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not' Digital...
なんでなのか、それはただ単に銀塩のスチール写真へのこだわりということに終始します。
べつにデジカメが嫌いとかではなく銀塩を知ってしまった者の偽りのない主観と解釈していただければそれでいいです。
ここ2年ばかりのあいだアキノはこれまで以上に人物撮影に主眼をおいているせいか、
それまでニコン一辺倒できた使用カメラを2年の間でキャノンにシフトにました。
その理由をあげればいくつかありますが、最大の理由はレンズの光学的解像度です、
人物を撮影するうえで最も重要視されるであろう人間の皮膚の質感と色、
それを現す重要な要素としての皮膚の凹凸、シワ、毛穴、それと毛髪の一本、一本のディテール
強いては瞳の微妙なグラデーションとその色の個体差、
これを再現するうえでニコン(特にAiニッコールにその傾向)の場合、適正露出値での高コントラスト特性による
“トビ” “ツブレ” をどうしても否定する事ができません、
(アキノなりの主要AiニッコールレンズとキャノンEFレンズを同時、同条件にてテストした結果)
しかし、生粋のニコンユーザーであり崇拝者であるアキノには正に苦渋の選択でもありました、
勿論、作品第一主義のアキノですから、ポートレート撮影以外は迷わず二コンを使用しています、
ちなみにアキノの愛機は“ニコンF3”仕様の異なる機体を3台〜4台撮影時には常時装備しています、
それとF5もかならづ1台装備するのが常です。
そんなアキノがキャノンを選ぶ理由と昔からポートレート撮影にニコンが敬遠されてきた理由、
キャノンにはそれ相応の理由があるのではないかと考えるアキノでした。

Nikon
F3HP Ai Nikkor 50mmf1.4 RDP
F値開放 バルブ(息を止め続けられるあいだ寝っころがってカメラを固定、でもブレてる)
CosPlay Pinup Show!! 並び別館 “クレオパトラの夢”
に掲載している写真の主要なキャノンの撮影機材を紹介しておきます。
(アキノ所有の物に限ります)
Lens
EF20mm F2,8
EF28mm F1,8
EF50mm F1,4
EF50mm F1,0L
EF85mm F1,2L
EF200mm F1,8L
EF300mm F2,8L
EF300mm F4L IS
EF28〜70mm F2,8L
EF70〜200mm F2,8L
EXTENDER EF2×
EOS1n RS
アクセサリー類に関しては省略
アキノ的なレンズの使い分けはその撮影場所や背景物などの条件にもよりますが、
広角(20mm、28mm)と狭角(85mm〜200mm)の両極の選択で画面のデ.フォルメ効果を狙います。
勿論、被写体となるモデルのイメージ表現の方法としての手段が主なのですが、
背景と被写体の調和、または背景の誇張表現の手段としての使い分けもします。
いづれにしてもアキノ的特殊なレンズ使い分けなどはありません、
ただ、標準の50mm付近はあまり使いません、その理由は肉眼に近い画角では画面の変化に乏しいのと、
構図の構成としての奥行きや広がりが表現しにくいものでアキノ的にはどうしてもその付近は疎かになってしまいます、
勿論、取り回しのよさとしては標準の名の通り使いやすいし、
なにより自分の位置と被写体までの位置が最も把握できるレンズです、
が、ゆえについつい使いたくなるのですが、どうしてもデ.フォルメ至上主義を嗜好するアキノ的には
意識的に避ける傾向にあります。
が! しかし、「50mmを完璧に使いこなすことができて、そしてはじめて本物の写真が撮れるのだと」
即ち50mmレンズ一本で広角の効果と望遠の効果を意のままに表現できるということです、
そんな教えを中学生時代より叩き込まれたアキノはこのレンズには特別な思い入れがあります、
(そんじゃなきゃ40万円近くする単パツ50mmなんか買わないっつーの!)
