「大丈夫……?」
心配そうな顔でレオをのぞき込むアストライア。
「うん、大丈夫……」
若干、苦しげな笑みを浮かべながら、レオが答える。
太腿からは骨が引き抜かれ、薬草と包帯が巻かれていた。
飛びくる腐肉をかわしながら、なんとか屋敷内に戻ってきた4人は、負傷したレオの手当てをし、休息を取っていた。
肉塊からの攻撃は、4人が屋敷に入ったと同時にピタリとやんだ。
「どうだ? 様子は?」
窓から肉塊の様子をうかがっていたリンに、ラップが尋ねる。
「変化なし。 動く様子もねぇ」
そう言うと、リンは溜め息をつきながらその場に座り込み、
「なんなんだよ、ありゃ?
あんなの見た事も、聞いた事もねぇぞ」
誰にともなく聞いた。
その問いに対し、ラップが少し考え込むような仕草をしたあと、答えた。
「多分、ここに巣食っていたゾンビやスケルトンの集合体だろうな。
ここに戻ってくる途中、探索中に倒したゾンビやスケルトンの死体がなくなっていた」
「そんな事ありえるのかよ?」
「さぁ……でも、そうとしか考えられない……」
そこまで言うと、ラップは黙り込んでしまった。
重苦しい沈黙が流れる。
その沈黙を破って、リンが話を切り出した。
「で、どうすんだ? さっき言ってたけど、あいつに火をつけるんだろ?」
それを受け、レオが足の調子を確認しながら答える。
「うん。 それが1番効果的だと思う。
だから、何か燃えやすい物があればと思ったんだけど……」
「ランプの油はどうだ?
確か、予備がいくつかあったはずだ」
そう言うと、ラップはマントの内側を探り、油の入った瓶を取り出した。
取り出された油の瓶は、500ml程の物が3つ。
「これだけあれば、あいつに火をつけられるはずだ」
瓶を持ち上げ眺めながらラップが言った。
「うん、そうだね、十分だよ。
じゃあ、1人1つずつ持とう。
3人で一斉に投げつけたら、僕がランプを投げて火をつける。
そしたら、またすぐに屋敷の中に逃げ込むんだ」
レオが作戦を立てると、リンとラップはうなずき同意した。
しかし、アストライアは不安そうな顔で3人を見ている。
それに気付いたレオがニッコリ笑って声をかけた。
「大丈夫だよ。 きっと上手くいく。
僕達を信じて」
「……でも、あなた怪我をしているわ。
それに、危険だわ。
あんな物にまた戦いを挑むなんて……
死んでしまうかもしれないのよ?」
レオの言葉に、アストライアは一層顔を曇らせて言った。
それに対し、3人が口々に言う。
「そんなに心配すんなよ。
オレ達に任せとけばいいんだって」
「そういう事。 あんな肉の塊にやられたりはしないさ」
「さっきは1発くらっちゃったけど、今度は大丈夫。
きっと君を助けてあげるから」
心配するアストライアに向けて言うと、3人はそれぞれ瓶を手に取り、うなずき合って中庭に抜ける扉の前に立った。
その後姿を見守るアストライア。
その手は強く、祈るように握り締められている。
「準備はいいか?」
ラップが言うと、レオとリンがうなずく。
「レオ、足は大丈夫かよ」
リンがレオの傷を見ながら言った。
「平気。 動けないほどじゃないから」
ぎこちないながらも足を動かし、レオは足の無事を示した。
そして、
「さぁ、じゃあ、行くよ!!」
レオの掛け声と共に、3人は肉塊の待ち受ける中庭に飛び出した。
肉塊が蠢く。
まるでその丸い腐肉のどこかに目があるかのように、3人が中庭に飛び出した途端、腐肉の塊を撒き散らし始めた。
その腐肉をかわしながら、3人がそれぞれ行動に移った。
「いいか! できるだけ近付いてから瓶を投げるんだ!
遠くから投げるなよ! 肉を飛ばされて瓶を落とされるかもしれない!!」
そう言いながら腐肉を避け、ラップが少しずつ肉塊との距離を詰めていく。
「レオ! 大丈夫か!?」
リンが気遣わしげにレオに声をかける。
リンも瓶をしっかりと握り締め、肉塊へと接近していた。
「大丈夫だって!」
リンの問いかけにそう答えたレオであったが、怪我をした足をかばいながら動いているため、動きがぎこちない。
しかし、それでもなんとか腐肉をかわしながら、肉塊へと迫る。
「よし、いくよ!!」
肉塊との距離を2〜3m程にまで縮めたレオが一声叫び、手にした瓶を肉塊に向かって投げつけた。
バリン!!
