〜小さな勇者達の詩 中編〜
屋敷の中は、意外にも静かだった。
玄関ホールの中は薄暗く、レオの持っているランプだけが、広いホールを照らし出す光源となっている。
ホールは広く、2階へと上る階段が弧を描いて伸びていた。
ホール内の床は、所々が腐り落ち、天井に吊るされていたはずのシャンデリアは床に落ち、ガラスの破片を床にばら撒いている。
壁に掛けられていた絵画はすべて黒く塗りつぶされており、カーテンは誰かが引き裂いたかのようにボロボロになっていた。
シャンデリアの落ちたすぐ側には、2体の首のない女神像が対になって向かい合っている。
不思議な事に、玄関に入る前には、この玄関ホールにも複数の人影がいたはずなのだが、今は見当たらない。
「ゴースト達がいなくなってる……」
ラップが辺りを油断なく警戒しながら言う。
レオは近くの窓から外の様子をうかがっている。
リンは、もはや強がりが意味をなさないほど震えており、ラップの後ろで目を閉じて、何も視界に入れまいとしていた。
「どうだ?」
ラップが窓の外をのぞいているレオに向かって尋ねる。
「ゆっくりとだけど、こっちに向かってきてるよ。
それに、外にもゴーストがいるみたい。
飛び回って、こっちを見てる」
「実況するなよ!!」
レオが状況を説明した途端、それまで押し黙っていたリンが叫んだ。
「あーもう!! なんでこんな事になっちまったんだよぉ……」
「森に入ろうって言ったのはお前だぞ、リン」
ぼやくリンに、冷静に突っ込むラップ。
リンはもはや反論するだけの気力もないようで、大きな溜め息をつくと、再び黙り込んでしまった。
「とにかく、ここにいても危ないだけだ。
屋敷の中を見て回ろう。
どこかに逃げ道があるかもしれない」
レオが2人に向かってそう言い、ホールの中央付近まで歩みを進めた途端、
ガゴン!! ガシャン! ドゴン!!
ホールに開いた床の穴と朽ちた扉から、無数のゾンビ達が現れた。
「なっ!?」
突如、目の前に現れたゾンビに驚きの声を上げ、その場から後退るレオ。
ラップも同様に驚き、とっさにショートソードを抜いた。
リンは気絶寸前でラップにしがみついている。
「おい、リン! 手を放せ! 動きづらい!」
ラップが文句を言いながらレオの側に近寄る。
「中にもいるなんて……
これで外のゾンビが入り込んできたら絶体絶命だよ!」
レオが焦りながらショートソードを引き抜く。
「一旦、上に逃げよう。
隙を見て2階の窓から外に飛び出して逃げるんだ」
ラップの提案にレオがうなずく。
ラップはちらりとリンを見ると、
「リン! いい加減、離れろ! 情けないぞ!!」
と言い、しがみつくリンの手を振り解いた。
それでもリンはラップにしがみつく。
そうこうしているうちにも、ゾンビ達はゆっくりと3人の方に近付いてきていた。
「リン! しっかりしてよ!!」
レオもリンに発破をかけるが、リンは首を横に振って、ラップから離れようとしない。
それを見たレオとラップは、お互いに顔を見合わせ、小さくうなずき合い、同時にある一言をリンに向かって言い放った。
『弱虫!!』
リンの方がピクリと動く。
そして、全身が小さく震え出したと思った途端、
「だぁ〜れが弱虫だってぇぇぇぇ!!?」
リンが叫び、ショートソードを勢いよく引き抜いて、
「もう1回言ってみろ!!!」
レオとラップに向かって怒鳴り散らした。
「だって、お前震えてたじゃないか。
あいつ等が怖いんだろ?」
ラップがゾンビ達を指しながら冷静に答える。
「怖い? オレが? あいつ等を?
ふざけんな、ボケェェ!!!