確かに構図は脚で稼ぐものだし、被写体との距離は歩幅で数えるものです、
画質の面をとっても各メーカーとも単焦点50mmはシンプルで理想的なレンズ群の構成になっているはづです、
基本的に単焦点50mmは一番クリアーな画質を持っているはづです、どのメーカーでも
35mmでもなく、85mmでもなく、200mmでもなく...50mmがですね、
ましてやズームレンズに至っては充分な画質を得られるものにお目にかかったことがありません、
(なんのこだわりらしきこだわりを持たないアキノであってもそう感じます。)
単焦点、その中の標準としての50mmは銀塩35mmカメラにとって、
(6×45判には80mmが、6×7判には105mmが、でぢかめには...どうでもいいや、がある様に)
いや、カメラだけではなくカメラマンにとっても技術や感性やいろいろな意味での
標準であり基準であると想う今日このごろのアキノです。
6×45判には80mmが〜 で、ですが、
ご多分に洩れづアキノもブローニ判を使います、残念ながらニコンもキャノンも35mmのメーカーなので
それ以外のカメラになりますが、いや、ニコンやキャノンのブローニ判があったらかえって気持ちが悪いか、
と言うよりも、もしブローニ判をつくったとしたらニコンやキャノンの存在理由すら危うい物になりますね、
でも、それをやってのけたメーカーがありますよね、そう、
CONTAXです。
以前、アキノが16歳ぐらいの頃だったと思いますが、ムショーにコンタックス(RTSUQUARTZ)が
欲しくてたまらない時期がありました、まだ現行機のV型はなかったと思います、
まあ、わかる人にはわかると思うのですが、(ヤシカ/京セラ)コンタックスといえば35mmカメラの最高峰です、
ライカはさておき最高峰です、カールツァイスのレンズを使うので最高峰です。
そして、なにより世界中のプロカメラマンが絶大な信頼をよせるカメラメーカーです、そんなわけで
やはり写真をこころざすアキノとしてはあたりまえのように通過するところだったのでしょう、
道具としてのカメラ、自分の視覚としてのカメラ、そして感性の伝達装置としてのカメラ、
当然ですが最高のカメラが欲しくなるのは必然的な結果です。
しかし、アキノはコンタックスを手にすることはありませんでした、そんなコンタックスにも欠点がひとつ、
コンタックスにおいてひと通りのとりあえづ満足いくシステムとしてそろえると...
そう、当時16歳の学生風情には到底手の届くようなプライスではないということです、
ニコンやキャノンとでは明らかにケタが違います、
こづかいを一銭たりとも使わず貯金したとしても、どんなにワリのいいバイトをしたとしても、及びません、
勿論、これはコンタックスに問題があるのではなくアキノ個人の事情なのですが、
当時、16歳のアキノにとっては理想と現実の格差を思い知る出来事となりました、
そして、アキノがコンタックスから目をそむけ、
やがてはあきらめを抱くようになるまでにはさほど時間はかかりませんでした。
それから幾許かの年月が流れたある日のこと、 「アキノ君って、コンタックス嫌いだって言ってたよね?」
行きつけのカメラ店に行くなりの唐突な質問、 「嫌いなんじゃなくて、べつに興味がないだけですが」
その質問の意図がサッパリ理解できないアキノ、 「やっぱ知らないんだ、教えて欲しい?」
ふだんあまりカメラ雑誌などを読まないアキノには何のコトやら皆目検討もつかづ、 「はァ? 知りたぁ〜い! かも...」
永いあいだ意識することのなかったコンタックス、 「今度、コンタが645(ブローニ6×4.5判)出すんだってさ!」
35mmカメラの代名詞のようなコンタックスが...!? 「...マジ?」
アキノの脳裏に過去の忌まわしいあの想い出が蘇ってきます、 「でも、かなり高いらしい、ボディーもレンズも、」
しかし、今となってはコンタックスは興味の外、冷ややかなほど、 「どうせブランドだけでしょ、高い理屈は、」
それが店員の方への返答なのか、それとも自分自身に言い聞かせたのか定かではありません、 「...」
その頃、キャノンのシステムを構築し、使い方を模索していたアキノにはまぎれもなく素直で率直な回答だったのでしょう、
ながい間ニコンと過し、それなりの満足と感動を得、これからキャノンという更なる媒体での境地を得ようとするアキノには、
コンタックスと言う名はあまりにも色あせ、しらけた響きしか持ち得ませんでした。
それから数日のあいだ、なんとなくコンタックスの645が気にかかり、そもそもなんでコンタックスがあんなに欲しかったのか、
その理由を自分の記憶に問いかけるようなことが時折あり、当時コンタックスが本当に欲しかった頃の作品を眺めたりして、
でも、結局のところ結論らしきものなどには行き着けづ、です、でもそれはあたりまえのことで、
今となっては当時の16歳の気持ちには帰れるはづもなく、ましてやモノへの憧れなどすぐに冷めて消えうせる、
