寝しょうがつRETURN



ACT1『大掃除』

 

 

「チクショ――――ッッッ!書いても書いても終わらへん―――――ッッッッ!」

 凄まじい勢いでキーボードに文字を入力してゆく彼は、それと同じ凄まじさで年齢に似つかわしくない聞き苦しい奇声を上げた。

 結局の所、年末進行というやつは、同年配の平均的サラリーマン並みの年収をからくも維持しているという程度の駆け出し専業推理作家である有栖川有栖にも、それなりの苦痛を与えてくれたのである。それでも、出版業界に抱えられている作家としては、自分だけが年末進行に完璧に無視されなかった事を有り難く思うべきなのだろう。

 ――――…だが、しかーし!……である。

 この儘原稿が終わらなければ、毎年楽しみにしている京都の初詣回りに間に合わない!

 そして本日は十二月の三十一日。そう、大晦日である。

 今現在有栖が抱えている締め切りはと云えば、当然のことながら年内には発行されない。更に付け加えるならば、この作品は年明けに推理雑誌に掲載される訳である。更に更に付け加えるならば!有栖の担当である片桐氏は極々一般的な勤め人並みに、十二月の二十九日には仕事納めで休暇に入っている。

 それなのに……嗚呼…それなのに!

 どうして締め切りを十二月の三十一日に指定する必要性があるのだ?

 出来上がった原稿をFAXで編集部に送っておけという片桐氏のお達示だったが、誰もいない編集部に原稿をFAXする必要性を…重要性を誰か教えてくれ!

 ―――――と、はらわたが煮えくり返る思いでワープロのキーボードを乱暴に弾きながら、有栖は原稿をやっつけていた。

 ―――――これは苛めだ!

 そうとしか思えない。これは、普段から迷惑ばかりをかけている片桐の、意趣返しなのだ!

 ……と、有栖は勝手に決めつけていた。

 実の所は違うのだ。最初に決めておいた締め切りを破ったのは有栖であって、年明けのデッドエンドには余裕に間に合い、尚かつ、新年くらいはゆっくり正月気分を楽しんでもらいたい……。せめて十二月の三十一日までには、なんとか原稿を仕上げておいて下さいね…という、片桐の親心…もとい編集者心から、大晦日までに編集部にFAXしてくれと有栖に頼んだのである。

 結局の所、大晦日まで原稿を引きずってしまった有栖の不徳の致す所で現状を招いているだけだというのに、有栖ときたら、心優しい編集者に以ての外な逆恨みをいているのである。真に可哀相なのは、誰が何と言ったって、計画性のない作家の担当になってしまった片桐氏だろう。その事に、肝心の有栖が気づいていないのだから、始末に終えない。

「訳の判らない雄叫びを上げる暇があったら、サッサと原稿を仕上ちまえよ、先生」

 ……そんな訳で、年も押し迫った大晦日だというのに大掃除もままならない有栖の部屋を代わりに掃除しに来ていた火村英生が、哀れというか情けないというか…の、有栖の後ろ姿でボソリと余計な一言を呟いた。

「うッうるさい」

「うるさいだぁ〜?自分の部屋すらまともに掃除しないこの俺が、ボンクラなお前の代わりにお前の部屋を掃除してやってるってのに、よくそんな口がきけるもんだなぁ、アリス」

 云いたいのはそれだけではない。此処へ来るために、彼は彼の可愛がっている猫達に留守番をさせて来ているのである。何時もは忙しくて充分に相手をしてやれないから、せめて大学が休みの時くらい、目一杯遊んでやりたいと思うのが、火村の心情なのだ。…しかし大切な可愛い猫よりも、このボンクラ推理作家の方が更に大切なのだから。時折、そんな自分が…ちょっぴり嫌になってしまいそうになる。

