第2章 天駈ける天使たち
発進
静かな推進音と共にエリの指揮するアルシオ−ネはドックを離床した。まるで天使が舞い上がるがごときの美しい姿であった。
「やっぱり初陣の艦は綺麗ね。」
モニタ−で、アルシオ−ネの離床の瞬間を見ていたクレア=ミュ−は思わずつぶやいた。
「さあ、私たちもリフトオフよ。」
クレアの指揮するイシスもゆっくりと離床した。
「全艦離床後L5ポイントに集結、当初の予定通り艦隊を編成する。」
エリからの指示が敷設艦、輸送艦を含むメビウスリンク艦隊全艦約680隻に伝達される。
アルシオ−ネはゆっくりと回頭してL5ポイントへ移動する。
「全艦異常なし、システム正常、推力定格の3%。」
エリと共にアルシオ−ネに乗艦したクラフトは現状を報告する。
「全艦船、離床終了。L5ポイントへの集結終了まであと1200秒。」
「編成の終了した艦隊より順次ホ−ルベリ−宙域へ発進せよ。」
エリの声が各旗艦に行き渡る。
「第14艦隊編成終了。旗艦ディオ−ネ以下20隻発進します。」
最初に発進した艦隊はメビウスリンク艦隊最年少の司令官キラ=ディ=リシテアの指揮する第14艦隊だった。
キラは愛らしい外見とは裏腹に奇策を用いるのが得意な司令官だが今はそれを感じさせない。
すぐに後を追うように高速戦艦と軽巡航艦のみで編成されたディ−トとニケの第5、6艦隊が発進していく。
艦隊の中でも三指に入る高速艦隊である両艦隊である。この両艦隊の目的は索敵、哨戒そして二人のもっとも得意とする遠距離からの先制攻撃である。
「エリ、先に行くわね。」ディ−トがモニタ−の中で手を振る。
ディ−トらしいわね。ディ−トの明るさは天性のものかしら。エリはモニタ−の映像を見ながらそう思った。
エリの指摘も一部当てはまるが、ディ−トはかなり上機嫌であった。集結ポイントでの混雑を避けられ早めに発進できただけであったが。
アルシオ−ネの前をマリの指揮する第3艦隊旗艦キリシマが鈍重な空母を引き連れて発進していく。次はシエラの第9艦隊旗艦フュ−リアス、アリスの第7艦隊旗艦イングヴェイダ−、キイの第8艦隊旗艦エウノミア、ファの第10艦隊旗艦パラディオンとメビウスリンク艦隊の主力艦隊が次々と発進していく。
そして他の艦隊も次々発進していく。
最後になったのはメビウスリンク艦隊の司令官の中でもかなりおとなしい部類に入るミユ=ヒイラギ指揮する第15艦隊である。
「エリ司令、お先に発進しますね。」
ほぼエリと同年齢の彼女だが一番礼儀正しく派手さはないが堅実な艦隊運用をすることでエリも一目置いている存在である。
「さて、私たちも後を追うわよ。クラフト、第1艦隊の全艦に発進を伝えて。」
アルシオ−ネを先頭にエリの指揮する第1艦隊がゆっくりと加速を開始する。
ブリ−フィング
アルシオ−ネの作戦会議室にはエリの第1艦隊と共に惑星エリッタに展開する6人の艦隊司令官が揃っていた。
「最終の確認をしておくわね。」
エリの声だけが会議室に響く。
「惑星ナ−ルに展開するディ−ト司令率いるレッドセクション4艦隊と、惑星ブルックに展開するアリス司令率いるブル―セクション5艦隊が一番最初に交戦に入るはずよ。私達のグリ−ンセクションはその両セクションとの交戦を避けて進撃してくる近衛艦隊を迎え撃つというのが基本的な作戦だけれどもここまで何か質問ある?」
「はい、エリ司令よろしいですか?」
最年少のキラが挙手した。
「近衛艦隊は何艦隊ぐらい進撃して来るのですか。」
「ヘッドクオ−タ−からの重力波観測だと、約10艦隊程度と推測されるわ。」
「10艦隊もですか!」
驚きの声がアヤから上がった。そして、それ以外の列席していたキエラブリ−ク、ニケ、リ−ン、ミユも声さえ上げなかったものの互いの顔を見合わせた。
「普通の艦隊ならともかく、近衛艦隊10艦隊を7艦隊で受けるのですか?」と、アヤは続けた。
「ところで、マリ司令率いるイエロ−セクションの展開はどうなっているんですか?」
