Shangri-La | MobileSuitGundam
  
 
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デッキにて


「カイさん何やってるんですか、危ないですよ!」
モビルスーツデッキはいつも喧騒に包まれている。いつも誰かが怒鳴り声をあげている。
自分たちが扱っているのは巨大な兵器。ナリばかり大きいだけで、こいつらは自分のことを自分では何一つ管理できない。
結果、僕たちは自分の何十倍も大きな患者を相手にしている医者みたいに、大声をあげながらこいつらを治療してやる。
気が立っているせいもあるけれど、大声をあげないと重機のパワーに適わないからだ。
他のクルーに指示を出すときにそんな大声は必要ないのだけれど(メットにイヤホンだって付いてるんだし)つられて声が大きくなる。
宇宙世紀に入ってから、人類は声帯が縮小してきたというレポートを読んだことがある。コロニーの中で、共有の空気を振動させて大声を出すことはちょっとしたマナー違反のように思われてきたからだと思うが、ホワイトベースに来てから、僕は地声が大きくなった。
僕はいつものようにガンダムのヘッドに足を掛け、アンテナを掴んで、向こう側でガンキヤノンの整備をしているカイさんに向かって叫んでいた。
「うっさいのよアムロ君は!そんなに怒鳴らなくたって聞こえるっていつも言ってるでしょ!」
カイさんもいつものように癖のある喋り方で怒鳴り返してきた。僕はとりあえず済みません、とひと言あやまってからガンキヤノンの方へ向かう。
カイさんはハッチを開けたままコックピットに着座して、ガンキヤノンの腕を操縦していた。デッキは狭いし、特にキヤノン砲を両肩に担いでいるようなスタイルのガンキヤノンをぐりぐり動かすと幅を取って仕方ない。ガンダムを動かすとき以上に、ガンキヤノンの移動には皆神経質になるのに、カイさんはお構いなしだ。
「何やってるんですか」
「マニュピレータの動作チェックじゃんか」
そう答えるカイさんは、如何にも違うことしてますという感じで笑っている。僕がカイさんと話すのが得意じゃないのは、こういうときどうしていいか分からないからだ。

視界の端を明るい色がかすめて流れていった。
反射的に目を奪われて、豊かな金色の髮の、セイラさんがコアファイアターにむかっていくのが見えた。
セイラさんだ。
ホワイトベースで生活することを余儀なくされてからもう二ケタの日々が過ぎているというのに、未だにセイラさんと話すときはどこか緊張している自分がいる。彼女が年上だからって、緊張する必要なんてないことはわかっているのに(階級だって僕の方が上なんだし)それでも彼女の前では背筋の伸ばしていないといけないような気がする。セイラさんの青い瞳はいつも静かなのに、後ろめたい何かを見つめられている気にさせる。
名のある彫刻や神像の前に立っているときのような、静かで物言わぬ、清廉な存在の前に立たされるような気持ちに似ているかもしれない。
薄いラベンダー色というのだろうか、セイラさんは制服姿のままでコアファイターの整備をするのだろうか。
セイラさんがジャブローでパイロット適性を認められて、パイロットとして任命されたと聞いたとき、僕はちょっと嬉しかった。
ちょっとだけ。大喜びできるほど嬉しい仕事だったらよかったのにと思う。
結局戦争をやらされることには変わりないし、それも最前線に投入されるホワイトベースの、そのまた最前線で戦うパイロットにセイラさんが任命されて、手放しで大喜びしていいものか。
ひょっとしたら死んでしまうかもしれないのに。
でも、少しだけセイラさんと距離が近くなる。それが正式に決まったことが嬉しかった。ちょっとだけね。