 それでも、わざわざ京都から大阪まで出て来て有栖の部屋を掃除しているのだ。

 ……事の重要性を、もう少し理解して欲しい。

 火村がそう願うのも、無理もない話だ。

「絶対にッッッ、絶――――っ対に、紅白までには間に合わせたるッッッ!」

 どうやらこの推理作家先生には、自分の代わりに掃除をしてくれている火村の存在よりも、紅白が見れるか見れないかの方が、ずっと重要なようだ……。

 人知れず…深い溜め息が洩れてしまう。

 火村本人から見ても自分には余りにも似つかわしくない己の今のナリにも、些か呆れてしまう。

 火村よりはきれい好きではあるだろうが、掃除をするのにわざわざこんなものを着けるのか?…と、密かに訝しんでいた、何時もキッチンの所定の位置に無造作に放って置かれていたエプロン。火村はそれを身につけて右手にははたき、左手には床に散らばっていたのをかき集めた、小説の資料らしき数冊の本を抱えて、ガリガリと頭を掻きむしって産みの苦しみと言うヤツに悩まされている有栖を一瞥し、そして更に溜め息が洩れた。

 大晦日から三が日までは毎年、何となく一緒に過ごしていた。何時もは北白川の火村が寄生している元下宿屋で…。

 毎年元下宿屋の女主である時江婆ちゃんは、ご近所の年金生活者の爺さん婆さんを集めて、温泉へ旅行にいってしまう。しかし今年は、何時ものお茶のみ友達件、旅行仲間の一人が体調不良を訴え、心優しい友達思いの時江婆ちゃんたちは、一人でも欠けてしまうならと、恒例になっていた年末年始の旅行を取り止めることにしたらしい。そんな訳で、今年の大晦日から正月の三が日は、火村が家を留守にしても猫たちの心配はいらなかったのだが……。

 実際、火村にとってはどっちでもいいのだ。何時も何となくだが、二人で過ごしていた大晦日と三が日。その場所が、北白川の自分の下宿先から、有栖のマンションに代わっただけの事で、対して代わりはないのだ。

 そう…火村は思っているのに、有栖にとってはそうではないのだ。

 京都の初詣回り。有栖には、火村が傍に居るとか居ないとか、そんなことが重要なのではなく、初詣に行けない事の方が遙かに大問題な様子。それが、彼は非常に気に入らない。

 ――――一緒にいるのだから、別にいいじゃねぇか……。

 心の中ではそう毒づきながら、甲斐甲斐しく有栖の部屋の掃除をする自分に、情けない涙をさそってしまう。

「火村!君とは違ごうておれは埃で死んでしまうデリケートな人間なんや。性根入れて掃除せぇよ」

「…………はいはい…」

 理不尽だと思いながらも、火村は大掃除に勤しむしかないと、諦めてはたきをかけるのであった。

 しかし、この犯罪学者の火村助教授がこのままおとなしく虐げられているだけということはないだろう。虎視眈々とそのチャンスを狙っているのだ。

 去年の借りは…今年こそ必ず返してやる!

 

 

   ACT2『第九』

 

 

 独り暮らしの男の部屋の冷蔵庫の中は、余りにもお粗末だった。今にも冷蔵庫が〃腹減ったーッ〃と叫び出しそうな程に何も入っていなかった。そんな訳で、火村は取り敢えず買い物に出掛けた。スーパーは主婦の買い物客でごった返していた。年の瀬も押し迫った大晦日の夕方、慌ただしく眉間に皺をよせて休み前の大安売りをしている店内で競い合う様に買い物カートに商品を放り込んでいる奥さま方の中で、いい年をした男が、余り物の中からそれなりの品を吟味しながら買い物籠に放り込んで行く様は、一瞬にしろ、奥様方の手を止めてしまう程の何かしらの魅力をはらんでいた様だ。

 〃大変やねぇ、奥さんご病気やの?〃とか〃同じ物があっちで安くなってたわよ〃等と、有り難くもお節介な一言を承りながら、火村は涼しい顔でそりゃどうも…といい加減な相槌を打ちながらサッサと買い物をすませ、有栖のマンションへ帰ってきた。

 白い買い物袋を二つ引っ提げて玄関を明けてキッチンへと向かう。キッチンから続いているリビングでは、書斎兼仕事部屋で原稿をやっていなければいけない筈の有栖が、呑気にテレビを見ていた。

