Shangri-La | MobileSuitGundam
  
 
Angelique
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finalFantasy
Shortstory
 青の瞳
 花嵐
 砂の大地
 写真
 デッキにて
 花を手折る
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砂の大地


兄さんだ。
人のいなくなったコロニー。砂の舞う枯れ果てた大地は、人から造られていながら人を拒絶している。
神が造ったのならば、壊れても土に還り神のもとへと向かうのに、人が造ったものは人へと還らない。
どこにも還ることができない、うち捨てられた塊。
捨てられたことを知っているのだ。このコロニーは。だから人を拒絶し、泣き荒れている。

ヘルメットのバイザーを下ろしていなければ、とても立ってはいられまい。
絶え間なく続く風が、渇き立ち枯れた枝をしならせる。もはや何も育むことのできない死んだ大地は砂に覆われ、風に巻き上げられる。
かつてはここも美しい所だったのだろう。緑生い茂り馬が駈ける丘があり、花の咲く平原が広がり、静かに水をたたえる湖があった。
旧世紀の古きよき時代、を再現したこのテキサス・コロニーは、この戦争の続く宇宙で省みられることもなく死んでいる。
吹き荒れる風の音、ヘルメットにぱらぱらと砂が滑る音が聞こえる。
唸りにも似た砂風が聞こえる。
何かの音に似ているとぼんやりと思ったが、何の音だったか思い出せない。
その耳に、懐かしい兄の声がする。

もう、何年会っていなかった?
彼と最後に話したのは一体何年前だったのだろう?
父の敵を取るのだと、幼い顔を蝋のように白くしながら告げた彼を思い出す。
あれから何年?
兄と別れるのが嫌で、三日は泣いて過ごした。反抗の意志をハンガー・ストライキという手段でしか表すことができなかったのを思い出した。幼かった、彼も私も。
部屋に閉じこもってずっと泣いた。兄はドアの前で私に話しかけてくれた。
わかって欲しいアルテイシア、私は(子供の癖に一人称が私、なんて)どうしても父の敵を打ちたいんだ。
私は返事をしなかった。
敵討ちなんてどうでもいいと思った。兄さんにそんな行動をとらせるようにしむけたジンバ・ラルが憎かった。
父さんを殺した(とジンバは言っていた)ザビ家の人間が憎かった。
死んでしまった父さんさえ恨んだ。
何より、私よりもそんな憎い敵を選んだ兄を恨んだ。

今目の前にいるのはジオン軍の軍服をすっきりと着こなしている若い将校。
肩章の縁飾りが風にあおられ揺れている。
この軍服を見ると連邦の軍服がいかにももたついているように思える。赤い軍服に黒いマントがよく映えた。白銀のヘルメットの下、白銀のマスクは偏光マスクだろうか?目をどうにかしてしまったの、兄さん?
マスクの下の瞳を見ることができないが、昔のキャスバル兄さんの瞳にかわりないだろうか。
あの薄い青の瞳にかわりないだろうか。
少々癖毛かかっている白金色の髪がヘルメットからのぞいている。
私といっしょの色。
兄さん昔は癖のない髪をしていたのに、父さんに似たのね。
私と兄の間に、テキサスの風が唸りを上げて吹き抜ける。

「軍をぬけろと言ったはずだ。…それが軍曹だとはな」
マスクに覆われていない口元に、うっすらと苦笑を浮かべて兄は言った。
優しい声をしていた。
そう、言ったわね兄さん。ジャブローでほんの一瞬出会ったときに。
軍で聞く声は怒鳴り声だったり高圧的だったり悲鳴だったりするものばかりだったが、兄さんの声は優しい声に聞こえる。
テキサスの風の音が兄の声にかぶさってくる。もっとはっきり聞きたい。
そう思って少し体を近づけた。

「ジオンに入国して、ハイスクールから士官学校へ進んだのもザビ家に近づきたかったからだ。 しかしな、アルテイシア。私だってそれから少しは大人になった‥‥」
すぐ隣で兄が喋っている。ずっと探していた兄が。
私から離れた後、ジオンに侵入してから写真一枚送ってこなかった兄が。だから私は、探している兄がどんな青年になっているのか知ることができなかった。出会えればきっと、わかるはずだと信じて。その思いにすがるようにして。
マスクに覆われた横顔の顎のラインを見つめて、かつての兄さんの面影を探す。
幼かった面影はそこに重ならない、そこにあるのは若々しい青年でしかなかった。
兄さんが隣にいる。でも…
「ザビ家を連邦が倒すだけでは、人類の真の平和は得られないと悟ったのだ」
何を言っているのだろう、兄さん?
砂風が邪魔で声がよく聞こえない。
父さんの敵を討つために、私から離れたのではなかったの?
人類の真の平和?そんな夢みたいな事のために戦場にいるの?
そんな事の為に、私から離れているの?

