
あれやこれや
先日,白装束軍団のことを書いたついでにオウム真理教についても触れましたが,
この時に思い出したことです.
亀戸と平井の中間にある勤務地への通勤はどちらの駅から歩いても似たような所
要時間.今は平井駅からですが,その頃は亀戸駅から京葉道路沿いに歩く習慣で
した.歩道には数十メートルおきに“亀戸にオウムは要らない”,“坂本弁護士を返
せ”等の看板が立っていました.うかつなことにテレビも新聞も見ない私は,実はこ
れが何のことか分かっていなかったのです.
勤め先は化学会社.当時はこんな住宅密集地の中に未だ工場がありました.精一
杯の配慮を払ってはいたのですが,まれには操業や実験のミスで怪しげな煙やガス
が排出されてしまうことも.だから街に変な臭いが漂うと,我々に無関係でも常に
我々が犯人にされたのです.例えオウム真理教の流したガスでも・・・.
毎日のように,蒸れたようなイヤな臭いが漂っていたことがあります.私でさえ工場
で出したものだと信じていた程なのですから,我々が犯人と思われるのは無理から
ぬこと.誰だ,こんな臭いを出すヤツは・・・.そう言えばオウムがらみの報道はひど
かったですね.無理矢理犯人に仕立て上げられた河野さんや,“報道の自由,取材
源の秘密”が大きな要因となって殺害され,真相解明が大幅に遅れた坂本弁護士
一家.麻原一派に次いで責任を取るべきは無責任な報道関係ではないでしょうか.
さて,ある日の朝の通勤.いつものように京葉道路を千葉方向へ歩いていました.
その日は景色が変,普段とは全然雰囲気が違うのです.歩道脇には延々と車の
列.その多くは報道の車.そして機動隊の物々しいバスやパトカー.こりゃ何かあっ
たな.暴力団の出入りか? そんな生やさしいものではないことが分かったのは勤め
先に着いてからのこと.警察によるオウム道場への討ち入りが正にこの時行われて
いたのでした.そうと知っていたら,さっさと通り過ぎるようなバカなことはせずに,遅
刻など無視して野次馬になるべきでした.
亀戸駅から勤め先までの途中の路地に細長いビルがありました.これが後に有名
になったオウム真理教亀戸道場.住民大量殺害を目論んだ拠点だったとは.
この日は家に帰ってからもテレビに釘付け.こんなことは東京オリンピック以来で
す.それにしても,毎日嗅いでいたあの臭い.炭疽菌をばらまいていたんだというこ
とはずっと後になって知ったことです.実験は勿論失敗.あの時オウムが炭疽菌ば
らまき実験に成功していたら,今頃私はここには居ない.なお,ばらまいたのは公式
には2回ということになっていますが,臭かったのは2回どころか連日のことでした.
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