しかし、これだけは言えます、学生ではなく社会人となったアキノ、当時イヤと言うほど痛感した理想と現実の格差、
今はもうありません、金さえ出せば買えます。
なしくづしのような結論、理想は現実のものへ...などと言う言葉が滑稽にアタマの中をよぎり、
コンタックスに対するある種、霧のようなモヤモヤとしたコンプレックスらしきものが安直に晴れわたり、
と、同時に16歳だったアキノ少年にうしろめたい感情をおぼえつつ、
「使ってみなきゃわからないでしょ!」 などとC調な言い訳をしつつ、
数日後そのカメラ店にむかうアキノの姿、 「やっぱりこの間のヤツ、買う!」
店に入るなりの第一声はそれ、勿論、店員の方に言ったのか、それとも自分自身に言ったのかは定かではありませんが、
ものへの憧れは曖昧ですが、ものへの欲求はあまりにも露骨で具体的です、 「...マジ?...買う!?」
しかし見た事も、聞いた事もないNマウント、(新しいAFマウント) 「気が変わらないうち、一刻も早く手に入れたいのですが」
衝動買いとはまさにコレ、 「と言っても、発売は決定だけれど、まだ予約も始まってないよ!」
ふだんならレンズの一本、アクセサリー類に至るまで吟味に吟味を重ねるアキノですが、 「じゃあ予約は一番、世界一早く納品して」
もうカメラを買うのかなにを買うのか解らない勢いです、 「世界一は無理だけど、うちの店では一番にしておくよ...」
それを手に入れれば何か変わるんじゃないか? そんな錯覚をおぼえつつ、 「代金はここに置きます、銀行からおろしたてのホヤホヤ」
コンタックスに対して引きずり続けたわだかまり、 「ちょっと待ってよ、売ってないものの代金渡されても困るよ」
これで自由になれる... 「これで、うるさい客に現金渡されて催促尽くめで困りはててる、ってメーカーに電話してみれば」
そして、’99年5月、市場流通品としては最も早い段階で長年のわだかまり、コンタックスがアキノの手に、
しかも、皮肉な事にボディーには成金趣味的にオーナーであるアキノの名前が彫り込まれています。
欲求を充たすためのカメラ、コンプレックスを解消するためのカメラ、イヤな想い出を断ち切るためのカメラ、
アキノにとってのコンタックス、今はそれでいいです、そんな気がします。
カメラとしての性能は申し分ありません、勿論、カールツァイスは感動的にクリアーな描写性です、
でもそれは、コンタックスがいだかせる幻想のような気がしてなりません、それまで使っていたペンタックス645、
確かに性能とか理論的な数値ではコンタックスが勝ります、数値にならない部分にいたってもなんら遜色はないと思います、
でも、そんなキレーと言われる写真に虚しさとせつなさが付きまとうのはナゼなんでしょうか。
いつか、いつの日にかコンタックスの持つ本当の意味と素晴らしさを感じてみたいと心から願うアキノでした。

Nikon F3HP Ai Nikkor 50mm
f1.4 RDP
f値開放 4秒
キャノンEFレンズの話に戻ります、
が、アキノはキャノンレンズを使いはじめて日が浅いので、これと言って
特筆するようなことは持ち合わせませんが、でも、それなりに何か書きたい、そうじゃないと話のネタがない、
かと言ってここでニコンとニッコールのネタを持ち出してもしょうがないし、
なによりアキノ的には語りすぎてもう飽きています、コンタックスとカールツァイスに至っては
キャノンより、いや、全然ネタがないです。
というわけで、
not' Digital
ここで読切完結でした。
うそです、キャノンレンズを使ってみてのアキノなりの率直で主観にかたよった感想を少々、
なんだかキャノンって最初につかいだした時、口径のおおきさで意味もなく勝った気になりました、
勿論、アキノはキャノンのEFマウントからつかいだしたわけで、アキノがつかいだす以前、EFマウントのそれにいたるまでには
永い間のFDマウントという時代の経緯があって、それを切り捨ててのEFマウントです。
それまでニコン一辺倒のアキノにとってはとても不思議なことでした、ご存知の通りニコンFマウントは
多少の制約と条件はありますが、基本的には大昔から変わりません、仮にF5にAiニッコールをつけても
何等かわらづです、不具合なく使えます、勿論AFにはなりませんがね、
その逆も同様です、F3にAFニッコールをつけても何等不具合なくAF作動せづつかえます。
それがあたりまえのこととしてカメラ人生を歩んできたアキノにはキャノンというメーカーの方針、ユーザーへの姿勢を
疑わずにはいられませんでした。
F1とか、newF1とか、AE−1とかをつかってきたFDのユーザーはどうなるのですか、事情はわかりますが、悲しすぎます。
そんなことを考えると、フッと中学生の頃を唐突に思い出します、アキノのライバルだった、
懐かしいFDマウント現行時代のキャノン軍団達を、今はアキノを含めとんでもない人生を送ってますが...
