富山地鉄射水線廃線跡から加越能鉄道万葉線へ…(2)


射水線廃線跡のバス道を走る富山地鉄のバス

射水線廃線跡を利用したバス専用道
を富山地鉄のバスが行く。八ヶ山駅跡
の手前にて。
四方から新港東口へ
 四方に行く前に、朝しかバス道を通らないバスを撮影するため早起きした。富山駅前からバスに乗り、八ヶ山の手前の石坂新というバス停で下車した。雪が降る寒い中、射水線跡の盛土の脇で待ち、バスが道をバスが通るたびシャッターを切る。本数は意外と多く10〜15分に1回は中心部に向うバスが通っていた。

 バス道のすぐ側には県道7号線が沿うようにある。通勤ラッシュを迎え、市外を出る車線はすいすい走る。それに比べ市街へ行く車線は流れが悪く、信号が赤になるとすぐ車が何台も連なる。そのノロノロ運転を尻目に、バス道を行くバスは悠々と市内に向かっている。この光景を見て射水線跡のバス道を通るバスが朝の富山駅行きだけという不思議な時刻設定をしている訳がわかった気がする。

 撮影を終えバスに乗り四方で降りた。ここには四方駅があったところで、射水線が廃止されるまで列車の交換をしていた駅だった。駅跡を探すのに手間取ったが、地元の人に聞きようやく駅跡を見つけた。そこのバス停は「ちてつ四方」となっていて駅があった事を思い起こさせる。

 四方駅跡から新港東口まではほぼサイクリングロードに転用された。日本海石油が射水線跡を堀り起こし、送油管を埋めた後、地元にサイクリングロードとして提供されたものという。サイクリングロードをしばらく歩き、新湊市に入り本江駅跡を過ぎた所でバスに乗り、廃止時の終点だった新港東口を目指した。このバスは富山駅前発で射水線のルートにほぼ沿って走り、1時間に1本の運転だ(その他富山駅-四方などの区間運転がある)。車窓の右手には海が近く、左手にはサイクリングロードの殆どの区間を眺めながら走った。途中での乗降客はわずかながらいたものの、終点の新港東口まで行ったのは私だけだった。

“ミニ連絡船”富山県営渡船
 既に延べた通り、富山新港が出来た事により、射水線の堀岡-越ノ潟間は分断されてしまった。堀岡から0.7km先の新港東口まで路線を延長し、ここから加越能鉄道の終着駅の越ノ潟まで富山県が県営の渡船を運行する事になり、かろうじて分断区間と鉄路は接続され“ミニ連絡船”のような役割を果たしていた。この渡船は始め20円の運賃を取っていたが、販売する経費のほうが高くつくため無料となった。射水線が廃止され今も、富山県営渡船は健在で、加越能鉄道の万葉線と富山地鉄のバス路線の橋渡し、地元の人々の足となっている。

 バスを降ると、5分くらいで富山県営渡船の船が連絡していて、連絡船さながらに接続は良かった。しかし、一本見送り乗船場の周辺を散策した。新港東駅跡は工場ができ、その横を射水線跡のサイクリングロードが四方から続いている。

 堀岡発着場は遠くから見るとローカル線の駅を思い起こさせる形をしている。待合室の扉を開けると暖房が効きすぎてモワッとした空気が体を包む。中は6畳ほどの広さがあり、こちらも無人駅の待合室のようだ。

 掲げられている時刻表を見ると、朝夕の通勤通学時間帯は4本で、その他は2本だ。驚いたのは、この船が24時間運航だという事だ。夜間は1時間あたり1,2本の運行で、1時から6時の間は乗船客がいないと運行されないと但し書きが付いている。新港が出来て困ったのは鉄道利用者だけでなく、沿線の住民もそうだろう。車なら少しの遠回り困難ではないが、そうでない人にとってはすぐそこまでは歩きや自転車でで気軽に行けたのに、新港が出来たせいで、十キロ近くも遠回りをしなければいけない。そのような人々への配慮で、条件付ながらも終夜運転としているのかもしれない。時刻表のさらに凄いことは日本語の説明に続き、英語でなくロシア語が来ている事だ。富山新港にロシアの船が頻繁に入り、ロシア人の利用が意外とあるのかもしれない。

 渡船が越ノ潟から折り返し戻って来て、船首のタラップを下げ接岸する。待合室で待っていた数人の乗船客はタラップを通り奥の客室に消えた。自転車などの二輪車も持ち込め、自転車と一緒に乗り込む人もいる。甲板は20台程度の二輪車が収まる広さがある。

 私もタラップを渡り、乗船客は客室に入れという注意書きに従って客室に入った。客室は縦向きのロングシートが2個向かい合わせになっている。10人ちょっと座れそうで、立客用の捕まり棒らしきものがある。天気のいい日は後ろのデッキにあるベンチも使用されるのだろう。先に乗り込んでいた4人の地元の人に混じり、私も腰掛けた。約6畳の広さで、JR在来線などの車体幅よりもやや広く、奥行きがとても狭い空間に5人の乗船客向かい合わせにがいる。このような狭い空間に見慣れない私がいるから、地元の乗船客は私が気になるみたいで、私もなんとなく落ち着かない。

 出発時間になりモータの音を高らかに唸らせゆらゆら動き出し、船首の越ノ潟の方に向け出発した。座ると窓が頭上になってしまうので、何回か中腰になりながら外を見た。だが、そんな事をしている内にあっけなく越ノ潟に接岸してしまった。約5分の、運転で運行距離600mちょっとだからこんなものだろう。下船し、越ノ潟待合所の横を通り過ぎると、目の前に加越能鉄道万葉線の越ノ潟駅があり、船が着くのをを待っていたかのように、高岡駅前行きの電車が控えていた。

 列車には十分間に合う乗り継ぎ時間だったが、ここでも1本列車を送って周辺をぶらぶらし時を過ごした。越ノ潟側は渡船の事務所があり、何人かの係員が詰めていて、もう一隻の渡船「竜王」が係留されている。乗ってきた船が折り返し出港し、見ているとどんどん遠ざかっていき、豆粒くらいの大きさになったらぴたりと停船した。肉眼でもついさっきまで居た対岸の堀岡発着場と、青い船体の射水丸が小さく見えた。
射水線跡のサイクリングロード

四方駅から緩くカーブして次の
打出浜駅を目指していた。
富山県営渡船・堀岡発着場

新港東口駅跡付近にある富山県営渡船
堀岡発着場。左は富山駅-新港東口間の
富山地鉄のバス。
富山県営渡船・堀岡発着場待合室

富山県営渡船、新港東口側にある
堀岡発着場の待合室。
射水丸船室

富山県営渡船射水丸の客室。十数人
しか座れない。立客用の捕まり棒?
がある

富山県営渡船・射水丸と竜王

富山県営渡船「射水丸」。隣りは同じく
県営渡船の「竜王」。越ノ潟で撮影。

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