Shangri-La | angelique
  
 
Angelique
12Kingdom
OgreBattle
Mobile sutie Gundam
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Shortstory
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 花火
 宴の夜
 満ち月
 癒しの瞳
 クチバシ
 草原にて
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満ち月
<<後半>>


「アーウィンド!!」
カノープスが鋭く急降下して、巨大な男の頭上に一撃を落とし込む。ヴァンパイアが怯んだ隙に、ランスロットはうつぶせに倒れているアーウィンドを抱き上げてその場を離れた。
「アーウィンド殿!お気を確かに!」
ぐったりと首を仰け反らせたまま、アーウィンドは答えを返さなかった。
細い首筋からは、今はもう出血はしていない。ただ、赤黒く小さな穴が二つ空いていた。ランスロットは拳を握る。
「おい!ランスロット!どうだ!?」
カノープスは男の周囲を飛び回り、ときには着陸したりと、相手を翻弄しながら一撃離脱を繰り返している。
こんなことで倒せる相手ではないことは分かっている。時間が稼げればそれでいい。
「わからん。出血は大したことはなさそうだが」
ランスロットはそう言いながらマントを外し、横たえた彼女に掛けてやる。
手のひらを彼女の頬に添えて熱を感じ取ろうとしたが、銀の小手に包まれた手ではそれもままならなかった。青ざめた唇も、ぴくりともしない長い睫も、背筋の凍る予感以外、ランスロットに与えてはくれなかった。
急がなくては。
ランスロットはアーウィンドの頬からそっと手を離し、拳を握る。
そうして剣を抜いた。
「どちらにしても、その化け物を逃がす訳にはいかない」
「そうこなくっちゃな!」
カノープスは不敵な笑みを浮かべて大男の背後から上段の蹴りを喰らわせた。
ヴァンパイアは煩そうにカノープスの攻撃を払っていたが、ついに怒りを白い顏に表した。拳を握り締め、低く唸りを上げる。
ランスロットは剣を中段に構えたまま邪気に満ちた生物に向かって助走し、咆哮をあげるヴァンパイアは拳を天に翳す。
ランスロットは剣の切っ先を切り上げ、ヴァンパイアは拳を突き出した。
互いの攻撃は相手を貫く。ヴァンパイアは胸を切り裂かれ体液を吹き出し、ランスロットは肩に拳を受けて後ずさった。
カノープスがランスロットの前に舞い降り、すかさず魔物の傷口めがけて得物を叩き付けた。淡く発光をみせる戦斧は、厚い胸板に吸い込まれるようにめり込んだ。ヴァンパイアが悲鳴と思われる叫びを上げる。
「やったか!?」
カノープスが大男の頭上を飛び越え着地した。が、ヴァンパイアはくるりと振り向きカノープスに殴りかかる。
「全然効いてねえ!!」
拳をモロに喰らって、吹っ飛ばされる視界の端に、斧でつけたはずの傷がすでに塞がれているのをカノープスは見てしまった。
冗談じゃねえ、と吐き捨ててから、
「一時撤退だ、ランスロット。こんな奴とまともに戦ってられるか!」
カノープスが叫ぶ。
アーウィンドを傷つけた輩を許してやれるほど、ランスロットは聖人ではない。だが、彼女が一刻も早い治療を必要としているのも確かだった。ランスロットは痛みに歯を食いしばったまま、横たえたアーウィンドに目を向ける。だが、そこには彼女はいなかった。
レンガ道のまん中に、自分が彼女に掛けてやったマントが落ちている。
「アーウィンド殿…?」
そして、影が踊った。
ランスロットは目を見開く。
