Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
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 旅立ち
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旅立ち
<<Part:4>>


張り詰めた空気を破ったのは、正面から聞こえてくる、青年の声だった。
「カイ、目隠しを取ってさし上げろ」
軽い足音がこちらに駆け寄ってくる。これは、少年のものだ。
「ちょっと屈んでよ」
届かないよおっさん、と囁く声が聞こえた。少年の少し嬉しそうな声を耳にして、ほんの少し息を吐いた。
ランスロットはすこし屈み、覆いを解かれ、静かにあたりを見回した。
石組みの、なんの飾りもない真四角の部屋のちょうど中央に、ランスロットは立たされていた。
低い天井が穴蔵めいて、自分が地下室にいることを再確認する。
目の前には、髪を肩の辺りまで延ばした青年が、黙って立っている。
囲まれていると感じたのは正解だった。探るように視線を滑らせると、若者達が数人、自分を監視するように壁際に立ち、自分を取り囲んでいる。
皆、剣をおびていた。こちらは丸腰。
正面に立った青年が、ゆっくりと腕を組み、口を開いた。
「むさ苦しいところで申し訳ないが、少しの間、我慢していただきたい。我々のことは、アーウィンドから?」
そう言って、青年は視線を背後の娘に向けた。
「いや、突然のことで名乗りもまだ」
アーウィンドというのか、とランスロットは彼女を振り返った。
「騎士・ランスロットでしょう?部下が叫んでたわね」
娘は顔半分を隠していた、古ぼけたショールをさらりと脱ぎ捨てた。
目に鮮やかな、緋色に流れる長い髪があらわれた。
炎の星を思わせる双眸。
(火のような娘だ)
「向こうに扉が見えるでしょう、ランスロット様?」
アーウィンドは騎士の後ろ、長髪の青年のさらに後ろを指差した。腕組みした青年の背後の暗闇に、薄汚れた鋼の大扉が見える。
「帝国のカス共は、みんなその中よ」
ランスロットは目を見張った。薄暗がりの中、一言も発しない青年達はじっとランスロットを見据えている。アーウィンドは腰に腕をあて、騎士の瞳の奥を静かに探っている。
「‥‥君達は」
「わたし達はこの町の有志。普段は気のいい青年団よ」
アーウィンドの台詞に青年達からくくっと低い笑みがもれた。
「でももう限界なの。帝国のカス共をのさばらせておくのはもうご免。だから、全員地下に閉じ込めてやったの」
「‥‥!!」
ランスロットの反応を楽しむように、アーウィンドはじっと騎士の顔を眺めた。鮮やかな瞳を細めて、笑う。
「屑あつかいしてた私たちにはめられた上こんな薄汚ない鑑に閉じ込められちゃって、奴等さぞかし頭にきてるでしょうね。でも、私たちはもっと頭にきてた。‥‥いい気味だわ」
アーウィンド、と長髪の青年が静かにたしなめた。娘は小悪魔のような艶やかな笑みを浮かべたまま、黙って退った。
静まった薄ぐらい部屋の中、娘の言葉だけがいつまでも耳にまとわりつく。娘はまだ自分を見ている。ランスロットは目が離せなかった。
視線をはずしてしまえば、すぐにも彼女が火の精霊に姿を変えて、飛びかかってくるような気がしたのだ。
失礼した、と青年が言った。
ランスロットは青年の方に向き直ることができない。
先に視線をはずしたのは、アーウィンドだった。青年に視線をむけている。
ランスロットはようやく呪縛から解き放たれた。
手のひらに汗がにじんでいることに、やっと気づいた。


