Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
12Kingdom
OgreBattle
Mobile sutie Gundam
finalFantasy
Shortstory
 旅立ち
 素朴な疑問

 ともしび
 花火
 宴の夜
 満ち月
 癒しの瞳
 クチバシ
 草原にて
Illustrator







クチバシ



「何だあいつ、何かあったのか?」
要塞の中庭で、得物の手入れをしていたカノープスは思わず側にいたレイブンに訊ねた。レイブンはさあ、といった風に首をふる。
昨日、どうにかこの地方の開放することに成功して、戦の後処理に追われている解放軍である。
武器防具の点検と補充新調、医療品と食糧の備蓄確認、加えて魔獣軍のための藁やら餌やらすべて手配するのは今日明日のと、あまり時間がない。すなわちこれらの作業は次なる戦場への準備である。次の戦は城内ではすでに始まっているのだ。
手抜かりがあってはならない。
だが、自軍の建て直しにおおわらわだというこの状況に、解放軍のリーダーは戦火に巻き込まれた街の修繕やら怪我を負った一般市民の介抱や炊き出しまでやれ、と言ってくるから、直接戦場には出ない裏方のプロフェッショナルたちも、今がまさに修羅場だった。
要塞の外中をあわただしく駆け回っていて、騒然とした雰囲気である。
だから、五体満足で戦場から帰ってくることができた戦士たちは、なんとなく外へ出てくる。
カノープスもその一人であった。
中庭に植えられた背の高い木に腰掛ける。
暖かな日差しが肌に心地よい。薄暗い石の部屋にいなくて正解だったな、とカノープスは腕を掲げて、思い切りあくびをした。
背の翼も大きく伸びて、真紅の羽根が白く日を照り返した。
ぷらぷらと足を揺らしながら、カノープスはふと、下を見た。
アーウィンドが通りかかったのだ。
いつものような風を切るような足さばき。
カノープスは手を挙げ、彼女を呼んでみた。
早足で歩いていたアーウィンドはさっとカノープスを振りあおぎ、そのまま行ってしまった。

何か変だな。
アーウィンドにちょっかいを出しては平手打ちを食らう、これはもうカノープスにとって日課とも挨拶とも言える行為である。
今のように冷たくあしらわれるのも、よくあることだ。
よくあること、だが。
カノープスは何処かに違和感を覚え、それが何処とは分からないままアーウィンドの後を追った。

アーウィンドのつややかな長い髪の流れる背中を捕らえたのは、要塞を取り囲む巨大な壁まで来たところだった。
アーウィンドが片手を壁について、俯いている。
「何の用よ!」
「…お前…」
カノープスは言葉を濁らせる。アーウィンドが顔を紅潮させて、きっと眉をつりあげている。
彼女が、涙をこらえているのがよくわかったから。
カノープスを睨み付ける目は、泣いているところを見られた悔しさで鋭い。真紅の瞳がきらきらと光って、カノープスは、いつか見たことのある赤い輝石のようだと思った。
かける言葉が咄嗟に出てこなくて、カノープスの片腕は間抜けに宙をさまよった。
アーウィンドは、ふと目をそらし、
「わかったんなら、あっちいって」
そう言って、くるりと背を向けた。
真紅の髪の流れ落ちる、細い肩。解放軍の中でも一、二を争う剣の使い手であるのに、ほっそりとしたままの腕で壁に手をついて俯いている。そのアーウィンドの後ろ姿は、あまりに華奢で、あまりに頼りなかった。
いつもリーダーとして、先頭を切って走っていく彼女の背中と、城壁の隅で、隠れて泣こうとしている彼女の背中が、カノープスの中でうまく重ならない。
痛々しくて見ていられない。
そう思ったときには、カノープスは腕を伸ばして、その背中をかばうように抱きしめていた。
驚いたようにアーウィンドが振り仰ぐ。
「カノ…!」
アーウィンドが掠れた声で抗議してきた。当然だろう。だか、カノープスは腕を解く気はなかった。
抵抗をはじめる細い体にぎゅっと腕をまわして、
「しばらく黙ってろ」
その背の、茜色の翼を広げた。


