
「どうって…あれは麒麟だ」
「だから、その麒麟のことをどう思ってるの!好きなの、嫌いなの!?」
「好きだっ!」
追い詰められて、陽子は大声で叫んでいた。びん、と空気が鳴って、次の瞬間には部屋の中は無音になる。
肩で息をして、ふと、視界の端に金の光を見る。
景麒が立っていた。

「…景麒?」
景麒は申し訳なさそうな、泣き出しそうな顔をして、衝立の側に立っている。
驚愕に口を開けたままの陽子と鈴、見ていられない、というように顔を手で被ってしまっている祥瓊。恐らく麒麟が部屋に入ってきたことを知っていて、ふたりを止めることができなかったのだ。
「あ、のな、景麒。その…今の話、聞いてたのか?」
眉をひそめ、無言で頷く麒麟は、こころなしか顔が赤い。景王はその髪の色と同じように頬を染め、言葉を探している。
「つまり、あれだ。…な、鈴」
「自分自身を好きだって、言ったのよ。ね…?そうだったよね、祥瓊」
調子にのり過ぎたことに気付いて、今さらながら恐れ多いと震えを覚える鈴は、祥瓊に縋った。祥瓊ははあ、と息をついて、首をふった。助け舟は出せないと。
「つまりそれは…自分自身を好きだっていうことは則ち、麒麟を好きだっていうこと…でしょう?」
陽子は目の前が真っ黒になって思わずよろけ、麒麟は、どんな言霊よりも甘美な言葉の力に酔って、目眩を起こした。
その日、金波宮は王と麒麟が同時に倒れ、大騒ぎになった。
真相を知るものは約二名いたが、決して口を開かなかったという…

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