Shangri-La | MobileSuitGundam
  
 
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写真


「この写真は‥‥何だ」
普段はあまり私に対して質問をしてこない彼がそう問うてきたとき、私はほんの少しだけ違和感を覚えたが、私にとっては彼の微妙な態度よりも、彼が見ている机の上に投げおかれた学生手帳の中の写真の方が重要だった。
士官学校寮の、私の為に特別にあつらえられた個室に堂々と入ってくることができ、さらに私のデスクに近寄り、その上におかれた手帳を勝手に開いてこれは何だと質問をすることができる人間は本国にも数えるほどしかいない。
父と二人の兄と一人の姉、そしてこの同輩で学友のシャア・アズナブルである。
「‥‥何だはないだろう、シャア。人の手帳を勝手に見ておいて」
私は大して気にしない風を装いながら、そう言った。
白金色の髪の、この同い年の友人はしなやかに伸びた背筋を少しもゆがめることのないまま、じっと机の上の手帳を見つめている。
私は深く包まれるようなソファから立ち上がって、彼の薄い青の瞳が見つめている件の手帳をひょいと取り上げた。
士官学校に入学したときに配付される小さな手帳。IDカードを挟むクリアケースの裏に、その写真はこっそりはさんであった。
私はシャアの静かな、それでいて何か物言いた気な視線からその写真を隠そうと制服の胸元にするりとしまいこんだ。
「誰だ、その少女は。隠し撮りのように見えるが」
「隠し撮りしたのさ」
私はそう答え、再びソファに腰掛けた。私の方を見ているシャアは窓からの光りを背負ってうっすらと影に覆われてはいたが、彼がどこを見ているのかわかる。
私の胸ポケットを見ている。
「ザビ家の人間が年端もいかぬ少女を隠し撮りして、その上その写真を手帳にはさんでいるとはな」
シャアの言い分はまったくもってもっともだ。私自身もそう思っている。
だがそれ以上に、私はこの写真の被写体の少女について彼にふれてほしくなかった。だから、
「なんだいシャア、君にしては珍しく興味があるみたいだね、この写真」
私がそう言うとシャアはバカな、といいたげに薄く笑い、私の手帳から視線を窓に泳がせた。
「‥‥少し、知り合いに似ていると思っただけだ」
彼の知り合い。自分の身内や知人のことをあまり話したがらないシャアが、そうやって知り合い、という言葉を口にすること自体に私は違和感を覚えるべきだった。
そのときはただ、そういえば彼の髪の色はこの少女と似ているかもな、とぼんやりと思っただけだった。
私がこの少女に会ったのは、そう、シャアと初めてあった年の夏だ。