「お前…仕事はいいのか?」

 ソファに雪崩れる様に座っている有栖に、火村は至極当たり前な言葉を投げかけた。

「休憩や、休憩」

 ヒラヒラと手を振って、有栖は目も合わさずにそう返してきた。多少は、罪悪感があるのかもしれない。後ろめたい所がなければ、顔くらい合わせられるというものだろう。

 テレビでは、新年を目前とした街の風景を中継していた。B・G・Mに第九が使われている辺り、正に年の瀬と云った感じだ。

「あ〜ぁ。ほんまに芸のない。なして〃第九〃やねん。もっと他に相応しい曲はあらへんのか!」

 テレビに向かって、有栖は悪態をついた。

「嗚呼――――ぁッッッッ!第九がっ、ベートーベンがおれを責めてるようやぁ――――ッッッ」

 被害妄想も甚だしい……。自分の頭をグシャグシャと掻きむしる有栖の姿に、火村は白けた嗤いを送ってやった。

「火村ぁッ!何が可笑しいんやっ!」

 ソファの上に立ち上がり、冷蔵庫の中に買ってきた食品を収めていた火村の背中に、有栖はそう投げつけた。

「NHKの策略も知らずに、〃第九〃を聴いて年末を意識するお前が可笑しいんだよ」

 パタン…と冷蔵庫のドアを締めながら、火村はにやりと嗤って振り返り、有栖にそう云った。

「NHKの策略やって?どう言う意味なんや!」

 ソファの上に仁王立ちして火村を見下ろす有栖に近づきながら、火村は云った。

「ベートーベンの〃第九〃は、大勢の人間で歌える曲だってこと、お前も知ってるだろう?」

「そら…な。それが、どないしてん」

「その昔、NHKが抱えている合唱団ってのがあった。しかし彼らはギャラも安くて生活してくのがやっとだった。そこで、NHKの偉いさんが考えた。彼らに、正月の餅代くらい稼がせてやりたいってことで、その偉いさんが知っている一番多くの人間が合唱に参加できる曲を選んだ。それが〃第九〃って訳だ。ついでに云うなら、年末に〃第九〃を聴く風習が在るのは、全世界でも日本だけだそうだ」

「………………ほんまかいな、……それ」

 なんとなく釈然としない面持ちの有栖に、火村はにやりとほくそ笑んだ。

「それで大勢の人間が人並みの正月を過ごせたんだ。そう思えば、心温まるエピソードに聴こえるだろう?善意の心。素晴らしいじゃねぇか」

「そういう偽善臭い考え、大っ嫌いな君が云うと、かえってエセ臭いで!」

「お前は好きじゃねぇか、その〃偽善〃ってやつ。良かったじゃねぇか、アリス。これからは善意の気もちで〃第九〃が聴けるようになっただろ?」

「うるせぇ!余計に嫌いになったわ!」

 そう叫んで、有栖は仕事部屋へと引きこもってしまった。暫くして、その部屋から雄叫びの様な奇声が聴こえて来た。

「餅代の分際で、おれを急かすなやぁーッ〃第九〃のクソッタレ――――ッッッ」

 その暴言は余りにも……。年甲斐が無さ過ぎて、聴いている火村が恥ずかしかった。

 

 

   ACT3『紅白歌合戦』

 

 

 とうとう、〃紅白〃は始まってしまった。

 結局のところ、有栖は原稿を仕上げることが出来なかった。

「ク―――――ッッッッ」

 これは、年内に原稿を仕上げる事が出来なかった、有栖の悔しさからくる男泣き…で発せられた声ではなく、火村が用意してくれた鍋をつつきながら手酌で一杯やっている、有栖の声である。実に美味そうにお酒を飲み干し、満面の笑みを浮かべている。五臓六腑に染み渡るとは、正にこのこと。空腹だった胃袋に、美味い料理と美味い酒。もう、なにも云うことはない。

 ……などと、呑気な事を云っている場合ではないのだ。

 ……本来なら……。

 ほろ酔いの、上気した頬でニコニコと微笑う有栖は、煮えすぎた魚を自分と有栖の器に取り分けて、すっかり鍋を仕切っている目の前の男に云った。

「しゃーないよなぁ、間に合わへんもんは間に合わへんのんや」

 あれだけ、紅白が始まる前までには原稿を仕上げると息巻いていた有栖の熱意は、すっかり冷めてしまっていた。火村が用意してくれた料理の前に、有栖の意気込みは何処かへ逃げてしまったらしい。