深紅の髪をたなびかせて、アーウィンドがこちらに飛び込んでこようとしていた。月光を背にして、彼女の髪が火の粉のように赤銅色に、長剣は白く光る。時の流れが遅くなったかのような動作で、アーウィンドが剣を振り下ろすのが見えた。
その剣は明らかにランスロットを向いていた。
「!」
咄嗟に剣で彼女の剣を防ぐ。衝撃で、肩に激痛が走った。
アーウィンドはそのまま後ろへと飛び、そのまま地を蹴って再びランスロットの懐に剣を突き出した。
「おい!何血迷ってんだ!」
カノープスは慌ててふたりの間に割り込んで斧を構え、アーウィンドを受け止める。予想以上の力でカノープスは押され、堪えきれずにアーウィンドを突き飛ばした。
彼女は宙でその勢いを殺し、ひらりと体勢をたてなおす。
「このクソ忙しい時に、厄介だな」
「操られている…噛まれたときか」
カノープスは口の端に苦笑いを浮かべながら、戦斧を肩に担いだ。ランスロットも肩を押さえ、カノープスと背中合わせに立ち上がる。
暗闇に沈む街に、アーウィンドは剣をだらりと持ったままこちらを見ている。
ランスロットは冷えた汗を額に浮かべ、自分達の勇者を見つめた。
どこを見ているのか分らない紅い瞳は空洞のようで、闇を吸い込んだ様に暗かった。
アーウィンドと戦うことになるとは。
ヴァンパイアが咆哮をあげた。それと同時にアーウィンドは踏み切り、跳躍する。
「アーウィンドは任せた!」
カノープスはヴァンパイアと共に空へ舞い上がる。ランスロットは何かに堪えるように眉をゆがめながら、その剣撃を受け止めた。
肩に走る激痛。思わず咽から声が漏れた。
アーウィンドはそんなランスロットに構わず、鋭い切り返しをたたき込んでくる。
解放軍の中でも彼女の剣技は抜きん出ていた。
ゼノビアの騎士たちもその攻撃の鋭さには到底及ばなかったほどである。
ランスロットでさえ、いつか彼女に追いつかれるのでないかと内心ひやひやしていたというのに。
ヴァンパイアに操られた今の彼女の攻撃には手加減や躊躇いが微塵も感じられない。その分、強かった。
感じるのは濃密な闇の気配と、どうしようもない憤り。やり場のない怒りと詛い。あらゆる負の感情がアーウィンドの意識にとり憑いている。
ランスロットは一方的に追い詰められていった。
彼女を相手にして攻撃などできる訳がない。
ランスロットは休む間もなく繰り出されてくるアーウィンドの剣を見きわめ、できるだけ躱し、それが及ばないときにだけ剣で攻撃を防いだ。
少しずつ壁際に追われていく。もう背後に余裕がなくなっているのが分る。
「!」
躱し損ねて、頬に熱い痛みを覚えた。剣の先で皮膚を引っ掛けられたようだ。
彼女を正気に戻すには、何をすればいいのだろう。
彼女が正気に戻ったとき、自分を傷つけたと彼女が知ったら、きっとアーウィンドは自分自身を責めるだろう。
ランスロットはそれを避けたいが為に、必死になっているにすぎなかった。

ランスロットの剣が、アーウィンドの剣を弾き飛ばした。剣は宙を舞い音を立てて地に落ちる。
「しまっ…」
一瞬の隙をついて、アーウィンドは空手のままランスロットにつかみかかってきた。激しく壁に叩き付けられ、肩を打った。
ランスロットは喘ぐ。白い手が、女とは思えない凄まじい力がランスロットの喉元を締め付けてくる。血が巡らなくなる。呼吸ができなくなった。
震える手で、ランスロットは剣を捨てた。
下手に動くと彼女を傷つけてしまうことになってしまう。
「死ぬつもりかランスロット!」
遥か頭上でカノープスが叫んでいる。
ランスロットは唇に薄い笑みを浮かべて、目の前の娘を見た。アーウィンドが口を開けている。
見た事のない、牙が覗いている。
ああ、と思い、首を押さえ付けてくる彼女の腕をそっと握って、目を閉じた。
首筋にアーウィンドの牙が触れる。