「ジンバ・ラルはニュータイプは人類が変わるべき理想のタイプだと教えてくれたわ。だったらニュータイプを敵にする必要はないはずよ!」
私はそう答えている。脳の表層だけが兄の言葉を聞き取って、わたしの口を使って言葉を発させている。
何を喋っているのだろう。
こんなこと。戦争の行方とか、人類の未来とか、人の革新とか。そんなことを話したいんじゃない。こんなことを論議するためにずっと兄さんを探していたんじゃない。
兄さんだって、他に言いたいことがあるはずよ。私に言わなくてはいけないことがあるはずよ。
聞きたいことは山ほどあった。話したいことはそんな大それたことではないの。
どんな風に毎日を過ごしていたの?
兄さんはどんな部屋で暮らしてきたの?
士官学校で友人はできた?どんな戦場を駆け抜けて、赤い彗星なんて名前をもらったの?
私を、思い出してくれることはあった?

言葉にすると思いはなんと安っぽく色あせてしまうのだろう。
ずっと探していた兄を目の前にして、伝えたいと思っていたことが、思いの何分の一も伝わらない。
ずっと兄さんの背中を探して、ずっとその背中に叫び続けていたのに。
今になって思えば、どんな言葉を兄に叫んでいたのかさえわからなかった。
私はどんな思いも言葉にすることができずにただ口を閉ざした。
マスクの下に隠された兄さんの表情はほとんど読めない。青年らしい顎の線をしたジオンの将校は、私に向かって地球に降りろ、一生をそこで全うしろと言った。
ああ、と私は思う。
キャスバルは姿を消したのだ。私の中にしかもうキャスバル兄さんはいないのだ、と。
今ここにいるのは、かつてキャスバルという名で呼ばれていたシャア・アズナブルという他人なのだ。
私の探していた人はもう、呑まれていなくなってしまったのだ。
一緒に庭を走り、手を繋いでくれた優しい兄は…
まぶたの裏に幼い兄の面影が浮かび、砂嵐の音でかすれるように消えてゆく。


彼はまた私に背を向けて離れていった。背中に優雅な線を描くマントが揺れた。
もう会えないのだろうか?心臓がつぶれそうなほどの絶望が目の前に滑り落ちてくる。明日が保証された平穏とはほど遠いところにお互いは身を置いている。やっと会えた。やっと会えたのに…!
そう考えて軽く頭を振る。もう会う必要などないのではないか。
私の探していたキャスバルはもういないのだから。あそこに、背を向けているのは私の知らない青年だ。
シャアという青年のことを、私は戦場の敵としてしか知る必要はないのだ。
彼にとっても私と言う存在は、かつてアルテイシアという名で呼ばれていた他人でしかないだろう。
だからもう会う必要はないのだ。
兄さん。
まぶたを閉じる。涙が頬に滑り落ちた。
ここには重力があるんだとぼんやり思った。
赤い軍服が砂嵐に塗りつぶされる。
もう兄さんではないの…?
彼はふと立ち止まり、私を振り返った。
振り返る必要などないと思う体と、振り返らなければ後悔すると思う体がせめぎ合っているように、ぎこちなく立ち止まって。
「…アルテイシア…その素顔をもう一度見せてくれないか?」
風の唸り声が低く響く。その合間をぬうように、ひどく穏やかな優しい声音が聞こえた。
私はまぶたを閉じて、溜まっていた涙をすべてこぼした。
きちんと見なくてはいけない。彼が誰でも。キャスバルでもシャアでも、どうでもよかった。
今私を振り返ってくれた彼の為に。
もう一度会えるなんて保証はないのだから。私はバイザーを上げ、遠くに砂で霞む彼を見た。
遮るものがなくなって、風は一層大きな音で耳に唸る。
「思い直して下さい、兄さん」
ただ、そう言った。私に背を向けていこうとする青年に。
遠くにいこうとしている、兄だった人に…
「奇麗だよ、アルテイシア…」
彼は唇に微笑を浮かべた。


やっと、キャスバル兄さんの面影をそこに見ることができた。
やはり、彼は兄さんなのだ。私は追いかけることも出来ずにその場に座り込んだ。
幼かったキャスバルを内包して、彼はシャアという青年になった。
その視線はきっと、私よりもずっと遥かな高みを見据えているのだろう。
かつて父がそうだったように。
きっとキャスバルでいるよりも、ずっと大きな人物として。
ざあざあとノイズのように砂が舞い、風が唸る。
砂嵐は、胎内で眠っていた頃に聞く母親の血流の音に似ているのだと思い出した。
さようなら、キャスバル兄さん。
私は遠くに行ってしまった兄を思って泣いた。



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