大晦日の理








 気の無い火村の返事は『うぅん…』とか『あぁ…』とかそんな感じで。

 嫌な予感はしてたんだ…。

 年末年始関係無く、犯罪というものは社会犯罪学の助教授を走らせる。時と場合を考えて、忙しい年末に複雑な奇妙極まりないややこしい事件など起こすんやない…と、有栖が抗議したところで、犯罪者達にその憤りが届くはずも無く…。

「なぁ、行くやろう?初詣」

 何度も繰り返す同じ質問。

 此処のところ、引っ切り無しに警察関係者からお誘いの声を掛けられ続けている若き助教授は、かなり疲労困憊のご様子。判ってはいるが、これはこれ、それはそれ…である。

『誰か、他当たれよ。何も、俺みたいな無神論者を誘うことはないだろうが』

 とうとう、断りの言葉が火村の口から零れ出し、有栖は積もりに積もっていた苛立ちに、受話器を耳に押し当てたまま立ち上がる。

「行きたくないなら行きたくないって、ハッキリ云ったらどうなんや!」

『……って、ずっと云ってるじゃねぇか』

「そんなことないぞっ!君はさっきから、曖昧に相槌打ってるだけやないかっ!」

『それは俺の優しさ。察して、初詣なんて下らない行事に行きたくないっていう俺の意見を承諾しないのはおまえの勝手。お判り?』

「なっ、なっ、なっ、」

 怒りの余り、言葉が出てこない。受話器を握った左手が、ワナワナと顫えた。

『じゃ、俺今から電車乗るから。切るな』

 次の瞬間には、『ツー・ツー・ツー・』という音が、有栖の左耳に虚しく響いた。

 衝動のままに受話器を投げ捨てて、有栖は叫んだ。

「火村のアホ〜!!!」

 

 

 ……と云う叫び声が、コートのポケットに仕舞ったはずの携帯から聞こえてきそうな勢いの、彼の怒りが手に取るように想像できて、火村は改札を潜り昇り始めた階段で人知れず苦笑いを浮かべた。

 毎年毎年、同じことで喧嘩をする。懲りない有栖も有栖だが、相も変わらず、毎年同じことで彼を揶う自分も…そうとうに性質が悪い。

 いっそ、初詣なんかよりこちらの方がずっと楽しみな〃恒例行事〃になっている。

 真夏と真冬はどうもいけない。暑さ寒さにからきし弱い火村の老いぼれベンツは只今レストア中。ヒーターを入れるとどれだけアクセルを踏んでも走ってくれないあのベンツに乗るよりは、公共機関を使った方が遥かに精神衛生上宜しいくらい。それでも喫煙者は害虫並に忌み嫌われているということを無節操に押し付けているような、ホームの端に設置された遥か彼方の喫煙場所まで歩きながら、火村は煙草を取り出した。もう少し階段から近くに在れば、電車だって苦じゃないのにと思いつつ…。

 そんな、真夏と真冬には決まって火村を〃害虫気分〃に陥れるあの老いぼれベンツを、未だに手放せないのには、訳がある。

 手が掛かるほど、可愛いのだ。

 手間を掛けさせられるほど、愛着が沸くのだ。

 老いぼれベンツと有栖は、何処か似ている。

 なんて本音を洩らしたら、やっぱりあのヘッポコミステリ作家さんは怒るのだろうが……。

「初詣、かぁ…………」

 指先が悴むほど凍てつく冷たい年末の外気の中で、火村は白い煙草の煙を吐き出しながら独白を呟く。

 有栖は、ちっとも気づいていない。

 初詣に行く行かないはその年の火村の気分で左右するが、それでも元旦は、何時だって一緒に過ごしている。

 一年の計は元旦にあり。…などという言葉を信じている訳じゃない。

 大体、一晩眠って新年が訪れ『あけましておめでとう』などというそんなたった一言で〃昨年〃をスッパリ切り捨ててしまう行為そのものが潔すぎやしないだろうか。暦が変わろうがなんだろうが、日々と言うものは一年も一日も〃明日〃と〃今日〃の連鎖である。それ以上でもそれ以下でも無いわけだから、別段、取り立てて〃明日〃が新年だからと言って、何かが変わるわけではない。

 そう思ってる火村だって、判っているくせに、それでもやはり〃新年〃くらいは有栖と迎えたい。

 ……と、思っている。

 その下らなさ、無意味さを知っていても、それだけで割り切れないのが愛情の不確定要素。

 一本分の煙草が灰になる頃、ホームに大阪行きの電車が滑り込んできた。灰皿に吸殻を捨て、火村は悴む両手をコートの中に突っ込んだ。

 大晦日の夕暮れは、気が滅入るほど混雑していた。乗ったら乗ったで、目的の場所にたどり着くまで禁煙だ。うざったい気分を承知で、それでも彼に会いに行く。

 初詣なんか無くたって、この日くらいは一緒に過ごすと決めている。

 有栖は、何時になったら気づくのだろう。

 一緒に出掛けることなど重要じゃなく、本当は、彼だって単にこの日だけは、火村と一緒に過ごしたいと思っているだけだとう云うその事実を。

 押し付けられる執着は苛立たない。けれど、物分りの悪すぎる彼には、時折苦笑いを浮かべてしまう。

 それでも、ずっと一緒に居る。

 手の掛かる彼を、自分は随分気に入っていた。

 元旦の朝は、雑煮でも作って機嫌取りでもしてやろうかな…と、火村はそれぞれに大切な人のところへ帰って行く人達で混雑した電車に乗り込んだ。










【END】
-up-2003.02.05 am07:21

■COMMENT■


〃初詣〃というお題を頂きながら、このお話は年さえ明けておりません…。
申し訳ないです、増山様!しかも随分お待たせしちゃって…。
え〜。そんな訳で、この年明け、火村さんは有栖を初詣に連れて行くか行かないかは謎のままです(笑)
多分、雑煮食べた後で、結局有栖に引っ張られて行くような気がしますが(笑)。
増山さま、リクエスト、ありがとうございました。


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