彼女を抱いて飛ぶのは、初めてだった気がする。
カノープスの背の夕日色の翼が風を起こして羽ばたいた瞬間に、アーウィンドは何が起こるか判断できたのだろう。
何考えてんのよ、と小さく呟いたのが聞こえた。
アーウィンドを抱きしめたのも、初めてなような気がする。普段ふざけて抱きつくことはあっても、こんな風に、しっかりと腕に閉じ込めたことはなかった。
緋色の髪が鼻先をくすぐる。しなやかで、柔らかい身体。抱きしめる腕に、そっと触れてきた指は、細く白い。
背中から抱きしめているから、カノープスはアーウィンドの肩越しに、彼女の横顔しか見えない。真紅の髪に顔を埋めるようにして、
カノープスは空へ舞い上がった。
「…どこいくの」
アーウィンドは短く問うてくる。風を切る音に紛れてしまいそうなその声は、少し鼻にかかったような涙声だ。
「もっと高く上ってみるか?」
カノープスは彼女の耳元に囁くように答えた。
気流に乗ってしまえば、ほとんどはばたくことなく上昇する。風を読んで、更に上へと昇った。


足元に見えるのは、どこまでも続くと思われるような青い平野だった。
草原は風が渡る度、白く輝いてその軌跡を残していく。白く靡いては青い色に戻るその繰り返しは、海の様にも見えた。
遊び場に忘れられたおもちゃのように、要塞がぽつんと見えた。
アーウィンドを抱くカノープスの腕に、暖かなしずくが落ちてきた。
「ここなら、誰もいないぜ」
アーウィンドの首筋に顔を埋めて、そう言った。
「あんたがいるじゃない」
そう悪態をついてくる声に、いつものような勢いはない。
「俺のことなんか気にすんな。グリフォンかなんかに、引っかけられてると思えよ」
「…馬鹿」
ふふ、とかすかに笑い声をもらして、アーウィンドは俯いた。
ぱたぱたと、また涙が腕に降る。
アーウィンドは声を殺して泣いた。
カノープスは、ただ黙って遠い空を見上げた。

「私…今度生まれ変わるんなら、ホークマンがいいな」
カノープスの肩に額を乗せて泣いていた勇者は、呟くように言った。顔を上げて、空に目を向けている。
気流に乗って、漂うように飛んでいたカノープスは、アーウィンドを抱く腕に少し力を込めた。細い腰だな、と思う。
「あのな、アーウィンド」
カノープスは言葉を選びながら、腕の中で泣いている娘の名を呼んだ。
「俺らの離乳食って知ってるか」
「…は?」
アーウィンドが場違いな言葉を耳にして聞きとがめる。
「翼有種だって母乳で育つんだぜ。お前、ホークマンのガキってな見たことあるか?」
アーウィンドは訳がわからないという顔のままふるふると首を横に振った。
「俺ら長寿だからな、あんまり子供できねえんだ。見たことないのも無理ねえか」
あのな、とカノープスは言葉を選びながら言う。
「俺達はトリじゃねえけど、…どこか鳥に似た文化を持ってる。鳥類は神の使いだって信仰も年寄り連中の中じゃあ根強いから、昔はもっと鳥っぽい習慣が多かったんだろう」
何の話だか見極められないまま、アーウィンドは訝しそうに眉をひそめて、黙って聞いている。
「でな、子供がはじめての離乳食を食べるときに、その鳥に似せた習慣がひとつ残ってんだ。鳥って、自分の噛んだものを雛に食わせたりするだろ。あれをやる」
へえ、と意外そうに呟いて、アーウィンドは濡れた睫を腕でぬぐった。
少しも女らしくない仕種。がさつとさえ言える。でも、その一つ一つがカノープスを惹きつけてやまない。
「…やわらかく煮た木の実のな、へたんとこにリボンみたいなの結んで、へたを親が咥える。んで、実の方を子供の口元に垂らしてやるんだ。この日は親族が集まって祝う。知らねえ?」
「はじめて聞いた…」
アーウィンドの表情がすこし落ち着いたのを見て、カノープスはほっとする。
解放軍のリーダーだからという理由で、アーウィンドが泣くこともできずにいることを、カノープスは苦々しく思っていた。
カノープスにとってアーウィンドはアーウィンドでしかない。
カノープスはゼノビア復興の為でも、正義の為にでも戦っているつもりはない。
アーウィンドがいるから、解放軍にいるだけのことだ。
妙な足かせをつけないでやって欲しい、と思う。
でもそれはアーウィンド自身が自ら負ってしまっている面もある。だから。
できるだけその呪縛を解いてやりたい。