「いいから、さっさと喰えよ」

 妙にニヤついた顔で火村はそう云いながら、有栖に皿を手渡した。

「――――あっ……アムロちゃん。あーんな子供みたいな顔して、お母ちゃんやなんて…。勿体ないなぁ……」

 一年ぶりにブラウン管に現れた歌手を眺めながら、有栖はぽつりと呟いた。

 ――――いい年して、年中子供みたいな真似ばかりしてる奴が……。

 声にこそ出さなかったが火村は胸の中で呟いた。

「――――…あァ……なぁーんか、気持ちよぉなってきよったぁ……」

 そろそろ、酔いも本格的になってきたらしい。それまで床に直に座って背もたれにしていたソファの上に、有栖はゴロリと横になった。

「火村ぁ…ちょっとしたら起こして…。初詣…一緒に行こうな。……な、…火村……」

 妙に舌っ足らずな甘えた口調で、有栖はそう云った。

 火村の返事を聴く前に、有栖はすっかり寝入ってしまった。ノビタ君も顔負けの寝付きの良さだ。

 ひとり残された火村は…というと、散々喰うだけ喰って飲むだけ飲んで上機嫌のままおネンネしてしまった有栖に呆れ返っている…という訳でも無く、酔っぱらった赤い顔でムニャムチャと訳の判らない寝言を云っている有栖の寝顔を眺めながら、相変わらずのニヤついた笑みを浮かべていた。

 有栖はすっかりお休みモードに入ってしまっていたが、彼があんなに楽しみにしていた紅白はまだ続いていた。今年も又、やたらに派手な出で立ちで、紅白の名物おばさんになってしまった小林幸子が現れたところだった。火村は片づけもそこそこに、テレビをその儘にして、お姫さま抱っこで有栖を寝室へとお連れした。

 

 

   ACT4『除夜の鐘』

 

 

 その幸せそうな笑い顔と、酔っぱらった時の有栖はとても凶悪だ。

 ベッドの上に寝かせた有栖のシャツのボタンをひとつずつ外しながら、火村はそんなことを考えたりしていた。

 ……いやまぁ…。今からヤっちゃうんだから、それでもいいのだが…。

 その寝顔に思いっきりやられちゃっていたとしても……。

 何やらやたらと妙に気持ちがいい。しかも、下半身が……。

 ―――――でもええか…。気持ちいーなら……。

 ……と、呑気なことを考えている、お休みモード入っちゃってる有栖の身体をいいようにしてる火村。勿論、有栖はそんなこと、全く気づいてはいなかった。寝込みを襲う、火村の卑怯さなんて……。

 しかし、何時までも心地好い気持ち良さだけでは済まされないだろう。寝ていたって、それなりの事をされればそれなりに感じてしまうのだから。徐々に息苦しくなってくる快楽に、有栖は漸く覚醒した。

 そして、その状況に有栖は度肝を抜く。

「―――――アアアアアアッッ!何ヤッてんやァッッ、火村ァ―――――ッッッッッ!」

 正にその時、触っているだけだった有栖のそれをパックン…しちゃってる火村の姿に、有栖は叫び声を上げた。

 ―――――今更遅いぜ、アリス!

 勿論、それは心の中で云われたひと言だ。何せ今の火村はそれを思っていてもお口が塞がっているのだから云いたくても云えない、ザンネンながら非常に楽しい状況なのだ。

「あッあ、あ、あ―――ッッッ!」

 覚醒した途端、有栖はアッと云う間にイッてしまった……。剰え寝込みを襲われて…よりにもよって目覚めた瞬間にイかされてしまったのだ。しかも事も在ろうか、火村は有栖の吐き出したそれをゴックン…。喉仏を大きく上下させて、飲み下してしまったのだ。

 飲み切れなかった、口許に残ったそれを、火村は舌先でペロリと舐めた。自分の漏らしてしまったそれを舐め取る火村の仕種がひどく挑発的で、そんな火村を正視などしていられなかった。

 もう悔しいやら情けないやら恥ずかしいやら…。様々な感情が渾然一体状態で、有栖は手近に在った布団を頭から被ってしまった。だが、そこだけ剥かれちゃってる有栖の腰から下は火村に捕まっていて…正に、頭隠して尻隠さず。顔だけ隠してる方が余程恥ずかしいぞ!……状態である。

