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軍議が行われるのは大抵、ささやかな夕飯の後で、一般兵は見張り役の当番でなければそのまま自由時間になる。 
各隊のリーダーは、軍議が終了すると部屋へ引き上げていく者と、そのまま部屋に居残る者と別れる。 
トリスタン王子やウォーレンは大抵自室に戻ってしまうが、それ以外のリーダー同志はそのまま消灯時間までこの部屋に居残って談笑していることが多い。 
解放されたこの町は、日の暮れた今も歓喜の歌声に包まれている。 
今までの帝国の圧政により貧窮してしまった人々も、今夜は精一杯の明かりを灯した。家壁の四隅の灯篭に火種を灯し、町は小さな銀河のように見える。 
アーウィンドが窓から通りの様子を覗くと、つかの間の休息を楽しむ兵士達が笑いながら歩いている。部屋の中も、今日は声が明るい。 
帝国の占領下から解放された人々の喜びが、彼らには何よりの報酬である。 
「アーウィンドは行かないのか?」 
カノープスが後ろから、同じ様に窓の外を覗き込んできた。手で、彼女の後ろ髪を弄んでいる。 
「…いいや。今日はさすがに疲れっちゃったもの」 
いつもなら、ちょっかいを出してくるカノープスの頬をひっぱたくアーウィンドだが今日は構わない。うーん、と伸びをして、 
「私、先に休むね。皆、ご苦労様でした」 
と、部屋を出てゆく。カノープスがつまらなそうに声を上げた。背中から、おつかれ、という声達が追いかけてくる。 
勇者は片手をあげてそれに答え、静かに扉を閉じた。部屋は再びさざめくような笑い声に溢れ、一人の騎士が勇者の後を追って部屋を出たことには、誰も気付かなかった。 
 
 
ランスロットは、個室の扉を軽く叩いた。 
「アーウィンド殿」 
返事はない。部屋に気配がある。彼女が中にいることは間違いないのだが。 
夜風に乗って外の声が聞こえる。 
誰もいない廊下にひとり立って、もう一度、扉を叩いてみる。 
「アーウィンド殿?」 
思い違いならいいが。 
そう思ったとき、部屋の中からばさばさと布を翻す音が聞こえて、アーウィンドが飛び出すように扉を開けた。 
「何?」 
首だけ扉からつきだして、勇者は言った。 
短く問うてくる声は、今から眠るところを邪魔されたという不満を表しているように聞こえた。実際、平服に着替えているから、ベッドに入っていたのだろう。 
しかし、ランスロットは彼女の額に浮かぶ汗を、はっきりと確認した。 
「私、もう寝たいんだけ…」 
「何か隠していますね」 
アーウィンドの言葉を遮って、ランスロットは言った。アーウィンドの肩がちょっと反応する。 
「何の話よ。何も隠してなんかないわ」 
「そうですか?」 
そう言ってふいにアーウィンドの頬に手を添える。びくっと、アーウィンドは後ずさった。ランスロットは溜息をついて、子供のような嘘をつく赤い瞳を見つめた。 
指先に残る、彼女の体温。 
「…熱がある」 
アーウィンドは俯き、上目使いになってランスロットを見上げた。 
 
 
部屋に入り、彼女を寝かし付ける。氷枕を作り、湿らせた布を額にあてがってやった。 
アーウィンドはばれてしまった嘘が後ろめたいのか、おとなしくランスロットの世話になっていた。 
「どうして黙っていたんですか」 
ランスロットはベッドの横の椅子に腰掛けながら、溜息をつく。 
これだけ熱があって、どうして今まで軍議室に残っていたのか。 
戦いの後処理など、他の者に任せればよかったのだ。 
言いたい事は山とあったが、とりあえずそう言う。 
毛布を首に巻き付けるようにして、アーウィンドは寝かされている。毛布の中から少し掠れた声が答えた。 
「…大した事なかったし…皆楽しそうにしてたから、余計なこと言って気を使わせたくなかったんだもん」 
ランスロットが何度か目の息をつくと、アーウィンドは情けなさそうに眉を寄せた。 
もう一度彼女の額に手をふれる。アーウィンドは黙って瞳を閉じた。 
祭りの声が聞こえる。 
ランスロットの手は額から頬へそっと移動した。 
「私に…」 
ランスロットはそうしたままで、アーウィンドに告げる。 
「私に遠慮などなさらないでください」 
鈴の音と小さな笛の音が、人々の笑い声が風に乗って、時折耳に届く。 
明かりを消した部屋を、打ち上げられた花火が鮮やかな色に染め変える。 
「…はい」 
目をあけると、ランスロットの瞳が穏やかにこちらを見つめている。それに微笑みを返して、アーウィンドは再び目を閉じた。 
								 
								
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