Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
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旅立ち
<<Part:5>>


ランスロットは幾人かの若者に取り囲まれながらも賓客としての扱いを受け、教会の地下から移動した。
歴代の神父たちがそこで暮らしていたのだろう、教会の裏手にあるこじんまりとした、それでもしっかりとした石作りの家に案内された。
「ここをお使いください。神父はおりませんので」
サイノスはそう言ってランスロットを奥へ通した。ランスロットは黙ったまま部屋を見回す。
青年はよく日に焼けた顔にやさしい微笑を浮かべた。
「ランスロット様の安全と、我々の誠意の証のため、我々の部下を外に配置させていただきます。少しの間、御辛抱ください」
ランスロットはやはり黙ったまま、サイノスの瞳を探る。
彼の瞳には一点の曇りもない。
「私の部下は今どうしているのだろう」
そう切り出してみる。
サイノスは承知している、というように頷いて見せた。
「こちらにお連れすることはできませんが、決して粗略な扱いはいたしません。お約束いたします」
自信を感じさせる表情をしている。
「…それでは、私はここで待つとしよう」
ランスロットの言葉にサイノスは深く首をたれ、部下を引き連れて扉を出ていった。
扉が閉まってしまうと、とたんに音が無くなる。
ランスロットはこつこつと踵を響かせて、部屋を見回る。
四角い部屋に暖炉と煙突があり、質素な寝具と古惚けたテーブルが据えてある。ただそれだけの部屋。暖炉の前に屈んでみると、そこには灰ばかりが残って、薪は無い。もう長い間、人がいなかったような気配がある。
立ち上がって、小さく設けられている窓の外に目をやる。サイノスの部下の後ろ姿が見えた。
本当に囲まれているな。
我々の誠意の証と、私の安全のために部下に周囲を張らせると彼は言っていたが、ランスロットも、もちろんその言葉の意味することを分かっていた。
下手に動けば部下の命はない。彼らは私を信用してはいないのだ。
しかし、それはランスロットとて同じである。
彼は、本当は何をしたいのだろう。
椅子のひとつに腰かけ、ランスロットは思う。
帝国に憲兵を何らかの手口で全員閉じ込める。これで帝国からの支配を免れたと言えるか?
いくら帝国が無秩序だといっても国家は国家、憲兵と上層部との連絡が定期的に行われていたはずだ。遅かれ早かれ町の反乱は明るみに出るだろう。
そうなってしまえばこんな小さな町、帝国軍が出る必要もない。
それこそやくざれた憲兵達の寄せ集めを30人も投入すれば、あっという間に全滅だろう。
どうするつもりだ。
白金の髪の青年、サイノス。あの青年が、我々の待つ勇者かもしれないと思った。
凛とした立ち居振る舞い、静かな中に秘めた怒り、人々の上に立ち、導くだけの度胸と人格を備えた若き英雄。
しかし、何か違うと思っている自分がいることも確かだった。
あの青年は、自分が何者か知っているのではないだろうか。
ランスロットは思う。彼の凍てついた氷の瞳は穏やかで強く、そして、何もかもを見通しているかのような感じを抱かせる。
ウォーレンもそうだった、とランスロットは息をついた。時の壁をも見越す、特別な力のある者が見せる独特な瞳の光が、彼にもある。
策士が駒の動きを読むときに見せる、上から全てを見通そうというような瞳。しかし、その奥に、何かがひそんでいることだけは確かだと思える。
それが白いものか黒いものかということはわからないが。
ランスロットはさらに息を付き、髪をかきあげる。
サイノスは自分に、何かをさせたいのだ。口にすることはしないが、何かを望んでいる。待っている。そんな気がする。
一体、何を企んでいるのだろう。


「あの騎士を使う」
サイノスは長椅子に足を組んで、低い声でそう言った。
日の光にあたたかな力が宿ってきた。そろそろ、人々が起き出す時刻だ。
サイノスを囲んで、青年たちは彼の声をじっと聞いていた。
「帝国の屑より、彼の方が説得力がある。ランスロットを使おう」
青年たちは黙って頷いた。
窓から差し込んでくる明るい朝日は、部屋の影をより濃くしていた。
その闇の中で、サイノスの顔の陰影がくっきりと浮かびあがる。青年は全員の顔を見回すと、一度ゆっくりと頷いた。
「これで最後の仕上げだ。皆、がんばってくれ」
若者たちは頷きをかえすと、光のあふれる扉の外へ出てゆく。
暗い部屋に残ったのは、疲れたように息を吐き出したサイノスと、壁によりかかっていたアーウィンドだった。
「…どうした」
サイノスの声に、アーウィンドがゆっくりと近付く。
「あの騎士を…見殺しにするのね」
サイノスは答えないまま、前に立っている娘の顔を見上げ、両腕を伸ばす。両腕は彼女の腰を抱き寄せ、彼女は抵抗することもなくその腕に包まれた。
「どうした、怖じ気付いたか?」
そうじゃないわ、とアーウィンドは首を振った。何も問わない娘の瞳は、薄闇にとけるようなサイノスの瞳の奥を何か問いたげに揺れている。
サイノスは口を開かず、娘の視線をじっと受け止めてた。アーウィンドがゆっくりとサイノスの髪に触れる。
「大丈夫よね…?わたしたち、皆のために戦ってるのよね…?」
突然、サイノスは力任せに娘を押し崩す。よろけた娘は、彼の前に跪くような形になった。長髪の青年は彼女の頬を両手で挟みこみ、縋るように自分を見ている赤い瞳を見据える。小さく笑ってみせた。
「ランスロットを使うと決めたのは私だ。今まで通り、私に従っていればいいんだ。必ず、うまくいく」
「これはわたしたちの戦いだって、サイノスはずっとそう言ってきたわ。わたしたちだけで事を収めるって。…でも、あの騎士を使うって
ことは、そうじゃなくなってしまうってことでしょう…」
「利用できるものは利用する。それがより成功の可能性を秘めているなら当然だ。犠牲が出ることは避けられない。私たちは完璧になどなれないのだから。それでも、この町の人間が犠牲になるよりいいだろう?」
口調が強い。サイノスは視線をそらしたアーウィンドをの顎を掴み、上向かせて噛み付くように唇を奪った。
アーウィンドが手であらがうのをうざったそうに押さえ込み、強引に貪る。次第に腕の中の娘は抵抗を諦め、サイノスが唇を離すまで捕らえられた兔のようにぐったりとしていた。
唇が、濡れた。
脱力したまま解放されたアーウィンドにサイノスは、行けと呟く。
娘はよろりと立ち上がり、少しだけ青年の背中を振り返ってから、扉の外へ姿を消した。長椅子に座ったままの青年が、こちらを振り向こうとしないのに泣き出したいのをぐっと堪えて。

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