〜小さな勇者達の詩  前編〜




「霧が出てきたよ」
晩秋の夕暮れ。
深い森の中を木々の合間を縫うようにしてゆく3つの影。
そのうちの1つが呟いた。
「やばくね?」
3つの影のもう1つが誰にともなく呟く。
「やばいな、絶対。
 早いところ道に戻らないと確実に遭難だぞ」
最後の影が答えるように呟いた。
風が木々の間を吹き抜け、靄のような霧が、一瞬、晴れる。
木立ちの間から差す夕日に照らし出された3つの影は、3人の少年だった。
年はまだ12〜3歳といった程度。
1人は獅子獣人。
1人は山猫獣人。
1人は狼獣人。
全員が腰からショートソードを下げ、皮製のジャケットにブーツ、布製の短いマントを羽織っている。
「でもさ、道に戻るって言っても、方向が分かんないし……」
獅子の少年が、霧の深くなり始めた森を見回して呟いた。
それを聞いた狼の少年が、
「道を外れたのは間違いだったな。
 やっぱり、無茶はするもんじゃない
 森に入ろうって言ったのは誰だったかな?」
あからさまな皮肉を混ぜて呟く。
「う、うるせぇな!
 だって森とかの方が、街道をいくより旅って感じがするじゃねぇか」
狼の少年の皮肉を聞いた山猫の少年が、うろたえながら反論した。
「俺は街道をいった方がいいって主張した」
狼の少年がしれっとした様子で呟く。
それに賛同したように、獅子の少年も、
「僕も」
と、呟いた。
それを聞いた山猫の少年は毛を逆立てて怒った。
「しつけぇな、お前等!
 大体、旅に出よう、なーんて事言い出したのはどこの誰でしたっけ? レオ君」
「う……」
レオと呼ばれた獅子の少年が言葉に詰まる。
「それに、旅に出る事が決まった時、1番ノリノリだったのは誰でしたっけ? ラップ君」
「俺は旅に出る事には賛成したけど、森に入る事には賛成してないぞ、リン君。
 第一、こういうのは旅っていうより家出って言ったほうが正しいな。」
狼の少年ラップが言った皮肉に、山猫の少年リンの揚げ足を取るように、またもしれっとした様子で返した。
それを聞いたリンが先程以上に毛を逆立てて怒鳴る。
「じゃあ、街道いってりゃよかっただろ!?
 オレはついてこいなんて言ってねぇぞ!!」
「まぁまぁ、落ち着いてよ、リン。
 ラップもあんまりグチグチ言わないでよ」
つかみかからんばかりの勢いで怒り出したリンを押し止め、ケンカを未然に防ぐレオ。
「それより、とにかく先に進んでみようよ。
 ここでケンカしてても森から出られるわけじゃないんだからさ」
そう言うと、レオは森を見回した。
ほかの2人も同じように周りを見回す。
森の中は、夕日を受けた霧が幻想的な金色に輝いていた。
霧が光を乱反射させているため、思ったよりも明るい。
「って言ってもよ。
 こうも霧が出てちゃ、どっちに進んでいいか分かんねぇよ」
目を細め、溜め息をつきながらリンが呟いた。
その言葉通り、辺りに立ち込め始めた霧は、すでにかなり視界を遮っている。
40〜50m先は、まるで見えないような状態だ。
「う〜ん、確かに……」
「とりあえず真っ直ぐ進めばいいんじゃないか?
 下手に悩んで進むよりも、その方がいいと思う」
唸り、悩むレオとは対照的に、ラップはいたって冷静に意見した。
「うん、そうだね」
「ま、それしかねぇな」
ラップの意見に、レオとリンもうなずき、賛成した。
「じゃあ……とりあえずこっちに行ってみようか」
レオは森の一方を指差しそう言うと、ほかの2人もうなずく。
そして3人は、霧の立ち込める森の奥へと分け入っていった。


霧が出始めてから1時間。
3人はまだ森の中にいた。
森の中はすっかり薄暗くなり、先頭をいくレオの手には火を灯したランプが握られていた。
「う〜……寒ぃ。
 なんかさっきから同じ所をグルグル回ってるような気がすんだけど」
体をさすり、辺りを見回しながら言ったのはリンだった。
薄暗い森はすっかり霧に包まれており、レオの手にしたランプのほのかな明かりでは、とても周囲の状況を把握する事はできない。
「これだけ霧が出てたら、そんな気分になるのも当たり前だな。
 でも、真っ直ぐ進んでるんだから、同じ所って事はないはずだ」
リンの隣を歩いていたラップが、励ますように呟いた。
とはいえ、そう言ったラップの顔にも不安の色が浮かんでいる。
「どうする? どっかで休もうか?