私も士官学校に入学する歳になり、兄や姉たちのように優秀な、ザビ家の名に恥じない男になるべく日々精進したがどうしても勝てない男がいて、私は一回期学年主席を取ることができなかった。
その男にはどうしても勝てない。実技科目となるとなおさらだった。その私の壁ともいえる男こそシャアその人だったのだが、入学して最初の夏期休暇の日、実家にもどった私を丁度居合わせた下の兄(ひょっとすると私の帰りに合わせていてくれたのかも知れない)は、まだ一年目だ、巻き返しのチャンスは十分あると慰めた。
私としてはシャアに負けたというよりも、彼と友人として競り合う事が出来たということの方が重要だったからさして気にしていなかったのだが、慰められてしまうと気にしていなかったことも重大に思えてきて、なんとなく気がふさいだ。
士官学校という準備段階でも人の上に立つものとして相応しい結果を必ずおさめなくてはならなかったということを、私は初めて持つ事のできた友人のおかげですっかり忘れてしまっていた。
私に対して寛大でやさしい兄がああなのだ、一番上の兄や姉が聞いたら何をいわれるだろう。
館の裏、手入れの行き届いた芝の上を歩き、落葉樹の小路を歩く。私がまだ幼かったころ、このあたりでよく遊んだ。
あのころはまだここに同じ年頃の子供がいて、その子たちと猫のように転がり廻っていたような気がするのだが、どうにもおぼろげで曖昧な記憶になってしまっている。
木々が落とす光は柔らかだった。ここが人工の大地であるこをと忘れさせる密閉型コロニーの人工太陽がつくりだす影も、また優しかった。
細い幹と潅木を抜け、衛兵が固める裏門を出ると、主衛が警護をお付けにならない外出は困ります、と私を呼び止めた。
この界隈で私を知らぬ者などいないし、私たちに仇なす者などない。私はジオン国民を愛しているしまた愛されているはずだ、というようなことを彼に投げつけるように言った。そう遠くへは行かないよ、散歩するだけだとも告げた。成績が悪いのを怒られるのが憂鬱で散歩にいくから護衛なんてまっぴらだ、とはさすがに言えない。
館を出て、敷地から一歩足を踏みだすだけで私の気は幾分晴れた。
夏期休暇といっても、ジオンの夏季はかつての地球がそうであったような激しい気候ではない。日照時間が長くなり、日差しが多少強められ、気温が数度高くなる程度だ。活動が活発になるという蝶や虫がいればまた違うのだろうが、ジオンは昆虫に対して厳格だった。
門を背に進むと整えられた並木と芝の中央をゆったりとした道路が伸びている。館はこの大きな広場に挟まれた道路の交差する中央にあるから、丁度ザビの館の四方に向かって道が集まっていると言っていい。
ジオン公国の要であり武門を司るザビの館は要人の私邸であることから厳重な警備の対象であると同時に国民の羨望と愛敬の対象でもある。
正面門へ続く広場通りはザビの館を見ようという観光客が絶えない場所でもあった。
さすがに正面門に足を伸ばせば人の目につくだろう。私は裏門から伸びる歩道をあるいて、ふと、広場にしつらえられたベンチに座る少女を見た。
年は私よりも3つは下だろうか、長く伸ばした金色の髪が夏の光をはじいて輝いていた。
それだけならば私も気にとめなかっただろう、光踊るこの広場で、彼女は自らのまわりにたくさん光の粒を撒いていながらそれに気づかないように暝く沈んだ顔をしていた。
この場所に似付かわしくない、悲しそうな顔をしていた。
私は、自分より年の若い、子供といっていいような年の少女が、そんなふうに悲しそうな表情を作るのを見たことがなかった。
子供というのは思いきり泣くか喚くか、弾けるように笑うか、そういうわかりやすい表情をするものだとばかり思っていたのだ。
子供は悲しければ声を出して泣くものだろう。悲しみを堪えることができるのは大人だけだ。
だがこの少女は、悲壮といってもいいような、思い詰めた顔をして、じっとベンチに座っていた。
私は確かにこのジオン公国の要であり武門を司るザビの一員で、国民と接する機会の限られた生活をしてはいるが、それでも皆のことを意識しない日はない。国民はいつも私たちの立ち居振る舞いを見ているし、またいつも見られているからこそ私も彼らの存在を忘れることなどない。これは良くも悪くも、どんなときでもそうなのだ。
だから私は少女の座るベンチに近づいた。悲しい顔をした私の愛すべき国民を、放っておくべきではないと思ったからだ。