だからな、とカノープスは、今は向かい合うように抱きかかえているアーウィンドの顔を覗き込む。
普段彼女が見せることのない泣き顔。アーウィンドは顔を隠すように俯かせて、瞳だけカノープスに向けた。
濡れた頬にすこしだけ赤みが差している。鼻梁も赤い。途端に子供っぽい顔になるなあ、と微笑ましく思いながら、カノープスは太く笑んでみせた。
「嘴と嘴、親と子の関係から来てるからか、慈しむものには、唇と唇で、ってなってる。だから唇と唇のキスは、おまえらヒトのと違って、もっと広い意味で使われる。親密になると、男同士でもするんだぜ」
少し、カノープスはおどけて笑ってみせる。アーウィンドは、
「ほんと…?見たことないけど…?」
と言った。凛とした眉を片方上げて、笑った。
ああ、やっと笑った。
濡れた睫のまま、アーウィンドは微笑んだのだ。
どんな戦の女神より猛々しい、炎のような女。戦場を駆け抜ける熱風。
しかしその微笑みは、雪原から顔を出す小さな花のつぼみのようだ。
可憐だと思う。小さくて健気で、鮮烈な命の輝きを感じさせる。
戦場の女神の微笑は、カノープスを何度でも魅了した。
カノープスは片手でアーウィンドの腰をしっかりと抱き、片手でその真紅の髪を梳いてやる。
愛しい人。誰よりも何よりも大切な存在。彼女以上に価値のあるものなど、この世にはないと思える。
急に身体を支える腕が一本になったので、アーウィンドは慌ててカノープスにしがみついた。
「落としたりしねぇよ」
喉で笑って、カノープスは目の前にある濡れた睫に唇を寄せた。
「…!」
アーウィンドが目を見開く。カノープスは構わず、まだ濡れている目元にも唇付ける。
「こ…ら!」
腕のなかでアーウィンドは軽い抵抗を見せた。予想していたが、流石にこの状況で強い抵抗はできないのだろう。
「暴れるな。落ちるぞ」
聞き分けの子供をあやすようにして、カノープスは笑った。
「卑怯者!わたしが抵抗できないって知ってて…!」
アーウィンドががなる。頬を紅潮して怒る彼女が無性にかわいらしく思えて、カノープスは両腕でしっかりとアーウィンドをかき抱いた。とたんに、抗っていた腕や足がおとなしくなる。
肩に、アーウィンドの吐息を感じた。
「なあ」
アーウィンドの首に頬を埋めるようにして、カノープスは囁いた。
彼女は黙ったままだ。
「なあ」
もう一度囁くと、なによ、と小さな声が返ってきた。怒っているような、不機嫌な声だった。
それでいてどこか甘えた風に聞こえるのはカノープスの願望だろうか。
足元から風が吹きあがる。二人の髪が煽られ、アーウィンドは咄嗟に髪を押さえた。
その一瞬の隙をとらえて、アーウィンドの唇に唇を押し付けた。


離れていく唇と、眼前にある男の顔を大きく目を見開いて見つめてくる。
赤い輝石のような瞳が瞬時に猫の目のようにくるくると変わるのをカノープスは見て、く、と喉で笑った。
「あんた…!!」
アーウィンドは怒りで震え、憤ろしい声で唸るように言った。怒号が口から出る前に、カノープスはその口を手で覆って
「お前、人の話聞いてたか?」
と、宥める。上目遣いで、アーウィンドがこちらを見てきた。
「…今のが、それ?」
「そうだよ。他にどんな意味があるっていうんだ」
どんなって、と勇者は眉をひそめて、ふいと横をむく。紅潮した頬が見て取れた。
カノープスは慈しむものには唇で、と小さく呟いてみせてから、今度は指先で娘の顎を上向かせ、ゆっくりと唇を重ねた。
しっとりと濡れた唇。
魂を奪われるような感覚に、カノープスはさらに深さを求める。甘い唇とはよく言ったのものだ、と酔ったような頭の片隅で思う。
抱きしめる腕まで熱くなるようだ。
頭上に雲が走って、草原の大地に小さな陰を落とすふたりを隠した。

はあ、と掠れたような息をついたアーウィンドは、静かな瞳をしている。
「…今のも、そうなのね?」
そうだよ、とカノープスは娘を抱く腕にそっと力を込めて、その首筋に顔を埋めた。
「お前さ」
暖かい。
「泣きたいときは我慢するなよ」
「…うん」
ちいさな、ちいさな声で素直にうなずいて、アーウィンドは、己の首に額を預けている男の髪に頭を寄せた。



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