第1章 予感
展望室
新たにメビウスリンク艦隊に配属されたアドヴァンスドクリエムヒルト級の最新鋭旗艦は「アルシオ−ネ」という。
地球から約400光年離れたM45プレアデス散開星団の最輝星の名前である。
ドックを望む展望室にはメビウスリンク艦隊の司令官のうち古参に数えられる3人の司令官の姿があった。アリスとニケと王女様ことレイ=キュ−ベリックである。3人の青い髪は展望室の大きなガラスに映りこみ展望室の照明と微妙なコントラストをかもし出していた。ドックに係留されたアルシオ−ネの勇姿を見ながらアリスが口を開いた。
「アルシオ−ネはプレアデスの7姉妹のうちの一人の名前でもあり、メビウスリンク艦隊に配属される旗艦の名前としてはまさにぴったりね。」
2人は、黙ってうなずいた。
おもむろにレイは「アルシオ−ネはエリの新しい旗艦でしょう。ところでクリエムヒルトは誰の旗艦になるの?」と2人の表情をを見比べながら言った。
「たしか、ディ−トのはずよ。」ニケが窓の外のアルシオ−ネからレイに視線を移しながら答えた。
「ああ、そうなの。」レイは満足そうに頷いた。
メビウスリンク艦隊の統合旗艦でもあったクリエムヒルトに情報分析能力に難のある司令官を乗せても自分たちのメリットにならないことをよく知っている3人はその人選に満足そうだった。
「でも、やっぱり統合旗艦はあのアルシオ−ネに移るのかしら?」とレイ。
「多分そうでしょう。まあ、私たちは今まで通りに行動するだけよ。」
アリスは、2人に同意を求めつつ言葉をくくった。
アルシオ−ネブリッジ
エリは、アルシオ−ネの仕様書を見ながら、クラフトと共に統合旗艦としてのセットアップを進めていた。
「統合旗艦としての能力をセットアップがこんなに面倒なんて・・・」
クラフトは愚痴をこぼしながらもてきぱきと進めていった。
「助かったわ。クラフトのおかげで今日1日で終わるめどがついたんだから。」
「でも、まさか統合旗艦としての能力を転送できないなんて。」
クラフトが少し驚いた口調でエリに同意を求める。
「でも、万が一旗艦をのっとられたときのことを考えたらリスクを少しでも少なくするためには仕方がないでしょう。」
エリの優等生らしい答えにクラフトは半ばあきれつつも笑いをこらえ作業を続けた。クラフトの期待していた返事は自分の意見に同意してもらいたかったのだがそこは、エリらしい答えが返ってきたと思った。
今の答えはクラフトにとってはエリらしいと感じたようであるが、それはエリが意識してそう答えたからに過ぎない。
エリは、クラフトに不安感を悟られないようにしていた。自分の中の心苦しい不安感を表情には出してはいないがどうしても言葉一つ一つがどうしてもいつもと違うように感じていた。
”私らしい”とは・・・・・。
エリがいつも心の奥底に引っかかっている言葉である。
士官大学校の主席卒業、メビウスリンク艦隊の司令官としての配属、そして現在のメビウスリンク艦隊の責任者という立場、常にエリ−トで優等生であると言う姿を人から求められている。それは自分の思う姿と違う・・・。
公人であるその前にエリ=シェフィ−ルドという一個人でもありまだ23歳という乙女でもある。まだ悩み多き世代でもある。そこは、他人にはわかってもらえない部分でもある。
「なぜ自分はこの軍人という道に進んだのだろうか・・・。」
生き甲斐としてはあまりにも大きい代償を必要とする職業・・・。
「エリ、終了したわ。」
クラフトの声に我に返ったエリは最後に自分のIDコ−ドを入力したあとパスワ−ドを設定した。
ブリ−フィング
エリとディ−トの悪い予感はあたってしまった。
「すると、帝国軍は再びホ−ルベリ−宙域への侵攻を始めたという事ですか?」
真っ先に声をあげたのは猛将の名高いシエラ=ブラッドベリであった。
シエラの一声をきっかけにしたようにブリ−フィングル−ムがざわついた。あちこちで、メビウスリンク艦隊の司令官の面々が顔を見合わせた。