「ひッ、火村のアホーッッ、アホアホアホアホ――――――ッッッッッ!」

 有栖のその言動はご尤も。しかし、そんな有栖のお怒りもなんのその。重要な部分を出しっぱなしにしている有栖の両脚を担ぎ上げて、火村は密かに企んでいた野望を今こそ果たすべく、有栖の中へ間発入れずに一気に自分を突っ込んだ。

「うわ――――――ッッッッ」

 頭にすっ被っていた掛け布団を勢い良く剥ぎ捨てて、有栖は叫んだ。

 だが、時既に遅く、火村のナニはすっかり有栖の中に納まってしまっていた。

 信じがたい状況の自分の下半身から眼が離せずに、有栖は再び叫んだ。

「ああああああ―――――ッッッッ!火村ァ!なんて…なんて酷いことをするんやぁッッ!」

 眉間に皺を寄せて顔を顰めた有栖が、殆ど半泣きで叫んでいた。

「なぁーにが酷いことだって?」

 有栖の悲壮感溢れる言葉などお構いなく、火村はやけにニヤついたいやらし顔でそう云った。

「そんな…突然入れたりするな、ドアホウ!そんなことされたらっ、絶対マズイやろう!明日からトイレへ行けへんくなったら、どないしてくれんねん!そ、それに…それにむちゃくちゃ痛…い……?…」

 条件反射で絶対に痛いと思っていたのに、案外そうでもなくて、有栖は驚いた。

 もういい加減、自分の身体が火村に慣れちゃっているからだろうか?……いや、それにしても…それにしたって……。

 痛いどころか、何方かと云うと気持ちいいくらいなのは…どう考えても納得が行かないと思う有栖。

 何の前戯もナシにこんな風になっちゃ、やっぱりちょっとヤバいと思うのだが…。

 自分の身体の仕組みに拭いきれない疑問を抱きつつ、有栖は自分の身体の上に乗っかっている男に質問してみた。

「なぁ…火村……なんでおれ…痛ないの…?」

 疑問に思っていたとしても、普通、そういう事は恥ずかしくて訊けないものだと思うが、そう云う事をアッサリ訊いちゃう辺りが、実に有栖らしい。

 有栖の寝込みを襲って彼の精神を錯乱させている張本人の火村は、その立場も今の自分の恰好も弁えず、それこそ、母校である英都大学で教鞭をとっている時と同じ表情で、偉そうな口調でのたまった。

「なぁ、アリス。俺がそこまで獣みたいな真似すると、本気で思ってるのか?」

「……え…?―――――いや…おれはただ…」

 此処で襲われちゃってる有栖が弱気になるのは間違いだ。現に、火村は卑怯極まりないやり方で有栖をヤっちゃっているのだから……。

 しかし、火村にそこまで自信ありげに云われてしまうと、何だが自分が悪いことをしている様な気分になってしまったのだ。

 それにだ。有栖は火村に〃何故痛くないの?〃と質問しただけなのだ。こんな風に押され気味な気分になる必要など、何処にも無い。しかしそのことに、当の有栖が気づいていないのが致命的だ。

 この状況下にあって、何となく自分のペースへと有栖を引き込んで行く当たり、伊達や酔狂でその若さで助教授というポジションにいるわけではないらしい。火村だって、やるときゃやるのだ。

「バーカ。お前がおねんねしてる間に、それなりの準備はしてたっつーの!ホントに、呑気過ぎるぜ、馬鹿アリス」

 心持ち押され気味な有栖に向かって、火村は駄目押しの様にそう云った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あ…そうなんや…。そうやったんか。……それならそうと、始めに云うてくれれば良かったやないか。人が悪いなぁ君も……。おれはてっきり……」

