深名線〜記憶の中の旅路〜

1990年代・ある夏の日の雨上がり


 網走駅で札幌行きの夜行特急「オホーツク」の車内にいた。翌日は早朝の深川駅で下車し、深名線に乗るつもりだった。ちょうど、少しの待ち時間で、名寄方面行きの深名線の列車がある。普通に泊まってこの列車に乗ろうとなると、かなり早起きしなければならず億劫で、宿をあまりに早く出るのも宿泊費を損する気分になる。起きて降りるとちょうど列車があるという状況は都合がいいし、何しろ北海道ワイド周遊券だから、夜行列車を宿代わりにし、宿泊料が0で済むというのがいい。
 だけど、激しい雨が降り続いている。オホーツク号は運行できるのかさえ気になった。
「深名線は大丈夫だろうか…」
 雨が列車の窓を絶え間無く打ち続ける様子をぼんやりと見ながら、そんな事を思っていた。

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 オホーツクは定刻に深川に着いた。まだ駅は深い夜の闇に包まれている。
そんな中、跨線橋を渡り深名線用のホームまで行くと、既に三両編成の気動車が、エンジン音を軽く響かせ、客室の明かりを漏らしながら、出発の時を待っていた。只でさえ乗客が少ない深名線だから、こんな時間の列車はほどんど乗客なんていないから単行だろうと、考えるまでも無く自然に思っていたので、少々驚かされた。
 立派な編成だが、暗いホームに私以外に乗客の影は見当たらない。席は選びたい放題で、荷物をボックスシートに投げ、カメラ片手に車内やホームをうろつく。乗客は私一人だなと思っていると、中年の女性が現れ、とりあえず挨拶を交わした。地元の人が用事があって深名線に乗るという感じではなく、軽装の旅行者風だ。私と同じく、深名線に乗る事を目的にしているのであろうか…。始発の深川からの乗客は、結局、私とこの女性だけだった。
深名線・曇り空

深名線から見た雨上がりのどんよりとした空。

 この名寄行きの1番列車の深川‐朱鞠内間の停車駅は主要駅に絞られ、快速列車のような運転だ。だが、線形もあるのか、スピードを上げている様子は全く無い。時刻表を見ると、所要時間は他の普通列車とほとんど変わらない。快速運転というより、早朝で、乗降が見込めない小駅にはあえて停車しないと言った方がより正確のようだ。途中の停車駅では、意外にも高校生らしき学生が乗ってきた。かなり早い登校時間だが、通学のためには、これしか選択肢が無いのだろう。
 昨夜のうちに雨は止んだようだ。だが、緑は露を残ししっとりとし、見えてくる色々な物も、濡れている。空はどんよりとしているが、雲間からは光が覗いている。今日は晴れてきそうだ

幌加内駅

幌加内駅


 列車は沿線の主要駅である幌加内駅に停車した。有人駅で駅員の姿も見える。ここで最後尾の車両を切り離す。早朝の3両編成は、上り列車となる車両を、始発駅に送り込むための編成だったのだ。
 切り離しのため停車時間があり、車内から出て外の空気を吸う。駅員の姿が見え、硬券入場券を売っているだろうと、駅舎に入り窓口に向かったが、生憎と席を外していて誰も居ない。出発時間が迫っていたので仕方なく、自分の席に戻った。出発を待っていると、窓越しに駅員さんに呼ばれた。何だろうと思うと、用件を聞いてくれ、入場券が欲しかったと伝えると、駅務室に戻り、走って私の所まで再び戻ってきて、幌加内駅の入場券を手渡してくれた。140円を駅員に渡して、お礼の念を込め、駅員さんに頭を下げた。私が入場券を手にしたのを見届けたかのように、程なくして列車は出発した。だけど、列車の窓越しに駅弁を買うという事は、よくあった事だが、まさか入場券を買う事になるとは面白い体験をしたものだ。



溢れそうな川

溢れそうな川。前夜の雨の勢いを物語る。

 雨は止んだが、原野を流れる川は今にも溢れそうで、水が押し寄せるように流れる。水は土の色で濁り切っている。雨が止んでもなお、昨晩の雨の激しさを見せ付けられた。



晴れの風景

徐々に晴れた来た。

 だが徐々に空は晴れ、車窓は明るくなっていく。天から光が降り注ぎ、山はヴェールのような霧と白い雲ので覆われる。昨日から雨に降られたせいか、晴れ渡った緑豊かな風景が、より一層まぶしく見える。



政和駅

政和駅。

 列車は政和駅に停車した。ここまで来ても、乗客は片手で数えられる程で、朝日が虚しく座席を暖めている。


原生林の中に垣間見える朱鞠内湖

原生林から垣間見える朱鞠内湖。

 列車は朱鞠内駅に到着し、ここまで道中を共にしてきたもう一両とも別れ、名寄行きは単行と身軽な姿になり、終点を目指す。
 ここから北母子里駅までは原野の中の無人地帯にひたすらとレールが続き、深名線の中でも一際、ワイルドな車窓が続く。地図上では、朱鞠内湖を西から北へと半周するようにレールが延びている筈だが、原生林に囲まれ湖面は殆ど見えない。時折、湖の端っこが垣間見える程度だ。


北母子里駅

北母子里駅。古い木造駅舎。
 原生林を一端抜け、ようやく北母子里駅に到着した。閑散とした寂しげな雰囲気だが、古い木造駅舎は、厳しい風雪に耐え抜いてきた凄みを漂わせ、私の目を釘付けにする。

 列車は定刻に名寄駅に到着した頃には、空はすっかり晴れ上がっていた。北の大地とは言え、夏らしい暑さで、列車から下車して程なく、体は汗ばんでいた。


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