ゾンビ共がなんだってんだぁぁぁ!!!」
リンは、眉間にしわを寄せ、全身の毛を逆立たせて叫ぶと、ショートソードを構えてゾンビ達に向かって突進していった。
緩慢な動きのゾンビ達は、素早く動くリンの動きに対処できず、またたく間に斬り伏せられていく。
先程まで怯えていたとは思えないほどの勢いで、リンはゾンビ達を蹴散らしていった。
「……相変わらず弱虫っていうとキレるんだな。 扱いやすい奴だ」
その様子を眺めていたラップが面白そうに呟いた。
「って、そんな事言ってる場合じゃないでしょ!
リン、先に行っちゃうよ!」
2人が眺めている間にも、リンは次々にゾンビ達を蹴散らしながら先へ進んでいた。
向かっていく先は2階。
それを見た2人は、急いでリンのあとを追った。
行く手を遮るゾンビ達は、ほとんどリンが倒してしまっているので、レオとラップは、リンが倒し損ねたゾンビを仕留めるだけでよかった。
3人はゾンビ達を倒しながら、階段を駆け上がり、廊下を走り抜ける。
時折、ゴースト達が壁を抜けて現れる事もあったが、実体を持たないゴーストは何の障害にもならなかった。
やがて、いくつかのドアを横切って、2階の廊下の突き当たりにあるドアの前でくると、そこでリンは立ち止まった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
体力が尽きたのか、先頭でゾンビ達を倒してきたリンは、膝に手をつき、肩で大きく息をしていた。
レオとラップの2人も、程なくしてリンに追いつく。
2人にはリンほどの疲れは見られない。
「すっごいね……さすがリンだよ」
後ろを振り返りながらレオが言う。
振り返った先には、もはやゾンビの姿はなく、ただ腐肉と骨が散乱しているだけだった。
「やればできるじゃないか」
肩で息をするリンの肩に手を乗せ、ラップが言った。
リンはそれを面倒くさそうに振り払うと、
「う、るせぇ、な……はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ……」
ショートソードを鞘に収め、深呼吸をした。
レオとラップもショートソードを収める。
「……ここが2階の突き当たりみたいだね。
どうする? この部屋に入ってみようか?」
レオが、目の前の朽ちかけたドアを指差しながら2人に尋ねた。
「それしかないな。 戻ったところでどうなるものでもないし。
この部屋の窓から外に出られるかもしれないしな」
ラップが同意してうなずく。
リンは、どうでもいいといった感じで手をヒラヒラさせて答えた。
「じゃあ、開けるよ」
言って、レオが埃の積もったドアノブに手をかける。
そして、慎重にノブを回すと、ゆっくりとドアを開いた。
ギィィィ……
軋んだ音を立てて、ドアがゆっくりと開く。
部屋の中は意外と広かった。
天蓋付きの大きなベッド。
四角いテーブルが1つと、そのテーブルに合わせた高さの椅子が4つ。
テーブルと椅子の下には絨毯が敷かれていた。
天井からは、小ぶりのシャンデリアがぶら下がっている。
ただし、そのいずれもが朽ちかけており、シャンデリアなどは今にも落ちてきそうだった。
しかし、何よりも3人の目を引いたのは、部屋の奥の窓辺にいた存在だった。
出窓になっている窓のすぐ側にある椅子に、ソレは座っていた。
ほのかに青白く発光しているソレは、まぎれもなくゴーストだった。
ただし、そのゴーストは、屋敷の中にいたほかのゴーストとは事なり、しっかりとした輪郭を持っていた。
窓の外を眺めているらしい、そのゴーストは、少女のようだった。
年の頃は、3人よりも少し上だろうか。
長い髪を背中の真ん中辺りまで垂らし、ドレスのようなローブを着ている。
3人は、これまでのゴーストとはまるで雰囲気の異なるその少女を、呆けたように見つめていた。
しばらくして、外を眺めていたその少女が、3人の存在に気付いて振り向いた。
「誰?」
鈴の鳴るような声で、少女が尋ねた。
3人は半ば呆然としてその少女を見つめている。
誰も少女の問いかけに答えようとはしない。
というよりも、答える事ができなかった。
「……生きてる人?」
少女がさらに質問を重ねる。
その言葉に、呆然としていた3人のうち、レオが反応した。
「う、うん、そう。 君は……ゴースト?」
そう尋ねるレオに対し、少女は小さくうなずき答えた。
「こんな所で何してるの?」
レオが、ゆっくりと少女の方に近付きながら尋ねた。
リンとラップもレオの後ろからついていく。
「別に。 窓の外を見ているだけよ。
あなた達こそどうしてこんな所に?