 そこま云って、有栖は急に黙り込んでしまった。

 顔を赤くして、有栖は火村から視線を逸らした。

「……〃てっきり〃…なんだよ、アリス」

 ひどく意地悪そうな表情と声音で、火村は有栖にその先に続いたであろう言葉を訊ねた。

「え…ええやないかっ、なんでも!君には関係あらへんッッ!」

 有栖は更に全身を真っ赤にして、火村に向かってそう叫んだ。

 まさか…自分のソコが火村とヤりすぎて〃緩く〃なっちゃったんじゃないか…と心配していたなんて、口が裂けても云えないだろう……。

 有栖は、そんな自分の恥ずかしい想像をうやむやにしたくて…。訳の判らないこの苛立ちをなすりつける様に、左の脇腹の隣に在った枕を火村にぶつけた。

 有栖が投げつけた枕が、当たった火村の顔からポロリ…と落ちた時、そこに現れた火村の変貌した表情に、有栖は今更ながらに身の危険を感じた。

 有栖の腹の上に落ちたその枕を、火村は鷲掴み、その儘横へと放り投げた。

「あっ、ちょっとっ、タンマッ!お、おれが悪かった。あ、謝るから…堪忍してッ!」

 思いっきり眼が座ってる火村の表情に、有栖は咄嗟に許しをこう。

「もう遅いっつーのッッ!」

 唸る様にそう叫んだ途端、火村は一気に腰を使い始めた。

「ああッあッ…あッ…ひ…火村ァ…ッッ!」

 凄まじい勢いで突き上げられて、有栖は為す術もなかった。

「おら…さっきの続き…云っちまえよ、アリス…ッ」

 流石に、寄る年波には勝てないのか、これでもかってくらいに有栖を攻めたてる火村の息も、かなり上がってきていた。学生の頃はともかく、最近では中々身体を動かす機会もなくて…。明らかに運動不足な自分の身体に、火村はちょっと情けなくなった。

 ……しかし、衰えるのはまだ早いだろう。三十半ばの男と云えば、それなりの経験も積んで酸いも甘いも噛み分けて、それなりのテクニックだって身につけて来ているお年頃だ。有り余った体力に物言わせて、ただヤってりゃ満足していた十代の頃のサル並みのセックスとは訳が違う。青臭いガキには到底真似の出来ない事だって、今の火村には出来るのだ。

 ……まぁ、それなりに修行を積んできたというか、有栖の身体で研究させて頂いたと云うか…。取り敢えず有栖に関しては、何処が一番〃いい〃かって事くらい、当に熟知している。

 腰を使いながら、火村の身体は徐々に前のめりへとなって行く。それに伴い、火村の肩に引っかけられた有栖の脚も、間接とは逆の方向へと倒されて云った。

「あっ、もう…嫌や…ッ、苦…しい…火村…ッ」

 その体位では、相当身体が柔らかい人でなければ、そりゃ辛いだろう。だが火村だって、多少は辛いのだ。無理な形で攻める方だって、腰にきたり腹筋が筋肉痛になったり……。普通にやっていたって、腕はずっと伸ばした儘でだるくなるし…。ヤられてる方ばかりが不満をいうのは納得がいかないと云うものだろう。

「…あぁッッ!……ひ…むらっ、も…もっと…ゆっくり……ッ…」

 別に、本気で怒っている訳じゃない。ただ、普段甘やかせっぱなしなので、たまにはこれくらいしても良い薬だ…と、火村は思っていた。……なので、有栖の言葉なんか完全に無視だ。

 ―――――ごぉ〜ん…………。

 その時、何やらこの場にはとても不釣り合いな奇妙な音が僅かに聴こえた。

 それは、隣の部屋で付けっぱなしになっていたテレビから聴こえる音だった。もっと正確に云えば、紅白の後から始まる『ゆく年くる年』が中継している、新年を迎えるその時には、一年間に溜め込んだ百八の煩悩を鐘を打つことで身体の中から追い払えれると云われる、何処ぞのお寺の有り難い除夜の鐘の音だ。

『おめでとうございまぁ〜すぅ』

 みょ〜に能天気なテレビから流れるその声を聴いて、有栖は漸く気づいたのだ。

 ――――ナニやってるんや?おれ達…。二年越しHなんて恥ずかし〜いッッ!

 頭の隅にちょっぴり残った理性で、心の中で有栖は嘆いていた。いい年した男がふたり、『おめでとう』も云えない状態のHをしているなんて……。

 僅かにでもそんな風に理性で考えられた有栖はまだマシだ。火村なんか、一心不乱にヤってるだけなんだから……。

 ……と、思っていたのは、もしかしたら有栖だけかもしれない。

「あッ…ああああぁッ…!あっ、…ひ…ひむらぁッ……も…う…イッ……」

 結局の所、火村に煽られる儘に、有栖も相当その快楽にのめり込んでいるのだから……。

「ああっ……、…火村―――――……!」

「アリス……!」

 ――――――嗚呼……夢にまで見た(?)有栖との二年越しのH……。年の暮れと新年の間で、何処にも行かずにこんなこと出来るなんて、イカスじゃねぇか。新しい年の出発には正に相応しい門出だ!