「アムロっくーん、何見てるの?」
また反射的に声の方に向き直る。カイさんがにやにやしていた。別に何も、と慌てて言ったが、カイさんのにやにやは変らなかった。
「セイラさん、パイロットになったんだろ?先輩パイロットとしていろいろアドバイスしてあげなきゃだよね、手取り足取りさあ」
セイラさんのことを見てたのが、カイさんにばれてしまっていた。僕は自分の顔が赤くなっているのが分かった。偏光バイザーを下げているけど、カイさんにはそれもわかったかもしれない。
「教えることなんてないですよ、今までだってずっとセイラさんコアファイターに乗ってたじゃないですか」
僕は声が裏返りそうになるのを押さえようとして早口に喋った。
「そんでもさあ、宇宙でやンのは初めてだろ?サイド7からルナツーまでのときは、セイラさん通信やってたもんなあ。”しっかりね、カイ”なんて言っちゃってさー」
うへへ、と笑うカイさん。
そう、僕がセイラさんのパイロット正式就任を大喜びできないのは、もう通信モニタから声をかけてくれることがないということが正式に決定してしまったからだ。そりゃ、今はフラウがやってくれてるから、役が足りているのかもしれないけど。
食堂やブリッジや、自室に戻るときにすれ違うときは軽く会釈くらいしかできないのに、カタパルト装着直前なら、落ち着いてセイラさんと話ができた。ガンダムのコックピットのあの小さなモニタから見るセイラさんは凛として、僕たちパイロットが戦闘前に緊張しないようにだと思うけど、ふっと笑顔を見せてくれる。端切れのいい声で、的確に指示と状況を説明してくれる。
ビジネス向きの対応の中に、ちょっとだけ私的な反応がある。それが上手だったと思う。そして最後に
がんばって、アムロ。あなたならできるわ。
それで何だか、いってくるぞ!って感じになる。
フラウのナビもいいけど、フラウの場合、世話焼き委員長みたいな、感じなんだよな。面白いけどさ。

「でも危ないですよ、ノーマルスーツなしで整備なんて。僕ちょっと言ってきます」
僕はキャットウォークを蹴ってコアファイターに身体を流した。カイさんが、なんだよアムロ、マニュピレータ研究につきあえよ!と叫んでいる。大声で叫んでも叫ばなくても、イヤホンから聞こえるのに、人って面白いな。
僕は片手をあげてカイさんに答えた。地球の重力から解き放たれたこの宇宙で、僕の身体は直線的に彼女の方に向っていく。

「アムロ」
コアファイターのシートに座っていたセイラさんが僕に気付いた。白みがかった綺麗な金髪を耳にかけ、僕を見上げる。
奇麗な青い瞳があった。僕は相変わらずというか予想通りというか、心臓が一回大きく跳ねた。
さっきみたいに顔色がかわっていなきゃいいけど、と思いながらバイザーを上げた。こうしないとセイラさんには声が届かない。
「どうしたんです、ノーマルスーツなしで?危ないですよ」
そう話しかけて、やっぱりどきりとする。セイラさんの瞳が、真っ直ぐこちらを見ている。
奇麗な人だと、思う。肌なんか、フラウがいつも羨ましそうに褒めている。セイラさんて、本当にきれいなの。どうしてモデルさんにならなかったのかしら、お医者さんなんて勿体ない。私がデザイナーになれたら、セイラさんに似合うような服をつくってみたいわ。
僕も思う。頬から顎にかけての線や、奇麗な瞳や、鼻のラインとか…うまく言えないけど、余計なものがない、と思う。
彫刻みたいだと思うのは、そう、余計なものを全部そぎ落として、捨てて、磨いて…その中から生まれてくるものと、彼女の雰囲気が近いからだ。
余計なものを、持っていない。きっとそれは彼女の生き方もそうなのではないか、と思った。
なぜそう思うのか、分からないけれど。
セイラさんは困った、という感じに息をついた。また、どきりとする。
「ごめんなさい、眠れなくて。ちょっとコアファイターのマニュアルを取りにきただけなの。部屋で読もうかと思って」
眠れないということは、今セイラさんは就寝時間帯なのか。一瞬、ベッドに入るために制服から着替えているセイラさんを想像して、慌てて頭を振る。そんな僕に察しがついたのか、セイラさんは細いまゆをひそめた。どうせ男なんてそんな生物だよアムロ君。
カイさんの声が聞こえてきそうな気がした。
よりによってセイラさんの前で、こんなバカなこと想像するなんて!きっと軽べつされた、またまともに喋れなくなってしまう。
そう思って、謝ってしまおうと頭を下げかけた僕に、セイラさんは
「アムロ、カイに影響されて妙なこと想像していなくて?」
と笑った。

笑った。

僕は一瞬、自分の目を疑ってみた。いや、でも確かに笑った。
セイラさんは惚けている僕に少し首をかしげて、それからいつものように長い長いまつげを伏せて、お疲れさま、部屋に戻るわとシートから抜け出ていった。
おやすみなさい、と慌てて返事をしたときには、セイラさんはもうキャットウォークからエアブロックへ移動していた。
白金の髮が、光をはじいていた。

僕はノーマルスーツの上から胸をおさえた。
どきどきする。
向こうからカイさんが流れてきた。何話したんだよー、と声が聞こえる。セイラさんが笑ってくれたんだ、でもこれは内緒にしておこうと思った。

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