小気味よい音を立て、瓶が割れ、中の油が飛び散る。
それとほとんど同じくして、
バリン! パリン!
2つの瓶が割れる音が中庭に響いた。
『レオ!!!』
リンとラップが肉塊から離れながら叫ぶ。
「これで……どうだ!!!」
レオが後ろに跳び退りながら、手にしたランプを肉塊目掛けて投げつけた。
ガシャン!!
ゴォォォオオオオオ!!!
ランプが割れ、中の火が燃え広がる。
それは肉塊に付着した油に燃え移り、火は炎となって、たちまちのうちに肉塊全体を包み込んだ。
夜空を焦がすような火柱を立ち昇らせ、炎が踊る。
肉塊はもがくように、その腐肉でできた体を痙攣させながら、なす術もなく炎に焼かれている。
3人は、肉塊に火がついたと同時に、素早く屋敷の中に逃げ込んでいた。
屋敷の中は、中庭に生まれた巨大な炎に照らされ、オレンジ色に染まっていた。
戻ってきた3人を、アストライアが心配そうに見つめる。
「……大丈夫?」
問いかけるアストライアに、レオが息を切らせながらうなずいた。
「……外は、あいつはどうなってる?」
床に座り込んで、同様に肩で息をしているラップが、アストライアに尋ねた。
アストライアは窓の側により、外をのぞき見る。
「……燃えてるわ。
さっきよりも少し小さくなったみたい
動き出す様子は……ないみたいね」
「なら、あとはあいつが燃え尽きるのを待つだけって――」
「待って!」
言いかけたリンの言葉をアストライアが遮った。
「様子が変よ。 なんだか段々膨らんできてるような……」
「なんだって!?」
そう言ってラップが窓の側に駆け寄る。
炎に包まれた肉塊は、確かに膨張していた。
炎はさらに勢いよく燃え盛り、それにつれて肉塊も徐々に大きく膨らんでいく。
まるで風船のように膨らんでいく肉塊を見た途端、ラップの顔から血の気が引いた。
「まずい! あのままだと爆発するぞ!!
皆、ここから離れるんだ!!」
血相を変えて叫ぶラップの言葉に、レオとリンは素早く反応し、中庭と反対側に向かって走り出した。
ラップのそのあとを急いで追い、アストライアも同様に3人のあとを追った。
そして、4人が玄関を抜け、正面の庭に出た瞬間。
ドゴオオオォォォォォォン!!!
『!!!』
大地を揺るがすほどの大音響と衝撃が辺りを襲う。
アストライア以外の3人は爆風に押され、屋敷の門近くまで吹き飛ばされた。
「……ぃっつぁ〜……オイ、大丈夫か!?」
地面に叩きつけられたのか、腕をさすりながら体を起こし、脇に倒れている2人に向かって問いかけるリン。
「……ん……あぁ、大丈夫だ」
「……僕も、なんとか……」
ラップとレオが答えながら、起き上がる。
「アストライアは?」
「私も大丈夫よ。 ゴーストだしね。
それより見て」
そう言ってアストライアが指差した先には、爆発によって破壊された屋敷が。
壊れた屋敷越しに見える中庭には、肉塊の姿はどこにもない。
「……屋敷、壊れちゃったね」
「気にしないで。 もともと壊れてたようなものだし。
さぁ、地下室へ行ってみましょう」
アストライアは屋敷が壊れた事を気にした様子もなく、3人をうながすと、爆発でえぐれた中庭へと向かった。
壊れた屋敷に近付くにつれ、爆発の凄まじさが伝わってくる。
屋敷は中庭を中心に大きく破壊され、ほとんど原形をとどめていない。
かろうじて残っていたのは、爆発とは反対側の壁のみ。
その壁にしても、少し強い衝撃を加えれば、一気に崩れてしまいそうな様子だった。
中庭はさらにひどく、生えていた草木は残らず吹き飛ばされ、地面の表面は平らにならされている。
爆心地ともいえる肉塊のあった場所は、ほかとは比較にならないほどの衝撃を受けたようで、クレーター状にえぐられていた。
そして、そのクレーターの中心部分には、人がゆうに3人は入れるほどの穴が、ポッカリと口を開けていた。
よく見れば、穴の中には階段らしきものが見える。
「ここよ。 ここが地下室の入り口。
爆発で入り口の扉が壊れちゃったみたいね。
さ、調べてみましょう」
そう言うと、アストライアは階段を下りていった。
3人もそのあとに続く。
「……あ!」
地下室に入った瞬間、リンが声を上げた。
崩れ、土砂が入り込んだ地下室の石床には、不可思議な紋様が赤黒い光を放っていた。
リンが興奮したように、輝く魔陣に駆け寄る。
「こいつだ! 魔術所に書いてあった魔陣と同じだ!