あの頃、カメラが流行っていたのかどうかはわかりませんが、他にコレといったオモチャもなく、
用も無いのにわざわざ一眼レフを持って登校する連中がいました、特別な行事もないのに、
もっとも、その連中の中核のひとりにアキノがいたのですが、
休み時間の女子とか、部活動中の女子とか、放課後の女子とかを撮影してはその出来映えを競っていました。
そして、それ以上に自分のカメラを競い合っていました。
当時からあったキャノン対ニコンの構図、それを中学生にオーバーラップさせたかのような
各、メーカーの自分の所有するカメラの優劣を競い合うような権力抗争、そんな時代でした。
あの頃、巷ではキャノンnewF1が一眼レフカメラの人気の頂点にいました、
今ではあたりまえのモータードライヴとズームレンズも当時のF1の流行と同時に普及したような気がします、
また、それとは発想のちがうT50とか60とか、Tの付くカメラがあったような気がしますが、誰も眼中に無かったのか、
話題にものぼりませんでしたね、新型の一眼レフだったのですが、まあ、どうでもいいですけど、
勿論言うまでの無くその頃アキノは既にニコンF3でした、しかし、巷のカメラ事情がそうであったように、また、
アキノ周辺の事情もご多分に洩れづ、キャノン優性の構図でした、newF1に代表されるアクティブでシステマティックな
イメージのキャノンに対してニコンはかたくなで融通のきかない、どちらかと言うと暗い雰囲気でした、
ようするに昔のカメラ会社の雰囲気、新聞記者ご用達カメラ。
(これは、ただ単にメーカーの報道プロに対するサービス体制の問題なのですが、)
そんなわけかどうかは知りませんが、ニコン勢力はいつしか窓際に、
当初、ニコンのレンズは明るいとか、コーティングがいいとか、ボディーが堅牢で信頼性が高いとか
さんざん言っていた連中が、いざカメラを買う段になってキャノンを買っているような状況でした、
そして、いつのまにかキャノンと二分していたニコン勢が少数派となってしまったわけですが、しかし、
もっと少数派がいました、それがミノルタとかオリンパス、その他いろいろです、不思議なことにこの連中は
ニコン派キャノン派とちがい作品にその主眼をおいていて、つまり、ニコン派キャノン派はどちらかというと
カメラとかレンズの性能、周辺機材の機能、そして何より撮影するという行為自体に意味を見出していたような気がします、
それにくらべ彼らはただ黙々と作品づくりに没頭していました。
もしかすると少数派すぎてカメラ話に入れなかったのかもしれませんが、しかしそれ等のメーカーが性能で劣っている
わけではなく、中学生とか高校生の頃特有の派閥意識みたいなもので、たいした意味はなかったと思います、
もっともその当時のカメラの性能といっても今とくらべれば原始的なもので、
フォーカルプレーンシャッターの最高スピードが1/4000秒だとか、Xシンクロが1/125秒とか1/250秒とか
それとモータードライヴが秒間6コマだとか、そんな機械的な部分のことでした、
なにしろオートフォーカスなどというものが本格的な実用以前の話ですから、マニュアルがあたりまえ、
露出に関してもニコンFAがマルチパターン測光を搭載していたかどうか?
