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戦い戦いで明け暮れる日々に、夕食の匂いは優しい。 
デニムはこの時間が好きだった。 
丘の彼方に見える夕暮れの街がシルエットになって、少し冷えてきた風も体に心地良い。 
シチューの柔かな匂いに今まで戦ってきたのが嘘の様に満たされた。 
欺瞞、裏切り、自嘲、蔑、飢え、いろいろなものがこの夕焼けにそまる。 
世界は優しく愛で包み込まれいるようだった。 
それは、ここ、タインマウスの丘も例外ではなかった。 
 
 
「デニムーっ!御飯できたから、お皿の用意してーっ」 
向こうからカチュアの声がした。ローディス教国の暗黒騎士タルタロスに捕らえられていた彼女を無事取りかえす事のできたデニムに、この日常が帰ってくる。いまいくよ、と返事をすると、隣から盲目の剣客ハボリムがやってきた。 
「デニム殿、何か思いに耽っている御様子。何か悩みでも?」 
デニムはちょっと照れる様に笑った。目の見えない彼にさえ浸っているのが分かってしまったのが、ちょっと恥ずかしい。 
「ううん。ただ夕日が綺麗だなぁって。ヒタッてた訳じゃないよ〜」 
そうごまかすと、幼さを笑うようにハボリムは小さく微笑んだ。 
「私の目には映りませんが、この優しい雰囲気は解ります。誰しもが家に帰り暖かい食事を待つ時間ですからね」 
ハボリムは昔を懐かしむようにそういった。 
今の状況下で満足に物を食べれる家庭などごく一握りである。デニムはきゅっと下唇を噛んだ。 
責任の重さ。期待。自分がやらなくてはいけない。変えなければいけない。 
もういちど丘のむこうの街を見る。夕暮れに染まったそれらは、だんだんと闇に落ちていく。 
死んでいった人々の事を思って、デニムは目を伏せた。 
そして吹っ切れる様にわざと明るくデニムは笑顔をつくった。 
「本当はアルモニカ城に戻って皆に宿をとりたかったんだけどだけど、盗賊に出くわしたのは計算外でしたねぇ。今からじゃ夜になるし。 
皆は野宿で我慢してくれるかなぁ」 
雰囲気の変化に敏感なハボリムも、その口に笑みを刻んだ。 
「カチュア殿の手料理がまた食べれるなんて、野宿してよかったですよ」 
「本当?ねーさんの料理がスキなんてハボリムさんはやっぱりただ者じゃないなぁ。カノープスさんなんて露骨に嫌な顔してますよ」 
「彼はグルメですからね。この前だってシスティーナ殿の料理も口に合わなかったそうです」 
「ねーさんの5000倍はおいしかった」 
デニムもハボリムもわらった。 
向こうからまた、デニム、とカチュアの声がした。 
「おやおや。ずいぶん怒ってるみたいですね。せっかくのカレーが冷めてしまいます。早く行って上げなさい」 
「はい!」 
デニムは一度おじぎしてテントの方に駆け出した。 
 
 
「っかーーー!カチュアの料理は相変わらず食えたモンじゃねえな〜おい!」 
お皿によそわれた食べ物をスプーンでざくざく刺して、カノープスは顔をしかめた。 
キャンプファイヤーを囲んでの食事、皆の楽しそうな話声もかき消すぐらいの大きな声でカノープスはブーたれていた。 
皆も我慢して食べているのに、彼はいつも思った事を口にする。そんな性格を羨ましくも思いながら、皆は苦笑いを浮かべた。 
もちろんデニムも彼の隣で引きつり笑いを浮かべていた。 
はっきり言って美味しくなかった。お世辞にも料理が上手とは言えない代物である。 
カノープスが夕焼けに似た色の翼を閉じたり広げたりして、さっきまで我慢して食べているのをデニムは見ていたから、なんとも料理のフォローがしにくい。そんな様子も無視で、カノープスはもう一口スプーンを口に運び、うっ、と小さく唸った。 
「なんだこれ?ニンジンか?それとも炭か?っていうかこの料理は何なんだよ!根本的に正体不明なもん食わすなっつーの!」 
ぎゃーぎゃーと騒ぐカノープスに、いままで我慢してきたカチュアがついに反論する。 
「うっさいわね!ちょっと焦げちゃったカレーよカレー!あんた舌ついてんの?!」 
(カレー!?) 
カチュアの台詞に全員がどよめいた。もちろんそのなかにデニムもいる。 
みんな、製造過程を見た訳じゃなかったが、匂い、それから色とかろうじて似ている味から『シチューっぽいもの』だと思っていた。 
デニムは御飯のよそってないカレーは初めてだったので尚更だった。見かけもだが、味も実際辛くない。 
デニムは、スプーンですくって皿にそれをたらしてみると、それは水っぽいスープのように落ちていく。 
皆はそれを見て、カレー?カレーなのか?とざわめいた。デニムも混ざって口を滑らした。 
「ね、ねえさんこれ本当にカレーなの?」 
目ざとくデニムの声を聞き分けたカチュアはぐりんっと首をデニムの方にむける。 
「デニムまでそういうこと言うの!?ねえさん悲しいわ!私がいないうちにこの鳥人間に感化されちゃって!」 
「っこのオレ様を鳥といったなっ!」 
これには流石のカノープスもムカッときたらしい。鳥と呼ばれるのが何より嫌いな彼は 
カマキリが威嚇するように大きく翼を持ち上げた。 
「えーそーよっ!あんたなんか食べるばっかりで役に立たない鳥の中でも雛よ雛!ぴーぴーぴーぴー煩いんだから!!片づけぐらいしなさいよ!この鳥!」 
「言いやがったなーっ!このプラコン!!」 
「きーーーーーーっ!」 
キャンプファイヤーを囲んでの「楽しい夕食」は「楽しい乱闘」に変貌する。 
「ね、ねえさ‥‥うわ!」 
「くらえっ!この鳥っ!」 
「動きがトロくてアクビがでらぁっ!」 
カチュアのオタマと皿での攻撃に、カノープスはスプーンとそこらへんに置いてあったザルで防御した。 
それを見て、わっと仲間達が観客と仲裁に別れる。いいぞーやれーという言葉をしり目にデニムは野獣と化した二人の間に止めに入ったが焼け石に水。仲間の皆もわやくちゃになって二人を押さえ込んだ。 
その時、デニムは羽交い締めされている二人の間から向こうに、冷静沈着にカレー(?)を食べているハボリムを見つけた。 
(そう言えば) 
思いだす。 
ーせっかくのカレーが冷めてしまいます。早く行って上げなさいー 
ハボリムさんはどうしてアレがカレーだって分かったんだろう‥‥‥‥。 
								 
								
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