銀河標準暦0543年、この宙域でメビウスリンク艦隊は帝国軍の主力高速艦隊を葬り去っている。
このときの作戦に参加したのは、エリ、マリ、ディ−ト、ニケ、レイ、王女様、キリエの7人である。このときはほとんど損害なく帝国軍を全滅させている。
ヘッドクォ−タ−(統合作戦本部)から派遣された係官は軽く咳払いをしてから言葉を続けた。
「以前、諸君メビウスリンク艦隊はこの宙域で当時の帝国軍主力高速艦隊を破っているがそれは忘れて話を聞いてくれ。」
レイ=キエラブリ−クは一応中将の階級章をつけた係官(一応上官)のもったいぶった話にはすでに飽き飽きしていた。「まったく話が長いんだから。」さすがに声には出さなかったが表情からしてそれは見てとれた。
「諸君、今回の帝国軍の侵攻はこれまでとは規模が違う。 情報によると皇帝の近衛艦隊を含んだ30艦隊、約600隻が進撃してくると予測される。それに対して諸君たち22艦隊で迎撃して欲しい。」
「応援はないの?」いつもは冷静でいるアヤ=サクラが思わず立ち上がった。
「応援?」係官の中将は眉間にしわを寄せた。
「30艦隊対22艦隊、どう考えたって数の優劣ははっきりしているわ。」アヤの声には十分過ぎるほど棘が含まれていた。
「諸君たちは、最精鋭のメビウスリンク艦隊であろう。数の差など物ともせんはずじゃないだろう。なあ、アリス=シュレディンガ−司令?」
ここで話を振られたアリスは迷惑だと思いつつも反論した。
「多分中将は、私の過去の4艦隊対1艦隊の戦いのことを言っておられるとは思いますがあれは奇策であって正面から迎え撃つ今回の作戦には当てはまらないのでは?」
「諸君たちは自信がないのかね?」中将の声にも棘が含まれていた。
ここで思わぬ人物が立ち上がった。エリと、マリは思わず停めようとしたが間に合わなかった。
「ヘッドクォ−タ−の間抜けな誤った作戦立案のおかげで何度部下たちを危険にさらしたと思っているのよ。」
リエ=マ−クライトであった。彼女の言うことは正論であったが決して司令官の口から言うセリフではない。
この言葉には、アリス、アヤ、シエラも驚いていた。
エリとマリはしまったと言う表情をしていた。2人はなんとかこの場をおさめようと考えていた。
リエは、非常に部下想いで、部下からの人気も高い。それは、上層部に対しても理不尽な命令に対しては反論しているからである。
「間抜けな作戦立案とはなんだね。リエ=マ−クライト司令官」中将の表情は明らかに怒っている。
だが、この場においても冷静な司令官が一人いた。
「皆さん、疲れてきていますからここで休憩を入れましょう。」
澄んだ声がブリ−フィングル−ムにひろがった。キイ=レイ=バレンタインの声だった。
キイの言葉で、一触即発の危機は回避されたのだった。エリとマリは思わず顔を見合わせて微笑んだ。
数時間の後ブリ−フィングル−ムにはメビウスリンク艦隊の22人の司令官とクラフトだけが残っていた。
誰もが疲れた表情をしていた。
「現段階でわかっていることは、近衛艦隊を含む約30艦隊が侵攻して来るということだけ。」
マリがスクリ−ンを背に立ち他の司令官たちに説明をする。
「情報によるとすでに物資の移動量はかなり増大しているから少なく見積もって25艦隊は来るわ。」
クラフトが補足説明をする。
今までブリ−フィングでは一言も発しなかったディ−トがおもむろに発言した。
「今回のヘッドクォ−タ−の作戦指示書によると迎撃作戦だけれどもあのホ−ルベリ−宙域で22艦隊もの補給をまかなえる惑星はないはずよ。仮に、いくつかの惑星に分かれて補給体制を取ったとしてもタイムラグが生じるわ。」
ディ−トは胸のうちにあった不安材料を一気に吐き出した。この不安材料は以前この宙域で作戦したほかのエリやレイ、王女様も思っていたことだった。
「おそらくここ数日中には出撃命令が下るはずよ。それまでには各艦隊の駐留惑星を決めておかないと補給計画さえ立てられないわ。」
マリの発言に一同は頷いた。