ニケがアヤの言葉を遮るように説明を求めた。
「まあ、まあ、落ちついて話を聞いて。」
エリは、興奮気味の2人をなだめるような口調で話しはじめた。
「イエロ−セクションは惑星マ−カスに展開して、レッド及び、ブル―セクションのサポ−トに回るわ。予測としては、帝国軍は一般艦隊を私たちにぶつけて近衛艦隊を強行突破させ、マリアラインを破壊するつもりよ。だから、こちらとしてはその一般艦隊20艦隊ををレッド、ブル―、イエロ−の15艦隊で迎撃するというのがヘッドクオ−タ−からの指示よ。」
「結局のところ、何とかするしかないのね。」と、ため息混じりにニケが呟いた。
「でも、一応エリッタ駐留のこのホ−ルベリ−宙域担当の3艦隊が私達の指揮下に組み込まれるわ。」
「エリ司令、でもそれでは私達と地方艦隊所属の3艦隊とでは能力差が大きいですよね。」
たたき上げで、地方艦隊の現場を知っているリ−ンが疑問を投げかける。
「リ−ン司令、それは、当然のことですね。これは、私の私案なのですがその3地方艦隊は艦隊と見ないで、総合作戦司令設備を持つ私達の各艦隊に組みこんでしまおうと思うの。」
「といいますと・・・。」いまいち要領をつかめないミユ。
「アヤ司令、リ−ン司令、ミユ司令にそれぞれ1艦隊づつ預けたいのよ。3司令の艦隊は戦艦、重巡航艦を中心に構成されていますから運用的には問題ないと思うんだけど、どうかしら?」
「そうね、エリ司令、キエラブリ−ク司令、ニケ司令の艦隊は高速戦艦中心だから運用の面で問題あるわね。」
アヤが納得した口調でエリの私案を了承した。
続いて他の司令官たちもエリの私案を了承した。
「疲れたわね。」とエリ。
「ヘッドクオ−タ−の作戦指示書のままじゃ、私達が危険な目にあうから、手順を整えておかなくてはならないもの。」
一同、キエラブリ−クの声に頷く。
「ねえ、お茶でも飲みたくないですか?」
と、いう突然のミユの一言にその場に居合わせた他の全員の司令官はしばらく呆気にとられた後、思わず吹きだした。
ミユは不思議そうな表情をして、全員の顔を見た。
「そうね、みんなを呼び出しておいてお茶の一つも入れないなんてね。」
エリは、そう言いながらみんなを静めた。
「アリスの艦のようにとはいかないけど今もって来させるわ。」
「これで、ディ−ト司令がいればお菓子も出てきますね。」と、キラ。
再び、作戦会議室は明るい笑いに包まれた。
緊張
「遅れないで。」
ディ−トは声に出し、遅れ気味のグリ−ン=イ=ナンシア率いる13艦隊とナッシュ=シェ−ド率いる19艦隊を叱責した。
ディ−トは少し苛立っていたのは自分でも解っているのだが、思わず声を出してしまった。
ディ−ト率いるレッドセクション4艦隊は敵前衛艦隊と近衛艦隊の分断という重要な任務を帯びているのだった。この、レッドセクションの突入時間が遅れればアリス率いるブル-セクションは壊滅の危機に瀕するはずである。
それが、頭から離れないディ−トは、どうしても気が焦っている様であった。
ディ−トが司令官席のコンソ−ルに目をやると、レイ=キュ−ベリックからのパ−ソナルコ−ルが入電していることを青いランプが点滅しながら知らせていた。
「なあに、レイ?」
「ディ−ト、焦ったらダメよ。」
心配した、レイからのコ−ルであった。
「ナンシアとナッシュの艦隊は重装備の戦艦ばかりなのだから、私達と足の速さが違うでしょう。」
レイはなだめるような口調でディ−トに説明した。
レイと、ディ−トの艦隊はメビウスリンク艦隊でも5指に入る高速艦隊である。当然、編成も運用法も違って当たり前である。
「レイ、すでに予定から3分も遅れているのよ。」
「予定は、あくまでも予定よ。私達が予定通り航行しても帝国側の展開が早ければ、予定より速く戦陣は切られてしまうでしょうしね。」
「ええ、でも・・・。」
「ディ−ト、その焦りが作戦ミスを生むのよ。責任者ならどっしりと構えなくちゃダメよ。」