ここは生きている人間のいる場所じゃないわよ」
「うん……そうみたいだね」
少女がまともな意識を持っている事に安心したのか、レオの口調が少しずつ和らいでいく。
「僕等は森で迷っちゃったんだ。
迷ってるうちに光を見つけてね。
その光の出所に向かったら、この屋敷があったってわけ。
それで入ってみたんだけど……」
「そう。 ビックリしたでしょ?
どこもかしこもゴーストやゾンビばかりで」
「うん」
少女の目の前まできたレオが短く答えた。
リンとラップもその真後ろに立っている。
答えを聞いた少女は椅子から立ち上がると、窓から外に目をやった。
3人もつられて窓から外を見ると、1体のゴーストが窓の外を横切った。
「ッ!!」
リンが声を押し殺して驚く。
少女は溜め息をつくと、3人の方に向き直り、口を開いた。
「昔はこんなじゃなかったのよ。
私がまだ生きてた頃はね。
少し私のお話、聞いてくれる?」
「うん……」
「ありがとう」
少女が苦笑いとも見える笑みを浮かべ、音もなく椅子に腰かけると、3人は近くに散乱していた椅子を立て、そこに座った。
椅子はミシミシと軋むが、なんとか3人の体重を支えてくれている。
3人が座った事を確認すると、少女がゆっくりと話を始めた。
「私の両親は交易商だったの。
町から町へと、その土地土地の特産品を仕入れてほかの町に売る商売よ。
屋敷を見てもらえば分かると思うけど、商売はとても上手くいっていたの。
私達家族は幸せだったわ。
だって、何不自由なく暮らせて、毎日が楽しかったもの。
この幸せがいつまでも続くって、信じていたわ。
でもね、そんな事はなかった。
父が取り引きしていた商品の中には、法に触れるような物があったの。
もちろん、そんな物を公の下で売る事はできなかったから、そういう物は、その筋の人達、分かりやすく言えば裏社会の人達とだけ取り引きしていたみたい。
当時の私はそんな事、知りもしなかった。
父がそんな人達とトラブルを起こしている事もね。
ある日、この屋敷は、父とトラブルを起こしていた人達に襲われたの。
父も母も、屋敷で働いていた使用人の人達も、皆、殺されてしまったわ。
そして私も。
その時にね、襲ってきた人達の中に魔術を使える人がいたみたいでね。
その魔術師がこの屋敷全体に呪いをかけたみたいなの。
もう私達は死んでしまっているのに、わざわざ呪いをかけるなんて、よっぽど父の事が憎かったのね。
それ以来、この屋敷はこんな風に、アンデッドが徘徊する屋敷になってしまったのよ」
少女は長い語りを終えると、大きく溜め息をついた。
レオも、リンもラップも、何も言わない。
わずかな間流れた沈黙を破って、ラップが少女に質問を投げかけた。
「じゃあ、ひょっとして屋敷を徘徊しているアンデッドは、あなたの両親だったり、使用人だったりするのか?」
その問いに少女は首を横に振る。
「違うわ。 両親と使用人の皆は2〜3年前に昇天していったわ。
除霊師が来た事があって、その時にね。
私もその時に、一旦、昇天したんだけど、気付いたらまたこの屋敷に戻ってきてしまったの。
それで今もここにいるんだけど……」
「なら、あのアンデッド達はなんなの?」
レオが問う。
少女は再び首を振り、
「多分、かけられた呪いが関係してると思うんだけど、詳しくは分からない。
除霊師が来た時に、一緒に彼等も消えたみたいなんだけど、少ししたらまた集まってきてしまって……」
言ったまま黙ってしまった。
と、その時、
「あ! それならオレ知ってるぜ」
それまで黙っていたリンが口を開いた。
『?』
3人が一斉にリンに視線を向ける。
「今、その人が言った魔術の事だよ。
多分、『絶え間無き怨嗟』って禁断魔術だ」
「『絶え間無き怨嗟』?」
