Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
12Kingdom
OgreBattle
Mobile sutie Gundam
finalFantasy
Shortstory
 旅立ち
 素朴な疑問

 ともしび
 花火
 宴の夜
 満ち月
 癒しの瞳
 クチバシ
 草原にて
Illustrator







旅立ち
<<Part:9>>


表から人の気配を感じる。
ランスロットは扉を振り返った。扉の向こう側に心だけを飛ばすかのように瞳に力を込めてみる。
あたりの雰囲気は戦場の気配であるというのに、その気はまったく無防備で、一歩一歩何かの跡を探って歩いているように近付いてくる。
異質な存在は時に強烈な存在感を持つものだ。
一体何者だろう。そっと、腰に結び付けた『武器』に手をやる。
そうしながら、こんな無骨な物が必要な相手ではないことを、ランスロットの本能は理解していた。
そうして、ゆっくりと扉を開けたのは、赤毛の娘だった。
ランスロットは一瞬、息を止めた。
彼女の後から風が吹いてきて、ランスロットの頬をかすめるように撫でていった。
娘の長い髪も、幾筋か風になびいた。
彼女の白い肌に、深紅の髪がそよいでいる。
アーウィンドと呼ばれていた娘。
彼女が目の前に立っている。


ランスロットの唇は声を出さずにその名前を紡ぎ、引き寄せられるように足が一歩前へ進む。何故かどうしようもない焦燥感を覚えた。
早く…早く…
腕が伸びようとしているのに気付き、ランスロットの強靱な理性が歯止めを掛けた。反動が拳を握らせる。


早く、何だというのだ。
騎士は思いとどまって、咽を上下させた。
何をしようとしていたのだろう。
余韻を残して心臓だけがいつまでも早鐘を打ち続けている。
ランスロットが息を落ち着けて顔を上げると、目の前の娘も、今目を覚ましたと言う様にぱちぱちと瞬きをしている。
そうして、ランスロットの顔を半ば驚きの表情で見て、何か呟いた。
ああ、そうだったわ、と聞こえた。


アーウィンドは扉の向こう側のそれとはうって変わり、ゆっくり、ゆっくり確かな足取りで歩み寄ってくる。
「ランスロット、だったわよね」
娘はよく通る声で騎士の名を呼んだ。
「アーウィンド姉ちゃん」
ぱたぱたと駆け寄ろうとするカイ少年を手で制して、アーウィンドは静かに頭を横に振った。
「時間がないの。ここから逃げて」


「逃げて、とは?」
騎士の低い声がそう問うてくる。
アーウィンドは瞳を伏せて、体を駆け巡る血潮の熱を感じていた。
体が熱くなるとはこういうことをいうのか、と頭のどこかで思いながら目の前の騎士を見る。
綺麗な目をしている、とまた思う。
アーウィンドはゆっくりと己を確かめながら、続けた。
「あなたはここにいない方がいい。私達、失敗したの」
失敗した、と声に出してみると、あれだけ取り乱したのが馬鹿らしく思えるほど、すんなりとその現実を受け入れることができた。
アーウィンドは長く息を吐き出し、そうして毅然と顔を上げた。
そう。失敗したのだ。
悔やんでも、嘆いても、やり直しは効かないのだ。あまりにも当たり前な事実がようやくアーウィンドの中に戻ってきた。
先刻まで、まるで何かがこの小さな小屋の中にいるような気がしていた。半ばそれに縋るような思いで、この扉を開けたのに。
中にいたのは騎士だった。
扉を開けた瞬間に、銀の鎧の騎士の後から風が吹いたような気がしただけで、アーウィンドが望んだ、助けや、やり直しのチャンスは訪れなかった。
そのかわり、混乱でなくしてしまった真理が手のひらに戻ってきた。
それでいいじゃない。
アーウィンドはかえってすっきりしたというように吹っ切れた顔で騎士を見上げる。自分の蒔いた種ならば、自分が刈り取るのは義務。
どうやって刈り取るか、それを自分で決める事ができるだけ恵まれている。
まだ終わりじゃない。嘆いているだけじゃあ幕は降りない。
騎士が真直ぐこちらを見ている。自分よりも、サイノスよりも高いところにある男の顔を見上げた。はじめて騎士の顔を見たような気がする。
アーウィンドはもう一度言った。
「失敗したわ。ここに帝国がくる」
自分達で幕を降ろす。
良い機会だ。これこそ、やりなおしのチャンスだ。誰かを巻き込んだり、濡れ衣をきせて逃れたりしないで自分の手で結末を迎えるためには、どのみちこの計画は一度破綻させなくてはいけなかったのだから。
アーウィンドはランスロットをじっと見つめた。
「だから、ここから去ってちょうだい」


「あなたがいると、よからぬ事を考える奴が現れる…とも、限らないの」
娘は言う。話す度に、声にはっきりとした意志が加わっていくように思える。
ランスロットはただ黙ってその凛とした声を聞き、眉を、輝きを増してゆく瞳を見ていた。
「私達の計画は失敗してしまった。でも、まだ諦めるわけにはいかない。何のためにこんな騒ぎを起こしたか、皆覚えているはずだから。
だから、ここから逃げて頂戴。あなたの部下も出してあげるわ。剣もね」
アーウィンドが淀みなくそう言うのを、ランスロットの横で、眉根をよせて聞いている少年がいた。失敗した、という言葉を聞く度に肩を震わせている。
娘はそれに気付いて、少年の前にしゃがんだ。
少年は泣き出しそうな、信じきれないで戸惑っているような表情をして、無言で娘の瞳の奥を探っている。娘は、鮮やかに笑ってみせた。
ランスロットは目を見張った。笑顔を見たのは、初めてだったから。
「失敗しちゃったのよ。本当なの。だけど、終わったわけじゃないから大丈夫。まだ続くの。これからなのよ」
「そう、これからだ。アーウィンド」
声がして、驚いて振り向く。扉のところに、サイノスと、数人の青年たちが立っていた。
咄嗟に、アーウィンドの瞳に炎が宿った。
サイノスの姿をとらえて、カイ少年がぱっと表情を明るくし駆け寄っていった。サイノスは固い表情でアーウィンドを見下ろしたまま、駆け寄ってきた少年の肩に手を置いた。
ほんの数時間に、ふたりの間の空気が変わっていたことを感じて、ランスロットは少し目を細める。
少年の、何があったのかとまくしたてる声が遥か遠くからするように聞こえた。
「カイ、ランスロット殿と仲良くできたか?失礼をしなかったか?」
サイノスはそう言いながら、少年の肩に置いた手に力を込める。
「うん。俺、ちゃんとできたよ。ね?」
立ち尽くしているランスロットに向かって、少年が誇らし気に笑いかける。
そうなのですか?とサイノスが問い掛ける視線をよこしたので、ランスロットは黙ったまま頷く。アーウィンドがサイノスを凝視している。
サイノスはそうか、よくやったな、とカイ少年に微笑みかけ、そのまま、腰の剣を抜いた。
剣の先が少年の喉元にぴたりとあてがわれる。
何を、とアーウィンドが立ち上がりかけると、サイノスはさらに剣先を近付けた。
「カイを目の前で殺されたくなければ、御同行願おう騎士殿。貴方になついた少年の、屍体など見たくないだろう?」
サイノス!とアーウィンドが叫んだ。
これが本性か、とランスロットは目を伏せた。



PageTop
前へ   次へ
   
Shangri-La | index OgreBattle