これが『絶え間無き怨嗟』の魔陣だ!!」
「じゃあ、これを消せば、アストライアの呪いが解けるんだね?」
「ああ!」
レオの問いかけに、リンが答えた。
「……アストライア」
ラップが、魔陣を見つめていたアストライアに声をかけた。
アストライアは、しばらく無言で、そしてやがてうなずくと、口を開いた。
「……殺されてから今まで、この日をずっと夢見てたわ。
父と母のいる世界へ行ける事を」
夢見るような口調で、魔陣の上を通りすぎるアストライア。
そして、壁際で止まると、レオ達3人の方を振り返り、微笑みかけて、
「レオ、リン、ラップ。
3人とも、ありがとう。
今日あったばかりの私のために、ここまでしてくれて」
深々と頭を下げた。
「……いや、別に……なぁ?」
「あ、あぁ……」
「まぁ、当然の事をしたまでというか、なんというか……」
急に改まって礼を言われ、しどろもどろな様子で答えるレオ達3人。
その様子を見て、アストライアが微笑む。
3人も、顔を見合わせ、満足気に微笑んだ。
しばし流れる、和やかな沈黙。
その沈黙を破り、レオが口を開いた。
「じゃあ、そろそろ……」
「……ええ、そうね」
微笑んだままうなずくアストライア。
レオはショートソードを両手で持ち、下向きに構え、切っ先を魔陣に向けた。
「……あなた達の事、絶対忘れない。
本当にありがとう。 小さな勇者さん達」
アストライアが言う。
その顔には、一点の憂いも悲しみもない、満面の笑みが。
そして、レオはショートソードを魔陣に突き立てた。
赤黒い火花を散らし、激しく発光する魔陣。
同時に、アストライアの全身を白い光が包んだ。
光は徐々に明るさを増し、目も開けていられないほどに眩く輝く。
やがて、光が消えると、そこには魔陣も、そして、アストライアの姿もなくなっていた。
「……行っちまったな」
「ああ、そうだな……」
今までアストライアがいた場所を見つめながら、リンとラップが呆然としたように呟いた。
奇妙な静寂が流れる。
「……じゃ、僕達も行こうか?」
石床からショートソードを引き抜き、2人に向かってレオが言った。
その言葉に、リンとラップが同時にうなずく。
そして、3人は地下室を出て、もはや何者もいなくなり、何者も集まる事のない、呪いから開放された崩れかけの屋敷をあとにした。
(……ありがとう……)
屋敷を離れ際、3人はアストライアの声を聞いたような気がした。
「そういえば、不思議に思ったんだけど」
街道を歩きながら、レオが唐突に口を開いた。
「どうしてアストライアが触媒に使われたのかな?
恨みを買ってたのは、彼女のお父さんなんでしょ?
それだったら、普通、お父さんを触媒として使うんじゃない?
その方がよっぽど苦しいだろうし」
レオの疑問に、ラップが少し考えて答える。
「……多分、知らなかったんだと思う。
この魔術の触媒となった人間が、魔術を解かれないかぎり昇天できないって事を。
もし知ってたら、お前の言ったとおり、彼女の父親を触媒に使ってただろうし」
「魔術をかけた連中にしてみりゃ、触媒として使う人間は、誰でもよかったって事だろうな。
この魔術を使えば、彼女の親父は間違いなく魔術に囚われて、死んでからも苦しむ事になるんだから。
事実、屋敷の住人全員が除霊されるまで昇天できてなかったみたいだし」
リンが頭の後ろに手を組み、小石を蹴りながら言った。
「結局、彼女はとばっちりを受けて呪われてしまった、可哀そうな被害者だったって事だ」
ラップが、哀れみを込めて言う。
そんなラップとは対照的に、
「まっ、でもこれで彼女も昇天できたんだし、よかったんじゃねぇか?」
リンは小石を大きく蹴り飛ばして、嬉しそうに言った。
「それもそうだね。
……アストライア、向こうでお父さんとお母さんに逢えたかな?」
そう言うと、レオは空を見上げる。
抜けるような青空には雲1つなく、太陽が燦々と輝いていた。
終り