CAMEL ont the road キャメルという銘柄の煙草を火村が喫っているその理由はきっと、彼の好きなブリティッシュロックと関係するのだろう。 アンドリュー・ラティマー(Guitar.Vocal)を中心に、元『ゼム』のピーター・バーデンス(Key)。元『キング・クリムゾン』のメル・コリンズ(Sax.flute)。現在はピーター・バーデンズが脱退しているが、1972年、イギリスで以上のオリジナルメンバーで結成されたバンド名がズバリ『Camel』だ。既に二十年以上も前の話になるが、この『Camel』の来日初のライブを、火村は見に行っているらしい。 このバンドのファーストアルバム、バンド名と同じ『Camel』は、煙草のパッケージを少しアレンジしたまま使用されている。バンドの中心的人物、アンドリュー・ラティマーがキャメルを愛煙していたかどうかは定かではないが、このバンドの『Camel』が煙草のそれを意識しているのは明らかだった。 ブリティッシュ・ロックと云っても、『Camel』のそれは、現在では代表的なプログレッシブ・ロックとして有名なバンドだ。叙情的な音楽は〃ロック〃という響きから今の若い者が想像するよりもずっと繊細で陽気なイメージだ。人によってそれらのカテゴライズの分け方は違うだろうが、一般的に『Camel』は、ブリティッシュ・ロック、プログレ系とでも注釈をつけられそうだ。思うに、その後日本にも現れたテクノ系は、この『Camel』の流れをくむバンドもありそうだ。音楽性的に影響を受けているのではないかと……。とにかく『Camel』は、叙情派ロックの第一人者として根強い人気を保つバンドだ。 久し振りに訪れた北白川の元下宿、十年以上も火村が住み着いているその部屋で、懐かしい曲が流れていたことで、有栖はふと、そんなことを思い出していた。 「〃Breathless〃か、懐かしいなぁ」 ああ…と、有栖の呟きに火村は、曖昧な返事を返した。 それは『Camel』の四枚目のアルバムで、彼らの名前を世界に知らしめる結果となった、所謂〃名盤〃と云われる一枚である。当時はLP盤で所有していた火村だが、数年前にCDを買い直していた。 このアルバムには、泣く子も黙ると云われる『ECHOES』と『THE SLEEPER』が収録されているが、(この二曲はどちらもインストナンバーだ)有栖はこの名盤の最後に収録されている『RAINBOW' SEND』が一番のお気に入りだ。このアルバムを最後に、ピーター・バーデンスは『Camel』を脱退している。 そもそも有栖が『Camel』を知ったのも、この北白川の火村の部屋でだった。学生の頃、遊びに来ては、このバンドの曲を聴いたものだった。 無意識なのだろうが、火村は三曲目、『WING AND A PRAYER』をくちずさむのだが、この助教授は些かコードが高すぎるようで、彼のバリトンはヴォーカルのリチャードのキーでは高すぎるのか、一オクターブ下をなぞっていた。 「……ぷっ、アハハハハ…」 突然笑い出した有栖に、火村は怪訝な眼差しを向けてきた。 「……なんだよ、行き成り……」 「いやぁ〜、なんか…昔から君、変わってへんなぁ〜と思って…」 出会ったばかりの二十歳の頃とちっとも変わらない火村のその歌声に、思わず笑い出していた。 「はっ!変わってないわけねぇだろう。いい加減、俺もオッサンさ」 そして火村は――――お前もな…と、同級の有栖につけ足すことも忘れなかった。 確かに……。 そう呟きながら左のこめかみ辺りに垂れていた前髪を掻き上げるその仕草や、その時に一瞬向けられた視線の色は、二十歳の頃の火村とは明らかに違う。 何気ない会話の狭間で流れるそんな火村のセクシャリティーは、確かに、若い頃の火村にはなかったそれで……。 有栖は不用意に、胸が高鳴り出してしまった。 あの頃には知らなかった火村の貌を、確かに今の自分は知っている。 不意に近づく男は、相変わらず散らかった畳の上に、有栖の身体を倒そうとその肩を強く押す。そして有栖も、そうはされじと火村の肩に手を置き突っぱねるのだが……。 「―――――あ……」 「ん……?」 ふと口を突いて出た有栖の吐息のような呟きに、火村はその短い声でそれを促す。 「キャメルの匂いがする」 そう、それは〃煙草〃ではなく、〃キャメル〃の匂いだ。 「ああ……」 当たり前なことを口走った有栖に、男はふと笑みを洩らし幾らかの余裕を見せていたのだが…その隙に、火村は既に目的の半分は達成させていた。 畳の上に広がる少し長めの有栖の髪を指先で弄びながら、火村は呟く。 「口の中は匂いだけじゃなく、味もするはずだ」 云って、火村は有栖のそれに口接た。 喫い終わったばかりの、濃厚なキャメルの味。何処か塩っぽいのに、後味が甘い―――。 自分のそれよりもざらついた舌触りに、有栖のその首筋が粟立った。 「―――――口だけじゃなくて、ここら辺も、同じ味がするかもな」 溢れそうになる唾液を飲み下し、苦しげな吐息が漏れ出した頃、漸く離れた男の口唇は、ひどくエロティックな形で薄く嗤いながら更にその低い声で有栖を煽る。 先ほどキャメルを挟んでいたその指先が示したのは、男の鎖骨辺り。 「――――舐めて、確かめてみるか?」 いやらしく嗤う男の誘いは、ひどく淫靡で魅力的なそれで……。 その頸筋に両手を回し、舌先を出した有栖の貌は、男の鎖骨へと近づいた。 有栖は舌先で、男の肌を味わう。 陶然とする有栖には既に余裕は無く、多分その耳には意味のなさない言葉だとわかっていながら、火村はその耳元に低く囁く。 「――――変わらないものも、幾つかは在るよな?悪夢を見ると判っていても人は眠るし、俺の煙草は、この先もきっと変わらない」 ―――――それから……。 アリスとは、きっとずっと、このままだ。 それだけは言葉にせずに、胸の裡だけで呟いた。 [END] Up 2001.06.13 AM 08:49 |