「名乗るのが遅れてしまった。私はサイノス。今回の件の代表‥‥ということになるかな」
サイノスと名乗った青年は穏やかな、それでいてはっきりとした口調で続けた。
「‥‥我々は以前のことは知らない。今、神聖ゼテギネア領であるこの土地は、かつてゼノビアという国のものだったらしい」
ランスロットは黙っていた。サイノスは一拍間をとってから、続ける。
「我々の親の代は、彼の国を素晴しい国だったと言う。だが、我々の生まれる前の話だ。よくわからないというのが正直な感想なのだが‥‥」
そう言って仲間たちに目配せする。青年たちも同感だというように笑ってみせた。
「だが、最近の憲兵達はあきらかにおかしい。この町の周辺でも、憲兵たちの乱行が度を過ぎている話を聞く。抵抗する人々には容赦なく、町全体を焼きひとり残らず切り捨てるとか」
ランスロットの脳裏に焼け野原になった町がよぎる。あれが、ゼテギネアの本性だ。ついに抑えがきかなくなって、狂った獣がついにその本能を現わしたのだ。
「年よりたちはそんな話を聞くにつけ、亡国を偲ぶ。だが、行動を起こそうとはしない。この町は無事だからな。だが、周りの集落が焼落ちる度に、この町の憲兵はかわっていった。鄙びた町の任務という苛立ちによるやつあたりから、支配権の再確認のための暴力、専横へ。アーウィンドの言葉を借りるなら、『カス』から救いようのない『屑』になってゆくわけだ」
背後で娘が吐息のような声でわらった。
サイノスは改めてランスロットに向き直る。
彼の瞳は静かな色をしている。だが、その奥には確かに怒りがあった。
青年は騎士に微かに笑んでみせ、言った。
「そして今は『許し難い愚か者』だ。だから我々が行動を起こした」
ここにいる若者たちは皆、静かな心のなかに、穏やかな、それでいて確かな怒りを抱いている。決して勢いづいて起こした反旗ではない。
確かな決意が、彼等のなかにある。力強く。
暫く沈黙したが、ランスロットは初めて口を開いた。
「なぜ私を捕えた?」
「計画が終わるまでは秘密裏に事を進めたかったのです。外部との接触はさけねばならなかった。無礼をお許しください」
「ということは、すべてが終わるまでここで待て、という訳か」
「‥‥お察しください」
サイノスは黙礼する。
「長くはかかりません。今夜中には処理を終え、明日にはすべてのケリがつくでしょう。お聞きとどけくださいましょうか」
終始おだやかに語った青年を、ランスロットはじっと眺めた。
騎士を見返してくる瞳に揺らぎはない。
「‥‥私はここで待てばいいのかな?」
青年たちが張り詰めた息を吐き出す。サイノスは破顔して、ランスロットに深く礼をした。
「ここではあまりに失礼。部屋を用意させます。こちらへ」
サイノスが手を差し伸べようとしたとき、それを制止した声が上がった。
「ちょっと待ってよ、サイノス!こいつを信用しちゃったわけ!?」
アーウィンドだ。
「ろくに調べもしないで!この男が帝国の人間じゃないっていう証拠はどこにもないのよ」
「アーウィンド」
娘は鋭い眼光で騎士を見据えた。ランスロットはそうとは解らないように呼吸を整えなければならなかった。
「いかにも騎士って様子だけど、あんた、どこの騎士様?それとも騎士じゃないの?腰にあったあのご立派の剣はただの飾りかしら」
カイという少年がアーウィンドの腕に触れようとする。彼女はそれをふりはらうとさらに続けた。
「サイノスも、皆もしっかりしなさいよ。何そそのかされてんの!?今どき帝国に属さない騎士なんてものが存在するわけないでしょう!」
「私は帝国の人間ではない」
やっと、それだけ伝えた。彼女の苛烈な感情が波動となって襲いかかってくるように思えた。確かに、ランスロットにはそれを肌で感じている。
微かに震えが走る。心臓の動きがおかしい。血液も温度を増しているように思える。体内に血が張り巡らされているというのは本当なのだな、とランスロットはぼんやりと思った。
「じゃあ、どこの騎士‥‥」
「いいかげんにしないか、アーウィンド」
アーウィンドがさらに追い打ちをかけようとするのを、サイノスが遮った。
「彼が帝国側の人間だろうと、どこの騎士だろうと関係ないだろう。彼は我々の申出を受け入れてくれた。それで十分だろう、違うか?」
青年の穏やかに発せられた声には、しかし、抗うことを許さない強い響きがあった。
穏やかだった瞳は、今、強い光を帯びている。まるで、氷河をとじこめたような、触れれば肌が焼けてしまう氷のような輝き。
「‥‥口ではどんなことだって言える」
娘はつまりながらも続けた。
「私は反対だわ」

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