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アーウィンドが魔獣部隊ワイバーン用の天幕をくぐると、天幕の一番奥、狭い用具置き場に、直に座り込んで騒いでいる翼の背中の集団たちが見えた。 
「な…にやってんのあんたたち!」 
アーウィンドの声に気付き、その色とりどりの翼の集団が一斉にこちらを振り返る。有翼人種の集団である。 
ホークマンの白い翼、バルタンの茜の翼、レイブンの漆黒の翼。解放軍の飛行部隊の要である彼らが一堂に揃うのはなかなか壮観である。振り向いた彼らは皆、片手に大きな陶器の盃を握っていた。 
解放軍のリーダーの姿を捕らえて、場は一気に盛り上がった。口々に名を呼んでくる者、口笛を鳴らしてはやしたてる者。手招きしてここに座るように言ってくるレイブンもいる。皆、異様に陽気で、アーウィンドの顔を見ては嬉しそうに破顔した。 
一番手前側にあぐらをかいていたレイブンとバルタンが笑顔で立ち上がり、彼女を出迎えた。 
「ようこそ、リーダー」 
「…お酒飲んでるのね、あんたたち」 
アーウィンドは呆れて溜息をつく。 
血の気が多いとされる有翼人種である。しかし、誇り高いが故の攻撃的な気質をアーウィンドは好きだったし、変に気取ったところがない分、怒らせさえしなければ普段は気の好い者たちだった。 
まあまあ、などと笑って、ふたりの有翼人種はアーウィンドの両脇から腕を廻してエスコートする。円陣を組んでいるこの賑やかな酒席の最奥に、片膝を立てて座っているのはやはりカノープスであった。 
「おう、アーウィンド」 
ひしめきあっている翼を蹴らないように気を付けながら、彼らの後ろを歩いていくのはかなり苦労を強いられた。 
カノープスはアーウィンドの為の場所をあけろ、と、周りの仲間に指示する。 
「まったく、何だってこんな狭いところで飲んでるのよ」 
やっとのことでカノープスの隣に座ると、アーウィンドは小さくぼやいた。 
「大騒ぎになるからな。周りに迷惑だろ?ウォーレンの爺さんあたりはもう寝てるんじゃないのか」 
カノープスは立てた膝に腕をのせた姿勢でゆったりと座っていた。ここが自分の居場所だという雰囲気でくつろいでいる。 
「リーダー、とりあえず一杯」 
カノープスの脇から、ホークマンの男が彼女の為の盃を手渡す。あ、どうも、とアーウィンドは思わず受け取って、はっとした。 
カノープスがにやにや笑いながらそんな自分を見ている。 
「…何よ」 
「いや。とりあえず乾杯だ」 
カノープスが盃をかかげると、皆も一斉に杯を上げる。 
乾杯! 
大声が反響して、一瞬耳が効かなくなる。そのあとはアーウィンドの杯めがけて杯を握る腕が後から後から突き出され、 
「ちょ、ちょっと!!」 
訳が分らないうちにもみくちゃにされていた。 
 
 
「…凄い勢い」 
乾杯のラッシュが過ぎると、アーウィンドの髪はぼさぼさになっていた。手櫛で簡単に整え直しながら呆れる。 
「ま、いつもこんな感じだな」 
カノープスは苦笑しながらもつれている彼女の髪を直してやる。 
それにしても、とアーウィンドはカノープスを盗み見た。 
いつもは子供っぽいことをしてアーウィンドに叱られるばかりのカノープスだが、同じ有翼人種の中ではそれなりに皆から一目置かれている存在らしい。皆カノープスを立てているし、慕われてもいる。彼も部下を可愛がるから、良きリーダーとして尊敬されているようだ。 
彼の話を楽しそうに聞いている輪の中で、アーウィンドは思った。 
ちょっと見直したかな。 
果実酒をなめる程度に口にして、アーウィンドはカノープスの横顔を眺めた。 
 
 
「なんだ、アーウィンド。お前下戸だったか」 
カノープスがアーウィンドの視線に気付いて、そう言った。 
「んー、まあ、今日はちょっと」 
そしらぬ振りをしてアーウィンドは答える。カノープスは顔を近付けてアーウィンドの杯を覗き込み、全然飲んでねーじゃねぇかと笑った。 
カノープスはほんの少し顔が赤い。一体どこからこれだけの酒を調達してきたのかと、アーウィンドは不安を覚えないでもなかったが、皆が心底楽しそうにしているのを見ればあまり口煩くするのも何だな、と思う。 
「今日は大人しいなー。どうした、俺が人気者なんで妬けたか?」 
「馬ー鹿」 
カノープスはアーウィンドの耳もとで低く笑った。 
なんか調子狂うなぁ。 
狭いスペースに体格のいい有翼人種ばかりが騒いでいるから、どうしても体が触れる。いつもならこれだけ接近されたら張り手のひとつも飛ばすところだが、それもなんとなくできないでいる。 
杯の淵に唇をつけたまま俯いているアーウィンドの髪を、カノープスが梳いてきた。そうして、耳に、髪をかける。 
「いつもこうしてろよ。顔が見えねぇ」 
アーウィンドはちょっと驚いた。 
カノープスが見た事のないほど、穏やかな顔をしていたから。 
「妬くことないぞ、俺は確かに人望厚い好青年だけど調子に乗って浮気しないし」 
そう言ってまた髪を梳く。何を言ってるんだか、と思いながらアーウィンドは大きな手がゆっくり移動するのを見ていた。 
またカノープスと視線が合う。そう気付いたときには、 
「俺はお前が一番いいからさ」 
「きゃああああああ!!」 
押し倒されていた。 
周りの男達が一斉にこちらを向いて、おおおおおと声を上げてどよめいた。酔っ払いの集団は、いいぞ、だの、いけー、だのと各自無責任に盛り上がる。がんばれ、と声援を送る者もいた。身を乗り出して囃し立てるから、あたりに色とりどりの羽根が舞い散った。 
「カノープス!!」 
覆いかぶさっている男の顔を必死で押さえて、アーウィンドは叫ぶ。カノープスはそれでも顔を近付けようとしてくる。 
「調子に…乗るなっ…」 
「いーじゃん〜」 
お互い必死で引き剥がそう、近付こうとして、力比べのようになってきた。がぜん盛り上がる外野。 
こいつ、少しでも見直した私が馬鹿だった!! 
激しい後悔で目をぎゅっとつぶったとき、上の方から静かな声が降った。 
覆いかぶさっているカノープスより上の方から。 
騒がしいこの場に似つかわしく無い静かな声はかえってよく聞こえるものだ。 
不審に思ってカノープスが振仰ぐ。 
そして、げっ!と短く声を発した。 
「ランスロット…」 
恐ろしく無表情で立っていた騎士を認めて、カノープスはがばっと身を起こす。 
アーウィンドは解放されて、すばやくカノープスから避難した。 
「…アーウィンド殿、ここは私にお預けください」 
おっかない声のランスロットに圧倒されて、思わずうんうんと頷いていた。 
カノープスが膝をついたまま、子犬のような目でアーウィンドを見上げてきた。 
少し哀れだが、自業自得というものだ。 
アーウィンドはそそくさと天幕を出た。 
その後のことについては、誰も口にしなかった。 
								 
								
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