 こうも霧が出てちゃ、先に進むのも危険な気がするけど」
ランプを手にしたレオが立ち止まり、後ろを歩いていた2人に提案した。
「……そうだな。
 どこか適当な場所を探そうか」
「うぇー、マジかよ。
 なんか出そうじゃね? ここら辺」
リンが露骨に嫌そうな顔をしながら、目を細めて森の奥を見ようとする。
「なんだ、リン。
 幽霊が怖いのか?」
鼻で笑い、小馬鹿にしたような口調で言ったのはラップ。
するとリンは辺りに目を巡らせたまま、
「苦手、なんだよ、ああいうの。
 なんだかわけ分かんねぇし」
やたらと苦手を強調して言った。
それを聞いたレオが、揚げ足を取るように言う。
「でも、進むにしても、休むにしても、森の中にいるって事には変わりはないんだから、もし幽霊が出るんだったら、どこにいても同じでしょ」
「まぁ、そりゃそうだけどよ……ん?」
言いかけて、リンが何かに気付いた。
そして、遠くを見るように目を細める。
それに気付いたレオとラップが、同じように目を細め、リンの視線の先を追う。
「……光だ」
レオがポソリと呟いた。
視線の先には、ぼんやりとではあるが、白い色の小さな光が確認できる。
しかし、3人が光を確認した瞬間、フッと光が消えた。
「……何? 今の?」
レオが誰にともなく聞く。
「さぁ? 確認してみようか?」
ラップがいつもと変わらぬ調子で言うと、
「バ、バカ野郎!! 変なモンだったらどーすんだよ!!」
リンが取り乱したように怒鳴り散らした。
「やっぱり怖いのか?」
ラップがまたからかう。
「怖くねぇ!!」
「ムキになって否定するところが怪しいな」
「んだとこの野郎!! じゃ、お前は平気なのかよ!?」
「別に。 普通だ」
「ねぇ、とにかく行ってみようよ。
 ここでグダグダ言ってるより、行って確認した方がいいでしょ?」
言い争うリンとラップを止めて、レオは2人の返事を待たずに光の方に向かって歩き出した。
「あ、ちょっと待てよ!」
リンとラップが急いでそのあとを追った。


「うわぁ……」
リンが目の前にある物を見つめ、呻くように呟いた。
「これは、いかにもって感じだよね」
レオも同じように目の前の者を見つめ、こちらは楽しそうに呟く。
「楽しそうだな、レオ」
楽しげなレオの呟きを聞いたラップが、無感情な調子で言う。
3人の前には、1軒の屋敷が建っていた。
と、いってもただの屋敷ではない。
窓は割れ、壁や柱にツタが絡みつき、人の気配はまったくない。
屋敷は紛れもない廃墟だった。
3人は今、その廃墟となった屋敷の門の外にいた。
「絵に描いたような廃墟だよね。
 でも、だったらさっきの光はなんだったのかな?
 廃墟に光なんてありえなくない?」
レオが落ち着きなく廃墟のあちこちを見回しながら言った。
その言葉通り、割れた窓には光源らしき物はない。
どの窓からも、見えるのは真っ暗な闇だけ。
「やっぱり、アレかな? 幽霊かな?」
嬉々とした様子でレオが言う。
「かもな」
ラップが気のない様子で相槌を打った。
リンはというと、2人の後ろに隠れるようにして屋敷を見上げていた。
「入ってみる?」
「バッ!? バカ言うなバカ!!」
レオの提案にリンが凄まじい勢いで反応し、反論した。
「変な奴等がいたら、どーすんだよ!!」
「だから行くんじゃない。
 僕、幽霊とかの類は大好きだし」
「ふざけんな!! オレは行かねぇぞ!!
 絶対に嫌だからな!!!」
「じゃ、ここで待ってれば?
 ラップはどうする?」
「……どうせだ。 付き合うか」
「んな!?」
ラップの答えにリンが焦る。
「よし。 じゃあ行こうか。
 リンはここで待ってるんだよね? 1人で」
意地悪そうにニヤリと笑うレオ。
ラップもじっとリンを見ている。
ラップは2人を交互に見たあと、頭を両手でかきむしりながら、
「あー!! もう!! 分かったよ、行くよ!! 行けばいいんだろ!!!」
大声で叫んで、ズカズカとツタの巻きついた鉄製の門に近寄った。
そして、
ドガン!!