 ……と、まで火村が考えていたかいないかは謎だが、同時にお互いの名前を読んだその瞬間、ふたりは手に手を取ってイッちゃう…覚悟でいた火村。

 ――――――がッッッ!

「……はッ……初詣ぇ……ッッ!」

「……はぁ……?」

 素っ頓狂な声で、火村は自分の下でぐったりしている有栖を見下ろした。

 喘ぎ声……とはとても思いたくはない、有栖のそのひと言に、火村は一瞬にして萎えてしまった…。

 しかし有栖は火村をおいて独りだけで、すっかりイッちゃってしまっていた。

「お…おい、アリス?」

 火村は、ぐったりとしてしまった有栖の頬をぺちぺちと幾度か軽く叩いた。……が、反応はゼロ。

 そこまでイー気持ちにさせちゃったのは勿論火村本人なのだが、これで終わられては…余りにも残酷ってものじゃなかろうか。

 果てし無く遠くまでイッちゃった有栖は、〃もうお腹一杯・満足満足…〃……ってな安らかな顔で、完全に意識を失ってしまっていた。

「……そりゃ…ナイんじゃねぇか?…アリス……」

 中途半端に行き場を無くした欲望を持て余し、心底嘆いている火村の声など、気持ちのいいまんま意識を飛ばしちゃった有栖には、当然届くはずも無く……。火村は暫し途方に暮れた。

 

 

   ACT5『明けましておめでとう。そして……』

 

 

 有栖が目覚めたのは、明けて、元旦の午後三時だった。

 元旦の起床時間は毎年これくらいだ。

 のんびりとまどろむ様に寝返りを打ち、有栖はベッドの中で伸びをした。

「ふぁ……あ…。よぉ寝た…」

「――――そりゃ、ご機嫌だな…先生」

 有栖が横になっている隣で、火村はベッドの上で背中を丸め、まんじりともせずに胡座をかいていた。

「どうしたんや?火村…。君、ひどい顔してるなぁ……」

 それもその筈、火村はあれから一睡もしていないのだ。今更…この年になって性欲の対象となる人間が隣で寝ているというのに、独り上手なんて虚しい真似など出来やしない。それをしてしまったら、火村の自尊心は粉々に粉砕してしまう…。

 そんな訳で、どっちつかずな性欲を持て余しながら、火村はずっと有栖の隣で座っていたのだ。その目の下に隈が出来ていても不思議はないだろう…。

 今年こそ、今年こそ、今年こそ……ッ!

 毎年毎年毎年付き合わさせられていた有栖の初詣の借りを、今年こそ返してもらうつもりだった。

 除夜の鐘がなる頃に事を致してりゃ、その儘ズルズル引っ張っていけると企んでいたのだ。

 だが…火村の野望は、海の藻屑…もとい。正月の天晴れな青い空に消えてしまった。

 有栖と一緒にいられて、尚かつ面倒臭い初詣にも行かなくて済む方法。更には、去年の借りを返せれる絶好のチャンス。絶妙な計画…だった筈なのだが……。結局は、今年も又、有栖に言い様に弄ばれしまったのだろうか……。

「あぁ―――――いー天気やなぁ、火村!」

 寝室の窓に掛けられたカーテンを開いて、有栖は実に清々しい笑顔でそう云った。

「あぁ…そうかい、ハニー」

 全く気のない返事でそうかえすと、火村は徐にベッドのサイドテーブルに置いてある煙草に手を伸ばした。

「正月そうそう辛気臭いやっちゃなぁ…。ホンマ、どっか具合でも悪いんとちゃうか?」

「そうかい?そんなことないぜ、ハニー」

「火村…君…。頭ん中に蛆虫でも涌いてんとちゃうんか?」

「…蛆虫…意気地なし…。そう、俺は意気地なしだな…」

 最初に寝込みを襲ったのだから、有栖が意識を飛ばしてからだって、同じことをすれば良かったのだ。

 ……しかし、何だがそれはひどく情けないような気がして出来なかった。火村の中では、計画していてそれをする事と、突然のアクシデントでそれをやってしまうのとでは、大きな違いがあるようだ。ハタから見れば、それ程代わりはないと思うのだが…。