「どうしたの、迷子にでもなったのですか」
少女は声をかけられたことに驚いた様子だった。びりっとした緊張を細い肩のあたりに漂わせ、私の方を振り仰いだ。
青い目をしていた。
今どき貴重な純血の家系なのかもれしない、細く整った顔立ちに白い肌をしていた。
彼女は私を認めると、いえ迷子ではありません、ありがとう、と早い口調で言った。子供の割に低い、落ち着いた声をしている。
私はおや、と思う。末弟とはいえザビ家の人間から声を掛けられて、それらしい反応を示さないとは。
私の顔を知らぬ国民など存在しないだろう。だとすれば、顔立ちといい振るまいといい、ひょっとするとどこか名家の御息女かもしれない。
きちんとしつけられた名家の子ならば、むやみに驚きや喜びを顔に出して騒いだりはしまい。ここが一般国民の憩いの場であり、
この場合どちらかといえば私の方が闖入者なのだから。騒げば人が集まる。
社交界デビュー前の名家の御息女なのだろう、私は勝手にそう思うことにした。
私は少し居住まいを正して、隣に座っても構わないでしょうか、と少女に許しを請う。彼女は構いません、と俯いて答えた。
「よい天気ですね、気持ちがさっぱりとします」
私が話の水向けにそう言うと、彼女はええ、こちらはもう夏なのですねと答えた。
「迷子でなければ、なぜそんなに悲しそうな顔をしているのですか。私でよかったら話してみませんか」
核心に踏み込むには少々唐突だと思ったがそう言ってみる。少女は私には視線を向けず、自分の膝のあたりを見つめたままじっとしていた。
普通に考えれば、通りすがりの人間に悩みを打ち明けるような警戒心のない真似はしないだろう。
だが私は通りすがりではあるが別枠だろう。この少女ならば私の面目を思って何か話題をもちかけてくるだろうと思う。
だが少女は私の思惑とは違うことを聞いてきた。
「あなたは軍人?」
私は少し面食らう。士官学校の制服のまま外に出てきてしまったから、ひょっとしたら私がだれなのか分からないのかも知れない。
私のことが分からないのならばそれはそれで面白い時間が過ごせるかもしれない。悲しい顔をしている少女の前で不謹慎だが私はちょっと楽しくなって髪をかきあげた。
ええ、ゆくゆくは軍人となります、今はその準備期間です。と答えた。
少女は、では士官学校に通っているのですか、と顔をあげた。少女の目が真っ直ぐに私に向けられた。
「わたし…私は今日家を出てきたのです」
奇麗な青い瞳だった。
「家を出た?」
少し驚いたが、だからこんなに暝い顔をしているのだと納得もした。みれば、足下にボストンバッグが置かれている。
「それはいけない、御両親はさぞ心配なさっていることでしょう」
私がそう言うと、少女は悲しげな顔をして、微笑した。微笑みながら顔を微かによこに振る。
「両親は‥‥そう、心配してくれているかもしれません」
私は少女の白い肌が悲しみの形であれ、微笑んだことに少しだけ安堵した。
そして、この子が心から笑ったらどんなに奇麗だろうかとも思った。
「そうです、御両親が心配さなっていることに間違いありません。家など出ても、何の解決にもなりませんよ」
少女は青い瞳を少しだけ私の方に向けて、そしてすっと下に逸した。俯いた横顔に細い金色の髪がすべる。
「でも、あそこは嫌なのです、戦え、戦えと言う。兄にも私にも戦えと言うのです」
「たたかえ?」
「父は争いはいけないと、人々は争うことなくわかりあえるのだと言っていたのに。それなのに、兄は行ってしまった。兄は‥‥戦うために家を出ました。私にはわかりません」
少女の癖のない髪がまっすぐに肩からすべりおりてその横顔を隠した。光をはじく細い髪は柔らかそうで、私は指を伸ばしてその髪に触れたいと思っている自分に気づいた。
「‥‥人は分かりあえる、とジオン・ダイクンの言葉を、貴女は知っているのですね」
私が焦りを誤魔化すように言うと、
「知っている人は多くても、それを実行しようという人は少ないようです」
彼女はそう言って、私の顔を真っ直ぐ見つめてきた。
しなやかな睫毛が青い瞳をふちどる、美しい瞳だと思う。
「もうすぐ戦争がはじまるのでしょう」