カメラの割り出す露出はあくまで目安といわれた時代です、写真を撮ることにまだ撮影者の技術が必要だったんですね、
だからカメラの話をしていても面白かったんだと思います、
今、カメラなんかの話をしてもぜんぜん面白くないですもんね、バカでもチョンでも...の時代ですから、
ちなみに、アキノが長年愛機と呼び使いこんだF3は、電子制御式フォーカルプレーン 最高速度1/2000
Xシンクロ1/80です、いつもプロ機は最先端の技術より信頼性を優先させるものだ!!などと言い訳していました。
すでにF3は発売から結構な年月が経過していて、ニコンはFE2とかFAを発売していました、
でも、アキノ的にはなんの興味もなかったのは本当です、負け惜しみではなく、プロ機を使ってしまったら、
もう、プロ機しか使えないってことを既に知っていたからですね、それから間もなくして、
ニコンF4、F801、キャノンEOSなどの実用的なマルチ測光AF時代が幕を明けた感じです。
その頃ボク等は口をそろえて、一眼レフのバカチョン化と呼んでいましたが。
それではキャノンレンズの話でもしますか、
でも、あいかわらづ話すことが見つからない、
とりあえづアキノ的使用頻度の高いレンズからいきましょう、
今の撮影対象、撮影方法からいって最も頻繁につかうレンズは85mmf1.2です、
このレンズをはじめてつかった時の率直な感想は、 「重い」 です。
もしかしたらこのレンズボディーの中身は一個のガラスの塊がただ詰めこんであるだけで、
空洞の部分とかリングモーターとかはなくて、ただガラスの塊が一個...漠然と重い感じです、
重量もAFの作動もすべてに関して重い、ボディーは1NRSで持った時のバランスは良いと思ったのですが、
レンズの重量のわりに全長が短い、これだとAF撮影時はレンズフードの部分を持てばいいのですが、
マニュアルフォーカスでの撮影時にピントリングの操作が困難になります、おまけにピントリング自体の幅が狭い、
まるでAFでのみ撮影してくれと、いわんばかりです。もっともこれはキャノンEFレンズ全般に言えることなのですが、
しかし、これだけ贅沢にでかいガラス玉をたくさん並べたレンズが、
(制作コストがかかりすぎて最もワリの合わないレンズ。キャノンプロサービス C.P.S 談)
いざ撮影の際に操作性がこれでは、ちょっとガッカリ、
フルタイム・マニュアルはありがたいのですが、AF時とMF時のレンズの持ち位置がちがっては
あまりその恩恵にあづかることができづ、なぜかもったいない気持ちにさせられます、
ちなみに、アキノ的カメラの構え方はニコンの“F3持ち”と呼ばれる、
昔、ニコンのプロのF3使いが多様していた撮影フォームで、ポートレートのフレーミングでは最も多様される
縦位置撮影の時にシャッターボタン側を下に、そして、親指でシャッターを切る方法です、
ですから、全長の短いレンズではピントリングを操作するスペースの確保が難しくなってしまいます、
アキノ自体、身体は少々おおきめですが、べつに手がでかいとか、指が太いとかではなく、
あくまで普通サイズですから、一応誤解のないように、
そんなわけでせっかくのフルタイムマニュアルという性能も充分に使うことができづじまいです。
あと、AF作動の遅さ、即ち重さです、
まるで “イシウス” をひくような音でザザァーと、作動します、
べつに実用において致命的な問題があるとかではないのですが、その遅さは確実に体感できます、
そして、なにより撮影がこぎみよくリズムに乗ってきた時に、
リズムを乱す感じというか、少々足をひっぱる感じは否定できません、
(EFレンズの大口径はAF合掌精度の問題でどうしても遅くなる。
やっと最近C.P.S登録を済ませたK氏談)
しかし、85mmf1.2の超大口径レンズ、おそらくこの明るさは世界で唯一、キャノンだけのものでしょう、
被写界深度にしても開放時ではピントのヤマは無しに等しいでしょう、もし開放時にそして、
被写体が2メートル以内のアップであったら、マニュアル・フォーカスだけで正確なヤマを捜すことはかなり困難です、
仮に撮影条件がライティング設備が完璧に整ったスタジオだとか、晴天下の順光状態での撮影だとかの、
要するにファインダーの像がよく確認できる好条件下でも、おそらくはフォーカス作業にその労力の大半を
費やすことになると思います、しかし、この特質した明るさの光学系と超重量級のガラス玉を
併せ持ちながらもこのレンズは皆無に等しい被写界深度のヤマをかなりの精度で、
あくまでも充分な実用速度で割り出してくるのだから、ある意味驚異的なスペックだと言うことができます、そんな
レンズをAF化し実用化し製品化した、このレンズにケチはつけられません、
ある意味、困難な操作性はハイスペックなレンズを操作しているという快感をもたらしてくれているような気さえしてきます。
そもそも、これだけの光学系を備えたレンズを使うのに、重いとか、バランスが悪いとか、AFが遅いとか、
そんなことを言ってはいけないような気がします、それがイヤなら85mmf1.8の選択肢だって用意されているのだから、
大昔も今もこの世に存在する光の性質は変わりません、だからレンズやカメラがいくらダウンサイズしても
それ相応の明るい光学系を手に入れたければ、大口径の重たいレンズからは、今も、これから先も、
ずーと解放されることはないのでしょうね、やっぱり...