 そんな訳で、すっかり腐ってしまっている火村に、有栖は些か呆れ返っていた。

 勿論有栖は、火村がこんな風になってしまった原因が自分に在るとは思ってもいない。

 ……しかし、今日は晴れの元旦である。

 火村をこの儘にはしておけないだろう。

 そして有栖は閃いた。我ながら惚れ惚れする名案に、有栖は独りでニンマリと微笑った。

「な、火村!天気もええし、ちょっと出掛けようやないか」

 胡座をかいた膝の上に灰皿を抱えて煙草を喫っている火村に、有栖は媚びる様な声でそう云った。

「出掛ける…?何処へだよ」

 気のない返事でそう云った火村に、有栖は極上の笑みを浮かべてそう云った。

「氏神さまへ初詣!」

 ―――――まただよ……。

 その〃初詣〃という言葉は、聴きたくない。諸悪の根源は、凡てその〃初詣〃なのだから……。

「な?なぁ、行こ?初詣。なぁ、火村ァ」

 腕を引っ張られてぶんぶんと揺さぶられて、火村は虚ろな瞳で漸く有栖に向き直った。

「な?火村」

 ……それはもう、最上級の有栖の笑顔。

 死んでも行きたくないと思っていた初詣も、有栖がこんなに楽しそうな顔で微笑うのなら……。

 そんな風に、沈みきっていた心が、徐々に浮上して来た。自分でも単純というか…現金過ぎて涙がでてくる。けれど、こんな顔で微笑われてしまったら、もう、火村が太刀打ちできるはずも無く……。

「……そうだな、出掛けるか…」

「やったーぁッ!」

 両手を上げて飛び上がった有栖は、その儘その腕で火村に飛びついた。

「早よ行こ、早よ行こ!」

 抱きつく有栖の身体を引き寄せて、ベッドの上へと転がした。

 グリグリと柔らかい髪をかき乱して、火村はその額にキスをした。

「あ…!」

 その時、有栖が何かを思い出したかの様に小さく叫んだ。

「まだ云ってへんかったな、火村」

「……ん?……何をだよ」

 ゴロゴロとベッドの上で戯れていたその恰好の儘、有栖の口唇がそっと火村の口唇に触れてきた。

「おめでとう、火村」

 少し照れた様に微笑う有栖が、とても可愛かった。

 そして、火村はやはり確信するのだ。

 どうしたって、有栖には適わないのだから、借りを返してもらおうだとか馬鹿な思惑はもう捨ててしまおう…。

 結局、一年越しの火村の逆襲は失敗に終わった。

 しかし、ひどく心地好い敗北感だった。

「おめでと…アリス」

 これ以上は無理だと思うくらいに、優しい声でそう云って、火村は有栖に、お返しのキスをした。

 その儘縺れていきそうになった時、やっぱり有栖が叫ぶのだ。

「あかん!こんなことしてる場合やあらへんでっ。火村、早く着替えてな」

 するりと腕の中からすり抜けて、有栖はベッドから下りてパタパタと部屋の中を歩き回りだした。

 やれやれ…と云った心境で、火村はそんな有栖の姿を見ていた。…だが、今年もやっぱり、幸せな有栖と二人の正月だ。

 取り敢えず、おめでとう。そしてこれからも…。

 

 ――――I wish you a happy new year……!?

 

 

 


【END】
- Up- 1998.12.13 AM 03:45

■COMMENT■

寝しょうがつRETURN』は翌年、1999年の12月に発行しました。冬コミ合わせの本だったかな?
確か、『winter special』というCAMEL BRAND初の再録本に書き下ろしとして載せた記憶があります。
その時に『寝しょうがつ』も一緒に載せた様な気がします。
『winter〜』に載せた時、『寝しょうがつRETURN』にはサブタイトルに『火村の逆襲編』…と、つけた記憶が(笑)……。



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