Shangri-La | MobileSuitGundam
  
 
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花を手折る


もう少し早く生まれてくれていれば、お前の花嫁になってくれたかもしれんなあ
父がそんなことを言いながら目を細めるのを、そうですね、と頷いて応えた。父も年をとったものだと思う。
視線の先は、優美な細工のほどこされたベビーベッドの上で眠る、幼い乳飲み子。
自分もかつてはこうだったのかと思わずにはいられない、ふくふくと丸い顔、すべらかな肌の赤子は、政界の大者たちに囲まれていることも知らずに、ただただ穏やかな天界の眠りの中にいる。
柔らかな産毛を愛おしそうになでるのは、全スペースノイドにとっての偉大な指導者であり、宇宙世紀始まって初の独立国家を指導するジオン共和国大統領、ジオン・ズム・ダイクンその人だった。
「ギレン君の花嫁か。相変わらず気が早いことだ、デギン」
ジオンは小さく笑いながら、赤子に注いでいた視線を私へ寄越した。
ジオンの瞳は驚くほど深い青をして、それ故、人は彼に魅了されてやまない。自分の深遠を見透かされているような、それでいて何もかもを投げ出させる瞳だ_____邪眼だ。
「君は確か、今年で」
私はただその瞳から逃げださないよう、自分を律するのに苦労する。
「18になります、閣下」
どんな人物が相手でも、ひるむ必要のない立場の私である。私が若年であっても、誰が相手でも所詮は底が知れている。
私に使われる人間か、使う価値のない人間か。この世にはこの二通りの人種しか存在しない。
使う価値がなければ廃棄すればいい。使える人間ならば、廃棄するまで使えばいい。まだ成人でない若輩の私から見てさえ、この世には無駄に資源を貪る人間が多すぎる。
だが、ジオン・ダイクンだけはそのどちらにも振り分けることができない。私がこの世で最も畏れるのは、この穏やかな顔の情熱的な指導者だった。
彼は穏やかな笑みを浮かべて、閣下はやめなさい、と言った。
「18で結婚相手を探されてはな。君の苦労を察するよ、ギレン君」
「しかし、宇宙移民者にとっては重要な問題になる。君の子がわしの子と婚姻を結べば、大きな礎となって…」
近しい家に生まれた幼子が、我が事のように嬉しいのだろう。父は相好を崩して、そんな与太話を繰り返している。
私は白い産着に包まれた、不安定この上ない生物に一歩歩み寄った。
白くまろい額に、指触りのよさそうな髮が生えている。母親に似たのだろうか、白に近い金髪。
「お名前は、もうお決まりなのですか」
私がそう問うと、ジオンは少し嬉しそうな顔をして私を見つめ返した。
「今朝、目覚めと同時に思いついた。アルテイシアにしようと思う」
アルテイシア様か、ベビーベッドを囲んだ男達が口々に祝福を述べた。
この祝福の言葉を、明日にはジオン共和国の国民すべてが口にするだろう。
アルテイシア様が健やかにお育ちでありますように。ジオン共和国に希望の光をお恵みくださいますように。


あれから時代は激動した。
私が唯一恐れを抱いた人物は父の策謀にあっけなくかかり、この世を去った。あまりに拍子抜けな結末と言わざるを得ない。
あの日ベビーベッドを囲んでいた男達の半数は彼の後を追い、あるいは強制的に追わされ、あるいは姿を消した。
ジオン共和国は、偉大な指導者の突然の死を嘆き、その悲しみを乗り越えるために指導者の名を冠したジオン公国として立ち上がった。私は今、公国の総帥として指揮を執る。あの日一番年若く、一番ジオンを畏れていた私が。
父は益々老いた。
年若い頃に感じていた私の予想通り、世には私に使われる人間か、使う価値のない人間か、その二通りしかいなかった。
使う価値のない人間達はもはやサイド3には存在しない。皆消えた。


執務室にレポートが提出された。
私が私的に依頼をした調査結果、諜報部からの報告である。マホガニーの執務机にそれを広げる。
数枚のフィルムと、数枚の調査結果。この程度の枚数しか手に入らなかったか。

フィルムには、望遠で撮影された少女の姿。かつて私が名を問うた、あの赤子の成長した姿が映されていた。
まだジオンが生きていたころ、彼の館を訪れると、木々のあふれる庭にこの子供らが戯れているのを見かけた。
私がジオンの館を訪ねたのは青臭い政治理念に燃えていた為だ。今思えばパフォーマーでしかなかったジオンに政治の何を教わるつもりだったのか己の事ながら理解に苦しむが、所謂ダイクン派の人間と交わり知己を得たのはその後の粛正に役立った。無駄ではなかったと思いたい。
ジオンの長男と、あの赤子が猫の仔のようにじゃれあっていたのを目撃したものだ。時々、末のガルマも混じっていたか。

ガルマは所詮妾腹の子、私から声をかける必要もない。
ガルマに何か吹き込まれていたのだろう、長男のキャスバルなどは私に目礼はしたが近寄りもしなかった。
よく顔も覚えていない。
だが、ふたりにくっつくようにしていた娘、彼女は時々私の目の前にふいに姿を見せた。

雪柳の枝の影からあらわれた。ミモザの木陰からするりとあわられた。
ジオンが溺愛するのもわかる気がする。愛らしい、よりも美しい、と形容するのがふさわしい子供だった。
白く抜ける肌に、母親譲りの白金の髮を伸ばした、日の光のような子供だ。
少女はちいさな茂みから唐突に姿を見せて、私の取り巻きを驚かせた。
父親に似た青い瞳で、私を見上げた。
私の形相はあまり子供に懐かれる作りをしていないのだが、この子供はじっと私を見上げる。
「アルテイシア様か」
私がそう問うと、美しい顔の少女はうっすらと微笑んで、
「ギレン兄さんね」
細い手に持っていた紫雲英の花を私に掲げた。


「アルテイシア・ソム・ダイクンは地球亡命後、セイラ・マスとしサイド7へ移住…」
レポートは冷静な文体でそう書かれている。医学を志して宇宙へ上がったとも書かれていた。
ダイクン派は依然として存在し、蠕動を続けている。地球でのゲリラ活動を煽っているもの彼らであるとの報告も受けているが所詮ゲリラはゲリラでしかない。今我が軍は波濤の勢いであり、ゲリラ掃討へ力を割くのも愚かしい。
ダイクンの家族が地球へ亡命したのは把握していた。幼かった子供たちもそろそろ成人しようという歳に成長しているようだ。
もうそんなに年月が流れたか。
フィルムを見ると、あの光の庭にあらわれた彼女の成長した姿が写されている。
白い肌、金の髮、青い瞳は憂いを帯びて流されている。
美しい娘に育ったものだ。
あのベビーベッドの日の平和が続いていたら、私は本当にこの娘と結婚していたかもしれん。
ジオン・ダイクンの統治のもと、ジオン共和国の副大統領の長子ギレンと大統領長女アルテイシアの婚姻。
国を挙げての祝宴、世論の団結、プロパガンダに多いに利用できるだろう。
新しい民、スペースノイドの結婚____ニュータイプによる治世の華々しい幕開けとして…


確かに夢物語だ。私は嗤い、レポートを机へ投げ置いた。
もはや戻らない日のことだ。偉大な指導者は今は亡く、美しい花嫁は姿を消した。
微笑んだ少女の差し出した花束を、跪いて受け取った日はもう帰らない。

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