
あれやこれや
今日は自分の為だけに書き留めておくだけのいつも以上に独りよがりの話題です.
お許しを.
見聞きしたことの断片的な記憶は2歳くらいのものから僅かながら残っています.た
だ,それが2歳の時のものだというのは,状況を今の知識で類推して2歳位と考えて
いるだけではあります.例えば青函連絡船で北海道に渡ったのが2歳だったのです
が,かすかに船室の壁に飾ってあった額縁を見たことや親の制止を無視して列車の
通路を走り回った記憶が,北海道に渡った時のものであることを後で親から聞いて
知ったという具合です.だから正確に言えばこういうのはまだ自分にとっては歴史で
はない.先史時代です.化石などで年代を測るのと似たようなもの.
自分にとっての本当の歴史は周りの状況を自分で判断した記憶が残っている頃か
らと考えるべきでしょう.そして,この時から生物である単なるヒトの幼体から何とか
人間といえる段階に入ったということです.大袈裟のようですが,私にとって“我思う
故に我有り”と意識したのは3歳か4歳の時.近所の子供達(多くは姉の友人)と追
い駆けっこをしていた時のことです.2歳も年下の私は自分では対等と思っていて
も,おねえさん達にとっては只の邪魔な存在.私は相手にしてもらえず,頭にきて家
の中に帰って(既にわぁがままの兆候)しまったのです.今から思えば当たり前です
が,この時は何とか仕返しをしてやらねば気が済みません(この部分は推定).で,
出窓の上から一輪挿しの水を下を走るおねえさん達にかけてやろうと待ちかまえて
いたのです.その花瓶が細い薄紫色のガラス製であることも出窓の白いペンキが剥
げかかっていたことも良く覚えています.
そこを母に見つかって,復讐は計画倒れに終わってしまいました.ただこの瞬間こそ
私が人間になった第一歩だったのです.こう書いていると将来のわぁがままおじさん
の人間としてのスタートもやはりわぁがままからなのかと情けなくなります(社会への
第一歩もわぁがままからでした(2006.7.4 わぁがままの卵)).この時,後付けの言葉
ではありますが自我に目覚めた記憶がハッキリとありました.“あれ,俺は今まで何
をしていたんだろう?”と.信じてくれない方が多いかも知れませんが,この記念すべ
き人間になった瞬間を,その後今に至るまで何度も何度も思い出します.
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