彼女に噛まれたら、自分も今の彼女のようになるのだろうか。
ランスロットは目を閉じたままアーウィンドの髪を撫でた。
その時、呟きが聞こえた。
くるしい、と。
ランスロットは目を見開く。牙をむいていたはずのアーウィンド。しかし、ランスロットの首を締めていた手も容易くほどける。
アーウィンドはよろめいて後ずさり、自分自身を抱き締めるようにして、膝を付いた。
痛みに耐える様に震えながら、か細い声で言った。
「くるしいよ…」
ランスロットの中で何かが火を吹いた。剣を拾い上げ走り出した。
そうして、前方でカノープスを殴り付けている、こちらに背中を向けた魔性の男に剣を突き出し、そのまま体当たりした。
鈍い音がして、剣がめり込んだ。剣先はヴァンパイアの背中から胸を貫き、体の外に飛び出している。
絶叫が迸った。ランスロットは柄を逆手に握ると、渾身の力を込めて、
「うおおおおおおお!」
剣をそのまま上に上げてゆく。貫通した剣はヴァンパイアの背から肩を切り裂いた。月光に、吹き出す鮮血が鈍く光る。
どさり、と音を立てて、漆黒の男は倒れた。赤黒い肉の裂け目がひくひくと動いているが、流石に息絶えていた。
ランスロットは息をつき、黙ったまま剣を納める。
殴り飛ばされて、植え込みの中にはまっていたカノープスががさがさと這い出てきた。倒れているヴァンパイアと、その切り口を見て、すげえな〜と苦く笑った。
ランスロットはゆっくりと、アーウィンドの傍に膝を付く。
「アーウィンド殿…」
己自身を抱き締めていたアーウィンドが顏を上げる。
赤い瞳には涙があった。ランスロットを認めると、両手をのばして抱き着いた。
ランスロットはやわらかく受け止める。
「ごめんなさい…!」
「無事でよかった」
ランスロットの肩に額を乗せて、アーウィンドは少し泣いた。
何度も何度も、ごめんなさいと呟いている。
ランスロットは頬をよせて、髪を撫でてやる。
「あなたが謝ることではありません」
抱きついてくる娘の髪を幾度も撫でてランスロットは目を伏せた。アーウィンドは小さな声でごめんなさい、と呟いた。
「まーったく、どーなるかと思ったぜ」
カノープスが頭をかきながら言った。アーウィンドは顏を上げ、そこら中打ち身だらけのバルタンを見上げた。
「カノープス」
「首んとこ見せてみ」
そういって、アーウィンドの髪を払って首筋を覗き込んだ。
「跡が消えている」
ランスロットが立ち上がり、彼女を引き起こす。アーウィンドは改めて頭を下げた。
「ふたりとも、本当にありがとう」
「ったくよー。大体お前、一人であんなのとやろうってのが間違ってるんだよ。俺達が来たからよかったようなものの」
「うん…」
「こっちの身にもなれっていうんだ。ったく」
「ごめん…」
「無茶っていうか、身の程知らずっていうかよー」
「…元はと言えばあんたの到着が遅かったからでしょ!?人が下手にでればいい気になって!」
「なんだと!?」
「こっちだって大変だったんだから!援軍はいつまでたっても来ないし!どこで油売ってたのよ!このノロマ!」
「お前〜!」
ふたりがいつものように喧々とはじめたので、ランスロットは呆れながらも安堵の息をついた。
見上げると、青白い月が浮かんでいる。
静かに光が降りてくる。ランスロットは頬に手をやり、薄く切れた傷に触れた。うっすらと血が滲みはじめていた。
あの人に傷付けられるのは構わない。ただ、自分が、あの人を傷つけるようなことだけは我慢できない。
もう二度と、彼女に向かって剣を握ることがなければいい。
ランスロットの思いも、これから辿ることになる道をも知っているかのように、月が見ていた。

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