私は目を見張った。
「‥‥戦争?どことどこが戦争など」
この少女は何を話している?戦争?
頬にかかった白金の髪をそっと指ではらって、少女は薄い青の瞳を真っ直ぐに私にむけた。
「ここ‥‥ジオン公国と地球が。あなた、軍人になるのでしょう。御存知なのでしょう?」
「何を」
馬鹿な、と私は笑った。
なぜ、こんな少女がそんなことを言うのだ。
国家総動員令が発動するのも時間の問題だと見識ある者たちは見ているだろう。確かに兄たちはその方向で動いている。モビルスーツの開発もそれを睨んで行われ、士官学校でも対艦隊戦とならんでモビルスーツ演習も取り入れられている。
だがそれを報道することはやんわりと封じているはずだ。士官学校でさえ仮想敵国とは言っても明確に名を口することは避けている。
こんな年端もいかない少女が、こんな公園のベンチで軽々と口にする話ではない。
なぜ知っている?
「貴女は誰です、名前を」
身元を押さえておくべきかもしれない。私はそう言いかけて、止めた。
彼女は小さな両手で顔を覆って、震えていた。
「人はなぜ争うのですか。あなたは軍人になるのでしょう。何故戦うの。ジオンの言葉を信じて国を作ったのこの国が何故進んで戦いをおこそうとするの。兄を、私の兄さんを返して‥‥!」
私は、少女の瞳が静かに涙を流すのをただ見ているしかなかった。
青い瞳から、頬へ伝う涙は、奇麗だと思った。
光の溢れる公園で、どうしてあんなに暝く沈んだ顔をしていたのか。彼女は兄が戦争で死ぬことを恐れていたのだろう。
どんな思いで、その戦争を導くザビの館を見上げたのだろうか。
今の私にはなんの力もない。
泣く少女の肩にそっと腕をまわすと、彼女は額を私の肩に押し当ててきた。
私は柔らかな長い髪をそっと撫でた。
その震えを止めることができない自分の無力さを胸にただ溜めながら。


「貴女の名前を教えて下さい。ひょっとしたら、貴女の兄上も、私は探すことが出来るかも知れません。そうしたら貴女に連絡をいれるようにと伝えることもできる」
近い将来私が地位を得ることができれば、私の力で彼女の兄を戦線から遠いところに配置することもできるかもしれない。
いや、それよりも私の近くに置いてやることさえ可能だ。彼女は私がだれだか気がつかないようだが、私はそれが許される身なのだから。
私の肩から恥ずかしそうに離れた少女はすぐに平静さを取り戻し、しかし静かに顔を振った。
「兄の邪魔はできません。兄が連絡をよこさないのはきっと考えがあってのことでしょうから」
彼女はそう言った。睫毛が涙で濡れていたが、ちいさく笑った。
私は思う、一人の人間を微笑ませることのなんと難しいことか。彼女のような思いをする国民はこれからもっと増えることになるのだ。
人の上に立つ者として、何をすべきなのか。
しかしそれを成すことができれば、きっと彼女は輝くような笑みを浮かべてくれるだろう。
そうある世を創るために、私達は戦うのだ。

「‥‥迎えが来ました」
そう言って彼女はベンチから立ち上がった。体格のいい男たちが、足早にこちらに向かってくるのが見えた。ボディガードだとしたら彼女はやはりどこか良家の令嬢なのだろう。
だとしたら、いつか必ず会える。
「お名前は次にお会いするときに、必ずお伺いします」
私はそう言うと、彼女の手をとり甲にキスをする。少女は少し驚いたようだが、
「こんなにはやく居場所がわかってしまうものなら、もう家出なんて手段はとらないことにします。自立できる年になったら堂々と家を出るわ」
ありがとう、少女はそういって、私を見つめた。
肩まである金色の髪が風に揺れていた。

その後、私は運良く通りかかった観光客に彼女の後ろ姿をカメラで撮影させた。
一人旅らしい彼は私に声を掛けられた事に酷く驚き、また私の願いにさらに驚いたようだが、うまく少女をファインダにおさめることができたと走って戻ってきた。
私はそのデータを端末にその場で落としてもらった。さらに彼のカメラに少女のデータが残らないよう消去さえ頼んだ。
彼は被写体の少女について私に尋ねたがっているふうだったが、何も聞かずに、喜んで私の要求に答えてくれた。
その写真が今私の胸ポケットの中にある。私が戦いの意義を自覚する、きっかけを与えてくれた少女だ。
夏季休暇を終え、彼女の兄がこの士官学校にいるかもれないと探ってはみたが、良家の男子というだけではなかなか絞り込むことが出来ず、私は彼女のことをまだ誰にも伝えることが出来ず今に至っている。
まだ、彼女にも会えない。
私はソファに腰掛けたまま、窓の外に目をやる。
シャアもじっと窓の外を見つめている。
開戦は近い。
私は戦う、制服の胸元にしまいこんだ写真の少女が、幸せに微笑んでくれる日の為に。

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