まるで八つ当たりするかのように、門を乱暴に蹴り開けた。
「幽霊だろうがなんだろうが、来るなら来やがれ!!!」
恐怖を払拭するように、リンが大声で叫ぶ。
その瞬間。
「!?」
レオが屋敷に起きた異変に気付いた。
ラップも同様に異変に気付き、屋敷を凝視している。
リンは門を蹴り開けた体勢のまま、完全に固まっていた。
屋敷の複数の窓から、ぼんやりと青白く光る物。
ソレ等は人の形をとり、窓からレオ達3人を見つめているように見える。
ソレ等は間違いなくこの世ならざる者達だった。
時間が経つにつれ、その人影は1つ、また1つと数を増やしていく。
屋敷から死臭をはらんだ冷気が3人に向かって吹きつけた。
「……さすがにまずいか?」
ラップが冷静に呟いた。
「……かもね。 何かいるとは思ってたけど、こんなにいるとは思わなかった」
レオが少し呆然とした様子で答えた。
「とりあえず、リンをなんとかしないと。
 多分、あいつ気絶してるぞ」
言って、ラップがリンに歩み寄る。
レオもつられてそのあとを追って歩く。
「おい、リン。 しっかりしろ」
ラップが固まったままのリンの体を揺さぶる。
ラップの言葉通り、リンは立ったまま気を失っていた。
「おーい! 起きろー!」
「…………ハッ!」
レオに頬を張られて、リンは目を覚ました。
辺りをキョロキョロ見回し、改めて屋敷に目をやるリン。
「…………はぅっ!!」
「ちょっ! 気絶しないでよ!!」
屋敷の光景を見て、卒倒しそうになるリンをつかみ、レオが言った。
「わ、悪ぃ……でも……」
リンはチラリと、なるべく視界に入らないように屋敷の方を見やり、
「どうすんだよ、アレ。
 なんか、メッチャこっち見てないか?」
そう言って即座に視線をそらした。
「うん。 僕もこんなにいるとは思わなかった。
 さすがやばそうだから、ここから離れよう」
レオが屋敷を見て言う。
屋敷の窓からのぞく者達の数は、さらに増し、屋敷の窓という窓すべてに人影が光っていた。
「さ、早く行こう!」
そう言うと、レオはきびすを返し、森へと向かおうとした。
しかし、
「そうも言ってられないみたいだな」
森の方を見ていたラップが少し焦った様子で言った。
『え?』
レオとリンは、ラップの視線を追う。
その先には黒々とした森がポッカリと口を開けていた。
どこも変わった様子はない。
「どうしたの?」
レオが聞く。
それに対し、ラップが耳を動かしながら答えた。
「よく耳を澄ませてみろ」
『?』
ラップの言葉に従い、レオとリンも耳をそばだててみた。
……ガサ……ガサ……ガサ……ガサ……ガサ……
森の落ち葉を何者かが踏みしめる音が聞こえてくる。
そして、森の闇の中からその何者かが姿を現した。
「!!!」
リンが声にならない悲鳴を上げる。
レオとラップも驚愕に顔を引きつらせた。
森の入り口から姿を現した者。
ソレは腐臭を辺りに放ち、擦り切れた服を身にまとって、ゆっくりと緩慢に3人の方に向かって歩み寄ってきた。
ダラリと垂れ下がった手は肉が削げ落ち、そこから骨をのぞかせている。
本来、目があるべき場所には黒い闇があるのみ。
「……きっついなぁ、コレは」
レオが失笑しながら言った。
その隣でリンが気を失いかけたが、ラップが足をつねり、気絶させないようにしていた。
3人の方に歩み寄ってくるソレは、全身が腐り、不快な腐臭を放散させているゾンビだった。
それも、1体だけではない。
森の入り口だけでなく、見渡すかぎりの木々の間から次々と姿を現してくる。
その数、ざっと数十体。
「前はゾンビ、後ろは幽霊屋敷。 どうする?」
ラップがレオに聞く。
「……屋敷に逃げよう。
 このままあいつ等に突っ込んだらやられる。
 リンがこの様子じゃ、特にね」
気絶寸前のリンを見ながら、レオが言う。
「その点、屋敷の幽霊だったら、実体がないんだし、襲われてもやられる心配はないだろうから、屋敷の中の方が少しは安全だよ。
 ……屋敷の中にゾンビとかいなければ、だけどね」
「そうだな。 その方がまだマシか」
言って、ラップは、放心状態のリンの手を引き、素早く屋敷の方に向かって走り出した。
レオもすぐにそのあとを追って走り出す。
レオが屋敷を見た時、屋敷の窓はすべて、蠢く人影達に埋め尽くされていた。





・・・・・続く