って、あやうく締めくくってしまうところでした、
肝心な描写性能の話を忘れていました。
はっきり言ってイイです、悪いはづはありません、
では、どんなふうにイイかと言いますと、そうですね〜 そもそもレンズの映りの良さを言葉で言い表すのは
無理なんですよ、かと言ってカメラ雑誌とか、教則本の受け売りを書いてもしょうがないし、意味もないし、
って感じで...また、そんなことしたら知恵が無いと言うかカメラオタクな方々とかと一緒だし、
それではアキノ的に感じたことだけ書きましょう、第一印象は階調がイイです、繊細な感じ、と言って問題はないでしょう、
元来、繊細な階調が要求されるポートレート撮影ではまさにうってつけなレンズと言えます、しかしその反面、
コントラストはかなり低く、その結果、色の再現性と言うか特性は地味です、しかしそれはあくまで忠実な、と言う意味です、
誇張された派手目の色がほしい場合はチョット物足りない感じですね、かと言って被写体自体が派手な色なら、
例えば、服の色が原色であるとか、蛍光色であるとか、そんな場合は忠実に派手に写ります、
しかし、地味で忠実なことはとても肝心なことで、人間の肌色、顔の造形や表情からなる微妙な陰影を表現する
最大の要素です、これが乏しいと場合によってはまったく別の表情になってしまうことが、しばしばあります、
それとコントラストを低く抑えられることも重要な要因です、まあ、おわかりになると思いますが、
明暗の差が大きくなればそれだけ自然な表現をするのに必要な中間の階調が要求されます、
しかし、35mmのフィルムではその制約された小さなサイズゆえ階調表現に限界があります、そこで
コントラストを上げていけば、結果としてはとても貧祖な子供の12色のぬり絵のような写真ができあがります、
これがブローニ判程になるともっとコントラストを上げていってもキレイに再現される、と言うか、フィルム面積の大きさで、
明暗、コントラスト間の帳尻が合うのですが、あくまで35mmでのポートレートですから、
例えば、日本人の真っ黒い髪の毛、これを一本一本きちんと再現しようとしたら、相当の階調幅が要求されます、
今現在、それなりに大抵のフィルムであれば、つぶれて真っ黒なんてことはないでしょう、しかし、
その硬いとか柔らかいとかの質感、微妙なツヤ、黒いと言っても10人いれば10色の髪の色、
と言っても、アキノの撮影対象で黒髪の持主は珍しいのですが、まあ、通念上と言うことで、
それらを再現しようとすれば、また、再現しなくてはならないのがポートレートですから、
フィルムうんぬんのレベルの話ではなく、レンズの性能が問われます、
アキノはAiニッコール85mmf1.4というレンズをニコンF3では使っていました、これはこれで自然な階調と
イイ色味を見せてくれましたが、キャノンEF85mmf1.2を使ってはじめて、ニッコールの限界を知りました、
それはやはりコントラストの高さによる階調の限界です、ポートレートとしては硬すぎてしまうのです、
だからと言って軟調系フィルムを使っても勿論、解決策にはなりません、ピントの芯が滲んで汚くなるだけですから、
これは絶対的なレンズの性能...いや、ニッコールレンズは他方面では素晴らしい性能を持ち合わせているので、
性能ではなく、レンズの特性ですか、その差を思い知らされました、
まあ、そんなことがあって今では、EF85mmf1.2はアキノのポートレート撮影には欠かすことのでけない
レンズということです。あと特筆するようなことはないのかな...あっそうだ
あと、もうひとつ驚いたことがあった、今ここに書いたことはポートレート前提の開放付近、
即ちf4とかそれより開いたところの話なのですが、
このレンズを絞りこんで使うと色味が急に鮮やかになります、f11からそれ以上に絞りこむと
まるで、ちがうレンズであるかのような、それはチョット言いすぎかも、
でも、そんな感じです、本来はそんなところを使うように意図されたレンズなのかもしれない、なんて思うほどです、
しかし、そんなことはメーカーの意図とは関係なく使う側のユーザーが決めることなので、好きに使わせてもらいます、
いづれにしてもこのレンズはいろいろな撮影条件と撮影意図にかなり高い次元で答えてくれる、と同時に
本当に写真に対してこだわりを持つ撮影者を飽きさせない傑作レンズということは明らかです。
しばしの時が経過して、2003・9
アキノの写真活動は再開...別に休止してたわけではないのだが、
撮影機材はだいぶ変わったがそのスピリッツは変更なし、
その女好きには変化は認められず。
では、お話を始めましょうか、