オウム返しにレオが聞き返す。
「ああ。 死者を呼び寄せる魔術だ。
コレを使うと、辺りから無尽蔵に恨みや憎しみを持った霊を呼び寄せちまうんだ。
だから、屋敷のアンデッドはその魔術で呼び寄せられた奴等だな」
「詳しいな」
今までの態度とは正反対で生き生きとした様子のリンに、ラップが言った。
するとリンは一段と胸を張り、
「こう見えてもオレ、魔術とかには詳しいぜ」
鬼の首でも取ったかのような様子で言った。
「じゃあ、この人が昇天できなかったのは、ひょっとしてその魔術が関係してるのかな?」
レオが尋ねる。
「多分。 もしかしたらこの人自身が魔術の触媒に使われてるのかもな。
『絶え間無き怨嗟』は、死者を操る魔術だ。
命とか魂を扱う魔術は触媒が必要になるって、魔術書に書いてあったからな」
「そういえば……生きていた時、魔術師に何かされたような気がする」
思い出したように少女が言った。
「じゃ、きっとそうだ。
『絶え間無き怨嗟』の触媒は、生きた人間。
あんたが昇天できないのは、魔術の効果がまだ切れてないからだと思う」
「お前、なんでそんなに詳しいんだ?
禁断魔術なんて、普通、魔術書には載ってないものだろ?」
ラップが不思議そうに聞いた。
「図書館の閲覧禁止の魔術書に載ってた」
リンが得意気に答える。
「……そういう違反をする勇気はあるのに、幽霊系統に対する勇気はないのな、お前」
「うるせぇ!!」
ラップのからかいにリンが反論する。
そんな2人のやり取りを見て、やれやれ、といった感じでレオが溜め息をついた。
少女も少しだけおかしそうに微笑んでいる。
レオはそんな少女を見て、しばし瞑目したのち、静かに口を開いた。
「あのさ、僕達でこの人を助けてあげられないかな?」
「え?」
意外なレオの提案に、リンとラップは目を丸くして驚いた。
少女も口を開けたままレオを見つめている。
「だって、このままじゃ、この人がかわいそうでしょ?」
「まぁ、確かに……」
ラップがにわかに同意の意を示す。
「ねぇ、リン。 どうしたらこの人を助けられるの?」
「……『絶え間無き怨嗟』の魔陣を消せば魔術の効果も消えるから、この人も昇天できるはずだけど……」
言いよどむリンに、しかしレオは満足そうにうなずくと、
「じゃあ、決まりだね。
その魔陣を消そう」
そう言って、勢いよく椅子から立ち上がった。
少女は目をパチパチさせながらレオを見上げている。
「ねぇ、君は魔陣がどこにあるか知らない?」
急に話を振られた少女は驚いて目を見開き、首を横に振る。
「そっか……じゃあ、屋敷をしらみ潰しに捜すしかないね。
さぁ、行こうよ! 2人共!」
そう言うと、レオは、まだ驚いたままのリンとラップを魔陣捜索にうながした。
ラップは溜め息をつくと、
「どうせ俺達が何を言っても、無理矢理連れてく気なんだろ?
仕方ない、付き合ってやるよ」
苦笑いを浮かべて立ち上がった。
レオとラップの2人は座ったままのリンに視線を送る。
「……分かったよ! 行けばいいんだろ、行けば!」
無言の圧力に負けて、リンが叫ぶ。
「よし! じゃあ、行こう!
あなたはここで待ってて。
僕等で魔陣を消してくるから」
レオが少女に言うと、少女は微笑んで首を横に振り、
「私も行くわ。 見ず知らずの人にそんな大事な事を任せて、ここでじっとしているなんてできないもの」
と答え、音もなく立ち上がった。
「え、でも……」
「大丈夫。 私はもう死んでるのよ?
これ以上死ぬ事もできないし、ここのアンデッドも見慣れてるから、問題なしよ。
それに、屋敷の事はあなた達より詳しいわ」
もっともな少女の発言に、3人は顔を見合わせ、やがてうなずいた。
そして、4人はアンデッドの徘徊する屋敷の探索へと向かった。
・・・・・続く